勇者(冒険者)、役人に拘束される
◇ ルニーナ
「お役人さーん!」
その時、水夫の方が港のほうからやって来ました。全員の注目がいっせいにそちらへ移ります。
「大変です! 船が沈んでいるんです!」
「……なんだと!?」
大変です。私、犯人知ってます……。
彼の様子をうかがうと、となりの方のかげに隠れて、そっぽを向いていました。
「船員は無事か?」
「いちおう、全員の無事を確認しました」
「積み荷のほうは?」
「ここでおろす荷物については、作業を終えていたので無事です。あと、積みこみのほうはまだ始めていなかったので、そちらも問題ありませんが、船に残っていたものは……」
「被害は少ないほうですか」
「沈没の原因は?」
「今のところ断言できないんですが……、あっ!」
水夫の方が挙動不審な彼を指さします。
「こいつです! こいつが船に乗りこんできたとたんに、船が沈み始めたんです!」
ああ……、いっきに形勢逆転です。もうすでに表情で白状しています。彼はきっといい人なんです。正直者だからウソがつけないんです。
「いや、あの……、それはだな……。悪気は全然なかったんだ。ふとしたはずみで底がぬけちゃっただけで、それで……」
「ゆっくり話を聞かせてもらおうか」
「あ、ああ。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから、俺の話をちゃんと聞いてくれ」
私たちに見守られながら、彼が役所へ連行されていきます。彼が小さく見えます。あれが巨大モンスターを倒した方の背中でしょうか。
◇
オーガ騒動はウヤムヤのままに終わりました。わが家はどうなるんでしょう。あのままでは冬を越せません。ドロボウも入りたい放題です。
せっかくもらったのだからと、レルノくんが結晶を使ったレベル上げの方法を説明してくれました。といっても、魔法を使ってから、回復するという単純なものですが。
レルノくんもちゃっかり使っていました。私たちのレベルが低いから何回も使えるんです。結晶って少しずつ小さくなっていくものなんですね。
「こういった巨大な結晶を購入し、地上にいながらレベル上げをする人がいるそうです」
なんだか、私と気の合いそうな方です。
でも、なんのためのレベル上げだと、ツッコまずにはいられません。モンスターと戦わないなら、レベルを上げてもあまり意味がないと思います。
私もダンジョンにもぐりたくないので、結晶を高値で売る方法を教えてもらいたかったです。そうすれば、それを壁の修理費用に当てられましたから。
「もったいないから、早く使いきりましょう」
レルノくんにせかされながら、治療する相手もいないのに〈治癒〉の魔法を発動し、使えなくなったら結晶で回復を行うというサイクルを十回ほどくり返しました。
この不毛な作業はなんなんだろう……と疑問をいだきながらも、レベルが上がった実感はわきました。だって、あんな大きな結晶が、一時間足らずで影もかたちもなくなったんですから。
「レベルが上がったか確かめてみましょう」
自身に〈解析〉の魔法を使用すると、レベルが6に上がっていました!
「レベル6です。前より1上がってます!」
「あっ……、先輩って、僕よりレベル低かったんですね」
レルノくんから、あわれむような目を向けられましたが、それなりにうれしかったです。
でも、わが家に戻ったら悲しかったです。がく然としました。通りからまる見えですから。ちょうどベッドが見えているのが、さらにツラいです。
壁にあいた穴の前で立ちつくしていると、連邦の従者の方が呼びに来ました。彼のことで話があるようです。
◇
役所へ行くと、連邦のお二人がコソコソと相談していました。彼の姿は近くにありません。
「ルニーナさん」
面識のある方が声をかけてきます。名前は忘れました。以前はずっと連邦の方と呼んでいましたから。
「どうなったんでしょうか?」
「あの男はおとなしく裁きを受ける用意があるそうだ。ただし、条件をつけられた」
年配の方が説明します。ちょっと高圧的な感じです。
「条件とは……?」
「魔法による拘束は行わない」
逃げる気満々じゃないですか。
魔法による拘束はマヒか石化で行われるそうですが、術者よりレベルがはるかに低い人にしか通用しない欠点があります。ちょっと低いだけの相手には短い時間しか効果がありません。
どちらにせよ、連邦の方たちの魔法は、レベル39の彼に通用しないから意味ないですか。
「手かせと足かせをはめるのはかまわないそうだ」
「……変なこだわりですね」
「でも、それだけで大丈夫ですか。オーガを倒すようなやつなんですよ」
「一般的に、レベル50くらいになると、鉄製のものでもきびしいと言われているが……」
えっ、レベルが高くなると、鉄製の鎖でも破壊できるんですか。
「あいつはレベル39でしたから、かろうじて大丈夫ですか」
「確認したんですか?」
「はい。自分でもそう言ってましたよ」
私の〈解析〉の魔法は正しかったようです。
「どちらにせよ、レベル39なら我々の手に負えない。だから、アルト城へ連れて行こうと思う。あそこにはミロ卿の精鋭部隊が駐留していると聞く。もしかしたら、ご本人もいらっしゃるかもしれない」
話がどんどん進んでいきます。アルト城という場所は聞いたことありませんが、ミロの街なら知っています。ここからだと馬でも三日はかかるでしょうか。
「君に話がある。とりあえず、彼に会ってもらいたい」
年配の方にそう言われ、彼のもとへ案内されました。
◇
彼は奥の応接室にいました。ここで取り調べを受けていたようです。
「連邦に連れて行ってくれるんだってさ」
元気そうです。旅行にでも行くといった雰囲気です。
「ゴルフポールドに行きたいって言ってるんだけどさ、『どこへ行くかは我々のほうで決める』の一点張りでさ。お前のほうからも言ってくれないか?」
いや、リクエストできる立場じゃないでしょう。あと、返答に困る話をふらないでください。
「明日にもここを出発したいのだが、君にも同行してもらいたい」
「わ、私がですか!?」
「彼をこの町へ連れて来たのは君だとか」
「浜辺で倒れていたのを助けただけですよ!」
「しかし、彼からの要望なんだ。知り合いは君しかいないと言っているし、事件直後、犯行を君に告白していたそうじゃないか。証人としても、君が最適だと彼は言っている」
どうしてそんなことを。事実とはいえ、自身に不利となる証人を、自ら提案する人がどこの世界にいるんですか。
私は口をとがらせた顔を彼に向けました。
「よろしくな」
彼はすがすがしい笑顔で言いました。
「そういうことだから、準備のほうを頼む」
えっ、私はまだ同意していませんよね?
「さっそく約束の拘束をさせてもらいたいのだが、かまわないか?」
「ああ、いつでもやってくれ」
年配の方はそう言って部屋を出て行ってしまいました。
◇
戻ってきた連邦の方たちが、彼に手かせと足かせをはめていきます。
私の意思を確認してほしい。そう目で訴えかけましたが、ずっと無視されました。
しかも、部屋に取り残されました。彼と二人きりです。連邦の方たちにとって、私は彼側の人間ということでしょう。
彼は話しかけてきません。文句の一つでも言いたいですが、そんな勇気はありません。
「ちょっといいか?」
部屋から出て行こうとすると、彼から呼びとめられました。
「俺が石化した状態だったこと、誰かに言ったか?」
「いえ、言ってないと思います」
「『伝説の勇者』がどうのこうのって話も?」
「ええ……」
そんなこと言っても、誰も信じませんから。それに、町のみなさんは『伝説の勇者』を知りません。だってあれは、ゴルフポールドにある石像ですから。
「そのこと、誰にも言わないでくれ」
「……わかりました」
「絶対に秘密だぞ。いいな」
おどしつけるように念を押した彼は、ゾッとするほどの目つきをしていました。
次回から新章に突入します。