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十一、そのスパイ、評価を改める。

 無事にグリフォンの指輪を手に入れることが出来た俺たちは、森を抜け出すために早足で歩き続けた。


「ふはは、これは俺がトップ合格なのではないか?」

「や、やったよ、お父さん、お母さん……っ! 私、グリフィス高校に入れるかもしれないよ……っ!」


 二人は既にこの森を抜け出た後の――合格したときのことを考えていた。


(ふむ……完全に浮かれているな……)


 冒険者は意外にもクエスト達成後に、命を落とすことが少なくない。目標(ターゲット)を仕留めた後に気が緩んでしまうことで、普段はしないような愚かなミスをしてしまうからだ。周囲の警戒が散漫になり、別のモンスターの奇襲を受ける。地図を読み違えてしまい、高所から滑落するなどが代表的なところだ。


(少し注意をしておくか……?)


 そんなことも考えたが、あえて口出ししないことにした。

 彼らはまだ冒険者ですらない、高校生にもなっていないような子どもなのだ。わかれと言っても難しいだろう。

 それにここは平地であり、滑落死などによる事故が起きる心配もない。


「ふむふむ……。よし、お前たち次はこっちだ」


 魔法の地図を片手に、森から出る道を指示するロメロ。


(それにしても……やけに静かだな……)


 幸運にも進路選択がうまくいっているのか、森に入ったときに比べて、ここまで一匹のモンスターにも出会っていない。ゴブリン一匹さえ見かけないのだ。まさに異様な静けさと言っていいだろう。


(このまま何もなければいいがな……)


 そんなことを思いながら、しばらく歩いていくと――。


「よし、よしよしよし……っ! こっちだ、出口は近いぞ……っ!」


 あと少しで森を抜けるところまで来ているだろう。ロメロがさらに歩く速度をあげた。

 そのとき――。


(ん? 何だ、この音は……?) 


 遥か前方からガサガサという異音が俺の耳に入ってきた。

 音は真っ直ぐに、高速でこちらに向かってきている。


(早いな……、このままだと後一分もしない内に鉢合わせになるぞ……)


 いまだこの音に気付いていない二人に、すぐさま注意を放つ。


「待て、ロメロ・ヌイ。モンスターが接近している、その道は危険だ」

「あぁ? 何を言っているんだ、オウル? モンスターなんてどこにも――」 


 ロメロがそう言いかけたその瞬間。


「――バルゥウウウウウウウウウッ!」


 突如空中から、巨大な熊が降ってきた。


(こいつは……デビルグリズリーか……)


 デビルグリズリー――体長およそ三メートルにもなる巨大な熊だ。

 その大きな体に似合わぬ俊敏な動きを見せ、主に地上ではなく木の上に生活圏を置く、樹上性(じゅじょうせい)モンスターだ。真紅の体毛に鋭く尖った真っ白な爪と牙。胸のあたりに十字模様に生えた白い毛が特徴的な種族であり、肉食性で攻撃的かつ凶暴な性格だ。過去幾人もの冒険者がこいつの餌食になってきた危険なモンスターだ。


「「で、デビルグリズリー!?」」


 ゴブリンやオークなどとは比べ物にすらならない。想定外の大物の登場に、ロメロとヌイは度肝を抜かれた。 


「バル、バラァッ!」


 不機嫌そうに唸り声をあげるデビルグリズリー。

 よく見ればむき出しになった右の牙に薄っすらと『EX01』と刻まれていた。

 これもこの試験のために森に放たれたモンスターであろう。


(まぁ間違いなく、ハズレ枠(・・・・)だがな……)


 デビルグリズリーともなると、熟練の冒険者でも手間取る厄介なモンスターだ。それを高校生にもなっていない――実戦経験のほとんどない子どもが討伐できるわけがない。


(いったい試験官の奴らは何を考えているんだ……?)


 チラリと背後の茂みに隠れる彼らに視線を向けたくなるが、俺が彼らに気付いていると悟られるわけにはいかない。そこはグッと鋼の意思でこらえて、目の前の敵に注意を払う。


「な、何で、ど、どうして……っ。こ、こんな化物に勝てっこないだろう……っ!?」


 そんな泣き言を繰り返しながら、ロメロはゆっくりと後ずさる。

 無理もない。デビルグリズリーは国の最重要戦力――勇者ですら苦戦することもあるモンスターだ。こんな学生の入学試験に駆り出していいものではない。


「バル……バラァアアアアアアアアッ!」


 目標をしっかりと定めたデビルグリズリーが、凄まじい速度でロメロ目掛けて走り出した。


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいっ!?」


 その迫力と目の前に迫った死の恐怖に、ロメロは戦う気力を打ち砕かれ、背を向けて走り出した。しかし、極度の緊張とパニックによるものだろう。あろうことか、地を這っていた木の根に足を取られて、派手にすっ転んでしまった。


「バルル……ッ」


 そこへ舌なめずりをしながら、ゆっくりとロメロとの距離を詰めるデビルグリズリー。


「ひぃ……っ。い、いやだ、お、俺はザルステッド家が、ちょちょ長子……っ。こ、こんなところ死んでいいわけがなぃ……っ。い、嫌だ、死にたくない……っ!」


 尻もちをついたまま何とか後ろへ後ろへと後退するロメロ。


(ふむ……。果たしてどこまで手を出していいのやら……)


 パッと浮かび上がった選択肢は三つ。


一、素手で制圧する。

二、魔法で制圧する。

三、ロメロを見捨てて逃げる。


 ……ふむ、血も涙もないが、学生の行動としては三が最も適当だろうな。

 一は論外だ。俺は自分で言うのも難だが、見た目が少し華奢(きゃしゃ)である。後ろで試験官が目を光らせているこの状況で、そんな悪目立ちはしたくない。となると、二か三あたりが妥当かつ現実的な選択だが……。はたしてどうしたものやら……。

 俺がそんなことを考えていると。


「た、助けてくれぇえええええええっ!」


 嗜虐的な笑みを浮かべたデビルグリズリーが、もうロメロの目と鼻の先にまで迫っていた。笑っているのだろうか、「バルォバルォバルォ……ッ!」という鳴き声をあげながら、丸太のように太く鋭い爪の生えた腕を天高く振り上げた。


「い、嫌だ……っ!?」


 死の恐怖の前に口から泡を吹くロメロ。

 そして――。


「バラァアアアアアアアアアッ!」


 デビルグリズリーが一思いに腕を振り下ろしたその瞬間。


「――<木の精霊よ/スピリット・オブ・ツリー>っ!」


 いつの間にか走り出していたヌイが両者の間に体を滑り込ませ、手に持つ杖で地面をたたいた。するとメキメキメキっと地面から一瞬にして巨大な大木が生え、デビルグリズリーの鋭い爪から見事二人を守った。


(ほぅ……っ! 精霊魔法か、ずいぶんと珍しいな……っ!)


 火・水・木など、各種族の精霊の力を借りて発動する珍しいタイプの魔法だ。心の清らかなものにしか扱うことが出来ず、最後に術者にあったのはもうどれくらい前だろうか。


「よ、よよよよよよくやった! 褒めてやるぞ、ヌイっ!」

「今です、この隙に逃げましょう」


 デビルグリズリーは、現在その鋭い爪が木の壁に食い込み、一時的に動けずにいる。

 この絶好の機会を逃すわけにはいかない。

 ヌイとロメロが全力で逃走を開始し、俺も速やかにその後に続いた。


「こ、ここここっちだっ! 急げ、急げ急げ急げぇええええっ!」


 魔法の地図を見る限り、森を抜けるまでは直線距離でおよそ二百メートル。


「バルゥオオオオオオオオオンッ!」


 背後からは猛然とデビルグリズリーが向かってきているが、ヌイのおかげでかなりの距離を稼ぐことができた。いくら奴の足が速いといっても、さすがにこの距離を一瞬で詰めることはできない。誰もが森からの脱出を確信したそのとき――。


「……あっ」


 ヌイが転んでしまった。


「「ぬ、ヌイっ!?」」


 そのうえ彼女は立ち上がろうすることすら出来ずに、ぐったりと横たわったまま「はぁ、はぁ……」っと短く浅い呼吸を続けている。


(こんなときに……魔力欠乏症か。まずいな……)


 おそらくは先ほどの魔法を行使したことによる魔力欠乏症。発動速度・規模・魔法強度、あれは誰の目から見ても立派な魔法だった。おそらくは<魔法強化/リーンフォース・マジック><魔法速度強化/アクセラレーション・マジック>などの強化魔法を併用したものだろう。


(何にせよ、かなりの無理をして行使した魔法であることは間違いない)


 いまだ魔力量も成長時期にある学生がそんな無茶をすれば、一発で魔力欠乏症を引き起こすだろう。彼女はそれを承知の上で、身を投げ打つ覚悟であの魔法を行使したのだろう。


(素晴らしい勇気だ。尊敬に値する)


 するとヌイの転倒に気付いたロメロが一瞬、立ち止まった。


(こいつの性格上、ヌイを助けることはあるまい……。ここは俺が――)


 さすがにここでヌイを見捨てるわけにはいかない。

 その勇気と優しさは、こんなところで失われていいものではない。


「バルバルバルバルバラァアアアアアッ!」


 右手をあげ、狙いを迫りくるデビルグリズリーの頭部に定める。


「――<斬鉄の」


 発動が早く、殺傷性の高い風魔法を発動しようとしたそのとき。


「わ、我が名は……ザルステッド家が長子、ろ、ロメロ=ザルステッド。――き、貴族であるこの私が……平民に助けられたまま、逃げられるかぁああああああっ!」


 驚くべきことに、腰に掛けた刀を抜き放ったロメロが、大声をあげてデビルグリズリーに突撃していった。


「ほぅ……っ!」


 まさかあのロメロがこんな行動に出るとは……。

 予想外の事態に、俺は発動しかけた魔法を強引にキャンセルする。


「うぅおおおおおおおっ! ――<腕力強化/リーンフォース・パワー><敏捷性強化/リーンフォース・アジリティ><斬撃強化/リーンフォース・スラッシュ>っ!」


(三重強化か……中々やるじゃないか)


 その若さで自身に三連続の強化魔法をかけるとは、どうやら俺は少しロメロのことを過小評価していたのかもしれない。


「くらえ――<鬼神三連斬(きしんさんれんざん)>っ!」

「バモォオッ!?」


 鋭い三線の斬撃がデビルグリズリーを襲い、真っ赤な鮮血が宙を舞う。


「はぁはぁ……ど、どうだ!?」


 気迫・踏み込み・タイミング――三位一体となった素晴らしい一撃であった。


 しかし――。


(……浅い)


 どうしようもなくロメロ本人のステータスが足りていない。いくら強化魔法を重ねがけしようとも、元々のステータスが低ければその効果はあまり期待できない。

 腹部に裂傷を負わせることは出来ても、致命に足る一撃とはなり得なかった。


「バル……バンラァアアアアアアアッ!」


 怒りに目を血走らせたデビルグリズリーの耳をつんざく雄叫びが、森中へと響き渡った。


「くそ……っ、ここまで……か……。化物、め……」


 今の全力の一撃に全ての魔力を注いでいたのだろう。

 ロメロは力なく膝をつき、静かに意識を手放した。

 そこへ迫るは真紅の悪魔――デビルグリズリー。頭からロメロを丸かじりにせんと大口を開けている。


「バラァアアアアアアアアアッ!」



 ロメロは貴族であることを鼻に着せた嫌な奴だ。


 嫌な奴だが――どうやら腐った奴ではないようだ。



「仕方ない……助けてやるか……」


 ちょうど名案を思い付いたところだ。

 ――試験官の目があるというならば、彼らの魔力探知に引っかからないほどの速度で不可視化した魔法を発動すればいい。


(<魔法不可視化/インヴィジブル・マジック><魔法速度強化/アクセラレーション・マジック><上位魔法速度強化/グレート・アクセラレーション・マジック>) 


 無詠唱化した三重の強化魔法を唱え、俺は最後に最高最速で攻性魔法を発動させた。


「――<斬鉄の風/スラッシュ・ウィンド>」


 シュリン。


 一陣の風が吹いたその瞬間。


「ア……ォゥ……ッ?」


 デビルグリズリーは一刀両断され、そのまま音もなく倒れ伏した。

 すると背後の茂みが、にわかに騒がしくなった。


(……バレたか? ……いや、ただでさえ最速で発動させた魔法を、強化魔法まで併用して隠したんだぞ? さすがにそれは考えにくい……)


 あそこまで強化・隠蔽した魔法の発動を感知できたならば、もはや天晴というほかない。

 さて、後は少しだけアフターフォローをしておくか……。


「あ、あれー? おかしいなー? どうしていきなり、デビルグリズリーが倒れたんだー!?」



 ――完璧だ。


 これで魔力感知に引っ掛かってさえいなければ、彼らが俺に疑いの目を向けることはないだろう。

 ひとしきり演技を終えた俺は、サッと頭を切り替えて、ヌイとロメロを両手で抱え込んだ。


「よっこらせっと……」


 っと……ロメロはともかくとして、意外とヌイも重たいな。

 二人を抱えたまま俺は歩き始める。


(いやしかし、今回の入学試験は厳しいかもしれんなぁ……)


 グリフォンの指輪こそ無事に持って帰れるものの……。


(三人中二人が意識不明……。それにデビルグリズリーは理由不明の不審死。何より俺はこの試験で一度もまともな戦闘をしていない)


 これは実戦を重んじる校風に全くそぐわない。

 いったいどのような評価基準になっているかは知らないが、これでは合格は難しいと言わざるを得ない。

 何せ試験官の目から見れば、俺は今回ほとんど何もしていない。

 唯一の手柄は、あの指輪の幻覚を見破ったぐらいだ。


(まぁ、もう全部終わったことだ。これ以上考えても仕方ないな)


 いざとなったら、ラフィに高い酒でも買って帰ってうまく誤魔化そう。

 俺はそんなことを考えながら、二人を担いで無事に森を抜けだしたのだった。

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