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六、そのスパイ、絶望する。


 ヌイの家でのちょっとした騒動があった明くる日。

 今日も今日とて学校がある俺は、グリフィス高等学校に向かっていた。


(それにしても、これから毎日この階段を登るのかと考えると……ゾッとするな)


 俺の所属する非正規クラスの教室は、古びれた旧校舎の五階にある。ここにはエレベーターもエスカレーターもないため、毎日この石段を登らなければならない。


(今のように過ごしやすい気温のときならばそれほど苦に思わないが、これが夏になったときのことを考えると……)


 ……どこかにこっそり<異空間の扉/ゲート>で移動できそうな場所を探した方が賢明かもしれないな。

 そんなことを考えながら一段一段登って行き、ようやく教室に到着した。

 既にホームルーム開始五分前ということもあって、ほとんどの生徒が揃っているようだ。


(なんというか……微妙な空気だな……)


 クラスメイトと距離を詰めたいと思っていながらも、最初の一歩を踏み出せずにいる……クラス全体がそんな感じの空気に包まれていた。


 ――ただ一人を除いて。


「ねーねーカリンちゃーん。それ何のゲームやってるの?」


 初顔合わせのときも一人楽しそうにしていた女生徒リア=ロイドミラーだ。それ以降も強烈なキャラで一人楽しげに笑っているため、彼女の名前だけは覚えてしまった。

 こんな早朝からやけにハイテンションな彼女は、右隣に座っている女性徒に積極的に話しかけている。


「んー、やっぱり私の名前がカリンじゃないってとこは、中々理解し難いところなのかなー。んとね、一人称視点のバトルロイヤルゲームだよー」

「アッハッハッハッ! それマジ受けるーっ!」

「困ったなぁ。全く笑いのツボがわからないやー」


 その一帯を除けば、教室内は静かなものだった。


(まぁ、それも仕方ないことか)


 これまでは学校設備の案内や授業科目の説明などが中心であり、ようやく今日から本格的に授業が始まる。


(授業さえ始まってしまえば、仲良くなるのは一瞬だろう)


 共通の話題が一気に増えるだけでなく、連帯感や仲間意識というものが一気に高まる。


(後、ほんのわずかな辛抱をすれば、もっと居やすい空間になるだろう)


 そんなことをぼんやりと考えながら、俺は自分の席に着く。

 まだ授業こそ始まっていないものの、既に生徒の席は決まっていた。

 つい先日、帰りのホームルームのときに席決めのくじ引きが行われたのだ。

 俺の席は一番奥の窓際。クラス内でも最も目立たない、素晴らしいポジション。

 どっかりと腰を下ろし、机の上に鞄を置いたところで。


「お、おはようございます、オウルさん」


 隣の席のヌイが挨拶をしてきた。


「あぁ、おはよう」


 俺がそれに応じると。


「あ、あの……、今ちょっとよろしいでしょうか?」


 彼女は周りに聞こえないほどの小さな声で耳打ちをしてきた。

 あまり他の人には聞かれたくない話があるようだ。


「あぁ、どうした?」


 ヌイの声量に合わせるように、小さな声で返事をする。


「え、えっと……昨日はすみませんでした……。何だか、私一人ぐっすりと眠ってしまっていたみたいで……」

「あぁ、そのことか。気にするな、環境が大きく変わって疲れてたんだろ」


 実際は俺が<睡眠/スリープ>で眠らせたんだが、そんなことは口が裂けても言えない。


「それでその……私があんまりにも起きなかったから、オウルさん先に帰っちゃったんですよね……?」

「ん、あ、あぁ……そうだぞ」


 あの後、ロンさんとマリアさんがヌイにどういう説明をしたのかは知らないが……。

 どうやら妙なことは吹き込まず、適当に辻褄を合わせてくれたらしい。


(結局、あの二人が何をしたかったのかは、(つい)ぞわからなかったが……。辻褄合わせをしてくれたのは助かったな)


 すると彼女は少し言いづらそうに、モジモジとしながら質問を投げかけてきた。


「そ、その……私、ちゃんとおとなしく眠ってました……よね? 変な寝言とか言ったりなんちゃったりは……?」

「いいや、静かなものだったぞ。といっても俺もすぐに寝たからな。正直なところ、あまり覚えていない」


 俺はあくまであの部屋で一晩を明かした体で話を進めた。

 その方が矛盾も起きないし、都合がいいだろう。


「そ、そうですかっ! それは良かったです!」


 ヌイはどこか安心したようにホッと息を吐くと、そこで話は切り上げられた。


(……結局、何が知りたかったんだ?)


 よくわからないが、ヌイがいいのならそれでいいか。

 それから鞄の中の教材を机の中に閉まっていると。


 キーンコーンカーンコーン


 始業を始めるチャイムが鳴り、少しするとこの非正規クラスの担任ガラン=オーレストが入ってきた。白い紙をポニーテールにして後ろでくくった、糸目の男。今日も爪楊枝を口にくわえ、いつものように貼り付けたような胡散臭い笑顔を浮かべている。


「おはよーっす。元気してるかー、学生諸君?」


 教壇に立ったガラン先生は元気よく、生徒たちに挨拶をした。

 すると。


「ガスト先生おはよーっす!」


 このクラスで断トツで騒がしいリア=ロイドミラーが元気よく返事をした。しかし、やはりどうにも人の名前をちゃんと覚えられない性質なのか、先生の名前もしっかりと間違えている。


「元気いいなー、リア。でも俺の名前はガラン=オーレストだからなー? 次間違えたら、デコピンたぞー?」

「うっはー、そりゃ一本取られた! さすがはガスト先生、御厳しいっ!」

「おっ、さてはお前、全く人の話し聞いてねぇな!」

「えっへっへー、そんな褒めっと照れるじゃーん」

「はっはっはっ、中々ぶっ飛んでんなー! いいぞいいぞーっ!」


 二人の会話は絶望的に噛み合っていなかったが、当の本人たちは楽しそうなので誰もツッコミを入れることはなかった。


「さてと、そんじゃそろそろ朝のホームルーム始めっか」


 一つ咳払いをすると、ガスト先生は連絡事項を語り始めた。


「まぁ普通そんな毎日毎日ホームルームで伝えること何て無いんだが……今回はあるぞ。割と大きめの連絡がな」


 大きめの連絡? いったい何だろうか。


「なんとこのクラスに、副担任が配属されることになりましたーっ!」


 副担任――確か予算節約のため、非正規クラスには配属されないという話だったはずだが。いったいどういう風の吹き回しだろうか。


「それじゃ、先生。どうぞ入ってきてくださいな」


 ガラン先生がそう言うと、教室の扉がスーッと音もなく開かれた。

 そうして入ってきたのは、美しい金髪に陶器のような白い肌。凛とした面立ちで、非常にスタイルがいい。そして何より――今はもう亡くなったというツァドラスに瓜二つの少女だった。


「閃光の勇者、フェルブランド=レスドニアです。みなさん、どうぞよろしくお願いします」


 彼女はよそ行きの優しい笑顔を浮かべて、ペコリと頭を下げた。


(……おいおい、冗談だろ)

本日新作を始めました。呼んでいただけると、とてもうれしいです↓

『私、聖女様じゃありませんよ!?~レベル上限100の世界に、9999レベルの私が召喚された結果~』

https://ncode.syosetu.com/n2020fc/

リンクとあらすじは少し下に乗せてあります。↓

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