六、そのスパイ、無事に仕事を終える。
戦闘が開始すると、前衛に戦士のモルガン。後衛に魔法使いのクワドラ。そのちょうど中間に対応能力の高い勇者フレム。と、教本通りの基本陣形を作った。
「モルガン、クワドラ気を付けろ! オウルは何か強大な力を隠している。絶対に油断は禁物だぞっ!」
「「了解っ!」」
しかしその後、陣形を整えた彼らは、一向に攻めてくる気配を見せない。
さっき俺が見せた高難度の魔法――<異空間の扉/ゲート>と<死/デス>を見て、警戒しているのだろう。
「攻めてこないのか? ならば、こちらからいくぞ?」
まずは前衛のモルガンを仕留めるべく、彼の元へゆっくりと歩みを進める。
「……オウルボーイ? 回復術師の……いや、何らかの魔法系統の職に就く君が、接近戦を望むのかね?」
「あぁ、そうだ」
少し大きな魔法を発動させ、彼らもろともこの高原を吹き飛ばすこともできる。しかし、それではあまりに味気ない。短い期間とはいえ、一応彼らは共に戦ってきた仲間だ。惜別の言葉の代わりに、ちょっとしたアドバイスでも送ってやろうと思う。
俺はあえて武器を持たず、大股でモルガンとの距離を詰めていく。
すると彼は露骨に不快気な表情となった。
「オウルボーイ。君がいったい何故力を隠し、そして何故こんな凶行に及んだのかは知らない。だが、一つ。これだけは言っておこう。――その油断と慢心が命取りだとねっ!」
そう言った直後、モルガンは憤怒の表情で斬りかかってきた。
おそらく賢者の俺が素手で接近戦を望んだことが、戦士としてのプライドを傷つけたのだろう。
「待て、一人で行くなっ! モルガンっ!」
フレムの警告が飛ぶが、彼は止まらない。
「テイクディスッ! ――<鬼神五連斬>っ!」
<鬼神五連斬>――一振りで五発の斬撃を見舞う、モルガンの必殺技だ。
しかし、『一振りで五発』と言っても本当に刀が五本になっているわけはない。所詮は同時に五連撃を加えたように見えるほど、速く刀を振っているだけだ。ならば対処は簡単だ。
「――どれ、ここかな?」
最初の一撃目。モルガンの振るった刀をチョンと、人差し指と親指で摘まんでやる。当然、出足を押さえたので、二撃目以降は発生しない。
「オウマイガッ!? あ、あり得ないっ!?」
彼は驚愕の表情を浮かべた。
そして俺の指から刀を解放させようと全力で力を込めたが――ビクリとも動かない。
「モルガン。戦士を名乗るなら、もう少し体を鍛えた方がいい。――賢者である俺以下の筋力なんて、論外だ」
純粋な筋力の差をわからせるために、少し大袈裟に腕を振りかぶり、モルガンの鼻っ柱目掛けて右ストレートを放つ。
すると彼は瞬時に反応し、刀から手を離して両腕を交差してガードするが――。
「ぬっ!? お、ぉおおおおおおおっ!?」
そんな貧弱な腕で俺のパンチの威力を殺せるわけがない。モルガンのガードは一瞬にして破られ、その顔面に俺の右腕が突き刺さる。彼はボールのように水平に飛び、何度か地面にバウンドしてからようやく止まった。
「アン、ビリーバブル……っ」
かなり加減をしたので、あのまま寝かせておいても死ぬことはないだろう。まぁ、受け身も取れていなかったので、おそらく数日は動けないだろうが。
「「モルガンっ!?」」
接近戦で戦士が魔法職に敗れる。
通常ではありえない異常事態を前に、フレムとクワドラの顔色が青くなった。
「さて、次は――」
俺が次の獲物であるフレムに目を向けると。
「こんのっ! ――<上位灼熱球/グレート・フレア>っ!」
クワドラは威力が高く、発動も早い高難度の魔法を放った。
<上位灼熱球/グレート・フレア>――白く発光する超高熱の球体を発射する火属性魔法だ。
(その若さで習得しているのは見事だな……。それじゃ、俺はこいつで勝負しようか)
俺は一ランク下の、それも彼女の放ったものよりも遥かに魔力を少なめにした魔法で迎え撃つ。
「――<灼熱球/フレア>」
クワドラのものよりも一回り小さく、熱も控え目な球体を放つ。
狙いは彼女の魔法の右下部分だ。
「ふふんっ、所詮は役立たずのオウル。勝負あったわね!」
両者の魔法規模の違いを確認し、勝利を確信するクワドラ。
そんな彼女に、俺は優しく笑いかける。
「さて、それはどうかな?」
二つの球体が接触したその瞬間。
大爆発が起き、両者の魔法は共に消滅した。つまりは相殺されたのだ。
「ど、どうして!? なんで!?」
理解が及ばないと言った様子の彼女に、俺は少しだけ助言をしてあげる。
「クワドラ。お前には魔法使いとしての才能がある。しかし、基礎をおろそかにし過ぎだ。今の魔法は規模こそ見事なものの、魔法構成があまりにお粗末だ。だから弱所を突かれれば、脆くも崩れ去る。初心に戻って基礎から学び直すといい。それじゃ、まぁ……精進しろよ。――<雷撃/ライトニング>」
「ひっ!? き、きゃぁああああああああっ!?」
意識を奪う程度に弱めた雷撃をその身に浴びたクワドラは、衣装を真っ黒に焦がし、白目を向いて倒れた。
「く、クワドラっ!?」
一人また一人と倒れていく仲間に、フレムは悲しみと憤りを隠せないようだった。
「さて、最後はフレムだな」
最後の火の勇者パーティである彼の方へ近づいていくと――。
「ご、合格だっ!」
「……は?」
フレムは自身の聖剣を大地に突き立て、両手を広げてそう言い放った。
「合格……?どういう意味だ、フレム?」
いきなり『合格だ』と言われてもな……。正直、意味がわからんとしか言いようがない。
「あ、あぁ! どういうわけかオウルには、ずっと力を隠してる節があったんでな! み、みんなでお前の本当の力を引き出してみようと、試させてもらっていたんだ! もちろん、追放なんかしていないさ!」
「……俺が火の勇者パーティを追放されたことは、ギルドの受付嬢に確認済みなんだが?」
「えぁ……そ、そうっ! この作戦にはギルドも一枚噛んでいてねっ! オウルがギルドに来たら、そう伝えてもらう手はずになっていたんだよっ!」
「……」
……疑わしい。実に疑わしい。
「ほ、本当だっ! 信じてくれよ!? 俺たちはみんな大切な仲間だろうっ!?」
「『ただ飯食らい』の『役立たず』が、か? どちらも大切な仲間にかける言葉には思えないな」
ときには仲間に厳しい言葉を放ち、成長を促すことも必要だ。しかし、叱咤激励とただの悪口は違う。今回のは後者――ただの悪口だ。
俺の問いかけに言葉を詰まらせたフレムは――。
「わ、悪かった……! この通りだ……っ!」
地面に頭をこすり付け、土下座をした。
「今までの無礼な態度は謝る。だから……だから命だけは助けてくれっ!」
(元々命まで取る気はないんだが……ふむ)
ここまで無抵抗の相手を痛めつけるのは、さすがにどうかと思われた。
(まぁ……反省はしているようだし、今回は<睡眠/スリープ>で眠らせるだけにしてやろうかな?)
少し強めに<睡眠/スリープ>をかければ、一週間ぐらいはまともに起き上がれなくなる。体中がボロボロになって、病院で辛く不自由な毎日を暮らすよりも遥かにマシだろう。
「はぁ……わかった。今回だけは――」
俺が肩を竦めて、フレムに<睡眠/スリープ>をかけようとしたそのとき。
「――そぉんなの嘘に決まってるだろうがぁ! 隙ありぃ!」
フレムがいきなり立ち上がり、俺の胸に火の魔力を帯びた聖剣を深々と突き立てた。
刺された傷口からは、凄まじい熱が放たれ、俺の心臓を焼き尽くす。
……あーあ、やりやがったよ、こいつ。
「ふ、ふふふふふっ! あっはははははははぁっ! 馬鹿め、油断したなオウル! この勇者様がお前のよう、な雑魚……にぃ? ……はぐぁっ!?」
大笑いしながら高らかに勝利宣言をしていたフレム。しかし、彼は突然頭を抱えながら、地面を転げ回り始めた。
「い、痛いっ!? あ、あぁあああああああああっ!? いたい痛いイタイいたイ、イタイタイタイタイッ!?」
見れば、フレムの額に黒い薔薇の刻印が綺麗に浮かび上がったところだった。
(はぁ……、大人しくしていればいいものを……)
<黒の契約/ブラック・コントラクト>。自動迎撃魔法の一種であり、術者が致命傷を負った際に強制的に発動する。『致命傷を負った』という現実を改変し、一度だけどんな攻撃をも無効化する。それも相手に死の呪いをかけるというオマケ付きだ。
「た、助け……オゥル、ごめっ……。悪かっ……た……っ」
涙とよだれと汗で顔をぐちゃぐちゃにしたフレムが、懸命に腕を伸ばし、助けを求めてきた。
「はぁ、仕方のない奴だな……」
今日ここで火の勇者を殺す予定はない。勇者は国家の最重要戦略。無計画にポンポンと殺せば、人間側の勢力図が大きく乱れ、俺の計画に差し障りが出てしまう。
(全く最後の最後まで手間をかけさせてくれるな……)
「――<上位魔法無効化/グレート・ディスペル>」
するとフレムの額に浮かんでいた薔薇の刻印がサラサラと崩れ、同時に壮絶な痛みから解放された彼はやっと意識を手放すことができた。
「さて、ひとまずこれで仕事は終わりだな」
俺はグルリと周囲を見わたし、火の勇者パーティの全滅を確認する。
<衝撃波/ショックウェイブ>を顔面に食らい、昏倒している魔法使いアイン。
俺の右ストレートが直撃したうえ、全身を強く地面に打ち付け、満身創痍の戦士モルガン。
雷撃を食らい、激痛によるショックで気を失った魔法使いクワドラ。
そして<黒の契約/ブラック・コントラクト>により、肉体・精神を限界ギリギリまですり減らし、最低でも一週間は起き上がれないであろう勇者フレム。
「よし、これだけやっておけば、魔王も満足するだろう」
こうして、俺はものの五分も経たないうちに火の勇者パーティは壊滅させた。
そして今までの一部始終をポカーンと口を開けて見ていた合同パーティのメンバーたちは――。
「ひ、ひぃいいいいいいいっ!? ば、化物だぁあああああああっ!?」
まるで蜘蛛の子を散らしたように、我先にと逃げ出した。
つい先ほどまで騒々しかったモルテガ高原が、今となっては静かなものだった。
(とは言っても、切り傷も何もない綺麗なゴブリンの死体が大量にあり、国を代表する勇者パーティ全員が意識を失っているという、ある意味では騒々しい場所になっているがな)
まぁ、それは置いておくとして――。
「さてとそれじゃ捕まりに行くかな」
いつも通り完璧に仕事を完了させた俺は、予定通り自首をするために、サリエスの街の交番へと向かった。