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弱い死神に価値はありますか  作者: 神楽あまみ
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1-1-2

 黒銀は憂鬱だった。

 何故ならツヴァイを押し付けられようとしているからだ。

 面倒な事は嫌いだった。天地神明に懸けて大嫌いだと宣言してもいいと思っている。

 特にツヴァイという姉妹同然のパートナーを押し付けられるのは、考えただけで虫唾が体中を走りまわってしまうほどに面倒なことだった。

「黒銀死神候補生、返事はどうした?」

 学園の最高責任者で在る彼女は、返事を渋る黒銀に立場の違いを思い出させるように話しかけてくる。

 それは明らかに脅迫だった。

 もしも今回の話を黒銀が拒否したら、死神候補生としての権利を剥奪すると言い放ったのだ。拒否権など無いと言われているのに等しく、本来ならば自由に決められるべきツヴァイの相手を強要しているのだ。訴えられる場所さえあれば、訴えてやれるのにと黒銀は思う。

 黒銀の前に古臭くとも豪華な机が置いてある。その机を挟んだ向こう側、重厚で偉そうな椅子に、偉そうに座っている女性が眉を歪めて黒銀を見つめていた。

 名前を千歳(ちとせ)と言って、学園はもとより結界内の全てを統べる学園長の立場にいる女性だ。その独裁とも呼べる立場を利用して面倒事を押し付けようとする、黒銀には最凶に面倒な女性だった。

 千歳の事を簡単に説明すると『美女で野獣』といえる。

 美人でスタイル抜群、溢れる知識と教養。質実剛健な運営を行っており、教師だけでなく生徒からも尊敬を集めている。と、同時に恐れられてもいた。

 学園長の欠点――本人はチャームポイントだと主張している――は、口が悪いことだ。

 容赦なく罵詈雑言めいた言葉が口から飛び出してくる。しかも『めいた』と言うのは第三者から見た印象であり、言われている本人にとっては事実を突かれているのだ。

 その言葉は事実で有るだけに心を抉るのだ。それはもう、野獣が心臓を抉り出そうとしているかのように。経験者によれば、獣の牙が心を抉り、咀嚼される感覚だという。

 叱責を受けた多くの者が、何も言い返せずに精神を病んでいき、ついには精神病専門医が通常配備されるようになったという伝説まで残っていた。

 それともう一つ。自分の方針を決して曲げないことが欠点かも知れない。

 信念を貫いていると言えば聞こえは良いが、卒業試験に合格してもいない男子学生に卒業許可を出し、全員を追い出すように卒業させたのは暴挙と言うしかない。それ以来、女学園を謳っているわけでもない栞坂学園に男子学生がいないのは、千歳が入学を許可しないからだった。

 それ以外にも、死神科と天使科を同じ世界に押し込んでみたり、役人の立ち入りを禁止するなど、他の学園から見れば無謀としか思えない運営を行っている。

 考えがまとまらない黒銀は返答に困り、あからさまに視線を泳がせる。興味はなかったけれど、部屋の様子を観察してみた。

 部屋や机などが西洋風な意匠なのに、乱雑に置いてある調度品は東洋的な物が多かった。

 アンティークなサイドボードの上には市松人形や御所人形が並び、壁には水墨山水画が飾られている。片隅に追いやられている洋風な応接空間を区切っているのは、鳳凰の描かれた衝立だった。机の上には金色に輝く魚や鶏、亀や猿などの悪趣味な置物が転がっている。天井からぶら下がる五行塔のウィンドチャイムに龍が巻き付いており、何故か黒銀の気に障った。

「黒銀死神候補生、お前に拒否権は無いんだ。諦めて言う事を聞け。それに後輩の指導は先輩の義務だ」

 千歳が強い口調で言う。

「後輩を押し付けようと言うのですね。しかも義務ですか。そんな義務、初めて聞きました」

「あんっ? なんだ、そんな事も分からない莫迦だったのか」

 千歳は莫迦を強調するように言う。

 黒銀の額が引き攣った。それはもう、盛大に引き攣っている。

「お前は一人で育ってきたと思っているんだろうな。だとしたら莫迦と言うしかないじゃないか。なぁ、莫迦。誰かが作った服を着て、誰かが作った食物を食べて、誰かが作ったシステムの中で働き、誰かを見て行動を真似る。誰かとは誰の事だ。お前以外の人間の事だ。だったら、お前が貰ったものを他人に渡してやるのは、お前に科せられた義務だとは思わないか。まぁ、莫迦の培ってきた物を受け取ってくれるかは分からんがな」

 千歳の言いようが黒銀の癇に障りまくり、知らずに声音が荒くなる。

「そんなこと分かってます。わざわざ言って頂だかなくても結構です」

「いいや、お前は分かっちゃいない。なにせ莫迦だからな」

 黒銀はいい加減にして欲しいと思った。こんなに莫迦と言われるのは心外だし、理不尽だと思う。だから、止せば良いのにと思っているのに、つい言い返してしまった。

「そんな話はどうでもいいです。わたしが真似ていると仰るのでしたら、その新入生も勝手に真似すればいいじゃないですか」

「あぁ、そうだ。だから黒銀死神候――ああっ、うざったい! 黒銀、お前を見せて真似させる」

 千歳は組んでいた足を入れ替えると、そう言い放った。

「誰かから教わるなんて事に意味は無いんだ。そんなものは見て真似れば済む事だからな。誰かが歩いた後を、お前が歩いているに過ぎないのさ。今のお前が自分で出来た事なんて何一つ無いんだよ。だからお前が教えてやる必要はない。お前の歩く姿を見せてやるだけでいいんだ」

 千歳は憎々しげな表情を浮かべて吐き捨てるように言う。黒銀には自嘲しているように聞こえたのだけれど、きっと気のせいに違いない。

「わたしが模範にならないのは成績が証明してくれています。わたしよりも成績のいいアインスは他にいっぱいいます」

 学園では一人身の生徒をアインスと呼称している。二人でパートナーを組めばツヴァイだ。

 アインスやツヴァイとは物の事であり、人間を意味してはいない。死神候補生は人ではなく物として数えられるからだ。

 実技の授業ではツヴァイ同士を組み合わせ、四人で1チームを組む事になっている。ツヴァイ二組のチームをフィアと呼ぶが、黒銀は三人でチームを組んでいるのでドライと呼ばれる。

 この呼び方を決めたのは、当時ドイツの文化にはまっていた学園長だそうだ。黒金は厨二病っぽくて嫌いだった。

「お前に期待はしていない。……と言えば嘘だが、誰でも最初はそうさ。差し当たっては教師供の真似をすればいい。お前の神力は最低だからな。自虐になるのは理解できなくもない。しかし実技は悪くないんだ。力の使い方を誰よりも理解している。だからお前に預けるんだ黒銀」

 適当に煽てて引き受けさせようとしているのが見え見えで、余計に断りたくなったけれど、黒銀に拒否する権限は最初からないのだろう。学園長の決定は絶対なのだ。

 黒銀にだって学園長の言いたい事は分かっていた。正論なんだろうと思う。でも、感情は正しい事のみを選択してはくれない。自分に自信のない人間に人を導くなんて、とても出来るとは思えないのだ。

「わたしにはできません」

「はあぁ~。分かっているさ。お前に人材育成などできっこない。ましてや成績が最悪の奴に新人を預けるなんて非効率もいいところだ。しかしだ、これは既に決定事項なんだ。お前に拒否権は無い」

「強制ですか?」

「そうだ。だからお前が駄々を捏ねたところでどうにもならん。従ってもらう」

「そんな……」

「とにかく命令は伝えた。どうしても嫌なら従わなくても構わんが、罰則は覚悟しておけ。詳しくは指示書に書いてある。読んでサインをしてくれ。私か経理認証室の担当者に提出してくれればいい。拒否する場合は白紙のまま提出しろ。理由などは書かんでいい。十日後の五時までに可否問わず必ず提出する事。お前のツヴァイはその時に紹介してやる。どこで手間取っているのか、処理が遅くなってしまってな。正式に紹介できるのは十日後だ」

 黒銀の前に薄っぺらい封筒が放り投げられる。封筒には達筆な文字で指示書と書いてあった。

 ツヴァイの成立に指示書が発行されるのは珍しい。ツヴァイは自然発生的に生まれるのであって、命令されて成るツヴァイなんて稀だからだ。

 黒銀は誰からもツヴァイへの誘いを受けたことも、誘ったことも無かった。

 なにせ成績が学園最下位である。成績が最重要視されている学園において、最下位をひた走る黒銀を欲しがる者などいるはずがない。

 だから今回の学園長の処置は、いつまでもツヴァイになれない黒銀への救済処置だとも取れなくはない。いや、黒銀がそう思わないだけで、本当に救済なのだろう。

「ほら、さっさと受け取って、とっとと出て行ってくれ。こう見えても私は忙しいんだ」

 黒銀は渋々と封筒を拾い上げる。今後の学園生活を変えてしまうとは思えない程、とても薄っぺらくて軽かった。

「あぁ、それと――」

 黒銀が出て行こうとドアノブを握ると、学園長に呼び止められた。早く出て行きたい黒銀は、嫌々ながら振り返る。

「指示書の如何なるコピーも禁止。お前の頭にだけ入れておけ。そして、その封筒は一週間経たなければ開けない。それと一度封を閉じると資格ある者にしか開く事はできないぞ。そしてお前にはその資格が無い。よく考えてから封をするんだ」

 それは最高機密に施されるセキュリティだ。普通の指示書には絶対に施されない。

「それともう一つ。命令でツヴァイになりたくなければ、十日以内に自分で見付けることだ。――呼び止めて悪かった。それでは出て行け」

 その突き放すような態度に苛立ちを覚えながら、黒銀は学園長室を退出した。

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