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一、そのスパイ、勇者パーティを追放される。


 現在俺は、魔王からの依頼で『火の勇者パーティ』に回復術師(偽)として潜入している。いわゆるスパイという奴だ。既に人間側の重要な機密情報を盗み終え、後は波風を立てることなくパーティから抜けるだけ……のはずだったんだが。――少々トラブルが発生した。


(さてさて……どうしたものかな……)


 今日のクエストは、この周辺で悪さをしているゴブリンの群れの討伐。難易度自体も低く、このクエストを受けたのもボランティアの意味合いが強い。数時間後、当然のようにゴブリンの掃討を完了し、街へ帰還しているときに、運悪く遭遇してしまったのだ。魔王軍の大幹部兼ペット――ポチに。


「ガルルルルルルルッ!」

「ガッデム、どうしてこんなところに大幹部がっ!?」


 パーティメンバーの一人。戦士モルガンの悲痛な叫びが響く。


(しかし、まさかこの周辺がポチの縄張りだったとはな……)


 ポチは魔王が小さいころに拾ってきた野良犬だ。飼い始めたころは両手に乗るぐらいの小さな子犬だったが、今では見上げるぐらいの大きさだ。黒くふさふさ生えた毛につぶらな瞳が中々に可愛らしい。それに懐っこい性格をしていて、俺もたまに散歩してやったりもする。

 俺が「どうしたものか」と頭を悩ませていると。 


「はぁあああああっ!」


 先手必勝とばかりに、このパーティのリーダーである火の勇者フレムがポチに斬りかかる。大上段からの豪快な振り下ろし。聖剣の力と、俺がこっそり発動してあげている支援魔法の効果を考えれば……。いくらポチといえども、あっという間にスライスされてしまうだろう。


(それは一番マズいパターンだな……)


 ポチは魔王が小さいころから大事に大事に育ててきた犬だ。ポチが死んでしまえば、魔王が大いに悲しむことになり、その後処理をするのは……正直面倒くさい。


(すまんな……フレム)


 背に腹は代えられない。

 フレムの聖剣がポチに触れたその瞬間――俺はこっそりと支援魔法を解除した。すると。


 ――カキン。


 たかが聖剣の力だけでポチの硬い毛を斬れるわけもなく、フレムの放った斬撃は軽く弾かれてしまった。


「馬鹿なっ!?」


 予想外の事態に大きく体勢を崩すフレム。

 そこへカウンターとしてポチの鋭い爪が伸びた。


「ガルルルルルルルッ!」

「しまった!?」


 ポチの爪は鉄をも軽く両断する。

 直撃を食らえば、体が真っ二つになるだろう。


(これはさすがに守ってやるか――<防御強化/リーンフォース・ディフェンス>)


 魔法が発動し、フレムの物理防御力を大幅に上昇する。その結果、ポチの爪はフレムを切り裂くことはなかった。

 その後、空中で一回転し華麗に着地を決めたフレムは、手元の聖剣に目を落とす。


「くそっ、聖剣さえ弾くか……。何て硬い毛だ……」


 ふふっ、そうだろうそうだろう?

 ポチの毛をここまで強化したのは、他でもない――俺だ。

 昔、こいつがまだ小さかったころ、他の野良犬に襲われて酷い怪我を負ったことがあった。それを見た魔王が泣くの泣くの……。「何とかして!」とせがまれた俺は、仕方なく大量の魔力を毎日ポチに浴びせ続けた。するとポチの毛はみるみる内に硬くなり、爪もどんどん鋭く尖っていき、今では野良犬をまとめ、縄張りを守る大将にまでなった。

 フレムはポチの鋭く尖った爪に視線を向ける。


「不幸中の幸いは、攻撃力が低いということか……」


 いや……俺が<防御強化/リーンフォース・ディフェンス>を使ってないと即死してるんだけどね……。

 そんなフレムのプライドを叩き割るようなことは、さすがに口にできないので黙っていると――。


「どいてな、フレム! ――これでも食らえっ! <灼熱の弓矢/バーニング・アロー>っ!」


 パーティの紅一点、気の強い女魔法使いのクワドラが呪文を詠唱し、灼熱の火が灯った矢がポチへと殺到する。しかし――。


「プルルルルルルルッ!」


 ポチが軽く体を振るだけで、その矢は全て弾かれてしまった。


「そ、そんなっ!?」


(ふっ、甘い甘い。その程度の魔法では、ポチの毛を突破することはできないぞ)


 俺がニヤニヤとポチの成長ぶりを眺めていると。


「おい、オウル! お前も何か攻撃魔法は使えないのか!?」

「ユー! 何をニヤついている! この状況がわかっているのかね!?」

「この役立たず! ちょっとはパーティに貢献しなさいよっ!」


 フレム・モルガン・クワドラから激しい叱責が飛んだ。


(そう言われてもな……)


 正直言うとポチの毛を貫く魔法なんぞ、いくらでも使える。

が、今の俺は回復術師という『設定』だ。回復術師が魔法使い顔負けの大魔法を披露するわけにはいかない。何より――俺はスパイだ。極力目立つことは避けなければならない。


「……すまない。俺は回復魔法しか使えないんだ」

「「「……ちっ」」」


 パーティメンバーの三人は露骨に舌打ちした。

 ……なんだか最近、俺にだけあたりが強い気がする。


「ガルルルルルルルルッ!」


 不機嫌なポチの唸り声が響き、我に返ったようにフレムが命令を飛ばす。


「くそっ、撤退だ! ――クワドラ、頼む!」

「えぇ、任せて!」


 今まで前線で戦っていた勇者フレムと戦士モルガンが下がり、同時に魔法使いであるクワドラが先頭に躍り出た。うちのパーティで決められている撤退時の陣形の一つだ。


「化物、こっちを見なさい! ――<閃光/フラッシュ>」


 瞬間、溢れんばかりのまばゆい光がクワドラの杖から放たれた。


「ガルロッ!?」


 それをモロに直視したポチは、前足で目を押さえ地面を転がり回った。

 これでほんの少しの間だが、ポチの視界を奪うことに成功した。撤退するための時間が稼げたというわけだ。


「さすがだ、クワドラ!」

「ウェルダンっ! いい仕事だ!」

「今のうちよ!」

「ガル? ガルル!?」


 突如視界を奪われたショックにより、その場で暴れ回るポチ。

 俺たちはその隙に、ポチに背を向け全速力で走りだす。


「サリエスの街まで急げ! あそこには今、閃光の勇者が滞在していたはずだ!」

「「「了解っ!」」」


 ここからサリエスの街までは、そう遠くない。走れば十分もかからないだろう。

 しかし――。


「ガルルルルルルルルルッ!」


 視界を取り戻したポチが、背後から凄まじい速度で迫ってくる。先ほどの<閃光/フラッシュ>がよほど気に障ったのか、鋭い牙をむき出しにしている。


「くそ、もう暗闇(ブラインド)状態から回復したのか!?」

「ど、どうするのよ、フレム!?」

「ボーイ! 何か策はないのかね!?」


 そう言っている間にもポチはどんどん距離を詰めてきている。追いつかれるのも時間の問題であろう。


(ふむ、これはあまり好ましくない展開だな……)


 このままズルズルと撤退を続ければ、いずれ街にたどり着いてしまう。ポチが街中に侵入すれば、人間側は大きな痛手を被ることになる。

 同時にポチとて無事では済まない。いくら硬い毛を持つからと言っても、一度に大量の大魔法を浴びせられれば、大怪我を負ってしまうだろう。


(この場を丸く収めるためには……ポチを止めるのが一番だな)


 俺は<通信/メッセージ>を発動し、ポチに直接話しかける。


「ポチ。――『待て』だ」

「キャ、キャウン……っ!?」


 その瞬間、ポチはピタリと足を止め、キョロキョロと周囲を見回した。そして――勇者パーティの中に俺がいることを確認すると。「ワオーンッ!」と遠吠えして、クルリと踵を返した。


「追ってこない……だと……?」

「ど、どうして?」

「ワッツ!? いったい何が起きているんだ!」


 混乱を見せる火の勇者パーティの面々。

 一人事情を知る俺は、内情を告げぬままその混乱を鎮める。


「まぁまぁ、無事に逃げることができたんだからいいじゃないか」


 すると少し釈然としない表情を浮かべながらではあるが、フレムはコクリと頷いた。


「……それもそうだな。とりあえず所定の目的――ゴブリンの討伐は完了している。一度、サリエスの街に帰ろう」


 こうして何だかんだとハプニングが続いたが、無事にクエストを達成することができた。



 そしてその夜。

 そろそろ寝ようかと思っていたころに一本の電話が鳴った。電話の相手は、パーティリーダーのフレム。何やら大事な話があるから、うちに来てくれとのことだった。


「こんな時間に呼び出しとは……いったい何の用だ?」


 立場上リーダーからの呼び出しを無下に断るわけにもいかず、眠たいながらも支度をして家を出た。


「ほぅ、今日は満月か……。ふふっ、何だかいいことがありそうだな」


 ふと目に入った月が綺麗な真ん丸だった時、少しテンションが上がるのは俺だけだろうか? そんなことを思いながら、街灯に照らされた道を一人歩いていく。


「さすがにこの時間帯は静かだな」


 普段は行商人たちで賑わっている大通りも、深夜零時ともなれば静かなものだ。

 その後、フレムの住む立派な屋敷に到着し、ドアベルを鳴らす。するとメイド服を着た一人の女性が立派な装飾の扉から出てきた。


「お待ちしておりました。回復術師オウル様ですね」

「えぇ、そうです」

「どうぞ、こちらへ」


 メイドの女性に案内されフレムの屋敷へと入る。

 廊下にはどこかで見たことのある塑像や壺が置かれている。同様に壁にも独特なタッチで描かれた油絵が、品の良い額縁に入れて掛けられている。あまり美術方面には明るくないが、これも名画に数えられるものなのだろう。引き寄せられるというか、何というか……とにかく不思議な魅力を感じる。

 そんな風にキョロキョロとフレムの調度品を楽しんでいると、目の前のメイドさんが大きな扉の前でピタリと止まった。

 彼女はゴホンと咳払いをすると、ただでさえ真っ直ぐな姿勢をさらに真っ直ぐに伸ばし、目の前の扉を優しくノックした。


「フレム様。オウル様がお見えになられました」

「そうか、入れてくれ」

「かしこまりました」


 メイドさんは閉まった扉の前で丁寧に頭を下げると、優しく扉を開く。


「どうぞお入りください」

「ありがとうございます」


 メイドさんは中に入ることはなく、俺に一礼をした後優しく扉を閉じた。

 案内された部屋は、おそらくフレムの私室だ。赤いフカフカの絨毯が敷かれ、部屋には刀や防具などが丁寧に飾られている。


「こんな時間にどうしたんだ、フレム?」

「急に呼び出してすまないね、オウル」

「グッドナイト! まぁ、座りたまえよ」

「遅いわよ。いったいいつまで待たせるつもり?」


 部屋の中心には円卓が置かれており、そこにフレム・モルガン・クワドラが座っていた。どうやら呼び出しを受けたのは俺だけではなかったようだ。

 一人だけ立ったままでいるのも変なので、俺も一番近くの椅子に腰かける。


「それで? 全員集まって何の話をするんだ?」

「……いや、話し合いならもう終わったよ」

「ん? どういう意味だ?」


 話し合いが終わった……? フレムはいったい何を言っているんだ?


「オウル。君をわざわざここに呼んだのは、せめて直接会って話すぐらいの情けは必要だと思ってのことなんだ」

「お、おぅ……?」


 話の筋が全く見えず、俺は中途半端な相槌を返す。


「単刀直入に言おう。君では足でまといだ。明日からはもう来なくていい――追放だ」

「……は?」


 俺は自らの耳を疑った。


「実際さー、うちらのパーティって回復術師いらないと思うんだよね? そもそも最後にダメージを食らったのっていつだっけ?」

「ザッツライッ! 我らは以前より遥かに強くなった! ダメージを負うこともなくなった今! 必要なのは回復職ではなく、攻撃職!」


 い、いやいやいや……。このパーティがダメージを食らわないのは、俺が<防御強化/リーンフォース・ディフェンス>で御力を極大アップしているからなんだが……。


「まぁ、こういうわけで、全員一致で君のパーティ追放が決まった。悪く思わないでくれよ。これも全て君の実力不足が原因だ」

「そ、そうか……」


 自分から抜けるつもりが、まさか追放されてしまうとは……。人生何があるかわかったもんじゃないな……。


「……わかった。いろいろと大変になると思うが……まぁ、達者でやってくれ」


 これ以上、彼らと話すことは何もない。そもそも俺は仕事の一環としてこのパーティに潜入しただけだ。既に人間側の機密情報を盗み終えた今、俺がこのパーティに所属する意味はない。


「ありがとう。だが、心配は無用だ。既にオウルの後任は決まっていてね。君より遥かに優秀な(・・・・・・・・・)魔法使いが入ることになっているんだ」

「……そうか、それなら安心だな」


 ポーカーフェイスを気取り、大人な対応をしている俺。しかし、「どこかカチンと来ることがないか?」と問われたならば、胸を張ってこう言える「むかつく」と。

 だが、こんなところで揉めても、それこそ何の意味もない。こういう失礼な奴とは、スッパリと縁を切り、今後関わらないようにするのが一番だ。


「……それじゃ、世話になったな」

「あぁ、オウルも精々達者でな」

「グッバイ! 夜道には気を付けてな!」

「さっさと再就職先を見つけなさいよ……ま、あんたみたいなのを拾ってくれるところがあればだけどね」


 こうして俺はなんとも言えない複雑な思いを抱えたまま、フレムの屋敷をあとにした。

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