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5話 アドリアーナ女史

後半はバトル回

「では、今日の授業はここまで。課題は来週までに提出すること」


 素っ気なくリートン教授は、今日受け持っている授業をすべて 終えた。

 資料を回収し、学生よりも早く教室を出て、帰路の人になる。

教室から多くの学生の安堵の声が耳に届くが、本人は気にしていない。それよりも気になことがあった。

 エヌマだ。


(あの耳長族め、勝手に研究室から出たな!)


 研究室は彼の庭だ。いたる所に使い魔を忍ばせて、警備に当たらせている。エヌマが感じた視線は使い魔を通した教授の視線だったのである。

 彼女の呟きから、彼女の目的が密売に関わる大学関係者ということも既にわかっていた。

 青筋が更に増えた。目付きも悪魔のように恐ろしくなり、すれ違う学生たちは皆恐れおののいている。

 だが、そんな彼に声をかける無謀な勇者がいた。


「あ、リートン教授! こんにちは、授業は終わられたのですか?」

(ムッ)


 わざわざ声をかけてくる相手を無視するほど常識知らずではない彼は、仕方なく車椅子を止めて振り返った。


「これは、アドリアーナ女史」


 軽やかに近付いてくる女性にリートン教授は、苦い顔で応対する。

 ヴェナン・アドリアーナ女史。

 魔法大学魔法史学部の講師。大学院を卒業して二年で講師となり、若手のホープと期待されている才媛だ。女嫌いのリートン教授ですら彼女の才能と実力を認めている、と評判である。

 また彼女は、清楚で整った顔立ち、鳶色の大きな瞳に、美しく長い癖のある赤みがかった髪。

 北方出身者らしい白い肌、凹凸のある体つき。

 など、リートンを除く教授陣や学生から高い人気を得ている美女でもある。

 性格も温厚で、現にリートン教授の遠慮のない毒舌をこのように返した。


「ふん、相変わらず愛想だけは良いようだな。さぞ、私を除く教授たちから受けは良かろう? 教授になるのもそう遠いことではないな」

「とんでもないですわ、私なぞまだまだです。それにリートン教授に認めてもらえるまで、教授職は辞退するつもりです」

「それなら、早く私が死ぬように魔法でも使うんだな。いつでも相手になるぞ」

「まぁ、教授が早く亡くなったら私の目標が消えてしまいます。それにそのようなことにお相手になるよりも、ヴェストレード朝時代の主流魔法についてご意見をお願いします」


 リートンは「ふん、悪いがそんな暇ない」と返すのがやっとだった。エヌマのように感情的になってくれればありがたいのに、どういうわけかこのアドリアーナ女史は笑顔でこんなことを言うのだ。

 はっきり言って苦手である。

 学生の頃から彼女はこうだったが、講師になった今もそれは変わらないらしい。


「そういえば、教授が新しい従者の方を雇ったと構内で噂がありました。何でも女中とか、それは本当ですか?」


 アドリアーナ女史は好奇心に満ちた瞳で訊ねてくる。

 何故そんなことを聞くのかリートン教授にはわからなかったが、どうせ弱味でも握ろうとしてると勝手に判断して、素っ気なく答えた。


「あぁ、あれのことか。私もこんな体だからな、信条を曲げなければならんときもある」

「そうなんですか。流石は教授ですね」

「皮肉のつもりか?」

「とんでもない! 常に前に進まれる教授は、やはり素晴らしい方だと思っただけです」


 迷いや嘘の臭いはしない。この女性に関してはそれがしょっちゅう見受けられて底が見えないから、リートン教授はときどき不気味に思う。

 だが、二人の会話はそこで一時中断となった。

 廊下の向こうから、血相を変えてリートン教授とアドリアーナ女史に助けを求める男子学生が現れたからだ。




「ここが、アウグストゥスって野郎の研究室か」


 扉の前でエヌマは呟いた。

 彼女が男子学生から聞いたことは一つだけ。


『この大学で、車椅子の野郎以外に偉そうな奴は誰だ?』


 というものだった。

 彼女の目論みはいたって簡単。

 悪いことをするのは偉そうにふんぞり返っている人間。

 根拠もなければ、客観的でも論理的ですらない。極めて主観的で勝手な思い込みに近いものだ。

 それは彼女の長い(耳長族は人間よりも遥かに長命)経験がそうさせるらしい。

 だから彼女は、躊躇わず扉を開けた。


「!?」


 しかし、そこは想像していた場所ではなかった。潮の香りがする風が、彼女の頬を撫でたのだ。


「こいつ、海か!?」


 目の前にはどこまでも広がる青い海と、空。白い砂浜が広がっている。彼女は海を見たことはないが、両親から聞かされている話と一致する。

 想像していたのは、リートン教授の研究室みたいに、本棚や机のあるカビ臭いへ部屋。

 それが、何故このような景色が映る。


「へ、部屋間違えたか? あ、あー!?」


 動揺しながら外に戻ろうと振り返ったら扉が消えていた。

 立ち尽くし、また海の方を向いたエヌマの前に、海から隊列を作って行進する鈑金鎧を身につけ、弓矢や槍を持った兵士が現れた。


「はあ!? なんなんだよいったい! 訳わかんねぇ!」


 現状の意味不明さにエヌマは大声で、わめく。

しかし、現状はどんどん進んでいた。

 兵士たちが行進をやめて、弓を持った兵士たちが構え、エヌマに向けた。


「なっ!?」


 咄嗟にエヌマは身を屈め、兵士たちは矢を放つ。

 放物線を描きながら矢は正確にエヌマへ迫る。

 エヌマは身を屈めていたが、手を地面に置いて、腰を上げ、一目散に走り出した。


「弓矢が、なんぼのもんじゃい!」


 まったく恐れる様子はない。

 彼女のような耳長族は弓矢の扱いに優れ、日々の糧は狩猟に頼っている。

 故に、彼女は矢の放たれる筋道が見えていた。おまけに、彼女独自の観察眼も大いに助けていた。

 エヌマとはいえ、一時的に矢から逃れても次がある。

 既に第二射は、直線的な狙いをつけて構えられていた。


「へっ、とおりゃ!」


 彼女は走る勢いを利用して跳躍した。狙いが剃れて矢はまたしても当たらない。

 そして、エヌマは迎撃で向けられる槍の矛先の群れに飛び込んだ。

 腰から抜いた短剣で正面の槍を弾くが、肩と腰に刃がかすれる。


「ちっ」


 痛みに顔を歪めるも、正面の兵士の踏み倒す。

 兜で顔は見えない。短剣を突き刺す隙間もない。だがら代わりに奪い取った槍の柄で、喉元を突いた。

 殺せないなら、せめて無力化する。

 更につ突きの瞬間、その力を利用してまた飛び立った。

 彼女は一人、敵は大勢。彼女が立っていた場所に四方から槍の矛先が貫いていた。あのままいったら、倒れた兵士の代わりにエヌマが穴だけなされていただろう。

 その、エヌマは空中でニヤリと笑っていた。


(この槍ならあの鎧を貫ける!)


 朗報である。

 精神的な後押しを得て、エヌマは空中で体を回転させ、槍の先で着地点にいる顔面を貫かせる。


「よっと」


 彼女は、槍を貫かせたまま柄に掴まる。

 表情からは余裕が見受けられた。

 高いところから見ると、意外に兵士たちの数が少ないことがわかる。100人はいたか?と内心では思っていたが、そうではなかったらしい。


「へっ、てめえらがどんなモンかは知らねーけど、私と殺り合うならもっと人数集めな!」


 エヌマは調子に乗っていた。敵の数が想像より少ないとはいえ、多勢であることには変わらないが、その多勢を相手に殺り合っているのも事実。

 だが、彼女は忘れていた。

 ここが魔法大学教授の研究室であることを。


「お?」


 突然、空を分厚い雲が覆った。強い風が吹き、流石にそのままではいられないから、エヌマは飛び降りて兵士たちと向かい合う場所に着地する。


「・・・・なんだ?」


 どういう理由か、正面の兵士たちは動かなくなっていたが、視線は外さずに、周囲に視線を回す。

 と、声がした。


「なんじゃ、耳長族の娘か。胸は残念じゃが、可愛らしい尻だのぅ』


 低くしわの寄った、気色の悪い声がどこからともなく聞こえてきた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!今回は少し長めで、おまけに前回よりもバトル描写の多い回になりました。バトルは余り得意でないので、けっこう緊張してます(笑)

では、次回エヌマはどうなるのでしょうか。作者としても続きが予想しにくいです、それではまたお会いしましょう!

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