勇者(冒険者)、オーガと戦う(後)
◇ ルニーナ
彼が知り合いのところへ行くように、オーガさんへ近づいていきます。緊張感のかけらもありません。あれがこれから巨大モンスターと戦う人間の背中でしょうか。
「兄ちゃん、あぶないぞ!」
それを見た町のみなさんから声がかかります。後輩のレルノくんが、私が戻ってきたのに気づいて、そばまでやって来ました。
「あの人がさっき言っていた冒険者ですか?」
「そうです」
「さっき連邦の人が話してたんですけど、あのオーガはレベル32もあるそうです」
「レベル32……。32ってどのくらいですか? スゴいんですか?」
私は5ですから、それが高いことはわかります。ですが、基準がよくわかりません。成人男性の平均はレベル10ですが、それはあくまで一般の方の話ですし。
「レベル20から一人前の冒険者と認められ、ルーキーなんて呼ばれます。レベル32といったら、もうベテランの域ですよ。実際、レベル30からはベテランと呼ばれます」
普段から、レルノくんはダンジョンがらみの豆知識を披露します。冒険者志望だったそうですが、昨今の情勢から、その夢はあきらめたそうです。
「あの人はレベルいくつなんですか?」
「わかりません」
「ルニーナ先輩はレベルを計る魔法が使えましたよね?」
いわゆるレベルとは、体にまとうエーテルの総量だそうです。つまり、レベルが高いということはそれが多い――イコール使用できる量が多いということです。
〈解析〉の魔法はそれを計測することができ、数値のかたちで表示してくれます。初歩的な白魔法なので問題なく使えます。町の方から、計ってほしいとよく頼まれます。
ただ、問題が一つあります。それは魔法の使用が相手に気づかれてしまうことです。
「こっそり計っても、わかる人にはわかるそうですし、怒る人も多いそうですよ」
他人のレベルを勝手に調べれば、挑発行為と受け取られかねません。モンスターだって怒るそうです。だから、相手の許可なく使用してはいけないと、書物に書かれていました。
「でも、知り合いなんですよね?」
「知り合いといっても、今日出会ったばかりですよ」
レルノくんはあきらめられないようで、期待のこもった目を向けてきます。しかたありません。彼はこちらに背中を向けていますし、先輩らしいところを見せましょう。
「やってみます」
白魔法は古代語の呪文を唱える必要があるため、魔導書を持ち歩いている人も多いです。ただ、〈解析〉の魔法は使用頻度が高いので、もう暗記しました。
彼に気づかれないよう、〈解析〉の魔法を控えめに発動します。計測にかかる時間はおよそ五秒。こういう時だけ、やたら長く感じるのはなぜでしょう。
まもなく、手もとに数値が表示されました。
「レベル39です。オーガを上回っていますよ!」
こんな高いレベル見たことありません。さすがです。見直しました。彼は口だけじゃありませんでした。
「ほぼエースじゃないですか」
「エース?」
「レベル40からはエースと呼ばれます。だいたいパーティーのリーダーをつとめるクラスです。ルニーナ先輩、スゴいです。そんな人と知り合いだなんて」
私がスゴいんですか? レルノくんは先輩を立てるのが上手ですが、ちょっとわざとらしいです。
その時、彼がふいにこちらを振り向きました。
気づかれました。なんという勘のするどさでしょう。明らかに、私をにらんでいます。すかさず顔をそらしましたが、かえってあやしまれたでしょうか。
「二割ぐらい上回っている計算ですから、確実に勝てますよ」
「でも、数値にしたらたった7の違いですし、二割って心もとないですよね」
だいたい私一人分です。私の力が加わった程度で、どうにかなるんでしょうか。そんな単純計算ではないとは思いますが。
「いや、二割はセーフティリードです。腕力や脚力、あらゆる力が二割上回っている計算ですから。考えてもみてください。全力で攻撃していれば、絶対に打ち負けることがないんですよ。負けようがありません」
「でも、彼は丸腰ですよね。冒険者は武器とかを使ったりしないんですか?」
「そのことは気がかりですね。最近は高価になったから使われなくなったと聞きますが、攻撃力が二割から三割違ってくるそうですから」
でも、相手も腰に布を一枚巻いているだけですから、おたがい様ですか。
◇
オーガさんが近づいてきた彼に気づきました。
「よっ」
彼が片手をあげて、友だちに会った時のようにあいさつします。彼のほうを向き直った相手の動きが止まります。彼を敵と認識したようです。
「どうした、こんなところまで出てきて。道に迷ったのか? それとも、エサがなくなったのか?」
相手は聞く耳を持たずに、戦闘態勢に入ります。その状況でも、彼は棒立ちのままです。危機感ゼロです。
「場所を移さないか? おたがいに、こんなところじゃ実力の半分も出せないだろ?」
普通に話しかけてますが、相手には通じていない――と思います。言葉が通じるのが亜人、通じないのがモンスターと言われていますから。
にらみ合いが続きます。相手は今にも飛びかかりそうな体勢ですが、なかなか動きません。時どき、半歩ほど距離をつめるぐらいです。
彼のほうは相変わらずで、知り合いでも待っている感じです。攻撃されるのを待っているんでしょうか。先に手をだしたほうが負けとか、そんな感じでしょうか。
「オーガは慎重ですね。きっと、自分より相手のレベルが高いことがわかっているんですよ」
レルノくんの熱い解説が入ります。スゴく楽しそうです。
かたずをのんで見守っていると、ついに相手がしかけました。くりだしたコブシが衝突する瞬間、思わず目をそむけてしまいました。
「片手で受けとめた!」
レルノくんの絶叫がひびいたので、横目で確認します。
受けとめています。彼は手のひらだけで、相手の大きなコブシを軽々と受けとめています。先ほどあいさつした時に、片手をあげた姿勢と変わりません。
「……あれ? 動きが止まりましたね」
両者が制止しています。時間が止まってしまったかのようです。お芝居でも見ている気分になってきました。
「いや、あの人がオーガのコブシをつかんで放さないんですよ」
言われてみると、相手のなぐりかかったほうの腕が、プルプルとふるえています。腕を引きはなそうとしているのに、彼がすずしい顔でそれを阻止していたのです。
「スゴいです。あの人、オーガを子供あつかいしています。でも、レベルが7違うだけで、ここまで差が出るものなんでしょうか……」
レルノくんが困惑しています。私にはまったくわかりません。未知の世界ですから。わかるのは、彼が油断しまくりなことです。
相手は腕を振りほどくのをあきらめ、もう片方の腕でなぐりかかりました。不意をつかれたのか、彼の反応が遅れます。周囲から悲鳴が上がった――瞬間でした。
彼の右手付近から閃光が走ったかと思うと、とっさに両腕をかざしてしまうほどの突風が起こりました。
何が起こったのか、まったくわかりませんでした。ひとつ言えることは、相手の姿が消えていることです。でも、彼には一歩も動いた様子がありません。
「……倒したんですか?」
「はい……」
町のみなさんがザワつきます。あ然と近くの方と顔を見合わせています。
「何をされたんでしょうか」
「聞いたことがあります。一流の冒険者は、格下のモンスターを指一本ふれずに波動だけで倒すって」
魔導士でなくとも、魔法みたいな攻撃ができるということですか。一件落着ですが、彼は何者なんでしょうか。得体が知れません。
まさか、本当に『伝説の勇者』だったりしませんよね?