勇者(罪人)、馬車の遅さにイラつく
◇ スニード
住民に見送られながら、馬車が町をあとにした。街道に出ると、すぐに人家が見えなくなって、周囲はのどかな風景に変わった。
馬車は二頭引きで結構ゆれる。四人でギュウギュウづめの広さだから、となりのルニーナとは体が接触している。
それにしても遅い。歩いているのと変わらない。楽といえば楽かもしれないが、イラつくレベルの遅さだ。そういえば、昔から馬車に乗りたいなんて一度も思わなかったな。
「走ったほうが早いと思うんだけどな」
つい不満を口にする。向かいに座っていた連邦の役人がこちらを見た。
「あいにく、君ら冒険者と違って、我々は足が遅いんだ」
人類は戦士と魔導士の一族に大きく分けられる。どちらであるかは刻印の現れる場所で判別できる。全身に現れるのが戦士で、手のひらに現れるのが魔導士だ。
いわゆる戦士はエーテルを身体能力の向上に用いる。だから、近接戦闘が得意で足も速い。ただ、基本的に攻撃手段は打撃しかない。
一方の魔導士は、エーテルを魔法の発動に用いる。レベルアップで上昇するのは、魔法の威力と効果だ。身体能力がほとんど上がらないから、ダンジョンを進む上ではお荷物になる。
俺はダンジョンを走りまわる冒険スタイルだったので、ずっとあとになるまで魔導士の仲間ができなかった。ていうか、確実に拒否されるから、誘うこともなかった。
「風景がめずらしいのか?」
周囲を見まわしていたら、役人が声をかけてきた。
「ああ。この辺りに来たのは初めてだし、地上を歩く機会があまりなくてな」
「そうなんですよ。だから、私と彼は昨日会ったばかりで、赤の他人なんですよ」
ずっとうつむいていたルニーナがあやしさ満点に言った。
「それより、俺の出した条件を忘れていないだろうな」
「おぼえてるよ」
「俺に少しでも魔法を使うそぶりを見せてみろ。その時は容赦しないからな」
役人をにらみつける。このぐらいおどしておけば大丈夫だろう――と考えたが、いくらなんでもあやしかったかな。
「身のほどを知っているから安心してくれ。私の魔法がレベル39の君に通用しないこともな」
そうじゃないから安心できないんだよ。これ以上やると逆効果になるから、もう二度と言わないけど。
状態異常にかかる確率と時間は、レベルの差があればあるほど増大していく。同じレベルなら確率は五分五分で、時間はたかだか一分程度。
だから、レベルの差が相当ないかぎり、有効な拘束手段ではない。使えるとしたら、拘束するまでの時間かせぎだ。
この役人はそれを理解している。そして、俺がレベル39だと勘違いしている。
なるべく、事を荒立てないようにしているのを見ると、俺ぐらいならどうにかできるという見込みがあるのか。
おそらく、これから連れて行く場所に、レベル39を手なづけられる魔導士がいるな。
◇
遅い。なんて遅さだ。もうまる二日走り続けているぞ。風景も見あきたし、退屈で死にそうだ。ジッと座っているだけのことが、こんなにツラいとは思わなかった。
他のやつらはどうして平気でいられるんだ。こいつら聖人か? ああ、今すぐ足かせを破壊して全力で走りだしたい。馬だってそう思ってるはずだ。
「まだ目的地には着かないのか?」
「まだだ。明日中には到着するだろう」
「どこへ向かっているのかだけでも、教えてくれるとありがたいんだけどな」
「連邦の監獄がある場所だ」
その連邦ってのがわからないから聞いたんだよ。監獄に入れられた経験もないから、それがどこにあるかも知らない。
逃げようと思えば、いつだって逃げられるが、そうしないのはやつらの手のうちを確認しておきたいからだ。
今のところ昔と変わらないが、新たな魔法や拘束手段がないと決まったわけではない。あと、監獄がどういう場所なのかも確認しておきたい。
昔は高レベルの悪人を捕まえるためにどうしていたか。やり方はいたってシンプルで、相手よりレベルの高いやつに対処させていた。
一定のレベルに達すると、冒険者をやめて傭兵になるやつがいる。何を隠そう、俺も傭兵的なことをしていた時期がある。
お飾りのギルドマスターに就任し、有事の際に協力する契約をかわしていた。それで毎月一定の収入を得られたからありがたかった。冒険は出費がかさむからな。
いちおうギルドに顔をだしたけど、数カ月に一回だったから、何をやっていたのかすら知らない。用心棒みたいなものだし、向こうもそれを承知の上だった。
◇
三日目の宿に着いた。連邦の役人とその連れがどこかへ行ったので、部屋でルニーナと二人きりになった。
「ずいぶん従順なんですね」
ルニーナがめずらしく話しかけてきた。馬車ではほとんど口を開かず、話しかけても気のない返事をするだけだった。
「昔から素直で良い子だったよ」
「何かたくらんでるんですか?」
「それを聞きだすよう、あいつに頼まれたのか?」
「そんなこと頼まれてませんよ。私としても、あなたが逃げてくれたほうがありがたいですから」
「……どうしてだ?」
「だって、証言する必要がなくなれば、すぐにだってノルダピエードに帰れるじゃないですか」
「それもそうか」
納得したが、そうはならないぞ。ルニーナ、逃げだす時はお前も連れて行く。少なくとも、ゴルフポールドまではついて来てもらう。
悪いとは思っているが、今の俺にはどうしてもお前が必要なんだ。絶対に悪いようにはしない。お礼もはずむから、しばらく俺のワガママに付き合ってくれ。
ただ、急ぐ話じゃない。役人に告げ口するかもしれないし、話を持ちかけるのはもう少しあとでいいか。