勇者(モンスター)、港で暴れる
◇ スニード
もうお礼とかいいだろ。せいせいした。やるだけのことはやったし、あいつをぶん殴りに行こう。
俺は砂浜をつっきって、船の停泊する桟橋へ向かった。生まれてこのかた、あんなデカい船に乗った記憶はない。ていうか、船に乗った経験さえほとんどない。
あらゆるダンジョンは地下でつながっているから、多少遠まわりになっても、大陸のすみずみまで行けるからだ。
それに、俺ぐらいになると、断然走ったほうが早い。地上では体力に限界がくるが、下層なら一日中走り続けても疲れない。俺からすれば、船は荷物を運ぶものであって、移動手段ではない。
――と言いたいところだが、今の俺は気軽にダンジョンを進める身分じゃない。地上の道もくわしくないし、あれに連邦とやらの都市まで連れて行ってもらおう。
水夫たちは積み荷をおろすのにかかりっきり。明らかに格好の違う、この町の住人と思われる数人が、届いた荷物を町のほうへ運んでいる。
そんなわけで、桟橋を歩いていても、何も言われないどころか、注意すら向けられない。そのまま渡し板をつたって、船に乗りこんだ。
こういうことは堂々とやることが重要だ。それで他人の目をあざむくことができる。デッキからハシゴを使って船室へおりた。
すれ違った水夫からあやしまれたが、何も言われなかった。さっさと積み荷の置き場所へ行こう。確か、安定させるために、船底へ置くっていう話を聞いたことある。
◇
積み荷置き場にたどり着いた。水夫が二人いたが、積み荷のかげに隠れてやりすごした。
奥のほうへ行って腰をおろし、木箱に身をあずけた。
驚くほどうまく事が運んだ。水夫には悪いけど、見つかった時は実力行使でいくしかないな。でも、ずっとここにいたら、いずれ見つかるな。中に隠れられそうな箱かタルでも探すか。
「これは……」
あるものが目にとまった。見おぼえのある紋章が、木箱にデカデカとえがかれている。
忘れるわけがない。これは俺を石化させたあいつの家の紋章だ。あいつの屋敷でもイヤというほど見たし、着ていたローブにも刺繍されていたっけ。
それが俺への嫌がらせのように、ほぼすべての積み荷にえがかれていた。
そういうことか。小国を支配する家の出身としか聞いていなかったが、もしかして大出世を果たしたのか? まさか、連邦っていうのはお前がつくり上げた国なのか?
全身に広がっていく衝動をおさえられなくなり、たまらず近くの壁板にそれをたたきつけた。
――ヤバい。船体に穴があいた。
◇ ルニーナ
彼をさがすため、浜辺までやって来ました。念のため、さっき入ったダンジョンの入口を確認しましたが、そこにはいませんでした。
最後に見たのは、定期船のほうへ向かう姿です。辺りを見まわしながら、桟橋へ向かいます。
すると、桟橋のほうが騒がしいのに気づきました。怒声がたて続けに聞こえてきて、たくさんの人があわただしく行きかっています。
ただ、ここからでは何が起きているのかわかりません。定期船は……あれ? 定期船はどこですか? それに、見慣れない灯台のような建物が……。
それが定期船でした。傾いています。船首が空に向かってそびえいます。もう沈没寸前です!
ふと浅瀬を進む人影を発見しました。太ももまで水につかった状態で、こちらへ向かって歩いてきます。
よく見ると、彼でした。全身びしょぬれです。どうしてあんなところを歩いてるんでしょうか。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとな……」
彼は動揺した様子で答えました。
「ふ、船が沈んでるんです!」
「あ、ああ……。そうだな、沈んでるな」
驚いた様子もなく、彼は後ろを振り向きます。反応があやしいです。まさか……。
「何かあったんですか?」
「んー……」
彼は気まずそうに頭をかいてから、目をそらして押し黙ってしまいました。もうストレートに聞いてしまいましょう。
「何か……、やったんですか?」
「……」
否定してください。自白しているようなものじゃないですか。
「いや、ちょっとムカッとして、つい……」
そんな言いわけをサラッと言わないでください。もっとまともな理由をお願いします。
「ムカッとすると……、船をお沈めになられるんですか?」
彼はうなだれたままで、反応がありません。素直に反省しているところが逆に怖いです。ていうか、どうやったら、あんな大きな船を沈没させられるんですか!?
もしかしたら、私はとんでもないモンスターをよみがえらせてしまったのでしょうか。