七、そのスパイ、予定通り死刑となる。
その後、サリエスの街に着いた俺を待ち構えていたのは、広場を埋め尽くさんとするほどの魔法警察だった。先に逃げた合同パーティのメンバーが、ちゃんと通報していてくれたのだろう。手間が省けて助かる。
「元火の勇者パーティ所属・回復術師のオウルだなっ!?」
拡声器を持った一人の魔法警察が、軽量金属で作られた巨大な盾の後ろで怒鳴るようにして問いかけてきた。
「あぁ、そうだ」
「貴様には殺人未遂の疑いがかかっている、大人しく署まで同行願おうか!」
「もちろん、いいとも」
こうして無駄な抵抗をすることなく、サリエスの街の中央魔法警察署まで連行された。
身柄の拘束。
取り調べ。
裁判。
これら一連の手続きが、まるで|最初から仕込まれていた《・・・・・・・・・・・》かのように淡々と異例の速度で行われていった。
そしてその日の十五時頃。
「主文。被告人――元火の勇者パーティ・現無所属の回復術師オウルを死刑とする」
俺に死刑判決が下った。
(ふむ……まぁ、そうなるだろうな)
俺のとった行動と、元老院から依頼されていた仕事。
この両者を紐づけたとき、俺が死刑となることは予想できた。
そして元老院の息がかかっているであろう主任裁判官が、判決文を読み上げる。
「第一事実――本件は被告人が元々所属していた火の勇者パーティを追放された私怨により発生した、殺人未遂事件である。第二事実――被害者はリーダーである勇者フレム・戦士モルガン・魔法使いクワドラ・魔法使いアインの四名である」
私怨か……まぁ、確かに一部私怨が含まれていたことは否めないな。
「第三事実――火の勇者パーティと他二組からなる合同パーティは、ゴブリンロードを頭領とするゴブリンの群れを見事に討伐した。このとき被告人オウルは、満身創痍となった火の勇者パーティに奇襲を仕掛け重傷を負わせた」
この部分は……ずいぶんとまぁ捏造が入っているな。
そもそもゴブリンロードを含めた悪いゴブリンの群れを倒したのは、俺である。
それに奇襲なんてしていな。いっそ清々しいほど正面から彼らを襲ったんだが。
(まぁ……人間側としては、そこは隠したいんだろう)
国家の最重要戦力である勇者がたった一人に、それも後方支援の『回復術師』に敗れたとなっては、現在の勇者制度に疑問の声が上がるのは火を見るより明らかだ。何としても、この事実だけはもみ消したいのだろう。
(それにフレムたち火の勇者パーティの面々にも面子がある)
一対四、個人対パーティ、それも真っ向勝負で負けたとなれば、彼らの面目は丸つぶれだ。
そういったもろもろに配慮した結果、この判決文に収まったのだろう。
そんなことをぼんやりと考えている間も、主任裁判官は朗々と判決文を読み上げている。
「以下、量刑の理由を述べる。直接追放手続きを取ったフレム・被告人と険悪な中であったクワドラの両名が依然として意識不明の重体。一方、つい先日加入したばかりのアイン・比較的中立の立場を維持していたモルガンの両名は既に意識を回復しており、病院にて療養中である。このことから被告人は、強い恨みを持ってこの凶行に及んだと言わざるを得ない。事件の凶悪性と被告人の残虐性、さらには高い計画性を持った明確な殺意を鑑みて――」
そこで一呼吸置いた彼は、強くはっきりと判決を言い渡した。
「被告人――元勇者パーティ所属の回復術師オウルは死刑とする」
木製の槌、確か『ガベル』というんだったか? が、打ち鳴らされ、ようやく無事に裁判が終わった。
(ふぅ……長かった)
こういう堅苦しい雰囲気や式典のようなものは好きではない。
(これでやっと孤児院に帰れるな……)
そうして気を緩めた次の瞬間。
「異議ありっ!」
傍聴席からとんでもなく迷惑な発言が聞こえてきた。
(異議なんてない、こっちはもう早く終わりたいんだが……)
げんなりと肩を落とし、その声の元を見るとそこには――。
長い金髪をポニーテールにし、金と白を基調とした防具を着用した美少女。 ツァドラスの娘っ子であり、閃光の勇者――フェルブランド=レスドニアが傍聴席から異議を申し立てていた。
(……フェル?)
どうしてここに……? というかこれは面倒くさいことになったぞ……。
裏の事情を知らず・人並み以上に正義感の強いであろう彼女が、こんな異例尽くしの裁判を見逃せるわけがない。
すると彼女は俺の予想通りというか何というか、鋭い目つきをさらに尖らせて、主任裁判官に食ってかかった。
「そもそもこの裁判はおかしい! 全てが異例尽くしで、どれも正式な手続きによってなされていないじゃないかっ!」
(ほうら、やっぱり……)
ツァドラスもこうだった。
おそらくだが、この家系の女性は正義に則らない行動を絶対に許さない性質なのだろう。
「そもそも何だ、結審に至るまでのこの早さはっ! これではまるで最初からオウルの死刑が決まっているようではないかっ!」
(決まっているんだよなぁ……口には出せないけど)
そもそもこの裁判自体が、この国から『回復術師オウル』を消し去るための大きな茶番である。そうとは知らない、フェルは必死の形相で俺の弁護をする。
「それにオウルはこんなことをする奴じゃないっ! 何かきっと、やむにやまれぬ事情があるはずだっ! ――とにかく、こんなでたらめな裁判が許されていいはずがないっ! 私は断固として再審を要求するっ!」
人目も一切気にせず、純粋に俺の身を案じたフェルはそう言い放った。
正直非常に嬉しいが……勘弁してくれ……。というのが本音だ……。いや、本当にフェルのその気持ちは嬉しいんだけどな……。
俺が複雑な気持ちで、フェルをジッと見ていると、偶然彼女と目が合った。
「オウルも何か反論しろっ! どうしてそんなに無抵抗なんだっ!」
反論しろと言われてもな……。
「いや……まぁ、そのなんだ……なるようになるんじゃないか?」
「何を言っているんだ、お前はっ!? 死刑だぞ!? なるようになんてならないっ! そのまま死んでしまうんだぞっ!?」
俺の中途半端な回答が気に障ってしまったようで、火に油を注ぐ形になってしまった。
ヒートアップするフェルを見かねたのだろう、主任裁判官が厳しく冷たい声で注意した。
「傍聴人は静粛にっ! ――そもそも再審請求権は、あなたには存在いたしません」
「勝手な所でだけ規則を持ち出すなっ! それは筋が通らないぞ!」
「ぐっ……っ。そ、それは……っ」
その後も、頭の回転の速いフェルが主任裁判官の詭弁を打ち破り、裁判の行方があらぬ場外乱闘へともつれ込んでしまった。
(はぁ……。ファーやサキュラたちは今頃何をしているんだろうなぁ……)
現実から目を背け、孤児院の子どもたちのことを考えていると。
パンパンっと、主任裁判官が二度大きく手を打った。
するとそれが合図だったのだろう、フェルの周囲に大勢の警備員が集結した。
「な、なんだこれは……っ!?」
「失礼ながら、閃光の勇者フェルブランド=レスドニア女史とお見受けします」
「それが何だと言うんだ!」
「これ以上この国の司法制度を侮辱するならば、こちらもそれなりの対応を取らせていただきます。――当然ながら私とて、このようなことは本意ではありません。栄誉あるレスドニア家の名が汚れることを望む者は誰もおりません。もちろん、あなたのご家族も」
「……っ!」
家族を引き合いに出されたフェルは、怒りを押し殺したようにグッと主任裁判官を睨み付けた。
(あぁ……これはまた面倒くさいことを考えているぞ……)
こんな正義のない脅し文句を言われ、ツァドラスが――その子孫のフェルが黙っているとは到底思えない。下手をすれば俺が収容されたと報じられる刑務所に殴り込みをかけてくるかもしれない。
(そうなる前に早いところフェルの誤解を解かなくては……)
とは言うものの、いったい全体何と言って誤解を解けばいいのだろうか?
当然ながら俺が二重スパイであることは明かせない。それにこの裁判が仕組まれたものであることも明かせない――芋づる式に俺と元老院の繋がりがバレてしまう。
(あぁ……。また面倒なことが増えた……)
俺が一人頭を抱えていると――。
「これにて裁判を終了致します。事務官は被告人を地下の独房に収容してください」
主任裁判官が裁判の終了を告げ、無事に閉廷となった。
「さぁこっちだ、大人しくついてこい」
こうして俺は両手に手錠をされたまま、警備担当裁判所事務官に連れられ、この裁判所の地下にある独房へと連行されることになった。
■
その数分後。事務官に連れられた俺は、裁判所を上へ上へと登り、最上階まで来ていた。最上階は元老院から許可をもらった者のみが入場を許される場であり、全員が関係者――もはや人の目はどこにもない。
すると――先導していた事務次官が突如振り返り、大地に顔を打ち付けた。
「――オウル様っ!先ほどの礼を失した愚かな発言、本当に申し訳ございませんでしたっ! つきましては先ほどの失態――この命を持って償わさせていただきますっ!」
そう言うと彼は懐から短刀を取り出し、自害すると宣言した。
まさかこいつ……信者だったのか!?
「こらこら、待て待て。ちゃんと仕事だってわかってるから、そう命を粗末にしてくれるな」
すると事務官は、短刀をポロリと手から滑らせ、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「なんと深い御心……っ! こんな私にまで手を差し伸べてくださるとは……っ! あ、あぁ、あぁぁあああああっ!」
彼は感極まってしまったのか。その場で天井を見つめたまましばらく、白目でフルフルと震えていた。
「えーっと……終わったか?」
少しして声をかけてみると、彼は素早く立ち上がり丁寧なお辞儀をして見せた。
「お見苦しいところをお見せいたしました、もう大丈夫でございます。さぁオウル様、こちらで司教様がお待ちです」
ようやく平静を取り戻した事務官に、大きな扉の前まで案内された。
「それでは私はこれにて失礼いたします」
彼はそう言って深く頭を下げると、自身の仕事場へと戻っていた。
「さっきのアレは間違いなく信者だな……」
そして彼は確かに『司教様がお待ちです』と言っていた。つまりこの中にいるのは……。
「絶対アイツだよなぁ……」
重苦しい気持ちの中、意を決して扉を開けるとそこには――。
「お待ちしておりました。オウル様」
深緑の髪をきっちりと七対三に分け、遠くからでも一目で彼だとわかるほど真っ赤なスーツを着こなした背の高い美青年が、ニッコリと優し気な笑みを浮かべて立っていた。
「あ、あぁ、待たせてすまなかったな。ダビデ」
彼こそが『前:元老院お付きの近衛集団、老院魔導団の隊長』。『現:オウル教の最高司教』。ダビデ=グリッドニルその人である。
オウル教とは、つい先日発足した新興宗教の一つである。一神教であり、名前の通りというか、唯一神はこの俺オウルということになっている。魔導の深淵に到達することを至上の目的として掲げており、日夜魔法の研鑽に励んでいる。……だけならいいのだが、さっきの事務官の彼のように、俺のことを本当の神だと信じて疑わず、過剰な信仰と忠誠を捧げられて正直かなり困っている。
そのオウル教の最高司教を務めるこの男――ダビデは人懐っこい友好的な笑みを浮かべて近づいてきた。
「お疲れさまでした。オウル様」
彼はスッと右手を差し出し、握手を求めてきた――が、その手には乗らない。
「あ、あぁ……気にしないでくれ」
俺は気付かないふりをして、そのまま部屋の奥にあるソファに腰かけた。
(はっきり言って、正直に言って――俺はこのダビデが苦手だ)
嫌いではない、多分悪い奴でもないんだが……苦手だ。
もちろんそんなことを彼に伝えれば、すぐにでも命を絶ちそうなので、口が裂けても言うことはできないが……。
さりげなく握手を拒まれたダビデは、一切めげることなく、俺の対面に位置するソファに腰かけた。
「先ほどは下らない茶番に付き合わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
彼は申し訳なさそうな顔をして、ペコリと頭を下げた。
「いや、こちらこそ面倒かけてすまないな」
(そうなんだよ……日常会話をしている限りでは、本当に普通なんだよな……)
あれほど異常でありながら、こんなに常識人のように振る舞えるのがこの男の恐ろしいところだ。
何がそんなに楽しいのか・嬉しいのか、ニコニコと笑顔で俺の顔を見続けるダビデ。
このままこの密室で黙っているのは、何だか危険な気がした俺は、さっさと今後の予定を確認し、ここから去ることにした。
「あーっと、そうだダビデ。元老院との会談は何時からになっている?」
「本日の二十一時からでございます。もしご都合が悪いようでしたら、ご変更いたしましょうか?」
ダビデの中では俺>元老院となっており、『俺』という存在がこの世の全てに優先するものとなっている。そのため、俺の都合が悪ければ元老院が――国が予定を変更して合わせるべきだと、心の底からそう思って疑わない。
「いや、ただ確認しただけだ。気にしないでくれ。その予定のままで問題ない」
「かしこまりました。――ところでオウル様、この後はいかがされますか? もしここでお過ごしになられるようでしたら、ぜひ私と一緒に――」
「――いやいや嬉しい申し出だが、悪いが俺は一度自宅に帰らせてもらうよ。家族が待っているからな」
いったい何を言うつもりだったかは知らないが、俺は先手を打ってダビデの思惑を打ち破った。
「左様でございましたか。――ところでオウル様。ご自宅に帰られるということは……見せていただけるのでしょうか?」
ダビデの完璧だった友好的な笑みが綻びを見せ、私欲にまみれた情欲の炎がその目に宿った。
「あ、あぁ……まぁ、そうなるな……」
「そうですか、そうですか。では、どうぞ。さぁ、どうぞ」
ダビデは立ち上がり、芝居がかった風に腕を大きく広げた。さすがに興奮が隠し切れない様子だ。
(はぁ……仕方ない……よな?)
俺は半ば諦め半分で魔法を唱える。
「――<異空間の扉/ゲート>」
魔法が発動し、目の前に漆黒の扉が現れる。
するとダビデは、耳を塞ぎたくなるような大声を発し、全身でその喜びを表現した。
「ト……レビィアアアアアアアァンンンンッ! 美しぃっ、何って美しい魔法何っっっだっ! 完っ璧な魔法構成っ! 多過ぎず少な過ぎず――まるで天秤で測ったかのような最適な魔力量っ! 一分の狂いもない究極の左右対称で発現した<異空間の扉/ゲート>っ! いったいどれほどの鍛錬を積めば、そこまでの境地へっ! あぁ……あぁあああああああああっ! オウル様っ! 我らが魔導の神よっ!」
ダビデは、あまりにも深く魔法を愛し過ぎていた。
本人曰く、『魔導に生き、魔導のために死ぬことこそが我が人生。転じてオウル様のために生き、オウル様のために死ぬことこそが我が人生』らしい。正直、ドン引きだ。
「お、落ち着け、ダビデ。これはどこにでもある普通の<異空間の扉/ゲート>だ。お前も使えるだろう?」
こう見えてダビデは魔法の天才だ。高難度の魔法<異空間の扉/ゲート>の発動なんて朝飯前だ。実際、その実力は勇者に勝るとも劣らないと噂されており、若くして老院魔導団の隊長を任された国家の最重要戦力の一つである。
しかし、俺の声はもうダビデに届いてはいない。
「はぁはぁ……オウル様……っ。はぁはぁ、わ、私はきっとあなた様に会うために、この世に生を受けたのですね……っ」
彼は息を荒くし、よだれを垂らしながらジリジリとこちらへ近寄ってきた。
「お、おい、ダビデ……?」
俺は知っているこいつの今の狙いが俺ではなく、この<異空間の扉/ゲート>そのものであることを。
「あふ……いただきます……っ」
そう言うとダビデは、俺の作り出した<異空間の扉/ゲート>をその舌で舐め始めた。
シュロンシュロンという舌と金属が擦れ合う音が、静かな室内に響き渡る。
「んぁあ……ふぅ……っ。なんという甘美な味わい……っ」
匂いでも付けているつもりなのか全身をくねらせながら、<異空間の扉/ゲート>に体をこすり付けるダビデ。どこに出しても恥ずかしくない立派な変態だ。
魔導を愛し、魔導に全てを捧げた男――ダビデ。
彼は俺が魔法を発動するといつもこうなってしまう。
『この全身をもって、魔法を受け止めたい』とは彼の言だ。
「と、とにかく、元老院との会談までには戻るから、ここで俺は失礼するぞ……っ」
そう言って俺は逃げるようにして、孤児院へと続く<異空間の扉/ゲート>へ飛び込んだ。