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九、そのスパイ、魔王を手懐ける。


 <最後の雫/ザ・ラストドロップ>。この黒い雫が垂れ落ちた地点を中心として発動する超広域殲滅魔法。その効果は周囲一帯の死滅(・・)

 この魔法の恐ろしいところはその対象を生物に限定しないところである。椅子や机・建造物に機械など、術者が物体とみなすもの全てを死滅させる。使い方次第では、軽く一国を滅ぼすことが可能な大魔法だ。

 俺が魔法を発動させ、最終通告を行ったが――。


「ふんっ、何だそれは? どんな効果があるかは知らんが、そんなちんけな魔法で脅しているつもりか?」


 男は一切詫びるつもりも、自身の発言を訂正するつもりもないようだった。 


「……そうか、それが答えか」


 十分に考える時間は与えた。

 そのうえで出した答えがそれならば――もはや何も言うことはない。こんなボンクラがトップに居座る国など、どうせ滅びる。それが早いか遅いかというだけだ。

 俺が指先の黒い雫を床に垂らそうとしたそのとき。


「ま、待ってください、オウルさんっ!」

「少しでよいっ! 我らにも弁解の機会を恵んではくれんかえ!?」

「と、とにかく、落ち着いてほしいぞいっ!?」


 血相を変えたヴァストルドさん、他残りの元老院が急いで席を立った。

 俺が無言でそちらに視線を移すと、彼らは一歩後ずさる。

 そんな中、額に大粒の汗を浮かべたヴァストルドさんだけが、一歩前に踏み出した。


「ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。しかし、一つだけ言い訳をさせていただけるなら、この者はまだ元老院に加入してから日が浅く、あなたのことをきちんと理解していないだけなのです」

「それで?」


 教育不足か何か知らないが、そんなことはこちらの知った事ではない。

 全て元老院側の落ち度だ。


「こ、今後はもう二度と同じ過ちを犯さないよう、我々一同が責任をもって言い聞かせることをここに誓いますっ! ――ですから、なにとぞどうか……どうかっ! 今回ばかりは見逃してはもらえないだろうか……っ!」


 そう言ってヴァストルドさんと他の元老院は、深く深く頭を下げた。

 緊迫した空気が流れる中、自分が何をしてしまったのか理解できていないのだろう。この問題を引き起こした張本人だけが、どうしたらいいのかわからずに棒立ちしていた。

 そんな男の態度にさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、ヴァストルドさんは珍しく声を荒げて怒鳴った。


「この国家存亡の危機に……貴様、いったい何をしておるかっ! 誠心誠意頭を下げろ、この大馬鹿者がっ!」


 男はヴァストルドさんに頭を掴まれ、強引に頭を下げさせられた。

 そうして二人は小さな声で何やら話しを始める。


「ど、どういうことだ、ヴァストルド様っ!? 俺たちは元老院だぞっ!? なんであんな冴えない男一人に、こうもペコペコしなくちゃならねぇんだっ!?」

「馬鹿が……っ。あの男をただの人間と思うなっ! 記録に残っているだけでも数百年――おそらくは千年以上も生きる正真正銘の化物だぞっ!?」

「……はっ!? あ、あんな若造がっ!?」

「そうだ。私が物心ついたころから、あの男は全く老けていない。いつ見てもずっとあの顔だ」

「も、もしそれが本当だったとしてもよ。別に長く生きてりゃ凄ぇってもんじゃないだろっ!? さっきの魔法を見たかよ? あんな脅すようなことを言いながら、発動させた魔法があんな小さい雫一滴だぜ? ダビデの魔法の方がよっぽど凄ぇよ」

「未熟者が……。よく耳を澄ましてみろ」

「耳をって……んっ?」


 二人がこそこそと話し始めたことにより、一時的に室内はシンっと静まり返った。

 すると部屋の外から――。


「んぁああああああああっ! オウル様、オウル様っっっ! 嗚呼……っ、魔導の神よっ!この中でいったいどれほどの魔法が行使されているのでしょう……かっ!? 感じる……感じるぞ……っっっ! 扉一枚隔てた先にある絶対なる芸術の波動をっ! あぁ……ああああああああっ! 触れたい舐めたい食べたい飲みたい……その全てを――感じたいっっっ! 今すぐ……今すぐこの扉を開ける許可をっ! オウル様、オウル様ぁあああああああっ!」


 ダビデの魂の叫びが聞こえてきた。

 会談が始まる前に俺が『ちゃんとここで大人しくしているように』と言ったために、あの場から動けずにいるようだ。


「ダビデのあの異常な反応――あのたった一滴の雫がどれだけやばいかは十分に伝わるだろうっ!?」

「うっ、そ、それは……っ」

「わかったら、早く謝れ。誠心誠意、心を込めてだ。貴様の一言に国家の命運がかかっていると知れ」

「……わ、わかったよ」


 するとようやく相談事が終わったのか、二人はほとんど同時に、下げていた頭を上げた。

 そして――。


「……さっきの失礼な発言、あれは完全に俺が悪かった。……すまない。この通りだ、許してくれ」


 そういうと男はペコリと頭を下げ、許しを請うてきた。

 そこに援護を加えるように、ヴァストルドさんが口を開く。


「オウルさん。この者の発言は、決して許されるべきではない。とんでもなく愚かなものであったことは間違いありません。ですが、彼はあまりに若く、本当にただ無知だっただけなのです。どうか、お願いです。今回だけ――この一回に限り、彼を――この国を見逃してはくださらないでしょうか……っ」


 ヴァストルドさんは難度も頭を下げながら「なにとぞ……なにとぞ……っ!」と祈るようにして呟いた。

 ……こうも全力で謝られたら、まるで俺が悪者みたいではないか。


「はぁ……。……次はないぞ?」


 俺は仕方なく、<最後の雫/ザ・ラストドロップ>を解除した。

 その瞬間。元老院たちは全員顔を見合わせ、歓喜の表情を浮かべた。


「も、もちろんでございますっ! このたびは本当に申し訳ございませんでしたっ! その寛大なお心に感謝いたしますっ!」


 ヴァストルドさんをはじめとした元老院一同がしっかりと頭を下げ、感謝の言葉を述べた。


(まぁ初犯ということもあるし……今回だけは見逃してやるとしよう)


 もちろん通告した通りに、二度目はない。

 もし次あのようなことを口走ったら、そのときがこの国の最後だ。


(さてと……既に終わった問題にこれ以上時間を割く意味はないな)


 ずいぶんと回り道をしてしまったが、これでようやく本題に入れる。

 俺はゴホンと一つ咳払いをして、仕事の話に入る。


「それでは話を本題に戻しましょうか。――例の極秘作戦。俺が魔王軍へ加入するという話ですが――ずいぶんと計画を前倒しにされたのですね。前回の会談では、この作戦の決行は、早くても数か月後という話だったと記憶しているのですが……?」

「えぇ、その通りです。しかしその後、我々元老院と有識者を交えての作戦会議を何度も何度も行いました。そして結論を出したのです――今こそが魔王にとどめを刺す絶好の好機であると」

「ほぅ……そう判断した理由を聞かせてもらっても?」


 実に素晴らしい判断だが、一応念のため理由を聞いておきたい。


「もちろんでございます」


 そうしてヴァストルドさんは、極秘作戦の決行に踏み切った理由を説明し始める。


「前魔王が倒れてから早数年。我々人類はかつてないほどに魔王軍に対して、優利な立ち回りを演じております。というのも、前魔王の一人娘ラフィ=エーデルワルツ。彼女が魔王の座に就いてからというもの、魔王軍の指揮系統はボロボロ。各戦線において連戦連勝となっております」

「ふむ……」


 脳裏によぎるのはラフィからの手紙。


『最近なんか人間たちがだいぶ調子に乗ってるのよ! ちょろーっと押され気味になってるから、そこらの勇者パーティを一つ適当に潰してきて! これ急ぎでお願いね!』


 ヴァストルドさんから話を聞く限り、『ちょろーっと押され気味』どころの話ではない。


(ラフィめ……全く何をやっているんだか……)


 人間と魔王――両者の力はなるべく拮抗した状態であることが望ましい。天秤が片方に傾き過ぎるのは、俺の目的の上ではあまり望ましくないのだ。


(はてさて、ここはどう立ち回るべきだろうか……)


 とにもかくにも一度ラフィのところに行って、魔王軍の運営がどういう状況なのかを一度聞く必要がある。場合によっては俺が握りつぶしている人間側の重要な情報を渡し、反撃の狼煙(のろし)をあげてもらわなければならない。

 俺がそんなことを考えている間も、ヴァストルドさんは説明を続けている。


「その他、信用の置ける確かな筋から、幹部の数人がクーデターを企てているという情報も入ってきております。よって今こそ――この長い戦いに決着をつける絶好の機会だと判断いたしました」


 悪くない。

 非常に素晴らしい判断だ。

 人間側としては、間違いなく今こそが最高の攻め時であろう。


「なるほど……状況はよくわかりました」

「それで、どうでしょうか……? 引き受けていただけますか?」


 ヴァストルドさん他、元老院の面々の視線が俺に集中する。

 心配しなくても問題、もちろん引き受けさせてもらう。


「えぇ、もちろんです。どこまで探れるかは不明ですが、やるだけやってみましょう」


 仕事を快く引き受けると、全員の表情に安堵の色が見えた。


「おぉっ! 引き受けてくださいますかっ! 感謝いたしますっ!」

「それで早速ですが、明日この街を経ち、魔王軍に接触してみようと思います。――今回はどんな情報をお望みですか?」

「はい。まず最優先は魔王軍幹部の位置情報。次に彼らが使用する魔法、弱点。その他現在計画中の作戦などが知りたいことは山のようにあります。どんな些細な情報でもけっこうですので、どうかよろしくお願いします」

「わかりました。では、今日はこれにて失礼します」


 俺は一礼をして、扉の方へ向かう。そしてドアノブに手をかけたところで、思い出したかのように、一言添えて置く。


「念のため言っておきますが、身の危険を感じた場合はすぐに撤退しますので、そのおつもりでお願いします」


 こうしてさも危険なことをやっている振り(・・)をして、俺はこの部屋を後にした。



 その翌日。

 俺が<異空間の扉/ゲート>をくぐった先は、ちょうど魔王城の前門。

 威風堂々とした観音開きの大きな門が凄まじい存在感を放っていた。


「んー……。魔王城か……久しぶりに見た気がするな……」


 ここ最近はずっと火の勇者パーティに潜入し、『回復術師オウル』としての生活だった。フレムたちと密接な関係を築くために、自由時間の多くを彼らと一緒に過ごしていたので、魔王城に立ち寄るのはずいぶんと久方ぶりだ。

 久々の魔王城を下から見上げていると――。


「ワンワン、ワンッ!」


 尻尾を千切れそうなほどにブンブンと振ったポチが、嬉しそうな顔をしてこちらへ走ってきた。


「おーっ、ポチじゃないか。よーしよし、いい子だー」


 ワシャワシャとポチの頭を撫でると――。


「ハフハフハフ、ハッハッハッ!」


 気持ちがいいのかポチは尻尾を振りながら、体をこちらに預けてきた。


「おいおい、待て待て。昔とは違うんだぞ? 俺がぺしゃんこになるだろうが」


 ポチが小さかったころは、よく抱っこしてやっていたものだが、見上げるほどの巨体となった今はもう無理だ。一応持ち上げるだけなら簡単だが、とても『抱っこ』と言えるものではない。

 ひとしきりじゃれ合ったところで、ポチに問いかける。


「さてと、ポチ。ラフィは城の中にいるのか?」

「ワンッ!」


 ポチは元気よく一度吠えると、尻尾を振って城の中へと入って行った。どうやら案内してくれるらしい。

 ポチは頭のいい子だ。喋ることこそできないものの、人間の言葉を理解することはできる。

 一度「ワンッ!」と鳴けば、イエス。二度「ワンワンッ!」と鳴けば、ノーだ。


(もしかすると、ラフィよりもポチの方が賢いのかもな……)


 俺はそんなことを考えながら、ポチの後をついていった。



 そうしてポチに連れられた俺は魔王城の最上階――その最奥にある魔王の間へとついた。

 他を威圧するような仰々しく大きな扉が俺たちの前にそびえ立つ。

 ――とはいっても、中にいるのはラフィだ。そこまで(かしこ)まる必要はない。


「おーい、ラフィ。俺だ――オウルだ」


 扉を軽くコンコンコンとノックし、返事を待つが一向に何も返ってこない。


「……ん? ポチ、本当にラフィはここにいるのか?」

「ワンッ!」


 一回の「ワンッ!」――イエスだ。

 ポチの嗅覚は人間の遥か上をいく。ポチがいると言っているのだから、この中にラフィがいることは間違いない。しかし、ここまで返事がないことから、もしかするとまだ寝ているのかもしれない。


「おーい、ラフィ。開けるからな?」


 念のため最後にひと声だけかけてから、ゆっくりと扉を開いた。

 室内には前魔王が各地から寄せ集めた希少な調度品の数々が陳列されている――はずなのだが、今は電気が消されており、あまりはっきりと見えない。

 そんな薄暗い部屋の中心で、煌々と光りを発するものがあった――テレビだ。


「あっはっはっはっはっ! ひぃー、おかしぃーっ!」


 目を凝らせばそこには――ソファで横になりながら、テレビ番組を見て大笑いする魔王ラフィ=エーデルワルツがいた。

 頭に二本の黒い角を生やした、ピンク色の髪をした若い女の子。背中まで伸びる長い髪を一部後ろでまとめている。確かハーフアップとかいう髪型だ。魔王然とした漆黒のコート――ではなく通気性と見栄えを重視した現代的な服装だ。上はフード付きの白いパーカーで、ところどころに赤いラインがあり、下は黒いミニスカートに膝丈まである黒いニーハイソックスをはいている。


(はぁ……年頃の女の子がそんなに股を開いてどうする……)


 彼女はミニスカートを履いているにもかかわらず、横になりながら片膝を立てていた。

 そのうえ俺とポチが部屋に入ってきているというのに、こちらに全く気付いていない。もしこれがラフィの命を狙う侵入者だったならば、もう一巻の終わりだろう。


「ラフィ。おい、ラフィ!」


 少し大きな声を出して呼んでみたが、よっぽど集中しているのだろう。全く反応がない。


「ふひひひひっ。あっははははははっ! 馬鹿ねー、普通そんなのわかるでしょーっ?」


 いったい何の番組を見ているのか、テレビの中の演者にツッコミを入れていた。


「はぁ……こいつは全く……」


 いつまで経っても気付かないので、俺は仕方なくラフィとテレビとの間に立った。

 するとさすがのラフィも、これには反応を示した。


「あっ!? ちょっとあんた、そこどきなさいよ。見えないじゃないのっ!」


 しかし、残念ながらまだ俺だと気付いていないようだ。


「はぁ……ポチ、悪いが部屋の明かりをつけてくれ」

「ワンッ!」


 俺がテレビの電源を消し、ポチが部屋の明かりをつける。


「まぶしっ!? ちょっと何を……っ! ……って、あんた、オウルじゃない! いつ帰ってきたの?」

「ほんのつい今しがたにな」

「へー、そうなの。……って、そうよ! ちょっとオウル!」


 するとラフィは、急に不機嫌な顔になり、バッと立ち上がった。


(笑ったり、怒ったり、急に怒鳴ったり……相変わらず落ち着きのない奴だな……)


 そして部屋の隅にある箪笥(たんす)をゴソゴソと漁り、一枚の紙切れを持って俺のところへ戻

ってきた。


「これはいったいどういうことなのっ!?」


 真っ赤な顔で詰め寄ってきたラフィの右手には、一枚の新聞記事が握られている。

 俺はそれを受け取り、一面に堂々と赤字で書かれた記事に目を通す。


「ふむ……『火の勇者パーティで内乱!? 回復術師オウルに死刑宣告!』……か」


 元老院が主要なメディアには圧力をかけていたはずだが……。どうやら零細新聞社に情報をすっぱ抜かれてしまっていたらしい。情報統制はしっかりするよう、後で注意をしておかねばならないな……。


「これはいったいどういうことよ!? 頑張って、苦労して、いろんなところに手をまわして――やっっっと勇者パーティに潜入できたのにっ! なぁんで無駄にしちゃうのよっ! 意味わかんないっ!」


 頑張ったのも、苦労したのも、いろんなところに手を回したのも俺なんだが……。


「まぁ、少し落ち着け」

「これが落ち着いていられるわけないでしょっ!? だいたいねぇ、もしあたしだったら――」


 ラフィはこうなると話が長くなる。というか自分がある程度納得するまでは、お喋りが止まらない。万が一こうなったときのための秘策を、俺はしっかりと用意してきている。


「まぁそうカリカリするな。――ほら、手土産もあるぞ」


 俺は隠し持っていた、長方形の小箱を彼女に渡す。中身は、サリエスの街で買ってきた彼女の大好物だ。


「ふ、ふんっ! そんなモノで釣ろうったって……」


 そう言いながらラフィは、少し嬉しそうな・どこか期待した顔つきで、小箱を開ける。そして――。


「きゃーっ!? これサリエスの街の地酒じゃないっ! ここの美味しいのよねーっ! ありがとーっ。大好きよ、オウル!」


 キラキラと子供のような目で、大好きなお酒にほおずりをするラフィ。


「あぁ、ちょうど目に入ったもんでな。大事に飲むんだぞ?」

「うん、大事にするーっ!」


 ラフィは酒瓶を大事そうに冷蔵庫へとしまうと、こちらに戻ってきた。

 すると――。


「……あれ? そういえば何の話ししてたんだっけぇ?」


 俺の目論見通りに、彼女はついさっき怒っていたことを忘れていた。

 そこへ間髪を入れずに、嘘の情報を吹き込む。


「おいおい、しっかりしてくれよ、ラフィ。次の仕事について話していただろ?」

「あっ、そうそう! もう、ちゃんと覚えているわよっ! ちょっとうっかりしてただけ!」


 まんまと誘導されたことに気付かないラフィ。


(相変わらず……ちょろいな)


 すぐ頭に血が登り、プライドが高い。

 そのくせ記憶力が鶏並みと来たものだ。

 これ以上扱いやすい人物はいないだろう。


「まぁいいわ、次の仕事よねっ! 実は次の潜入先はもう決めてあるのよ!」

「ほぅ、早いじゃないか」

「ふふんっ、そうでしょうそうでしょうっ! パーフェクト魔王のラフィ様は、とっても優秀なのよっ!」


 少し褒めるとすぐに調子に乗ってつけあがるので、このあたりにしておく。


「それで、どこに潜入してくればいいんだ?」

「それはね――ジャカジャカジャカジャカジャカァーッ!」


 口でドラムロールの真似事をしながら、机をゴソゴソと漁るラフィ。少々テレビの見過ぎである。


「デデンッ――ここよ!」


 そう言ってラフィが引き出しから出してきたのは、一枚のパンプレットだった。


「これは……」


 パンプレットには『グリフィス高等学校募集要項』と書かれていた。

 つまりは高等学校へ入学するための書類である。


「グリフィス高等学校か……」


 グリフィス高等学校。

 王族や大貴族の子弟たちが通う、国内屈指の超名門校の一つだ。


「そうよ! ここに潜入して、最近うじゃうじゃと増えだした勇者と、バカみたいに量産されている聖剣について調べて欲しいのよ!」


(ほぅ、なるほど……ラフィにしてはまともなところに目を付けたな……)


 近年勇者の資格を持つ者と、勇者を選定する聖剣が突如増加し始めた。それもどういうわけかここ二、三年で急激にである。


「了解した。今度はこの学校の教師として潜入すればいいんだな」


 教師の身分を手に入れるのは少し苦労するだろうが、一応アテはある。

 まぁ、問題なく潜入できるだろう。

 俺が脳内で今後の仕事の予定を組み立てていると――。


「いいえ、違うわ。オウルには学生として、ここに入学してもらうの」


 ラフィはそんなとんでもないことを言い出した。


「……は?」

「教える側になってどうするのよ? ちゃんと生徒の立場になって、いったい教師たちがどんな方法で勇者を量産し始めたのか。それとどうしてこんなに聖剣が増えているのか。この真相を突き止めてちょうだい。これは生徒の視点だからこそ、見えてくるものだと思うのよ」

「ふむ……」


 確かに教師となって潜入するよりも、同じ学生となって潜入した方が遥かに効率よく情報を得ることができるだろう。子どもはそう言った秘密の情報や噂、隠し事に敏感であり、口も比較的軽い。


(……ラフィの言わんとしていることはわかる。それはわかるんだが……)


「いやぁ……これはさすがに厳しいんじゃないか……?」


 難色を示した俺に、ラフィが意外そうな表情を浮かべた。


「何よ、天下のオウル様にできないことなんてないでしょう?」

「天下を取った覚えなんてないんだが……。まぁ冗談は置いておくとして……さすがに高校生は無理があるだろう?」


 自分の歳なんて百から先は数えていない。

 今更そんな十代前半の青春真っ盛りの彼ら彼女らに溶け込むのは不可能だ。


「大丈夫よ! オウルの変身魔法は超一流! 絶対バレっこないって!」

「いや外見の問題じゃなくて、テンションとか会話の問題なんだが……」

「大丈夫大丈夫っ! それにほらっ!」


 無責任に「大丈夫っ!」と言い放ったラフィは、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。


「身分証に戸籍、住所なんかはもう手配済みよ!」


 それは偽造された住民情報のコピーだった。

 俺のものと思われる偽名・偽の住所・偽の家族情報、全てでたらめだらけだが、しっかりと役所の印鑑が押されてあった。準備は既にばっちりといわけだ。


「はぁ……あまり気は乗らないが、やってみるとするかぁ……」


 ここまで下準備をしてもらいながら、断るのもなんだ。

 難しい仕事になるだろうが、できる限りの努力はしてみるとしよう。


「それで入学試験の日はいつなんだ?」


 グリフィス高等学校と言えば、俺でも名前ぐらいは知っているぐらいの超名門校。当然ながら、その入学試験は困難であることが予想される。最低でも数か月の準備期間は欲しいところだ。


「明日よ」

「……は?」

「明日よ」

「いや、ちゃんと聞こえてはいるんだが……。俺が言いたのはそういうことじゃなくてだな……」

「ふふっ。心配はご無用よ、オウル。ちゃんと願書は期日までに出してあるから!」

「いや、そうじゃない。それも確かに大事だが、そうじゃないんだ」


 実技試験は、まぁ……おそらく大丈夫だろう。

 腕には少しばかり自信がある。だが、問題は筆記試験だ。


(一応理系科目も文系科目も一通りは修めているが……)


 いかんせん、いつ学んだのかも思い出せない。

 とにかく筆記試験については少し問題があることをラフィに伝えなければ。


「ラフィ。自慢じゃないが、あまり座学は得意じゃないんだよ」


 自信を持って得意だと言えるのは、唯一魔法学ぐらいのものである。


「それも問題ないわ! このグリフィス高等学校は、一風変わった入学試験で有名なのよ!」

「一風変わった?」

「そうよ。何でもこの学校は、学問的な知識じゃなくて実戦的な能力を重んじる校風みたいなのよね。だから、試験は毎年実戦形式の実技一発勝負。ペーパーテストはなしってわけよ」

「なるほど……。それならまだ可能性はあるか……」


 厄介な筆記試験がないのならば、俺にもチャンスはある。


「大丈夫よ! オウルがいつものようにどーんとでかい魔法をかませば、一発合格間違いなしっ!」

「……だといいがなぁ」


 そう上手くことが運ぶかどうか……。


「詳しいことは全部その要綱に書いてあるから、後はよろしく頼んだわよ」

「はぁ……まぁやるだけやってみるよ……」


 こうして俺は、急遽明日に控えたグリフィス高等学校の入学試験を受けることになったのだった。

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