勇者(罪人)、連邦打倒を宣言する
今回から新章に突入です。
連邦との本格的な戦いが始まります。
◇ ルニーナ
ちょっとみなさん聞いてください。
私、巻きこまれました。巻きこまれてしまいました。
――伝説の勇者に。
◇
どうしてこんなことになったのでしょう。誰か夢だと言ってください。
今日は役所で朝を迎えました。彼の『ルニーナ以外の見張りを認めない』という希望で、ここに泊まることになったのです。
後輩のレルノくんが朝一番に様子を見に来てくれました。
「昨日はここに泊まったんですか」
「はい。イスの上で寝ました」
「それは大変でしたね」
「別に、それ自体はたいしたことなかったんです。穴のあいた家に帰っても、かえって憂鬱になりそうですから。それにもっと大変なことがありましたし」
「何があったんですか?」
「彼への差し入れを持ってきたと、町のみなさんが役所へお越しになったんですが、連邦の方との間で険悪なムードになったんです。彼が仲裁してくれてその場はおさまったんですが、それから差し入れで宴会が始まって、夜遅くまで騒いでいたんです」
「そんなことが……。じゃあ、寝不足ですか」
「いえ、意外にぐっすり眠れました」
「それは良かったです」
証人として彼に同行することついても、ざっと説明しました。
「出発はいつなんですか?」
「今日にも出発です」
「急な話ですね」
「家のことを頼んでいいですか? レルノくんに全部任せますから」
「わかりました。でも、裁判ならこの町でもできますよね。なんで、わざわざ連邦の国まで連れて行くんでしょうか」
「沈没させられたのは連邦の船ですから。連邦に対する罪は、連邦の国で裁きたいんだそうです」
「言われてみるとそうですか」
「問題はどこまで連れて行かれるかです」
「この辺りは連邦の友好国ばかりですが、なんだかんだで連邦の国は少ないですからね」
私たちの町――ノルダピエードは、ブルアルバーロ州にありますが、役人が派遣されているように、連邦の支配下にあると言っても過言ではありません。
とはいえ、純粋な意味での連邦とは、魔導士の一族が治める五つの大国によって構成されたものであり、それらの国は大陸の中心部に集中しています。
連邦の中心と言えるのがゴルフポールドです。東の都とも呼ばれています。なぜか、彼が行きたがっている国です。
「アルト城へ行くと言っていましたが、とりあえず行ってみるって感じなんですよね。そこがどこにあるかもはっきりしませんし」
「アルト城ならミロのすぐ近くですよ。有名な監獄があると聞いたことあります」
「ミロって連邦の国でしたっけ?」
「緊密な関係ですが連邦ではないと思います。確か、アルト城だけが連邦の直轄地だったような……」
「そこだったら遠くなさそうですが、たらいまわしにされて、ゴルフポールド辺りまで連れて行かれたらどうしましょう」
「ここから一週間以上かかりますからね。でも、父親がゴルフポールドの出身だって、先輩言ってませんでしたっけ?」
「はい、今はそこにいないみたいですけど、親戚はまだ住んでいます。まあ、父親といっても数回会っただけの関係ですけどね」
小さい頃は一緒に住んでいたそうですが、物心がついてからは一度も会いに来ていません。でも、手紙はよく送ってきます。私のほうから会いに行ったこともあります。
ちなみに、魔法が使えるのは父親の血を受けついでいる影響です。この辺りは魔導士の一族が少ないので、ただ魔法が使えるだけで重宝してもらえるんです。
「あの人はどうしてるんですか?」
「元気ですよ。昨日はお酒をたくさん飲んでましたから、まだ寝ているんじゃないですか」
◇
それから二時間後。とうとう出発の時がやって来ました。
もう心にちかいました。くじけず、へこたれず、この試練を乗りきってみせると。
メンバーは私、彼、年配の方、従者の方の四名です。面識のある方は町に残られるようです。
彼は拘束されているにも関わらず、リラックスした様子です。チラッと目を向けると、意味深な笑みを返されました。
年配の方は昨日会ったばかりですし、気むずかしそうなので話しかけづらいです。その点、彼は話しやすいですが、共犯者と思われかねないので親しくするわけにはいきません。
「先輩、無事を祈っています」
レルノくんとの別れを済ませます。ちょっとおおげさですよ。別に危険な旅に出るわけじゃないんですから。……そうですよね?
外へ出ると、広場に馬車がとまっていました。それと町のみなさんが大勢集まっています。私を見送りに来てくれたのかと思いきや、こんな言葉を次々とかけられました。
「ルニーナちゃん、彼のことを頼んだわよ」
「彼を助けてやってくれな」
「彼は町を救ってくれた。今度は我々が救ってやる番だ」
私にいったいどうしろと? いくらなんでも恩を感じすぎじゃないですか。ていうか、少しは私の心配もしてください。
「どこへ向かうかは決まったのか?」
「南へ行く」
彼の問いかけに、年配の方が答えます。
私も気になっているんですが、そのぼんやりした行き先はなんですか。北に行っても小さな村と海しかないので、南に行くのはわかってます。
馬車へ乗りこもうとすると、怒声が飛びかい始めました。
「お前らはあやまったのか!」
「壊した建物を直してから行け!」
「リンゴの価格は下げないぞ!」
気持ちはわかりますがやめてください。連邦の方を刺激すると、全部私に返ってきますから。それと、今はリンゴ関係ないでしょう。建物の話だけにしてください。
馬車のまわりにみなさんが集まってきます。馬もおびえています。こんな状況で出発できるんでしょうか。
「みなさん、落ち着いてください。俺は大丈夫ですから」
彼が呼びかけると、混乱がおさまりました。意外と常識人なので安心しました。
「今日はこんな朝早くから、お見送りありがとうございます」
「気をつけろよ!」
「達者でな!」
温かい声を投げかけられた彼は、馬車に乗りこむ直前、手かせのはめられた両腕をかかげました。
「それじゃあ、みなさん。これからちょっくら行って、連邦をぶっつぶしてきます!」
ちょっ、何言ってるんですか!?
「「「うおおおお!」」」
「やってやれ!」
「頼んだぞ!」
町のみなさんが熱狂的な歓声でこたえます。
連邦の方が目の前にいるんですよ。顔を引きつらせているじゃないですか。もうこの場にいるのが耐えられません。
私は無関係、私は無関係。心の中でつぶやきながら、さっさと馬車に乗りこみ、ずっと下を向いていました。