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三、そのスパイ、大泥棒を圧倒する。


「さぁ、オウル君。何もないところだが、ゆっくりしていってくれ」


 ほがらかに笑うヌイの父親――ロンさんに肩を押されて、リビングへと足を踏み入れた。


(ふむ、外観はひどいものだが……中は思ったよりもまともだな……)


 ヌイの家は見た目こそ段ボールハウスだが、中には机・椅子・箪笥などなど、生活上必要な調度品は全て揃っていた。それもよくよく見れば、どれも有名な高級ブランド品である。


(……盗んだ金で買ったモノだろうな)


 この二人が起こした窃盗事件は、俺が記憶しているだけでも十数件にのぼる。おそらくはかなりの財産を今もどこかに隠し持っていることだろう。


「さっ、どうぞ」


 リビングの真ん中にドンと位置するテーブルへと座らされた俺。


「オウル君は、コーヒーがいいかな? それとも紅茶かな?」

「では……コーヒーでお願いします」


 ここで断るのはさすがに不作法だ。それに子供らしくない行動に見えてしまう恐れもある。正直、何を盛られるかわかったものではないが……。止まってしまった(・・・・・・・・)この体に毒物は意味を成さない。ここは素直に好意に甘んじておこう。


「母さん、コーヒーを三つ頼むよ」

「はいはい。ちょっと待ってくださいね」


 マリアさんはニコニコと笑いながら、手際よく三人分のコーヒーを作り始めた。


「――はい、どうぞ。砂糖とミルクはお好みで」


 彼女は俺の前にコースターとコーヒーの入ったカップを置き、シュガースティックとミルクをその横に並べた。


「ありがとうございます。……ですが、その」

「ん、どうかしましたか?」


 まるで何も知らないと言った風に首を傾げるマリアさん。


「……手を離していただけますか?」


 彼女の左手は俺の懐へと侵入し、しっかりと財布を握り締めていた。

 当然自分の財布が盗まれるのを傍観するわけにもいかず、俺はがっしりと彼女の左手を掴んだ。そして生まれたのが現在の膠着状態というわけだ。


「あ……あらあらあら、これはごめんなさいねぇ……っ! 私ったら、ついうっかり……っ!」


 頬をポッと赤く染めたマリアさんは、両手をぶんぶんと横に振ってペコリと頭を下げた。


「はっはっはっ! 全く母さんは、おっちょこちょいだなぁっ!」

「も、もうっ! お父さんも茶化さないでくださいよっ!」


 そうして二人はまるで日常の一コマのように、今の事件をあっさりと笑って流したのだった。


(いやいや、『ついうっかり』で人の財布をすろうとしないでくれ……)


 衣服の若干の膨らみで、財布の位置を特定したのだろう。

(いや、それにしても……恐るべき速さだった)


 それに速さだけではない。人の油断というか、呼吸を合わせた――あまりにも洗練された動きだった。こと盗む技術に関しては、間違いなく一流だ。


「……?」


 ちょうどロンさんの影に隠れており、一部始終を見逃したヌイは、何が起きたのかわからず小首を傾げていた。

 そしてひとしきり二人が楽しそうに笑ったところで、ロンさんが突然を席から立ち上がった。


「さて、ヌイ。ちょっとこっちへおいで」

「ん、なに?」


 そして彼はヌイの手を取ると、そのまま彼女を一つ隣の部屋の中まで連れて行った。


「――私たちはこれからオウル君と大事な話がある。お前は、少し部屋で静かにしていなさい」

「……え?」

「――<施錠/ロック>」


 そうしてヌイが部屋から出て来れないように、わざわざ魔法で鍵をかけてから、彼は再び元の席へと戻った。


「あ、あの……ヌイは?」

「うん。あの子は少しお腹が痛くなってしまったようでね、少しだけ部屋で休むそうだ」


 彼はあまりにも自然にそう言った。

 もはや嘘をつくことに一切の躊躇いがない。まるで呼吸するように、平然と嘘をついたのだ。彼を相手にしては嘘発見器も形無しである。


「……そうですか」


 どうやらこの二人は、どうしても俺と話したいことがあるらしい。

 まぁ、こちらとしてもヌイを除いての会話の方が都合がいい。

 ロンさんとマリアさんは、俺の対面の椅子に座ると、真剣な顔つきでこちらのジッと見た。


「さてオウル君……。君に聞いておきたいことがいくつかあるんだが……いいかな?」

「……なんでしょうか?」


 さてさて何を聞いてくるのやら……。

 おそらくは『この家にかけられた魔法を破ったこと』についてだろう。しかし、それに対する答えは既に用意してある。『先天的に幻覚や意識干渉系魔法に高い耐性がある』こう言えばそれで済む話だ。とにかく、現状この二人が俺の正体に気付いている様子はない。つまり何を聞かれても問題ないということだ。

 すると――。


「オウル君のご自宅は?」


 ロンさんは、少し予想外の質問を投げかけてきた。


「家……ですか?」

「あぁ、大事なことだ」


(なぜ家のことを知りたがる……? 俺と貴族との繋がりを知りたがっているのか……?)


 この質問にいったいどんな意図があるというのだろうか。


(とにかく馬鹿正直にあの孤児院のことを伝えるわけにはいかない)


 回答に窮した俺は、具体性のないふんわりとした返答をした。


「そうですね。普段は自分の屋敷に住んでいます」

「「や、屋敷!?」」

「はい」


 すると二人は明らかに目の色を変えて、『屋敷』という部分に食いついてきた。


「や、屋敷というとアレかね? 広くて大きな――お屋敷のことかね!?」

「は、はい。……それがどうかしましたか?」

「い、いやいやいやっ! 結構結構っ! と、ところでその――ゴホン。その屋敷というのはオウル君の所有物なのかね? それともご家族の?」

「俺のものです」

「ほ、ほうほうほぅ……っ! それは誰かから融資をしてもらって、建てた家ということかな? それとも先祖から引き継いだものとかかな?」

「いえ、全て自分で建てたものですよ」


 俺が一から図面を引き、魔法で建てた自慢の屋敷だ。


「……っ。つ、つまり誰からの借金もなく、抵当権も設定されていない――完全なる個人資産ということかね!?」

「まぁ、そういうことになりますね」


 いったい何をそんなに気にしているか、ロンさんは俺の屋敷について根掘り葉掘り聞いてきた。

 質問の意図するところがわからず、俺が不気味に思っていると。二人は俺の目の前で堂々と耳打ちを始めた。小さい声で話しているため、内容は聞こえないが……。普通そう言うのは、俺のいないところでするものではないだろうか?


「ま、間違いないぞ、母さん! 『ハイドリッツ』なんて名は、聞いたことはないが……。これは間違いない! この小僧は貴族の生まれだ! なんてったってグリフィス高校近くの屋敷持ちだからなっ!」

「えぇ、あの周辺の地価はとても高いですからね。……確かに聞いたこともない名ですが、彼が貴族の出であることは間違いないでしょう」

「ふはは、ヌイめ。早速大当たりを引いてきたな!」

「いいえ、お父さん。まだわかりませんよ? いつの時代も最後にモノを言うのは現物――キャッシュですよキャッシュ! 私たちの将来のためにも、まずはそこを確認しませんと!」

「おっとっと、さすがは母さんだ! うっかりしていたよ!」


 二人はいったい何を話しているのか、本当に楽しそうに密談を交わしていた。そして話がひとまとまりしたのか、居住まいを正してこちらに向き直った。


「ところでオウル君、つかぬことをお伺いするが……。貯金はおいくらほどあるのかね?」


 本当につかぬことだな……。ほとんど初対面の相手の貯金を聞いてくるとは……。

 とは言うものの、ここを突っぱねてしまっては変な空気となってしまう。俺は仕方なく、かなり少なめに、そしてアバウトに貯金額を教えた。


「まぁだいたい……これぐらいほど」


 そう言って俺はスッと三本の指を立てる。

 すると二人は再びコソコソと密談を始めた。


「さ、三千万ゴル!? あの若さでそれほどの貯蓄を持っているとは……。やはりあの小僧は貴族――それもそこそこ有名どころの貴族の可能性が高いぞ!」

「えぇ、年齢を考慮すれば立派なものです。……しかし、三千万ゴルでは、私たちを養っていくのは到底難しいでしょう」

「うぅむ……。しかし、彼には私たちの魔法を破るほどの魔法技能がある。中々将来有望な物件だと思わないか、母さん?」

「その点を考慮すれば十分に選択肢の一つには入りますよ、お父さん。ですから、ここは即決をせずに、軽く唾を付けておくぐらいがちょうどいいかと思います」

「うむ……そうだな! ひとまずヌイの彼氏ぐらいの位置が適切かな?」

「えぇ、そのあたりがいいでしょう」


 何らしかの合意に至ったのだろう。二人は同時にコクリと頷き、密談を終えた。


「三千万ゴルとは……お若いのに、相当な資産を蓄えていらっしゃるのですね」

「ん? あぁ、いえいえ、違いますよ。三千万ゴルではなく、三十億ゴルです」


 その瞬間、二人は虚を()かれたような表情を浮かべ――途端に大きな動揺を見せ、立ち上がった。


「そ、そそそそれは本気で言っているのかね!?」

「そ、そうですよ! な、何か、証拠! 証拠がないとそんな申告は認められません!」

「は、はぁ……」


 俺はいったい何を認めてもらわなければならないのだろうか……?

 そこはかとなく無意味な時間を過ごしているような気もする。……いや、この会話に何の意味も生産性もないことは疑いようがない……。が、乗り掛かった舟だ。最後まで付き合うことにしよう。

 俺は仕方なく懐の中に手を入れ、超小型の<異空間の扉/ゲート>を発動する。


(えーっと通帳は自室の引き出しの中だったな……)


 右手の先っぽだけを孤児院の自室に移し、ゴソゴソと通帳を探る。


(っと、これだこれだ)


 確かな感触があったので、懐から手を出すとそこには目的のブツ――俺の通帳があった。


「一応これが証拠になります」


 二人はひったくるように通帳を奪い取ると、目を血走らせて中を確認した。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、いっせんまん、いちおく、じゅうおく……ば、バカな!? 五十億ゴル……だと!?」

「おや?」


 俺が記憶しているよりも二十億ゴルほど多かったが……まぁ誤差の範囲だろう。

 そもそもここにある金額は、俺の総資産のごく一部でしかない。換金していない金銀財宝・別名義で所有している土地などなどが多数存在する。多少の把握漏れは仕方がないところだ。

 すると二人は俺の通帳をギュッと握り締めたまま、再び二人だけの世界に入ってしまった。


「母さん! これは当たりも当たり――大当たりだぞっ!?」

「最近は盗んだお金も底が尽きてきましたし、本当にいいタイミングですねぇっ!」

「あぁ、最高のタイミングだ! 真っ当に働く(盗む)のも疲れるし、ここらでいい金ヅルを捕まえたいと思っていたら――これだっ! やはり世界は私たちを愛しているんだなっ!」

「しかし、お父さん。油断は禁物ですよ? さっさとヌイと彼をくっつけてしまいませんと! どこぞの泥棒猫に持っていかれるかわかったものではありませんっ!」

「あぁ、その通りだ、母さん。とにかく急いで既成事実を作り上げる必要があるな!」

「えぇ ヌイは見た目も体つきもバッチリです! 少し自信がないところは、たまに傷ですが……。それも庇護欲を誘っていいスパイスになるでしょう!」

「だなっ!」


 内緒話を終えた二人は穏やかな――しかしどこか迫力のある面持ちで、俺の目を真っすぐに見た。


「ゴホン……。オウル君。今日はもう遅い。ぜひうちに泊まっていくといい」

「あら、お父さん。それはいいアイデアですねぇ! ヌイもきっと喜びますわ!」

「え? いや、まだ昼――」

「オウル君! 外を見たまえっ!」


 そう言ってロンさんが指をパチンと鳴らし、カーテンを勢いよく開ける。


「ほらこの通り! 外はもう真っくら……嘘だろう?」


 しかし、そこからはポカポカとした柔らかい太陽の光が差し込んできた。


(指を鳴らした際に幻覚魔法を発動させ、外を真っ暗に見せたかったのだろうが……)


 残念ながら俺にその手の魔法は通用しない。ロンさんが発動した魔法は、俺に干渉した瞬間に綺麗さっぱり消滅した。


「……明るい、いい日差しですね」

「……だな」


 俺とロンさんの間に何とも言えない微妙な空気が流れた。

 しかし、その沈黙もそう長くは続かなかった。


「と、とにかく、オウル君! 君には今日是非ともうちに泊まって欲しいんだ! いや、泊まってもらわないと困るんだっ!」

「どうやらそのようですね……」


 何を躍起になっているのかは知らないが、俺をここに泊めたいという強い気持ちだけは伝わった。


「いや、まぁ別にそれ自体は構いませんが……」

「ほ、本当かね!?」

「え、えぇ……」


 たとえこの二人が本気で寝込みを襲うつもりだったとしても、まぁ正直問題はない。既に自動迎撃魔法<黒の契約/ブラック・コントラクト>は展開済みだ。万が一、致命に至るような攻撃を受けたとしても、一度ならば『攻撃を受けた』という事実そのものを改変し、無かったことにできる。


「そ、そうかそうかっ! それでは我が家にできる最大限のおもてなしをさせてもらうよ! なぁ、母さん?」

「はい。それはもう! 腕によりをかけた晩御飯もご用意しますので、楽しみにしていてくださいね?」

「あ、あまりお構いなく……」


 こうして俺は今日一日、ヌイの家にお邪魔することになった。

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