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四、そのスパイ、目撃してしまう。


 その後、俺はヌイの部屋で、彼女と一緒に遊ぶことになった。

 学校での授業の話や友達付き合いの話、お互いの夢の話などなど。二人で多くのことを話した。その他にもトランプやボードゲームなどで遊び、気付けば陽も暮れようかという時間になった。


「それでですね! そのときお母さんが――」


 ヌイは女の子ということもあって、話しをするのが大好きなようだった。

 今も興奮気味にマリアさんとの笑い話を、楽しそうに話してくれている。


(ふむ、どうやら家族関係は良好なようだな……)


 俺がそんなことを思っていると――コンコンコンとドアがノックされた。


「ヌイ、オウルさん。ちょっと失礼しますね」


 そう言ってマリアさんが入ってきた。


「あれ、どうしたの? お母さん?」

「ヌイ、そろそろ晩御飯の時間よ」

「え……? あっ、本当だ!?」


 部屋に掛けられた時計を見たヌイが、アッと声をあげた。

 どうやら時間も忘れるほどに、俺との会話を楽しんでくれていたようだ。


「オウルさんも今日は召し上がっていってくださいね」


 そう言ってマリアさんは優しく微笑んだ。


「ありがとうございます。今日はご馳走になります」

「うふふ、お口にあえばいいんですけど」

「オウルさん! お母さんの料理は、とっっっても美味しいんですよ!」


 ヌイは両手を目一杯広げて、料理の美味しさのアピールをした。


「そうか。それは楽しみだな」

「さぁ、もう料理は出来上がっていますわ。どうぞこちらへいらしてください」


 マリアさんはクルリと踵を返し、リビングへと戻っていった。

 そして俺はヌイと一緒にその後をついていった。



「うわぁ、今日は豪華だね! お母さんっ!」

「ふふ、お客さんがいらしているんですもの。少し張り切ってしまいますわ」


 リビングの真ん中にある食卓には、肉じゃがに焼き魚、青野菜のおひたしにお味噌汁。各料理が均等に四人分、小皿に分けて並べられていた。


「さっ、どうぞお席に座ってください」

「失礼します」


 俺は一番手前の左側の席に座った。その右隣にはヌイが座り、正面には新聞を広げたロンさん、そして彼の一つ隣にマリアさんが座った。


「「「「いただきます」」」」


 俺は手元の箸で、正面にあったジャガイモを一つ口に放り込んだ。


(はふっはふっ……んぐ。ふむ……これはうまいな)


 ホクホクとしたジャガイモの濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。醤油をベースにしたダシもほどよく染み込んでおり、まさに絶品と言っていいだろう。

 そうして俺がマリアさんの料理に舌鼓を打っていると――前方から強烈な視線を感じた。マリアさんとロンさんだ。

 二人は料理に手をつけながらも、ジッと俺の方を見つめていた。


(この態度……ふむ。やはり何らかの毒物を混入したと見るのが自然だな)


 残念ながら毒物には詳しくないので、いったい何を盛られたのかは不明だが……。

 とにかく二人の反応から見るに、俺の料理に何らかの毒物が仕込まれていたことは間違いない。それもおそらくは遅効性のものだろう。

 もし即効性のものならば、二人がこれほどリラックスしているはずがない。俺に毒が効いていないことに何らかのリアクションを示すはずだ。


(まぁ……何でもいいか)


 この体には毒物の類は通用しない。いや、正確には『機能しない』と言った方が正確だろう。つまり何を盛ったかは知らないが、俺にとってこれはただの美味しい料理でしかない。

 そうして二人の視線に気づかないフリをして、そのまま料理を食べ続けていると――。


「ふふふっ。お味のほどはどうですか、オウルさん?」

「どうだね、オウル君? 家内の料理は中々いけるだろう?」


 二人の表情から徐々に強張りが消え、優し気なものへと変化していった。

 俺が十分な量の料理を食べたことを確認し、安心したのだろう。


「えぇ。とても美味しいです」

「あらあら、それはよかったわ」

「はっはっはっ! それはいい! さぁ、遠慮せずにどんどん食べなさい」

「はい、いただきます」


 その後、二人は先ほどと同じように、俺の前だと言うのに小声で堂々と内緒話を始めた。


「母さん、あの小僧の料理にはちゃんと精力剤は混ぜたかい?」

「えぇ、これでもかというくらいに! これで今夜は野獣のようになってくれることでしょう!」

「そうかいそうかい、それはいい! ふふふ、これで既成事実は出来たも同然だな! ――ふはは、もうすぐあの財産が私たちのものに……っ!」

「もうっ、お父さん! 気が早いですよっ! ですが……ふふふっ、五十億ゴル! 使おうったって使い切れる額じゃないですねぇ!」


 いったい何を企んでいるのだろうか……。二人は楽し気に笑い合うと、上機嫌に食事を再開した。


「美味しいですね、オウルさん?」

「ん? あぁ、そうだな」


 ヌイは本当に美味しそうに目の前の料理を頬張っていった。


(しかし、わからないな……)


 いったいどうして、あの邪悪な二人からこんな良い子が生まれてきたのだろうか……?

 全く、世の中は不思議でいっぱいある。

 その後、当たり障りのない世間話を交えながら、食事は進んでいき――。


「「「「ごちそうさまでした」」」」


 あれだけあったたくさんの料理もあっという間に無くなってしまった。


「とっても美味しかった。いつもありがとう、お母さん!」

「いいえ。お粗末さまです」


 そういうとヌイは手早く食卓の上の食器を洗い場まで持って行き、腕まくりをし始めた。おそらく毎日の後片付けはヌイの仕事なのだろう。一連の動きはずいぶんと手慣れたものだった。


「あぁちょっと待って、ヌイ。今日は手伝わなくても大丈夫よ」

「え、どうして?」

「ちょっとお父さんが、あなたと二人でお話ししたいことがあるみたいなのよ」

「そうなの?」


 ヌイがロンさんの方を向くと、彼はコクリと頷いた。


「あぁ、別に大した話しじゃないんだがね。――さてオウル君。君には申し訳ないが、少し娘の部屋で待っていてもらってもいいかな?」


 どうやらロンさんはマストリア家でのみ話し合いたいことがあるようだった。


「わかりました」

「ありがとう。すぐに終わると思うから、ちょっとだけの間待っていてくれ」

「オウルさん、ちょっとだけ待っててくださいね。――あっ、それと箪笥(たんす)の中は絶対に開けちゃ駄目ですよ? 絶対ですからね!?」

「あ、あぁ、わかった」


 いったい何を隠しているのやら……ずいぶんと念を押されてしまった。


(貴重品でもしまっているのか……? それとも見られたくない恥ずかしいものとかか……?)


 少し気になりはしたものの、人の嫌がるようなことを好んでする趣味はない。

 俺はコクリと頷き、ヌイの部屋へと戻った。


「さて……手持ち無沙汰とはまさにこのことだな……」


 一人ヌイの部屋に置かれた俺は、特にすることもないので、グルリと部屋の中を見わたす。


(ふむ……やはり何度も見ても『女の子の部屋』、だな……)


 彼女の部屋は、白とピンクを基調にした可愛らしいものだった。

 白のカーテンに薄いピンクの絨毯。部屋の隅に置かれたシングルベッドには、ぬいぐるみがいくつもあった。


(それにしても、どうやって時間を潰そうか……)


 俺が部屋の真ん中で棒立ちしていると、不意に背後のドアがノックされた。


「オウルさん、失礼しますね」


 そういって部屋に入ってきたのは――マリアさんだった。


「おや、マリアさんですか。ヌイはまだお話し中でしょうか?」

「はい、どうやら少し話し込んでしまっているようでして……。まだもう少しかかりそうですので、先にお風呂に入っていただいてもよろしいですか?」

「そうですか、わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」

「お風呂場は玄関口から二つ目――お手洗いの隣にありますので、どうぞごゆっくり」


 マリアさんはニッコリと笑って、部屋を後にした。


「さて、それじゃ風呂をいただくとするか」


 ちょうどいい時間潰しができたことを幸運に思いながら、俺は風呂場へと向かう。


「玄関から二つ目、トイレの隣っと――ここか」


 ヌイの部屋を出て左に曲がり、少し長い廊下を歩いていくと、カーテンで仕切られた場所が目に入った。その隣には『WC』と書かれたドアプレートが掛けられたトイレがある。このカーテンの先が脱衣所であり、その奥が風呂場であろう。

 そして脱衣所に仕切りとして掛けられたカーテンを開くとそこには――。


「……ふぇ?」


 ちょうど服を脱ぎ終わったばかりの――一糸まとわぬ、生まれたままの姿をしたヌイがいた。


「お、オウル……さん……っ!?」


 頬を真っ赤に染め上げたヌイの、震えた声が静かに響いた。


「……すまん」


 俺はすぐさまカーテンを閉め、彼女のシルエットが目に入らないよう後ろを向いた。


(……何故、裸のヌイが脱衣所にいるんだ?)


 いや脱衣所だから裸でいること自体はおかしくない。

 ロンさんと話し込んでいるはずの彼女が、ここにいることがおかしいんだ。

 そうやって俺が頭を抱えていると――。


「み、見えました……よね……?」


 ヌイのかすれた声が、カーテン越しに聞こえてきた。


「……あぁ」


 それはもうバッチリと見えてしまった。


「うぅ……そう、ですか……」

「いや……本当にすまないと思っている」


 今は下手な言い訳をしている場合ではない。誠意のある態度でしっかりと謝罪すべきだ。

 こんなときに脳裏をよぎったのは、ツァドラスとの苦い思い出。『女の子はデリケートな生き物なんだ!』と彼女にはよくしかられたものだ。そのおかげもあってか、昔は少しデリカシーに欠けていた俺だが、最近はずいぶんと女心がわかるようになった……つもりだ。


「いえ……こちらこそ、貧相なものをお見せしてすみません……」

「い、いやいや、そんなことはなかったぞ!」


 高校生という年齢を考えれば、胸もしっかりと膨らんでいたし、腰にもちゃんととクビレがあった。それに細過ぎず、太過ぎずという非常に健康的な肉付きをしている。ヌイはもっと自信を持った方がいい。


「えっと、その……ありがとう、ございます……?」

「ど、どういたしまして……」


 その後、何とも言えない絶妙な空気が流れる中、ヌイがポツリとつぶやいた。


「あの……お父さんとのお話しは、もう終わったんですか?」

「……ん? ロンさんとの話し……? 何だそれは?」


 ロンさんと話しをしていたのはヌイの方だ。

 俺は晩御飯の時に顔を会わせて以来、彼とは一度も話していない。


「え? お父さんが、少しオウルさんと話しがあるって言ってたんですが……」

「……ロンさんが?」

「は、はい。『少し長い話になるから、ヌイは先にお風呂に入っておきなさい』って……」

「それはおかしいな……。俺はマリアさんに、ロンさんとヌイが話し込んでいるから、先に風呂に入るようにと勧められたんだが……」

「え、えぇ!?」


 するとヌイもこれには驚いたようで、少し間の抜けた声をあげた。 


(偶然のすれ違い……? いや、それにしてはタイミングが良過ぎる。これは間違いなく意図的なものだろう)


 しかし――。


(駄目だ……。あの夫婦の考えていることが全くわからない……)


 何故、俺の資産をあれほどまでに気にしていた?

 何故、執拗にこの家に泊めたがった?

 何故、ヌイが着替えをしているタイミングで俺を風呂場に行かせた?


(……一つ一つの行動に全くと言っていいほど関連性が見出(みいだ)せない)


 俺が二人の行動の真意を考えていると――。


「――くしゅんっ!」


 カーテン越しにヌイのクシャミの音が聞こえた。


「っと、すまない。その姿だと風邪を引いてしまうな……。話は後にして、先に風呂に入ってくれ」

「いや、でもオウルさんはお客さんですし……」

「いや、俺は後でいいよ」

「そ、そうですか……? それではお言葉に甘えさせていただきますね」

「あぁ、ゆっくりと(ぬく)もってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 そうして俺は一度ヌイの部屋に引き返した。

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