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四、そのスパイ、幸運に見舞われる。


 サリエスの街についた俺は早速冒険者ギルドを訪れた。

 ギルドは年季の入った二階建ての木造建築で、中には酒場が併設されている。


(それにしても、相変わらず混んでいるな……)


 基本的にギルド内は年がら年中、人であふれかえっている。しかし、特にここ一・二年は少し異常な賑わいを見せている。それというのも、これまで見たことのない謎のモンスターの出現報告が各地で相次いでいるからだ。その調査・討伐依頼がギルドに殺到し、冒険者もギルド職員も大忙しというわけだ。


(さて、フレムたちはいるかな……?)


 目標(ターゲット)である火の勇者パーティを探し、ギルド内を一通り見て回るが――。


(ふむ……どうやらいないみたいだな……)


 残念ながら彼らを見つけることはできなかった。もしかしたら既にクエストに行ってしまったのかもしれない。

 俺は懐にあるメモ帳を取り出し、火の勇者パーティの行動予定が書かれたページを開く。


(えーっと、今日出発予定のクエストは……)


 ゴブリンロードの討伐・グリーンオーガの討伐・ジャイアントワームの討伐――特に予定の変更がなければこの三件だ。


『勇者パーティ』というだけあって、どれも難度の高い討伐クエストばかりだ。

 国家の最重要戦力である勇者。そんな彼らがリーダーを務めるパーティは『勇者パーティ』と呼ばれ、数多く存在する『冒険者パーティ』と区別される。勇者パーティに所属することは大きな名誉であり、自身のステータスとなる。


(しかし、今日だけで三件もあるのか……。無駄足を避けるためにも受付に聞いてから向かうのが正解だな)


 ギルドの規則により、冒険者はクエストへ出発する前に『どのクエストに向かうか』を受付に報告しなければならない。


(俺はまだ火の勇者パーティ脱退の手続きを取っていない。きっと快く教えてくれるだろう)


 そう思って受付嬢の元へ向かったのだが……。


「す、すみません……。大変申し上げにくいのですが……、オウル様に火の勇者パーティの情報をお伝えすることはできません」


 どういうわけか、あっさりと断られてしまった。


「えーっと……どういうことでしょうか? 俺は火の勇者パーティの一員なのですが……?」


 あくまで冷静に目の前の受付嬢に問いかけた。

 すると彼女は非常に答えづらそうにしながら説明してくれた。


「何というか、その……。つい先日、火の勇者フレム様がいらっしゃいまして……。その際にオウル様の追放手続きを取られましたので……」

「……なるほど」


 パーティを率いるリーダーにのみ与えられた権限――追放。

 パーティ内の風紀を著しく乱した者・規則を守らなかった者に対する罰則的な処分だ。

 この『追放された』という事実は、冒険者ギルドが管理する俺の個人情報にしっかりと記録される。つまりは俺の信用情報に傷がついてしまったというわけだ。


(まさかここまでするとはな……)


 そんなに俺のことを追い出したかったのか……。

 俺がため息をつくと、それをどう勘違いしたのか、受付嬢が申し訳なさそうに頭を下げた。


「も、申し訳ありません……っ」

「あぁいえ、こちらこそ変なことを言って申し訳ない」


 彼女に落ち度はない。

 悪いのは全て、追放手続きなんていう面倒なことをしたフレムだ。


「それでは、失礼します」


 軽く会釈をして、俺はギルドを後にした。

 ギルドから出た後は、人通りの少ない裏路地を奥へ奥へと進んでいく。


「はぁ……少し面倒だな」


 パーティを追放されたことにより、火の勇者パーティの居場所はわからなかった。こうなっては、彼らが今日行く予定だったクエストの場所をしらみつぶしに回っていくしかない。

 そうなるとさすがに徒歩では時間がかかり過ぎてしまうので、<異空間の扉/ゲート>を使うべきだ。


「よし、この辺りでいいか……」


 周囲に誰もいないことをしっかりと確認した俺は魔法を発動させる。


「――<異空間の扉/ゲート>」


 そう唱えた瞬間。目の前に漆黒の門が現れた。


 <異空間の扉/ゲート>はかなり難度の高い魔法だ。魔法使いでもない、ただの回復術師という設定の俺がそんなものを発動しては悪目立ちが過ぎる。そのため、こうしてわざわざ人目のつかない場所まで移動してきたのだ。


「さてさて、どこから行くか……」


 懐からメモ帳を取り出し、火の勇者パーティの行動予定を再度確認する。


「最初は……そうだな。『ゴブリンロードの討伐』にでも行ってみるか。場所は確か、モルテガ高原だったな」


 座標情報を打ち込み、<異空間の扉/ゲート>の接続先を調整する。


「これでよしっと」


 空間を接続した確かな手ごたえを感じた俺は、漆黒の扉に足を踏み入れ、モルテガ高原へと移動した。



 モルテガ高原。サリエスの街から馬で三時間ほど走ったところにあるこの高原には、ゴブリンの大きな群れが存在する。統率者であるゴブリンロードを中心に、彼らは周囲の村や集落を襲っていた。女や金品を奪い去り、食べるためではなく、楽しむために人々を殺していた。

 そんな非道の限りを尽くすゴブリンの群れを討伐するために、火の勇者パーティを含めた四人組の三パーティ合同――合計十二人がこのクエストに臨んでいた。

 当然そのまとめ役は、火の勇者フレム。

 過去に幾体ものゴブリンロードの討伐経験がある火の勇者パーティは、今回も「楽な仕事になる」と油断していた。

 しかし現在――彼らは予想外の苦戦を強いられていた。


「くそっ、気を付けろ、お前ら! こいつらただのゴブリンじゃないぞ……っ!」


 火の勇者フレムの焦りの混じった指示が飛ぶ。

 ゴブリン――並み居るモンスターの中でも最弱の呼び声が高い緑色の小鬼だ。身長は個体差こそあるものの、およそ一メートル。人間以下の腕力と知能しか持たないが、その性格は残虐非道。必ずと言っていいほどに群れで行動し、周囲の人里に甚大な被害をもたらす厄介なモンスターだ。また、その繁殖能力も非常に高く、『一匹のゴブリンを見たら、後百匹は隠れていると思え』と言われるほどだ。

 フレムと肩を並べ、前線で刀を振るう戦士モルガンが必殺技を放つ。


「テイクディスッ! ――<鬼神五連斬(きしんごれんざん)>っ!」


 一振りで五発の斬撃を見舞う、戦士職の上級技能だ。

 一撃目はゴブリンの胴体を両断。続く二・三・四撃目も難なくゴブリンを切り捨てた。

 そして最後の一発、五撃目。やや速度の鈍ったその斬撃は、ゴブリンを両断することなく、ギャリという異音と共にその肋骨に阻まれた。


(ホワイッ!? 体に力が入らない……っ!? いったいどういうことだ!?)


 オウルがいたころならば、その一発一発が必殺の一撃。こんな風に途中で止められることなんて、一度だってなかった。

 予想だにしない事態にモルガンは、一瞬ゴブリンから視線を外してしまう。

 すると――。


「ヴ、ヴガァァアアアアッ!」


 胴体に刀をめり込ませたゴブリンが、決死の突撃を敢行してきた。


「ワッツ!?」


 虚を突かれたモルガンは、回避が少し遅れ、ゴブリンの持つ粗末な短刀が左足をかすめた。

 そのまま反転し、返す刀でゴブリンを両断したモルガン。

 それを遠目で見ていたフレムがすぐさまモルガンの元へと駆け寄ってきた。


「大丈夫か、モルガンっ!?」

「フレムボーイ……っ」


 モルガンは自身の左足に視線を落とす。

 じんわりと服の上から血が滲んでいるが傷は浅い。戦闘続行には何ら影響をきたさないだろう。しかし――。最弱のモンスターであるゴブリンにダメージを負わされた。その事実が、戦士モルガンの培ってきた自信に大きな傷をつけた。


「だ、大丈夫だ、問題ない」


 しかし、戦闘中に精神的な弱さを露呈させるのは、三流冒険者のすること。モルガンはすぐさま頭を切り替えて、次のゴブリンへと向かった。

 そしてモルガンの感じたその異変は、魔法使いであるクワドラも感じていた。


「これでも食らいな――<火球/ファイヤーボール>っ!」


 防御力の低いゴブリンに対し、高火力の大魔法は必要ない。

 クワドラは消費魔力が低く、効果範囲の広い攻撃魔法を唱えた。

 彼女の手から発射された火の球は、一直線にゴブリンの元へ向かい、まとめて五匹もの吹き飛ばした。

 しかし、このとき彼女に大きな動揺が走る。


(っ、どういうこと!? 威力もスピードもまるで駄目……っ!? どうしちゃったのよ、私!?)


 以前ならば、<火球/ファイヤーボール>一発で軽く十匹以上のゴブリンを蹴散らしていた。それも灰も残らないほどに。

 しかし、たった今吹き飛ばしたゴブリンはたったの五匹。そのうえ二匹のゴブリンは、戦闘不能状態にはなっているものの死んではいない。今も浅い呼吸を繰り返しながら、憎悪のこもった目でクワドラを睨み付けていた。

 そして勇者フレムもまた、モルガンとクワドラと同じように――否、それ以上に『異変』に気付いていた。

 彼は他のパーティメンバーの援護を受けながら、ゴブリンロードと刃を交えていた。

 ゴブリンロード――身長は個体差もあるがおよそ一・八メートル。人間並みの知能と人間以上の腕力を持つ、ゴブリンたちの支配者だ。数万匹に一匹の割合で生まれてくるゴブリンの突然変異体と考えられている。

 フレムとゴブリンロード――両者は一歩も譲らぬ激しい剣戟の応酬を見せていた。

 しかし、フレムの顔色は優れない。


(くそっ、体のキレが悪い。まるで重りでも付けているみたいだ……っ)


 当然ながら彼らの身体能力が突然に低下したわけではない。ただ一つ、変わったことと言えば――オウルの支援魔法がなくなったことだ。彼の支援魔法の効果は絶大だ。<防御強化/リーンフォース・ディフェンス>を唱えれば、子どもの柔肌さえも鋼鉄のような強度を誇り、<武器強化/リーンフォース・ウェポン>を唱えれば、ヒノキの棒が聖剣並みの切れ味を誇る。

 ――しかし、オウルの強大な支援魔法がないと言っても、覆しようのない戦力差というものがある。片や国家の最重要戦力である勇者。片や最弱の呼び声の高いゴブリン。徐々にではあるが確実にゴブリンはその数を減らし、戦局は勇者たちに傾こうとしていた。

 それも無理のない話である。こんな遮蔽物の何もない見晴らしのいい高原で、ゴブリンが正面から勇者に挑んで勝てるわけがない。――そう、正面から挑んだならば。


「き、きゃぁああああああああっ!」


 誰もが勝利を確信したそのとき。

 死体に紛れ、死んだふりをしていた二匹のゴブリンが、合同パーティで唯一の回復術師へと襲い掛かった。


「ヴゥガァアアアアアアアアッ!」


 二匹のゴブリンは女回復術師の美しく長い金髪を引っ張り、強引に地面に組み伏せた。

 そして醜悪な笑みを浮かべ、手に持つ短刀をべロリと舐める。


「くそっ、<灼熱の弓矢/バーニング・アロー>っ!」


 事態にいち早く気付いたクワドラが、すぐさま発動の早い魔法を放った。


「「グギャァアアアアアッ!?」」


 <灼熱の弓矢/バーニング・アロー>が見事に二匹のゴブリンを射抜き、壮絶な断末魔が響き渡るが――一歩遅かった。

 見れば、女回復術師の腹部に粗末な短刀が深々と突き刺さっていた。


「くそっ、なんてことだ……っ」

「オゥマイゴッド……っ」

「ゴブリン相手に……冗談でしょ……?」


 フレム・モルガン・クワドラは思わず息を呑んだ。最弱のゴブリンを相手に重傷者を出すなど、あまりにも想定外の事態だったのだ。


「ヴゲゲゲゲゲッ! ウゥゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」


 ゴブリンたちの醜悪な笑い声が響く中。パーティメンバーの男が必死に女回復術師に声をかけた。


「シャディっ! 意識をしっかりと持て、シャディっ!」

「痛ぃ……いたいよ……っ」


 焦点の合っていない目で、虚空を見つめる女回復術師シャディ。

 そんな彼女の両手を握り、男は必死に声をかけ続けた。


「大丈夫だ、絶対に助かるっ! まずは落ち着いて自分に治癒魔法をかけるんだっ!」

「ぃや……だよ、……。まだ、死にた……なぃよぉ……っ」


 ボロボロと涙を流すシャディ。あまりの痛みと急激に血液を失った二つの衝撃で、冷静な判断能力が失われていた。

 まだ死んではいないものの、戦力としてパーティの生命線ともいえる回復術師をなくしたフレムたちに暗雲が流れ始める。

 火の勇者パーティの面々の脳裏によぎったのは『後悔』の二文字。

「こんなときにオウルがいれば」「もしあのときオウルを追放しなければ」――そんなありもしないことを考えていると。

 ゴブリンの群れと勇者パーティ、そのちょうど真ん中に漆黒の門が突如出現した。


「なっ、何だあれは……っ!?」

「ヴヴヴ……っ!?」


 何もない空間から突如出現した謎の門。その異様な光景に、この場にいる全員の視線が釘付けとなる。

 不気味なほどに静まり返った戦場の中。漆黒の門から一人の男が姿を見せた。

 その男は役立たずの烙印(らくいん)を押され、パーティを追放されたばかりの回復術師――オウルだった。


「おっ、一回目で当たりか。これはついてるな」


 彼はこの絶望的な状況に似つかわしくない、嬉しそうな口調でそう言った。

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