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十二、そのスパイ、決闘を申し込まれる。


 オウルたちが入学試験を終えたその日の夜。

 グリフィス高等学校の校長室では、合格者決定会議が執り行われようとした。

 受験生の合否を決める得点は、一グループに二人ずつ付けられた試験官の個別採点に加えて、スロバスの森の各所に設置された監視カメラの映像を元に決定される。

 壁に掛けられた時計がちょうど九時を指し示し、定刻となったところで会議が開始された。


「みなさん。お忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます」


 いつものように物腰柔らかく、人当たりのいいグリフィス高等学校の校長――ペレス=カルバーンがペコリと頭を下げた。この場にはグリフィス高等学校が誇る優秀な教師陣が集結していた。


「では例年のように早速採点を――といきたいのは山々なのですが、まずは先にお伝えすることがあります」


 そう言ってペレスは本日発生した、とある事件を語り始めた。


「それと言うのも本年度から実験的に使用予定であった『EX01』こと、デビルグリズリーについてです」


 これに敏感に反応したのが、デビルグリズリーの試験登用を強く反対していた一人の男性教師であった。


「おーおー、やっぱ無駄になっちまったってかぁ? そりゃぁ、そうだろ。まだ毛も生えそろってねぇガキどもに、デビルグリズリーは荷が重過ぎんよ」


 以前から彼は何度もこの件を『金と労力の無駄』と断言し、反対していたのだ。

 やれやれといった調子で肩を(すく)めた彼は、その後に続くペレスの発言で白目を向くことになる。


「そのデビルグリズリーですが――本日の試験中に殺されてしまいました」

「「「……はっ!?」」」


 この場にいる全員が、自身の耳を疑った。


「こ、校長……? じょ、冗談ですよ……ね?」


 一人の女性教師が動揺を隠せないといった様子で事の真偽を問うた。

 しかし――。


「いいえ、真実でございます。死体も既にこの私自らが確認しております」


 ペレスはゆっくりと首を横に振り、はっきりとそう断言した。

 これに黙っていなかったのは、先ほどの男性教師だ。


「ほ、本当にあのデビルグリズリーが()られたってのかっ!? いったいどうやって……っ!? いや、その前にどいつだ、どいつが殺ったんだっ!?」


 その問いに答えたのは、オウルたち七番グループを担当していた試験官だ。


「それは、その……おそらくは七番グループの誰か(・・)かと……」


 彼は歯切れ悪く、『七番グループの誰か』という曖昧な回答を口にした。

 そのどこか気の抜けた答えにより一層苛立ちを募らせた男性教員。


「はぁ? 『誰か』って、何だその他人事みてぇな口振りはよぉ? お前らちゃんと見てたんじゃねぇのか? あ゛ぁ?」


 そうして威圧的な態度を取る男性教員を、ペレスが優しくたしなめた。


「まぁまぁ、少し落ち着いてください。彼には何の落ち度もないのですから」

「あぁ? そりゃどういう意味だ?」

「ふむ……百聞は一見に如かずと言います。どうか先生方ご自身の目でご確認ください」


 そうしてペレスは既に何十回とリピート再生をしたあの映像を流した。

 それはスロバスの森の各所に設置された監視カメラが偶然捉えた、デビルグリズリーと七番グループの戦いの一部始終だった。

 魔力欠乏症により意識を失ったヌイの場面から始まり、ロメロが全魔力を込めた<鬼神三連斬>を放ち、ヌイと同じく倒れ伏したところで――ペレスは映像を一時停止させた。


「問題のシーンはここからです。みなさん、目を凝らしてよく見ていてくださいね」


 そうして再生ボタンを押し、映像が再び流れ始める。

 倒れたロメロの元へデビルグリズリーは舌なめずりをしながら近寄って行った。

 大きく口を開け、目を覆いたくなるような惨劇が幕を開けようとしたそのとき――。

 デビルグリズリーの体は、何の前触れもなく、突如真っ二つに両断されたのだった。


「「「……はっ?」」」


 今度こそ、全員がポカンと口を開けた。

 まさに突然。生き生きとしていたはずのデビルグリズリーが、まるで紙でもビリビリと破るようにして一瞬にして引き裂かれた。そして映像はオウルがわざとらしく「あ、あれー? おかしいなー? どうしていきなり、デビルグリズリーが倒れたんだー!?」と言ったところで終わった。


「な……んだ、こりゃ……」


 先ほどまで威勢の良かった男性教員の絞り出したような声が、妙に大きく校長室に響いた。誰も彼もが思わず口をつぐむ。それほどのインパクトが、この映像にはあった。


「ぺ、ペレス、もう一度――もう一度再生しろっ! 今すぐにだっ!」

「了解しました」


 ペレスは問題のシーンの少し手前から、再生し直した。

 全員の視線が映像に釘付けになる。今回は教師たち全員が全神経を研ぎ澄ませて魔力探知を行いながらである。しかし――。


「いったい……何が起きた……?」

「魔法を使った、のか……?」

「いや、それはあり得ないでしょ? このあたしの魔力探知にも何も引っ掛からなかったわよ?」


 大根過ぎた演技はともかくとして、オウルの隠蔽工作は完璧だった。

 この国の魔法教育の最前線に立つ彼らが、誰一人としてオウルの魔法を探知できなかったのだ。


「魔法じゃなけりゃ、どうやってこんな現象を起こすって言うんだよ!? 超能力でもあるってか!?」

「いや、しかし不思議だ……。魔法の反応も魔力の乱れも何もない……」

「どこか遠く離れた場所からの超長距離魔法……。いや、ないな……。それだったら確実に誰かの魔力感知が捉えるはずだ……」


 教師同士で議論が活発になる中、先ほどから一人沈黙を守っている男がいた。

 『EX01』の転送願いを出し、その結果を今ここで初めて知ったガラン=オーレストだ。

 この映像を見た彼は身震いが止まらなかった。


(間違いない……あいつ(・・・)だ……っ!)


 彼には確信があった。この常識外の離れ業をやってのけたのが、本試験で唯一、指輪にかけられた幻覚魔法を見破ったあの学生(・・・・)であることを。


(いったい何をどうやったのかは不明だが、間違いなくこれはあいつの仕業だ……っ)


 証拠などどこにもない。それどころか状況だけで言えば、オウルはデビルグリズリーを前にただの一歩も動けなかったようにしか見えない。しかし、理屈も道理もないが――ガランの直感が告げていたこれがオウルの仕業であると。


(しかし、魔法の反応も兆候もまるでない。本当にいったいどうやって……?)


 通常デビルグリズリーを一撃で葬り去るような強力な魔法を発動するときは、術者には魔力の乱れが発生する。しかし、オウルにはそれが全くと言っていいほどに見られなかった。まさに完全な自然体だ。

 教師たちによって何度も何度も再生されるその映像を見たガランの顔から、思わず笑みがこぼれる。


(ふふふっ。オウル=ハイドリッツ――見つけたぞ。やはりお前は『大当たり』だ……っ!)


 その後、オウルたち七番グループに対する処遇についての議論が紛糾し、合格者決定会議は深夜遅くまで続いた。



 今日は先日受けたグリフィス高等学校入学試験の合格発表日。

 時刻は朝の七時五十五分。現在俺はグリフィス高等学校の校庭――その中央に設置された特設掲示板の前に立っていた。

 俺の周りには期待と不安の入り混じった表情を浮かべる大勢の受験生がいる。


「はぁ……」


 合格発表を前にした俺の気持ちは、とても晴れやかなものとは言い難かった。


(よくて三割……現実的には一割と言ったところか……)


 俺が無事に合格する可能性は、ロメロとヌイと比較すると間違いなく一番低いと言わざるを得ない。

 ロメロは多くの小型モンスターを討伐しており、対デビルグリズリーにおいても素晴らしい一撃を披露した。ヌイは熟練の冒険者ですら尻尾を巻いて逃げ出すデビルグリズリーを相手に、勇敢にも立ち向かった。その勇気と彼女の使用した見事な精霊魔法を考慮すれば、合格する可能性は高いと言えるだろう。


(一方の俺は……)


 指輪にかけられた幻覚魔法こそ見破ったものの、それ以外にはいいとこなしである。

 デビルグリズリーを一撃で葬ったりもしたが、あの件は俺ができうる限りの隠蔽工作を施してある。おそらくは誰にもバレていないだろう。――つまりは俺の『実績』として評価の対象にはなり得ない。


(試験前にガラン先生は、グリフォンの指輪を持って帰りさえすれば合格とは言っていたが……)


 どうにもあのガランとかいう男は胡散臭い。あまり信用の置ける人物ではない、というのが率直な彼の印象だった。

 そんなことを考えていると、どうやら合格者発表の時間となったようで、校庭に設置されたスピーカーからアナウンスが流れた。


『ただいまより、第二百五十回グリフィス高等学校入学試験の結果発表を行います。受験生のみなさまは、お手元の受験番号を確認してください』


 アナウンスが終わると、特設掲示板にかけられた白い布が一斉にめくられた。

 そこにはぎっしりと合格者の受験番号が、番号が若い順で記されていた。

 俺の受験番号は『1771』。俺は掲示板を左端から見ていき、自分の番号を探す。


「1732、1741、1744――1771。ふぅ……よかった」


 俺の受験番号1771がしっかりと掲示されていた。

 よく見れば1771の数字の横に(補)と書かれていた。

 確かこれは補欠合格という意味だ。


(補欠だろうが何だろうが問題ない。中に入り込めさえすれば、後はこっちのものだ)


 どんな強固なセキュリティも中に入り込んでしまえば案外脆いものである。

 仕事の第一段階が成功したことで、ホッと胸を撫で下ろしていると――。


「や、やったぁ……っ」


 横でボロボロと涙を流しながら、笑っている少女がいた。

 肩口で切りそろえられた黒い髪。少し幼さの残る顔立ち。上は黒色の肌着に黒のマントを羽織っている。下はピンク色を基調としたミニスカートを履き、少し大きな黒い帽子をかぶっている。両サイドの脇腹のあたりに布地がない、少しだけ露出の多い服装。

 よくよく見れば、彼女は入学試験の時のグループメンバーの一人、ヌイ=マストリアであった。


「おはよう、ヌイ。その様子だと、ちゃんと合格できたみたいだな」

「あっ、オウルさん! おはようございます。補欠合格ですけど、おかげさまで何とか無事に合格することができましたっ!」


 そう言って彼女が見せてきた番号は2785。

 チラリと掲示板を見れば、確かに2785と書かれており、その横に(補)と書かれてあった。


「ほぅ、奇遇だな。俺も補欠合格だったぞ」

「オウルさんも合格したんですね! おめでとうございますっ! ――えへへ、これからは同じ学校の同級生ですね。よろしくお願いします」


 ヌイはそう言って嬉しそうに笑った。


「あぁ、これからもよろしくな」


 試験中の行動を見れば一目瞭然だが、ヌイは心の優しい子だ。

 それに精霊魔法を使えるところから見ても、その本質が善性であることに疑いの余地はない。

 おそらく俺が最終学年までこの学校nいることはないだろうが、それまでの間は――仕事が終わるまでの間は仲良くやっていけたらいいなと思う。

 ヌイとそんな会話を交わしていると――。


「ふんっ、どうやらお前たちも無事に受かったみたいだな」


 急に背後から声をかけられた。

 振り返ってみればそこにいたのは、ツンツンとした茶髪に、全身青と白銀の鎧に身を包み、腰に刃渡りの長い刀を差した男。ロメロ=ザルステッドだった。


「ロメロか。そういうお前はどうだったんだ?」

「合格したに決まっているだろう? ……まぁ、俺もお前たちと同じ補欠組だったがな」


 どこか不貞腐れた表情でロメロはそう言った。

 おそらくは森を抜け出た時に完全に意識を失っていたのが、大きな減点対象となったのだろう。本人もそれを理解はしているが、納得しきれていないといった様子だ。

 するとヌイがハッと何かを思い出したかのように、両手をパチンと打った。


「あっ、そうでした、オウルさん! 先日はデビルグリズリーから救っていただき、本当にありがとうございました」


 そう言ってヌイは深く頭を下げてきた。


「あぁ、そのことか。別に当然のことをしたまでだ――気にしないでくれ」


 そして出来ればあまり話題にあげないでくれ。

 ヌイの話を聞いたロメロもまた、思い出したように口を開く。


「そうだ、オウル。俺はずっとお前に会って聞きたかったんだ。いったいどうやってあの化物(デビルグリズリー)から、逃げることが出来たんだ? それも気絶した俺たち二人連れて」


 ジーっと二人の視線が向けられる。


「あー、えっと……。それはだな……」


 魔法でデビルグリズリーを真っ二つに叩き斬りました――何て言えるわけもない。目を泳がせながら、何とか必死に言い訳を考えていると――予期せぬ助け船が現れた。


『みなさまへご連絡いたします。これより簡単な合格者説明会を行いますので、合格者のみなさまは体育館へとお集まりください。繰り返します。これより簡単な――』


 スピーカーから案内が流れ、合格者たちがぞろぞろと移動を開始した。


「っと、これから説明会があるみたいだな。早く行こうか」


 少しだけ強引に話題を切り替えると、ヌイはそれに乗ってくれた


「な、中々の過密スケジュールですね……っ。これからどんどん忙しくなりそうです」


 一方でいまだロメロはジッと俺の方を見ていた。


「ふん……。話したくないなら、それでもいい。しかし、これだけは伝えておくぞ」


 ロメロは少し前に進み、俺に背中を向けて――。


「――ありがとう」


 少し照れ臭そうにそう言った彼は、それ以上は何も言わずに早足で体育館へと向かった。


(口と態度が悪いこともあって誤解されやすいだろうが、悪い奴ではないんだよな……)


 もう少し丸くなった方が生きやすいだろうに……。

 そうして俺とヌイとロメロの三人は、一緒に体育館へと向かった。



 その後の合格者説明会は本当にあっさりと終わった。

 この学校の校長であるペレス先生が一言二言簡単な挨拶と祝辞を述べただけで、その後は制服や学生証・その他学校設備の使い方に関するプリントなどがその場でひたすらに配布された。


(これじゃ合格者説明会というより、ただの資料配布会だな……)


 両手いっぱいの荷物を持ったまま、俺たち三人は体育館から出た。


「す、凄い量の配布物ですね……っ」


 小柄なヌイは両手いっぱいに荷物を持ち、少し苦しそうだった。


「全く、こんなことなら使用人を連れてくるべきだったな……っ」


 ロメロは嫌そうな顔をしながら、手元の荷物に目を落とす。

 かくいう俺も、この量の配布物は想定していなかった。


(てのひらサイズの小さな<異空間の扉/ゲート>を開いて、この荷物だけでも孤児院に送りたいんだが……)


 全生徒が両手に荷物を抱える中、一人だけ軽やかに両手が空いているのもまた変だ。そういうこともあって、仕方なく俺もみんなと同じように荷物を両手で抱え込んでいた。


「それにしても……みんな同じクラスでしたね!」


 ヌイは嬉しそうにそう言った。


「ふんっ、補欠合格だからな。それはこうなるだろう」


 一方のロメロは、やはりどこか不満気だった。


「まぁまぁ、これも何かの巡り合わせだろう。仲良くやっていこうか」 


 合格者説明会と同時に一年生のクラス発表があったのだ。

 学生証に記載された俺のクラスは――非正規クラス。

 ここグリフィス高等学校では一クラス約四十名。正規の合格者は、成績の優秀な順にSクラスAクラスBクラスCクラスと四つのクラスに割り振られる。一方で俺たちのような補欠合格者のみを集めたのが非正規クラスとして一つ存在する。五クラス合計二百名が一学年を構成するのだ。


「さてと、それじゃそろそろ一旦解散しようか」


 俺は敷地のど真ん中にそびえ立つ時計塔を見ながらそう言った。

 現在時刻は朝の九時三十分。午前の予定は、全て消化された。次の予定はクラス別ガイダンス。開始時間である昼の一時までに制服に着替えて着席しておくように、とのことだった。


「そうだな。腹も減ったし、俺も一度屋敷に帰るとするか」


 ロメロがそれに同意し、一時解散の空気が流れたところで――。


「あっ、あの……。お、お願いがあるんですが……っ」


 ヌイが何やらお願いごとを切り出した。

 いったい何なのだろうか?


「ん、どうしたんだ、ヌイ?」

「何だ、いいから早く言え」


 短気でせっかちなロメロが、少しカリカリとしながら先を急かした。


「その……できればいいんですが……。い、一緒にっ! お昼ご飯を食べませんか……っ!」


 まさに勇気を振り絞ったという感じで、ヌイは顔を赤くしながらそういった。


「あぁ、いいぞ」

「ふんっ、どこでもいいが、その前に荷物だけは置きに帰るぞ。うっとうしくて敵わんからな」

「ほ、本当ですかっ!?」


 嬉しそうに両目をキラキラと輝かせるヌイ。

 別に友人を昼食に誘うことなんて、そう改まって言うことでもない。


「あぁ、もちろんだ。それでどこで食べる?」

「つまらんファストフード店になら、俺は行かんからな」


 俺とロメロに決定権を渡されたヌイは、少しだけ考え込んだ。


「……も、もしよろしければ、ここ何かはどうですか?」


 そう言ってヌイが指差したのは、体育館横に設置されてあるグリフィス高等学校の食堂だった。


「こ、ここの食堂はテレビでも何度も紹介されて、とっても美味しいって評判なんですよ! 私どうしても一度、ここで食べてみたかったんですっ!」

「ほぅ、そうなのか?」

「知らないのか、オウル? ここの食堂は、グルメ雑誌でもよく特集を組まれているほどには有名だぞ」


 俺は可能な限り孤児院で食事を取っているため、あまりこういったお店の情報には明るくない。


「へぇ、そんなに有名なのか。それじゃここに決定、ということでいいか?」

「やったっ!」

「俺もここなら異存はない」


 こうして無事に昼食の予定が決まった俺たちは、待ち合わせ時間を昼の十二時と決めて、荷物を置きに帰るために一度解散することにした。



 人目のつかないところに移動し、<異空間の扉/ゲート>で孤児院へと帰宅した俺は、両手いっぱいの荷物を机におろした。


「ふーっ、こうして見ると凄い量だな……」


 待ち合わせまでには、まだ少し時間がある。

 俺はその隙間時間を有効に使って、今日配られた様々なプリントに目を通した。

 学校設備の使い方・授業のカリキュラム・単位制度・生徒会や風紀委員の紹介・部活動の紹介――その他にもグリフィス高等学校独自の決闘(デュエル)制度など、覚えるべきことが山のようにあった。

 その中でも一つ目を引いたのが、制服の違いについてだ。


「俺の制服は……うん、やっぱり真っ白だな」


 正規クラスと非正規クラスの外見的な違いとして、制服の色が存在する。

 両者のデザインは全く同じだが、そこに塗られた色が違うのだ。

 正規クラスはグリフィス高等学校のスクールカラーである赤を基調としたものであるのに対し、非正規クラスの制服は白を基調としたものであった。


(ふむ……これは少し目立つな……)


 正規クラスの人数が百六十名に対し、非正規クラスは四十名。

 つまりは百六十の赤い制服の中に、四十の白い制服が紛れるというわけだ。

 しかも白い制服は非正規クラスの証ときている。


(これは気を付けないと、面倒事に巻き込まれるかもしれないな……)


 俺は気持ちを引き締め直して、プリント整理を再開した。

 そんなこんなをしていると時間はあっという間に過ぎていき、気付けば待ち合わせ時間の三十分前となっていた。


「さてと……これで粗方片付いたな。ふむ、少し早いがそろそろ行くとするか」


 俺は服を脱ぎ、新たに支給された制服の袖に腕を通す。


「少し窮屈だが……まぁ、そのうち服が伸びてくれるだろう」


 そして<異空間の扉/ゲート>の座標をグリフィス高等学校のすぐ近くに設定し、目の前に現れた漆黒の扉をくぐった。



 誰に見られることもなく、無事に空間移動を果たした俺は、待ち合わせ場所の食堂前へと向かう。

 するとそこには予定時間まで三十分もあるというのに、ニコニコと嬉しそうな表情で立つヌイがいた。


「よう。早いな、ヌイ」

「あっ、オウルさん。お待ちしてました」


 こちらに気付いたヌイは、笑顔で小さく手を振った。

 彼女も白を基調とした女子用の可愛らしい制服を着ており、普段黒色の服を着ているためか、何だか新鮮に見えた。


「その制服、よく似合っているじゃないか」


 あの無駄に露出の多い私服よりもよっぽどこっちの方が、年相応で好ましいと感じる。


「あ、ありがとうございます……っ。お、オウルさんもとってもよく似合ってますよ!」

「そうか? ありがとう」


 何だかくすぐったくなるような話をする俺とヌイ。


「ロメロさんはまだいらっしゃいませんね」

「あぁ。と言っても、まだ三十分も前だからな……。それにおそらくだが、ロメロは十二時ピッタリに来るんじゃないか?」

「え、どうしてですか?」

「あいつは、人を待つのとか嫌がりそうだろう?」

「ふふっ、そうかもしれませんね」


 ごく短い付き合いだが、ロメロがどういう奴かは何となくだが理解している。

 そして会話がひと段落したところで、俺はさっきから気になっていたことを聞いてみた。


「ところでヌイ、少しききたいことがあるんだが……」

「? なんでしょうか?」


 ヌイは小首を傾げて、続きを促した。


「さっきから、どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」


 すると彼女はどこか気恥しそうに口を開いた。


「えへへ……。私、小さい頃からずっと一人だったので、お友達と一緒にご飯を食べに行ったり、お話ししたりするのが夢だったんですよ……」


 『小さい頃からずっと一人』……?

 少し引っ掛かるフレーズがあったが、そこは流しておくことにした。もしかしたら、何らかの家庭の事情があるのかもしれない。さすがにそこまでズケズケと踏み込んでいくのは、どうかと思われた。


「そうだったのか。それじゃ、これからどんどん夢を叶えていこうな」

「っ! はい、ありがとうございます……っ!」


 そうしてヌイと二人で何でもない、ごくありふれた学生同士の会話をしていると――。

 赤い制服の上に黒いガウンをまとった男子学生が、肩で風を切って歩いているのが目に留まった。既にグリフィス高等学校の制服を着ているところから見て、上級生の正規クラスの生徒だろう。

 ぼんやりと遠目から彼を見ていると、俺はあることに気付いた。


(……ん?)


 どういうわけか周囲の生徒は、彼を見るや否や回れ右をして進路を変えている。誰も彼もが彼に近寄らないように、離れようとしているのだ。


(もしや……彼は相当な嫌われ者なのだろうか……? ……いや。そうじゃない、これは)


 脳裏によぎった考えをすぐさま改める。


(そう言えば聞いたことがある。『学校』という閉鎖社会の中では、いじめが常態化しており深刻な社会問題になっていると)


 世間に名を轟かせるこの名門校も所詮は『学校』というわけか……。


(もし彼が本当にいじめられており、その現場を俺が見たならば、こっそりと魔法で助けてあげるとしよう)


 本来ならばコソコソとせず堂々と助けてあげたいところだが、俺は現在この学校に潜入している仕事中のスパイだ。まだ仕事が何も終わっていない以上、そんな悪目立ちすることはできない。

 俺がそんなことを考えていると、黒いガウンをまとった彼と偶然にも目があった。

 すると彼は露骨に不快気な表情となり、ずんずんと大股でこちらに向かってきた。


「なんだ、お前たち? この黒いガウンが目に入らないのか?」


 男は挑発的な物言いでそう言った。


「……それがどうかしたんですか?」


 相手は一応上級生だ。俺は、ちゃんと敬語を使って問い返した。


「ちっ、何も知らない一年坊主か……。それも非正規クラスの」


 男は見下すような目で、鼻で笑いながら俺たちの白い制服を見た。


「仕方あるまい、親切なこの俺様が教えてやる。いいか、この黒いガウンは先祖に勇者を輩出し、国家の繁栄に貢献した家にのみ与えられる由緒正しき衣装だ」


 そしてどういうわけか、続けざまに名乗り始めた。


「俺様はジェスタ=ラハドーム。知恵の勇者を輩出したラハドーム家の長子だ!」


 ジェスタと名乗った男は、彩度の高い派手な金髪を逆立て、正規クラスの制服を少し改造したものを着ている。


「あっ、はい。オウル=ハイドリッツです。よろしくお願いします」


 一応最低限のマナーとして、俺は自分の名前を名乗り返した。

 するとその対応はどうやら大きな間違えだったようで、みるみるうちにジェスタ先輩は機嫌を損ねていった。


「貴様の名前なんぞに興味はないし、覚える価値すらないっ! 身分の差をわきまえろと言っているんだっ!」


 ジェスタ先輩は語気を荒くして、そう怒鳴り散らした。

 身分の差と言われても……。


「はぁ……もういい。この学校にいれば、そのうちわかるだろう。社会的身分の違いが――そして所詮お前ら非正規クラスは、俺達正規クラスの代替品(スペア)でしかないということがな」


 そう言って、俺たちを見下すように見たジェスタ先輩は――。


「ふんっ、とろくさい田舎娘に仏頂面した無能な男。イイ組み合わせだな、おいっ!」


 そう言って俺達を侮辱しながら「はっはっはっ!」と高らかに笑った。

 すると――。


「お、オウルさんを馬鹿にしないでくださ――」


 今まで黙っていたヌイがカッと目を見開き、珍しく強い口調で反論しかけた。

 しかし、俺はそんなヌイを遮って頭を下げた。


「身分の差をわきまえぬ愚かな態度の数々本当に申し訳なかった。まさかあなたが彼の有名なラハドーム家の末裔だったとは……。|あまりに弱々しい魔力だったので《・・・・・・・・・・・・・・・》気付きませんでした」


 俺は気の毒そうな顔を作り、もう一度頭を下げた。


「……なんだと?」


 ジェスタ先輩は額に青筋を浮かべ、鋭い目付きで俺を睨み付けた。


「お、オウルさん!?」


 別に俺のことはどうとでも言うがいいさ。スパイという職業上、悪口には慣れっこだし、後ろ指を差され恨まれることもある。それにそもそも俺はそんな上等な人間ではない。しかし、しかしだ。

 ――友達を侮辱されて黙っていられるほど、俺は下等な人間ではない。


「貴様……血を見る覚悟はできているのだろうな?」

「いえ。出血まではしないよう手加減します(・・・・・・)ので、ご安心ください」


 売り言葉に買い言葉。

 一触即発の空気が流れ始めたそのとき――。


「お前たち、何をしている!」


 腕に風紀委員の腕章を巻いた女生徒数名が俺たちを取り囲んだ。

 この学校の風紀委員だろう。その一団を率いていた一人の女生徒が代表して口を開いた。


「風紀委員長のラナ=エクストリアだ」


 ラナ先輩は赤い制服をきっちりと着こなした、相手にキツイ印象を与える顔立ちの女生徒だ。背まで伸びる黒いストレートの髪をたなびかせ、鋭い視線をこちらに向けている。まさに『これぞ風紀委員』といった凛としたオーラを放っている。


「魔力の乱れを感知したから駆けつけてみれば……これはいったい何の騒ぎだ?」


 その問いに答えたのはジェスタ先輩だった。


「何、礼儀も常識も知らぬ一年坊主がいたのでな。少し揉んでやろうと思っただけよ」


 そうして一拍置いて、大きく息を吸い込んだジェスタ先輩は――


「オウル=ハイドリッツ。貴様に決闘(デュエル)を申し込むっ!」


 周りによく聞こえるよう、わざと大きな声でそう言った。

 あえてフルネームで呼ぶところに性格の悪さがにじみ出ている。

 すると『決闘(デュエル)』というワードを聞きつけた上級生たちが、ワラワラとこの場へ集まってきた。

 決闘制度――実戦を重んじるグリフィス高等学校特有の私闘制度だ。武器有り魔法有り――何でもありの一騎打ちだ。


(その誘いを受けるも断るも当人の自由とされているが……)


 俺はチラリと周囲に目線をやる。


(こんな大勢がいる前で断るとなると『逃げた』とみなされ、恥をかくことになるな……)


 ジェスタ先輩は俺に恥をかかせようと、わざと大声で叫んだのだ。

 その意図を瞬時に察したラナ先輩は、深いため息をついた。


「はぁ……ジェスタ。新入生いじめはよせ。お前に勝てる奴などそう――」

「――俺は構いませんよ」


 ラナ先輩の言葉を遮って、俺は快く決闘を受諾した。


「ほぅ……っ!」

「なっ!?」


 ジェスタ先輩が嗜虐的な笑みを浮かべ、ラナ先輩は驚愕に顔を硬直させた。


「お、オウルさん!?」


 ヌイも不安そうな表情でこちらを見ている。


「はっはっはっはっはっ! いい度胸じゃないか、その蛮勇だけは買ってやろう!」

「き、君っ! 変な気を起こすなっ! 確かにジェスタは癇に障る奴だが、その実力だけは本物だっ! まだまともに魔法教育を受けていない一年生に、勝ち目はないぞっ!?」


 俺の身を真剣に案じてくれているのだろう。ラナ先輩は俺の肩を揺さぶりながらそう言った。しかし、俺はその説得に応じず、ゆっくりと首を横に振った。


「確かに実力の差は歴然としてあるのかもしれません。――しかし、勝負の世界はやってみないとわからないものですよ? 案外あっさりと俺が勝ってしまうかもしれません」


 さすがにここまで場を整えられて、逃げるわけにはいかない。


(それに、どのみち結果は同じ(・・)だしな)


 ここで勝負から逃げれば、恥をかかされた挙句に目立つことなる。

 ここで勝負を受けても、恥はかかずに目立つことになる。

 どのみち目立つならば、恥をかかずに目立った方いい。

 それに何より、俺の友達を侮辱したこのジェスタ先輩には、少しお灸が必要だ。


「一年生、それも非正規クラスがジェスタに勝てるわけが……。――いや、もはや何も言うまい」


 途中までブツブツと何かを言いかけていたラナ先輩だったが、途中で口を閉ざし、背後に控えていた風紀委員のメンバーの方へと向かった。


「全員この一年をすぐにカバーできるよう防御魔法の準備をしておけ。ジェスタの奴がやり過ぎた場合は、私がすぐに取り押さえる。お前たちは一年の方へ意識を集中させてくれ」

「「「了解しました」」」


 話し合いが終わったのか、ラナ先輩はこちらを振り返ると、決闘のルール説明を開始した。


「制限時間は十分。相手に重傷を負わせる攻撃及び魔法の使用は禁止する。違反者は学則に基づき退学等の厳しい厳罰に処されることになるから覚悟しておけ」


 ラナ先輩は両者の準備が整ったことを確認し、決闘の開始を宣言した。


「それでは――はじめ!」


 開始と同時に俺は右手を前に伸ばし、出の早い魔法を発動した。


「――<衝撃波/ショックウェーブ>」


 掌から圧縮された空気の塊が、ジェスタ先輩目掛けて発射される。

 それを見た彼は、明らかに顔を歪めた。


(Fランク魔法――<衝撃波/ショックウェーブ>か……。やはり所詮は非正規クラス。決闘で使用する魔法がこんなゴミ魔法だとはな……。どれ――ここは一つ度肝を抜いてやるかっ!)


 ジェスタ先輩は右手を高く振り上げ、それを一気に振り下ろした。


「――<魔法無効化/ディスペル>っ!」


 高難易度Bランク魔法――<ディスペル>により、俺の放った<衝撃波/ショックウェーブ>はかき消された。そしてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた彼は――。


「……なっ……にぃ?」


 突然千鳥足を踏み出すと――まるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「「「なっ!?」」」


 突然の異常事態に、周囲は不気味なまでに静まり返った。

 そんな中いち早く我を取り戻したラナ先輩は慌ててジェスタ先輩の元に駆け寄り、彼が完全に気を失っていることを確認した。


「――しょ、勝者オウル=ハイドリッツ!」


 そして勝者の宣言が高らかに行われた今も、この場にいる誰もが口をポカンと開けており、まるでここだけ時間が止まったようだった。


「さぁ、ヌイ。少し早いが食堂に入ろうか」


 決闘も無事に終わったことだし、こんなところにいてもただ見世物になるだけだ。


「えっと、あっ……は、はいっ!」


 俺が物音を立てないよう静かに歩いていくと――。


「待て!」


 予想通り風紀委員長のラナ先輩に呼び止められてしまった。


(……ですよね)


 やはりすんなりとは帰してくれないようだった。


(さてさて何と説明したものやら……)


 初日から面倒なことになってしまったな……。

 そんなことを考えながら、俺は頭の中で言い訳を作り始めた。

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