エピローグ
「今の魔法は、いったい何だ!?」
ラナ先輩は鋭い目付きで質問を投げてきた。
(いや……『いったい何だ!?』と言われてもな)
回答に窮した俺は、特に考えることなく、そのままの事実を伝えた。
「Fランク魔法<衝撃波/ショックウェーブ>ですよ」
「そんなものは見ればわかる! そうではなく、いったい何をしたのかと聞いているんだ! ジェスタの<魔法無効化/ディスペル>は完璧だった。それなのに、どうして君の<衝撃波/ショックウェーブ>は消滅しなかったんだ!?」
「いえ、ちゃんと俺の<衝撃波/ショックウェーブ>は消されましたよ」
「……はぁ? どういうことだ? ちゃんとわかるように説明を――」
ラナ先輩がそこまで言いかけたところで、パチパチパチと乾いた拍手が鳴った。
「いやー、すごいなー。さすがはオウルだ」
見物人の中から、白い髪をポニーテールにして後ろでくくった糸目の男。ガラン=オーレスト先生が姿を見せた。入学試験のときと同じく、今日も爪楊枝を口にくわえており、相変わらず貼り付けたような笑顔が胡散臭い。
「今の、『魔法の分割』だろ? それにしても見事だったなー」
先ほどの魔法を反芻するように、ガラン先生は「うんうん」と頷いた。
どうやらこの中で唯一、彼だけが今のネタを見抜いていたようだ。
「……よくご存知ですね。さすがはグリフィス高等学校の先生です」
「はっはっはっ。俺を褒めても何も出ないからなー」
そうして俺が談笑していると、ラナ先輩がガラン先生へ問いかけた。
「魔法の分割……? そんなの聞いたことがありません……。いったい何なんですか?」
すると先生はこちらに目配せして、小首を傾げた。「教えてしまっていいのか?」と俺の許可を求めているのだろう。
彼の意図を正しく理解した俺は、そのままコクリと頷いた。
(魔法の分割――これは俺が少し前に編み出した魔法技能の一つだ。別に隠しているわけでもないから、好きに教えてくれて構わない。実際過去に何人かに請われて、仕方なく教えたこともある)
俺の了承を得たガラン先生は、魔法の分割について説明を始めた。
「魔法の分割――ラナたち若い学生が知らなくても無理はない。これは遥か昔に失われた技能だからな。俺も古い文献で読んだことがあるだけだが、一応原理だけは簡単に説明しておく」
ゴホンと一度咳払いした先生は、さらに話を続ける。
「これは本来一つの魔法をいくつかに分割して発動し、その全てを完璧に操作することによって、あたかも一つの魔法を発動したかのように見せかける超高等魔法技能だ。こうされると困るのが、<魔法無効化/ディスペル>の力を過信している者だな」
そう言って先生は、地面で伸びているジェスタ先輩を見た。
「<魔法無効化/ディスペル>のような『魔法を無効化する魔法』は確かに強力だ。しかし、単一の魔法しか無効にできないという明確な弱点が存在する。例えば<火球/ファイヤーボール>と<水の弾丸/ウォーター>を同時に無効化することはできない、と言った風にな。――つまり『魔法の分割』は、<魔法無効化/ディスペル>の弱点を突いた魔法技能というわけだ」
そして先生は最後に――。
「古い書物の記述では、遥か昔の大賢者様が編み出した技能らしいが、要求される技術が高過ぎて、ほとんど誰も習得できなかったらしい」
ちょっとした小話をつけて、ラナ先輩たちへのちょっとした講義を終えた。
俺はその話を聞きながら、ガラン先生への警戒度を高める。
(ヘラヘラしているようで、しっかりとよく見ているな)
それに魔法探知も中々のモノだ――少なくともここにいる見物人と風紀委員長よりは、遥かに優れている。
先生の説明の通り、俺は一発の<衝撃波/ショックウェーブ>を放ったかのように見せかけて、実際は百発の極小の<衝撃波/ショックウェーブ>を発動していたのだ。
ジェスタはそれに気付くことなく、百発ある内の一発を<魔法無効化/ディスペル>によって打ち消し、残り九十九発を全身に浴びた。
(いくら威力の低いFランク魔法――それも百分割したものといえど、完全に油断したところへ九十九発ものカウンター。さすがにひとたまりもないだろう)
すると先ほどの先生の話を理解し終えた、ラナ先輩がポツリとつぶやいた。
「なるほど……。しかし、そんな超高等な魔法技能を、一年生の……それも非正規クラスの生徒が何故……?」
そこはぜひとも触れないでいただきたい。
しかし、そういうわけにもいかないようで、ガラン先生も同意した。
「そうそう。それにさー、オウル? お前はいったいどうやって、この数百年前に失われた超高等魔法技能を身に付けたんだ?」
この場にいる全員の視線が俺に集中する。
しかし、俺は焦らず冷静にごく自然体のまま、適当な嘘をついた。
「俺も先生と同じように古い書物で読んだだけですよ。それでずっと練習していたら、何とか一つの魔法を三分割できるようになったんです」
「三分割かー……。俺の魔力感知には、少なくとも八十発ほど引っ掛かったんだけどなぁ……」
(惜しい、性格には百発だが……それでもかなり鋭敏な魔力感知だ)
今後ガラン先生の近くで魔法を使う時は、少し気を付けた方がいいだろう。少し面倒だが、場合によってはデビルグリズリーのときのように最速かつ不可視化した方がいいかもしれない。
(そんなことよりも――)
これ以上いろいろと詮索され続けては、いずれどこかでボロが出てしまう。何とかして、そろそろこの場を離れなくては。
俺がそんなことを考えていると――。
「おい、オウル! これはいったい何の騒ぎだ!?」
そこへ何ともタイミングの良いことに、ロメロがやってきた。チラリと時計塔を見れば、時間は十二時ちょうど。俺の予想通り、彼は待ち合わせ時間ピッタリにやってきたのだ。
見物人の注意がロメロに向かい、雰囲気がガラリと変わる。
「あー、すまないなロメロ。お昼を一緒に食べる約束をしていたんだったな!」
俺はわざと大きな声でそう言って、今から予定があることをアピールする。
「それじゃ、ガラン先生、俺はこれで失礼します」
「あぁ、またな。……いやぁそれにしてもオウルとは、ぜひ一度魔法談義を交わしたいなー」
「あはは……。また機会がありましたら、ぜひ」
そんな機会は二度とこない……というか絶対に作らせないが。
その後、俺はヌイとロメロと一緒にお昼ご飯を食べた。
最初に先のちょっとしたいざこざをロメロに説明し、それからは学生らしい普通の会話を楽しんだ。
しかし、やはりというか何というか、先ほどの決闘を見ていた上級生からの好奇の目に晒されて少し食べづらかった。
■
食堂で昼食とった俺たち三人は、昼の一時に予定されているクラス別ガイダンスへと向かった。
俺たちは非正規クラスなので、正規クラスとは違って本校舎に教室がない。本校舎から歩いて少し行ったところにある五階建ての旧校舎――よりにもよってその五階に非正規クラスの教室がある。エレベーターもエスカレーターもない石の階段を登り、ようやく目的地である俺たちの教室が見えてきた。
(これから毎日この階段を昇り降りなければならないと考えると……憂鬱になってくるな……)
教室の横開きの扉の前に立つ、俺たち三人。
すると緊張した面持ちで、ヌイが口を開いた。
「こ、この先に私たちのクラスメイトのみなさんがいるんですね……」
彼女は掌に『人』と書いて飲み込んでいる――つもりなんだろうが、混乱の極みに達しているのか、先ほどからずっと『入』と書いて飲み続けている。ずいぶんと『入』る気に満ちているな。
「ふんっ、所詮は非正規クラスの平民たちよ。何を臆することがあるか」
相も変わらず貴族至上主義のロメロは、威風堂々と教室の扉を開け放った。
するとそこには真っ白の制服に身を包んだ大勢のクラスメイトたちが、既に思い思いの席に座っていた。
「それでさー聞いてよ、カリンちゃん! あたし今超ダイエット中なんだけどさー、今朝めっちゃお腹空いちゃってー。ラーメン三杯も食べちゃったんだよねー、やばくない? やばいよね?」
「うん、うん、やばいねー。後、私の名前はカリンじゃないからねー」
「あれ、そうだっけ? アッハッハッハッハッ! ごめんね、カリンちゃーんっ!」
大きく制服を着崩した底抜けに明るいが、全く人の話を聞いていない女子と。その話を全く興味がなさそうに聞き流し、手元の携帯ゲームに全神経を集中させている女子。
「よし十三時だな。――嗚呼、オウル様、あなたこそがこの世を導く絶対の神。嗚呼、オウル様、あなたは、今いったいどこにいらっしゃるのでしょうか。嗚呼、オウル様――」
そして間違いなくオウル教に入信済みの男子。
言動から判断するに、彼はもう手遅れだろう。
(確かダビデもこんなことをしていたな……)
オウル教徒はどういうわけか毎日十三時になると、跪いて祈るようにして両手を組みながら、唯一神である俺へと祈りを捧げるのだ。なぜこんなことをするようになったのかは、知らない。というか知りたくない。
(……彼とは少し距離を置こう)
他にも、何故か教室に敷布団を持ち込んで、スースーッと気持ち良さそうに寝息を立てている女子など、とにかく凄まじく密度の濃い空間が広がっていた。
「……なんだ、ここは? 変人の見本市か?」
「え、えっと……みなさんかなり個性的な方たちですね」
俺も二人と同意見だ。
「ひとまず、空いている席に座ろうか」
「だな」
「は、はい、そうですね」
俺たちが椅子に座ると同時に、ガラガラと教室の扉が開かれ、一人の男性教員が入ってきた。彼は白い髪をポニーテールにして後ろでくくった糸目の男。爪楊枝を口にくわえており、相変わらず貼り付けたような笑顔が胡散臭い。つい先ほど顔を会わせたばかりのガラン=オーレスト先生だった。
(……おいおい、冗談だろ)
どういうわけかガラン先生は、既に俺に目を付けている。その先生がクラス担任となると仕事がやりづらくなること間違いなしだ。
先生は教卓につくと、早速自己紹介を始めた。
「はいどーも。今年度の非正規クラス担任のガラン=オーレストだ。うんうん、何人か入学試験のときに顔を会わせた生徒がいるなー」
そう言ってガラン先生は、何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべながら、ジッと俺の方を見た。
(どうしてそう、俺の方ばかりを見る……)
試験時に顔を会わせたのは何も俺だけではない、ヌイもロメロもそうだし、他にも何人か見た顔があった。それにもかかわらず、ガラン先生は俺だけに熱い視線を送っている。
「えーっと。まぁ月並みな言葉になるけど、とりあえずみんな――合格おめでとう! いやー今年は例年以上に受験生が多くてなー。ほんとよく頑張ったよ、うんすげぇと思う」
そう言ってラフな祝辞を述べた先生は、次の話へと移った。
「早速自己紹介を――といきたいんだが、その前に担任の俺から一言言わせてもらおうかな」
先生は一つ咳払いをすると、少し真面目な顔をして口を開いた。
「ちゃんとみんなで仲良くするように――とまでは言わないから、適度な距離を維持したまま無難に進級してくれ」
彼はずいぶんと『先生らしくない』ことを言った。
「まぁ早い話が『表面上露骨に対立し合うな』ってことだ。人間どうしても合う奴と合わない奴がいるもんだ。どうしても合わない奴とは、適度な距離を維持して『なぁなぁの関係』で付き合っといてくれ。これから嫌でも一年間顔を会わせることになるんだ。一人でも表立って仲の悪い奴がいるとやりにくいぞー? 円滑な人間関係を築く技術も立派な大人になるには必要なスキルだ」
真面目な顔でそう言った先生は――その直後、いつも通りの胡散臭い笑顔に戻った。
「――っとまぁ、ここまでもっともらしい能書きを垂れてきたが、ぶっちゃけ喧嘩とかいじめの処理とか面倒くさい。だから、そんな馬鹿なこと絶対すんなよ? 先生との約束だからな?」
あまりにも明け透けにモノを言う先生だったが、まぁ円滑な人間関係を構築する対人スキルが大事だという点は同意だ。ここの学生もいずれは卒業し、それぞれの進路を歩む。勇者・冒険者・学者――進む道はいろいろあるが、どの道へ進もうとも必ず人との関わり合いが生まれる。どんな仕事に就こうとも対人スキルが腐ることはない。
「あっ、後これはここだけの話しなんだが……」
ガラン先生は声のボリュームを一段階落として、内緒話を始めた。
「今回の非正規クラスの生徒は、実はけっこう俺の独断と偏見で決めたところがあるのよ。まぁ早い話が――みんなにはかなり期待しているから、大きく羽ばたいてくれってことだ」
その話の真偽は不明だが……。キャラが濃すぎるクラスメイトを見てしまった今、それが本当のことのように思えた。
「――さてと。それじゃ、つまらない俺の話しはここまでにして――自己紹介を始めていこうか。そうだな名前と将来の夢、それとクラスメイトへ一言。だいたいこの三つが定番かな」
先生は黒板に白いチョークで、サラサラと自己紹介で話す最低限の内容を書いた。
一、名前。二、将来の夢。三、クラスメイトへ一言。どうやらこの三つを話せということらしい。
「よし、順番は左端の列の前から後ろへ。終わったら次は一つ右の列へと移っていこうか」
左端の列の一番前に座っているのは――俺だ。
一番初めか……。こういうのはちょうど真ん中ぐらいでやりたいのだが……まぁ指名されたならば仕方ない。
俺はその場に立ち、簡単に自己紹介を始めた。
「はじめまして、オウル=ハイドリッツです。将来の夢は優秀な回復術師になることです。これから一年間どうぞよろしくお願いします」
そう言って俺がペコリと小さく頭を下げると、パチパチパチと温かい拍手が送られた。
――こうして俺のグリフィス高等学校での生活が始まったのだった。




