勇者(冒険者)、オーガと戦う(前)
◇ スニード
やってしまった。今は反省している。もちろん、わざとじゃない。だから、正直に罪を告白した。
船体にデカい穴があいてから、すぐに海水が流れこんできた。そばにあったタルで穴をふさごうとしたけど焼け石に水で、あっという間に太ももあたりまで浸水した。
しかたなくハシゴで上の階に避難したが、通路の先から大声が聞こえてきたので、マズいと思って、近くの壁板をけやぶって海に飛びこんだ。
おそらく、誰にも目撃されてない。我ながら、見事な手ぎわだった――って自画自賛している場合じゃないか。
でも、ルニーナには知られてしまった。シラを切ったほうが利口だっただろうか。あんな船を沈めるとか、お尋ね者になるのは確実だ。
さて、これからどうしよう。素直に捕まるか、それともダンジョンで逃亡生活を送るか。
「……そうだ! 今日の便で荷物が届く予定だったんですよ。何か大きな荷物がありませんでした?」
「積み荷の心配をしてる余裕はなかったからなあ……」
「そんなあ……」
――あれ? もしかして、疑われてるのか?
「言っておくけど、積み荷を盗もうとしてやったわけじゃないからな!」
「そんなことはどうでもいいです! ああ、ビッグプレゼントが届く予定だったのに……」
いや、どうでもよくないだろ。でも、全部俺のせいだし、あやまっておこう。
「すまない」
「責任取ってください」
「そんなこと言われても……」
ルニーナがヒザをついてうなだれる。こいつ、オーバーアクションだな。話題をそらそう。
「急いでたみたいだけど、何かあったのか?」
「そうでした! 町に巨大モンスターが現れたんです。それで『伝説の勇者』さんなら、どうにかできるんじゃないかと思って、さがしに来たんですけど」
「巨大モンスター?」
町に現れる巨大モンスターか。なんだろう。まったく予想がつかない。ゴブリンは子どもぐらいだし、スケルトンでも人間と同じぐらいだよな。
「連邦の役人が到着したんじゃなかったのか?」
「どうも、連邦の方では手に負えないモンスターらしくて」
「情けないなあ、地上に出てくるようなモンスターで」
連邦の役人ってのはどんだけ弱いんだ。まともな冒険者もいないし。
「そこら辺にいるモンスターじゃないんです。今まで見たこともない大きさで、素手で建物を破壊したりしてるんです。確か、オーガっていう名前だと、後輩が言ってました」
「オーガって……。オーガは第三階層にいるモンスターだぞ。そんなのが地上に出てくるわけないだろ」
「そこまで言うなら、見に行きましょうよ。ついでに、そのモンスターを倒してください」
「わかったよ」
これは願ってもない展開だ。船を沈めたことをウヤムヤにできるかもしれない。
◇
ルニーナの案内で町の中心部へ向かった。ド田舎の漁村かと思っていたけど、想像していたのと違った。
建物は少ないが、新しくて立派なものが多い。道も舗装されているし、あんな船がやってくるだけのことはある。
船のことを思いだしたら、急に目まいがしてきた。やっぱり、このまま逃げたほうがいいだろうか。なんか、人がいっぱい集まってるし。
「あれです!」
ルニーナが人だかりの中心を指さす。ひときわ目立つ建物の前に円形の広場がある。場違いなやつはそこにいた。
「本当にオーガだな」
「言ったでしょ?」
取り囲んでいるギャラリーのせいで上半身しか見えないが、オーガにまちがいない。あんな肌の色をした人間がいるわけないし。
「あいつ、道に迷ったのか? どんだけ方向オンチなんだ」
「今はおとなしいですが、さっきは大暴れしていました」
今は広場をウロチョロしているだけで、だいぶお疲れのようだ。あいつにしたら、地上は生きていくだけでも大変な場所だからな。
「なつかしいな。若い頃はよく一緒に遊んだっけ」
「……お友達だったんですか?」
最近はリッチのせいで第三階層に近づけなかったからな。本当になつかしい。あいつと本気で戦っていた時が、一番楽しかった時期かもしれない。
「どうですか? 倒せそうですか?」
「愚問だな。でも、倒していいのか? 誰かが連れてきたんじゃないのか?」
「誰がそんなことするんですか。倒しちゃってください」
実際にいるんだよ。オーガレベルの結晶なら、それなりの値段で売れるが、それは数時間で消えてしまう。
だから、より高い値段で売却するため、上層までおびき寄せてからモンスターを倒すんだ。そうすることで、敵を弱らせるメリットもあるからな。
ただ、他の冒険者にとっては迷惑きわまりない行為だから、ブラックリストにのって、罰金を払わされたりする。まともな冒険者は絶対にやらない。
「別にかまわないけど、偶然現れたとは思えないんだよなあ」
同じローブを来た二人組が目にとまる。あれが噂の連邦の役人かな。後ろめたいことでもあるのか、苦い顔でコソコソと話をしている。
あいつらがダンジョンにほどこした細工が原因かもな。第一階層でエーテルをせきとめていた理由も気になるし、あとで問いつめてみるか。
昔から、オーガが大好きだ。あいつはいつだって真っ向勝負。レベルの差がいくら開こうが、それは変わらなかった。
物かげから〈石化〉の魔法を使ってくるリッチとかいうクズとは大違い。オーガは人間――いや、モンスターができている。モンスターのかがみだ。
だから、こんなところで倒すのは本望ではない。できることなら、あいつが本来いるべき場所で、正々堂々と戦って倒してやりたい。
でも、地上まで出てきたからには、よほどの事情があるはずだ。あいつは地上で生きていけるモンスターではない。俺が引導を渡してやろう。