4-1-1
翌日、黒銀達が実習室に行くと、入り口にアウターが立っていた。腕を組んでドアに寄り掛かり、代わり映えのしない青空を見上げていた。
黒銀はどこのモデルだよとツッコミを入れてやりたくなるけれど、相手は仮にも教師なので自重する。
「あの、そこに入りたいので、どいてください」
黒銀が声を掛けると、アウターは何も言わずに瞳だけを向けてきた。
その暗紅の瞳に、黒銀は言いようのない既視感を抱く。
この冷たい瞳を、どこかで見たことがあるような気がする。いつ、どこで、誰のかは分からないけれど、記憶のどこかに引っ掛かっている。
黒銀はアウターの実習に参加した事がない。そもそもアウターの担当は上位組のフィアを対象にしており、黒銀達とはまったく縁がなかった。
「ちょっと、聞いてますか」
アウターは黒銀の言葉を無視し、今度は白銀に視線を移して無言のまま見詰め続ける。
「えう? あの、わたしに何か……」
白銀はおどおどとしながら一歩下がる。そんな様子を気にすることもなく、アウターは沙希に視線を向けると言い放った。
「お前は沙希と言ったか。フィアのリーダーだな。俺はお前達を指導する為に来た。しかしお前達が望まないのであれば帰らせて貰う。どうする?」
問われた沙希はもちろん、日頃無表情な杏子ですら驚いた表情をしていた。
アウターと黒銀達は、初対面と言ってもいいほど接点がない。それなのに沙希をリーダーと見抜いただけでなく、指導までしてくれるというのだ。驚かない方がどうかしていると言うものだ。
栞坂学園の能力偏重主義は徹底しており、現役の死神が務める臨時教師が下位ランクの生徒を指導するなどあり得ない。臨時教師は成績優秀者の更なる底上げの為に存在しているのだから、下位はもちろん、普通ランクの生徒ですら指導しては貰えない。
ましてやアウターほどの教師ならば、翠達を指導するのが当然だろう。
「お、おね、お願いします」
アウターの申し出に沙希は飛びついた。どんな指導かは分からないけれど、本来ならば受けることのできない指導を受けるチャンスなのだ。もしかしたら新しい呪文を教えて貰えるかもしれないし、少なくとも上位クラスの訓練方法を知る事が出来る。
確かにアウターの指導を受けるのはプラスであり、マイナスはないように思えた。
しかし、黒銀にはそれが気に入らない。
ここに来て指導教諭を派遣してきた学園の意図が分からないからだ。
学園にとって黒銀達は取るに足らない下位ランクの生徒だ。アルティメットを行うからと言って、お荷物を支援するほど甘くはない。
それどころか、今回のアルティメットは全生徒に上位と下位の力の差を見せつける絶好の好機だろう。
そして何より、黒銀はアウターを快く思ってはいなかった。
「待って」
黒銀は黙って実習室に入ろうとしていたアウターを引き留める。
アウターは瞳を向けてくるだけで、言葉を発する事はなかった。その態度が黒銀の精神を焙る。
「わたし達はアウター先生に教えて貰えるランクではありません。どうして教えてくれるんです」
「説明をするつもりはない。自分で考えて判断しろ。俺はお前達に魔法を教える。お前達は俺から魔法を教わる。問題はない」
「問題って……、そんなのありまくりです」
「いいえ、問題ないです。時間が勿体ないから、早く始めましょう。――ちょっと黒銀。この実習は翠達に勝てる魔法を手に入れるチャンスなの。アウター先生が嫌でも、今だけは邪魔しないで」
沙希は問題点を列挙しようとしていた黒銀を遮って、小声で指導の必要性を訴えてくる。
黒銀は渋々ながらも沙希の言葉に従った。アウターが気に入らないと言う自分の我が侭で、みんなの勉強の邪魔をするのは、黒銀の望む事ではないからだ。
無言のまま実習室に入っていくアウターに続いて部屋の中に入る。
実習室の中は大して広くもなく、何一つ飾り付けのされていない殺風景な部屋だった。机や椅子なども無く、壁に黒板が掛かっているだけだ。
黒板の前に立ったアウターは、焦点のあって無さそうな視線を沙希に向けて言った。
「お前達は訓練服に着替えた後、他者を敵として戦え。手加減の必要はない。白銀は黒銀に引っ付いて見ていろ」
黒銀は自分の聴力か理解力が、どうかしてしまったのかと思った。
「なによ、それ。わたし達に殺し合えって言うの」
手加減無しで戦えと言うのは、相手を殺すつもりで戦えと言うことだ。憤慨した黒銀は、勢い込んで声を荒げて抗議する。
「お前達の魔法程度では相手の存在を消せはしない。自分の実力を把握していれば殺し合いが出来ないのは分かるはずだ。お前達が弱いのは、自分の限界を知らないからだ」
しかし、返ってきた言葉は、侮蔑とも指導とも取れるような内容だった。
黒銀は文句を言ってやりたいのにアウターの指摘が正しいような気がしてしまい、何も言い返すことが出来なくなってしまった。
「お前達は候補とはいえ死神だ。何をしようと死にはしない。全力を出していないと俺が判断したら、訓練はそこで終わりだ。俺は帰らせて貰う」
アウターが腕を上げて指を鳴らすと、何も無かった壁に扉が現れた。扉は早く来いとばかりに勝手に開くけれど、そこは真っ黒に塗り潰された壁があるばかりだった。
沙希が黒壁に向かって腕を差し込むと、僅かに撓んだ黒壁が波打ち、まるでジェルの中に吸い込まれるように消えていった。続いて杏子が潜っていく。何故だか二人とも白銀を見ながら入っていったのが気に掛かった。
黒銀が入ろうとすると、白銀が服の裾を掴んで引き留める。
「あの、一緒に潜ってもいい?」
白銀の腕から微かな震えが伝わってくる。もしかすると怖いのだろうか。何度か沙希と杏子と共に潜っているはずなのに、白銀は怖そうに震えていた。
「あのね。わたし、暗いのが怖いの。お願いだから、一緒に入って」
沙希と杏子が気に掛けていたのは、これだったのかと気付く。臨時とはいえ、ツヴァイである黒銀に白銀の世話を任せたのだろう。
実は闇を怖がる死神候補生は多い。何故かは分かっていないけれど、死の瞬間を思い起こさせるからではないかと噂されている。
闇から神力を得ている死神にとって、闇を怖がるというのは神力を拒む行為に他ならない。闇を恐れすぎると強力な魔法が使えなくなり、簡単な魔法ですら威力が下がってしまう。
だから死神になりたければ闇への恐怖心を完全に払拭しなければならない。
「しっかり掴まってて」
黒銀は白銀の手を握ると、闇の中へと入っていく。
ゼリーの固まりの中に入っていくような感覚があるのに、感触などはまるで感じられない。空気を固めたら、こんな感じになるのかもしれない。
身体を半分まで潜らせると、手を引っ張って白銀を抱き止める。そのまま一気に闇の中へと消えていった。




