勇者(罪人)、監獄で迷惑がられる
◇ スニード
やっと目的地に到着したようだ。馬車でトロトロ走ってたから三日もかかった。
見おぼえのある城壁が近づいてくる。連邦の役人に聞くまでもない。アルト城だ。なつかしい。昔とまったく変わっていない。
北部を冒険する時は、たいていこの街を拠点にしていた。街の中心に冒険者用のデカい宿舎があって、すぐそばに北にも南にも行きやすい便利なダンジョンの入口がある。
少し行けば、ミロという大きな街があるのもいい。しかも、そこよりも宿代が割安。そんなわけで、ここは冒険者のたまり場になっていた。
でも、ここに監獄なんてあったかな。記憶にないな。
ここは複数の冒険者ギルドが共同で自治する自由な街――悪く言えば、無法地帯だった。ギルド同士が縄張り争いでしょっちゅう衝突してたし。
門をくぐりぬけて街へ入る。思わず顔がほころんだ。子供のように目を輝かせてしまった。
街なみはだいぶ変わっている。けれど、雰囲気は昔と変わらない。ここは普通の街じゃない。冒険者が切り開いた街なんだ。
大通りを進み続けた馬車が、思いもよらない場所でとまった。
「……ここが監獄か?」
「そうだ」
かわいた笑いが出た。見まちがえじゃない。要塞だった建物を再利用したとかで、昔から物騒な外観をしていた。
なんてことだ。信じたくない。
連邦の役人が『監獄』と呼んだのは、かつて冒険者の宿舎だった建物だった。
昔は冒険者が集団で出入りしていたから、門前まで人であふれ返っていた。正面の扉はいつも開いていて、中から笑い声が聞こえてきた。
今は誰もいない。扉はかたく閉ざされ、不気味なほど静かだ。
――バカにしやがって。
もう何もかも変わってしまったのか。俺の知っていた世界は、どこにもなくなってしまったのか。
◇
馬車から降りて、監獄に足をふみ入れる。ここを監獄なんて呼びたくないんだが。
一階は広間だ。ここの印象は変わらない。内装や机の置いてある位置が同じだからか、なつかしさを感じた。
けれど、中にいる人間はまるで違う。ローブを着た役人ばかりで、冒険者の格好をしたやつは一人としていない。人は少なく閑散としていて、話し声も聞こえてこない。
この広間は、ギルドに登録したり、宿泊の手続きをしたり、掲示板で仲間を募集したり、結晶や鉱石を売買する場所だった。そういった光景はどこにも見られない。
連邦の役人が受付の男に話しかける。まわりの連中からジロジロと見られる。こんな格好をしていれば当たり前か。
待たされること数分。奥から五十歳くらいの偉そうな役人が出てきた。
「船を沈没させた冒険者? そんな話は聞いていないぞ」
「実は四日前に起きたばかりの事件で、まだ本国に報告が届いているかどうかの状況でして」
「事件の起こった場所で裁判にかければいいじゃないか。どうしてここまで連れて来たんだ」
「沈没させられたのは我々の船ですが、友好国の領内でしたから」
「どこの国だ」
「ブルアルバーロのノルダピエードという港町です」
「ずいぶん遠くから連れて来たもんだな」
「事が事ですから、我々ではあつかいに困りまして」
偉そうな役人から厄介者あつかいされている。こっちが悪いことをした気分に――いや、実際に悪事を働いたか。
「それなら、牢にぶちこんで本国の指示を待てば良かったじゃないか。なぜここへ連れてくる必要があった」
「しかし、あの男、我々の手にあまるほどの冒険者でして」
偉そうな役人がにらむように俺を一瞥する。
「……レベルはいくつだ」
「39です」
偉そうな役人が頭をかかえながら、顔をしかめた。
「まさか、エスペロの冒険者じゃないだろうな」
「本人は違うと言っておりますが……」
また『エスペロ』が出てきたな。冒険者ギルドの名前のようだが聞きおぼえはない。連邦と敵対でもしているのか。
それにしても、ピリピリとした雰囲気だな。偉そうな役人はやけにイラついている。同じ連邦の役人を、なんでここまで邪険にあつかうんだ?
さて、こいつらが約束を守るとはかぎらないし、そろそろ戦闘にそなえておかないとな。ただ、目の前にいる偉そうな役人はたいしたレベルじゃない。
人間にしてもモンスターにしても、エーテルを常に放出している。だから、魔法を使わなくても、近づけばだいたいのレベルがわかる。
レベルの高いやつはエーテルの使い方がうまいから、肌ざわりからして違う。安定しているからやわらかいんだ。逆に、レベルの低いやつは不安定でトゲトゲしい。
他の連中もたいしたことなさそうだが、全員を相手にするのは骨が折れそうだ。どの方向から魔法が飛んでくるかわからないからな。
攻撃してきたら、さっさと逃げたほうが利口かな。
「よりによって、こんな時に……」
偉そうな役人が舌打ちした。
「ミロ卿はいらっしゃいませんか?」
「……ミロ卿は今、北方へ視察に行ってらっしゃる。しばらく戻らない」
「なんか、歓迎されてないみたいだな。ここで逃げてあげたほうが連中のためになるか?」
となりのルニーナに耳打ちする。
「どっちにしたって、迷惑がかかるのでやめてあげてください」
中がどうなっているか確認したいし、もう少し様子を見るか。それに監獄から逃げたほうが、連中の面目もつぶれるしな。