3話 仕事中もその後も退屈しない
魔法大学で名の知れたツヴィルトリアベ市は興隆期にある。
市から半刻ほどの場所にあるネルトン山に魔法石の豊富な鉱脈が見つかり、それ以後、テーデラ街道の敷設による物流の活性化、魔法石産業協会支部、魔法石交易協会支部設立など有力組織の参入などが理由に挙げられた。
また、市の都市化政策も無視出来ない。元々は大学街という特色だったのを、市が大幅な経済効果を見込んで大規模な都市化を実施。
魔法石交易商や加工業者や、魔法石鉱脈の炭鉱夫等といった産業者向け宿場街の拡張、魔法石関連の関税免除等など、まだまだ他の魔法石産業都市ほどではないが、将来性の高い新興魔法産業都市となった。
リートンの使い魔に先導されて、エヌマとノーノーンが歩いている宿場街は、そういった市政の影響を受けて建設が進められている場所だ。それゆえ職工たちの活気で賑わい、彼らの財布を狙った屋台が並んでいる。
「・・・・・腹減った」
エヌマは肩を落とし、それから隣から漂ってくる肉を串に刺した物を売る屋台を見た。
足が止まった彼女をノーノーンが咎める。
「アイヤー! ダメだよエヌマさん! 御主人が言ってましター、仕事を終わってからご飯ヨ!」
「チッ、わかってるよ。はぁ~、雇われるって辛いわ」
「アイヤー、でも他のお屋敷よりかなり待遇は良いヨ。私が前に勤めてた所は酷かったネ、給金も低いし、ご飯はないし、寝床は狭いし」
「ふーん。あんな性格悪そうなおっさんだけど、少しはマシになるんだ」
「アイヤーアイヤー、あの人は女の人が嫌いなのネー、私は理由知らないけドー」
「女嫌いね。どーせ好きになった女が、あの足見て逃げ出したんでしょ」
「アイヤ! そういうこと言わないノ!」
「へいへい」
先に歩いている、エヌマを起こしに来たときと同じ使い魔は立ち止まると、二人の方へ振り返る。
『二人ともお喋りはそこまでにしておけ、そろそろだ』
二人の足が止まる。
ノーノーンは剣の柄を握り、エヌマは短剣を抜く。
使い魔が横の、少し古い建物の方を向いた。
『ここだ。この宿の、二階の西側の部屋で寝ている男が密売人だ。それと聞きたいことがあるから、一応生かしておけ』
二人は黙ったまま頷いて、中に入る。
商人のレバルンはまどろみの中にいる。
先日の取引は、正直言って旨味の少ないもので、元来感情的になりやすい性格ゆえに酒場で飲んだくれて宿につくなり眠ってしまったのだ。
しかし、その眠りは扉が開くと共に強制的に中断される。
「アイヤー!」
甲高い奇声だ。それだけで彼の睡魔は去らなかったものの、前髪を掴まれて起き上がらされ、そのまま腹に剣柄の先で殴られ
た。
「ガハッ!?」
レバルンにとって正体不明の衝撃は彼を目覚めさせ、更に前髪を掴む強力な力で宙に浮かされる。
ハッキリと映し出された視界には、変わった二人、ノーノーンとエヌマがあった。
「な、何だてめぇら!」
声を荒らげるが、巨体の鳥人がまた剣柄で殴った。
黙れ、ということらしい。
咳き込むレバルンは頭を回転さて、この二人に関わることを思い出そうとするが、当然面識はない。とはいえ雇われた殺し屋の可能性もあるが、この街で商売をしたのは昨日で初めて、もっと言うなら一昨日来たばかり。
恨みを買われる覚えはない。
『おい、今から質問するが、死にたくなければ余計なことは喋るな』
使い魔が、寝具の前に置かれていた椅子に乗って、リートン教授の声を届ける。
魔法石に関わるだけあって、使い魔の存在にそこまで驚きはしなかったが、レバルンは性格ゆえに食ってかかる。
「魔法使いか? けっ、俺たちみたいな者のお陰で飯が食えてる分際で、良くもまぁ偉そうな口をぐはっ!」
腹を殴られる。しかし、すぐに顔を使い魔に向けて怒りの視線を外さない。
『言ったはずだがね、まぁいい質問に入ろう。二つある、誰と取引した?どこで魔法石を手に入れた?』
「へっ、言うわけねぇぐがっ!」
「頑固なおっさんだわ」
窓際に背中を預けながら短剣を持っているエヌマは、やや呆れた様子で呟いた。
『君は魔法石交易協会に属さない密売人だ。そんな君が魔法石をどうやって手に入れたか、売り込んだ相手には興味があってね』
「けっ、どうせ正直に言ったら殺す気だろうが! こういうときは本当のことは言わない、が正解なんだよ!」
レバルンは威勢の良いことを言う。ただし、商人である彼の足は震えていたが。
『ふむ、喋る気はないと?』
「ったりめぇだ」
『では、殺して良いぞノーノーン。彼の帳簿さえ見れば大体検討はつく。エヌマ、見つかったか?』
「なっ!?」
レバルンは驚愕し、咄嗟に寝具の下を向いてしまう。見逃さないエヌマは、はぁと溜め息を吐いて、窓際から離れて寝具の下を探った。
『・・・・見つけたか?』
「ああ、これだろ?」
エヌマの手には羊皮紙の束を紐でくくったものが握られていた。顔を真っ青にするレバルンは「違う!んなもん帳簿なわけねぇ!」とわめくが、説得力はない。
ノーノーンは使い魔の方を向く。
殺して良いか?と聞いているのだ。
答えは、使い魔が頷いたことでわかる。
「アイヤー、あなたついてなかったネー」
直後、肉が裂けて血が噴出する音が部屋を生々しく満たした。
「人殺した後で飯食うのって、気分悪い」
宿場街にある酒場で、ソーセージに荒々しくフォークを突き刺して食べるエヌマは頬を赤くして不満そうだった。
対面に座るノーノーンには、彼女の不満は耳に入っていないのか、パンを千切って口に運びつつ、「アイヤーアイヤー」と喜色のある声を出す。
無視されたことに苛立ちを覚えつつ、エヌマは皿の上にある肉の塊を堪能する。
物に溢れるこの街では、一杯分の酒代を出すだけで、ハム、ソーセージ、チーズ、パン、といった大量のつまみを食べることが出来る。
エヌマの顔がやや赤いのは、大きな容器に入った果実酒を飲んだためだ。ノーノーンは既に三杯目で、強いのか酔っている様子はない。
リートン教授の使い魔は奪った帳簿に視線を落としていた。
腹が満たされると、新しい不満に苛立つエヌマは目の前の鳥人より、雇い主にいちゃもんを吹っ掛けることを選ぶ。
「おい、何かわかったの?もし何もわかんなかったら、私は無駄足踏まされたことになるんだけど?」
『ふん、残念だが無駄足ではなかったよ。正直なところあまり期待はしていなかった、ただ飼い犬を仕付けるように、空腹にさせてもきちんと従うようにする、が目的だったのだがね』
「あぁ!?私が飼い犬だって?上等だ、てめえの家の門にしょんべん引っ掻けてやるよ!」
『品のない。これだから女は』
「んだこら!」
さっき殺した商人と似たような反応だ。
パンを千切っていたノーノーンは、「アイヤー」の後にリートン教授に訊ねた。
「御主人、わかったことはなんなんネー?」
『ん? あぁ、何、大したことではない。どうやら取引相手は同僚だったようだ』
「同僚?」
エヌマは怪訝な顔をした。雇い主の職業すら知らないらしい。
使い魔がやれやれ、とリートン教授の代わりに首を振ると本人は呆れつつも答えた。
『魔法大学の教授だ、馬鹿者。どうやら面白い線を見つけたらしい』
最後まで読んでいただきありがとうございます!
事態が動き出してきました、作者もこれからが楽しみです!
それでは次回でまたお会いしましょう!