表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

2話 最初の仕事は

 翌日の朝にエヌマは、あてがわれた部屋で目を覚ます。

 さほど広くはない、家具も古びた棚だけの粗末なものだ。とはいえ旅人のエヌマにとって、寝具と屋根があり、暖かい毛布で眠れるだけ贅沢に感じられた。

 今でも信じられないが、自分の部屋らしい。

 目覚めたばかりで現実味が湧かないが、シーツの温もりを次第に感じるようになって、初めて声を上げたくなる。


『おい女!』


 せっかく高揚してきた気分を遮るように、リートン教授の無遠慮な声がした。それも寝具の下から。


「っ!?」


 エヌマは反射的に枕の下に隠してあった短剣を取る。旅に慣れたものならこれぐらいの警戒はするものだ。

 だが警戒は杞憂らしく、寝具の下から現れたのは小さな黒猫。ただし普通ではなく、背中に蝙蝠のような翼があり、額には星の印がある。


『まったく、酷い顔だな。驢馬の方が可愛いげがある』


 その猫が口を動かすと、リートンの声がした。エヌマの様子もわかるようで、どうやら彼の使い魔らしい。


「女の部屋に無断で入るな」

「これは使い魔だ、それにお前に対してその手の感情などない」

「それは助かるわね。あんたみたいな男に好かれるなんて、最悪の思い出よ」


 軽口を叩きつつ、エヌマは警戒を解かない。昨日は隙を見せてしまったが、もしかしたら自分を貶める罠があるかもしれない、と旅人の習慣が油断を消し去る。

 隙を見せたと思っているのはリートンも同じようで、さっそく喧嘩腰で言葉も汚かった。次に彼の声は警戒心の強さを見透かしているのか、からかうような口調で笑う。


「用心は認めるが、ここでは不要だぞ? むしろ私の方が気をつけているぞ、お前に貴重な魔法石を盗られたら堪らん」

「私はそんなみみっちいことしないわ。やるなら、宝箱ごと盗む」

「ふん。剛毅なことは結構だが、早く起きろ。早速働いてもらうぞ」

「・・・・働く?」


 エヌマは首を傾げた。




 どういう形にしろ、エヌマはリートン教授に雇われている。

 呼び出された耳長族は、まだ眠そうな顔で、昨日入った書斎の椅子に座っていた。


「・・・・腹減った」


 実は昨日の夜から何も食べていない。部屋は与えられたものの、旅の疲れもあってそのまま眠ってしまったらしい。

 そのつけで、机の向こうで学生が提出した論文に目を通しているリートンに笑われた。


「ふん、聞くに耐えん音だ。見るに耐えない物を読まされている私に、何か恨みでもあるのか?」

「はん、まともに物が食える身分で羨ましいよ。流石は劣等魔法学生の教授様だ、さぞかし頭に悪い物を食べてるんだろうね」


 リートンの傍らに控えている老執事は表情にこそ出さないが、正体不明の頭痛と腹痛に苦しんでいる。恐らく目の前で起きているやり取りが原因だろう。

 だが、今回はそう長々とは続かなかった。扉を開けて入って来た、恰幅の良い鳥人族の護衛役ノーノーンのおかげだ。


「アイヤー!御主人、やっと、新しい人を雇ったんですカー!これで身辺警護が楽になるネー!」


 甲高い中性的な大声が、険悪な雰囲気を一掃した。

 鳥人族とは人と鳥が合わさった種族で、空を飛ぶことが出来る。鳥によって容姿は異なるが、ノーノーンはダチョウで、また恰幅の良さから飛行能力はなさそうだ。

 しかし、畳んだ翼に隠れて背負われた巨斧と腰の大剣、革製の鎧は重量感と膂力の強さを感じさせる。


「何こいつ? 朝からうるさい声して」

「アイヤー!失礼ネー!でもいいヨー、許してあげマース!私はノーノーン、御主人の護衛デース!」


 初対面から口の悪いエヌマと、初対面から失礼なことを言われても寛大なノーノーン。

 リートン教授は笑顔を浮かべる。


「やあノーノーン。実は君に頼みがある、そこの女と共に密売狩りに行ってきてくれ」

「は? 何よそれ?」

「アイヤー! 御主人、頭大丈夫ネー? 幾らなんでも来たばかりの女の子には大変ネー!」


 二人の反応は予想通りだったらしい。リートン教授は落ち着いた様子で、引き出しから紫色の小さな石を取り出した。


「これが何かわかるか女」

「魔法石でしょ? それが何?」


 魔法学は魔力の含まれてい鉱石で、魔力の濃度によって色が異なる。紫はごく平凡な、安物の宝石と同程度の価値がある。

 魔法使いはこの魔法石を使って魔法を行使するため、彼らの必需品と言える物なので、度々商人から高額で取引させられることもあった。

 リートン教授は「良かった、これぐらいの知識はあるか」と鼻を鳴らし、続ける。


「実はこの魔法石を密売している連中が街の宿場街にいることが、私の使い魔の報告でわかってな。奴等を捕縛しつつ、所持している魔法石すべてをいただいててこい、ということだ」


 言ってみれば犯罪者相手への強盗行為だが、それを事も無げに言ってのけるということは慣れているらしい。

 ノーノーンの反応を見てもそれが伺える。


「こんな細腕の女の子には荷が重いネー御主人!」


 反対するノーノーン。彼は護衛役として経験があり、その経験則に則った反論だ。

 しかし、主人はたしなめる。


「落ち着けノーノーン。これは試験だ、それにそこの女は元々旅を生業にしていた奴だ、そう簡単にやられはせんさ」

「アイヤー、しかし心配デース。背中を簡単に預けるにも私は彼女を知りまセーン」

「なに、もし裏切ったら叩き斬ればいい。私は別に困らん」


 本当に困らないと思っているのか、冷ややかな雰囲気の笑みを浮かべる。昨日の温情が嘘のようだ。

 額に青筋を立てるエヌマは足を組んで、不満そうに眉を寄せる。


「はんっ、言いたいこと言ってくれるわね。足の動かないあんたより、私の方がよっぽど役に立つから!」

「アイヤー! 御主人に向かって何てこと言うね!」

「あんたこそ甘やかせ過ぎよ!だからこんなに偏屈な人間に育つんだわ!」

「ムッキー! 言うに事欠いてこの娘ー!」


 二人は顔を真っ赤にして睨み合う。

 本当はことのなり行きを見ていたいが、早くしてもらいたいリートン教授は、手を叩いて無理矢理割り込む。


「そこまでにしろ、喧嘩なんてものは害虫に餌をやるようなものだ。必要もないものにそこまで時間を浪費するな」

「すいません御主人ー」


 ノーノーンは素直に頭を下げる。もちろん、まだ不満の残るエヌマは、偉そうにふんぞり返ったままだが。


「それと女」

「エヌマって名前があるわ」

「エヌマ、そもそもお前に女中の真似事なぞあまり期待していない。それはお前自身もわかっているはずだ。であるなら、それ以外の、お前が旅をする中で身に付けたものを対価にしろ、そうしなければお前はお払い箱だ」


 お払い箱。その単語に、エヌマは敏感に反応し、小さく震えた。

 彼女とて腹が立つがわかっている。自分には旅で得たものでしか役に立たないということが、だから大人しく従うしかないと。


「・・・・わかったわよ。やる、やってやろうじゃないの」

「良い返事だ」


 リートン教授は満足そうに頷いた。

 ノーノーンもこの際もうなにも言わなかった。最悪、自分一人ででも密売狩りは出来る、今までもそうしてきたという自信がある。


「さて、それではさっそく行ってもらおうか。道案内は使い魔にさせる」

「ちょ、ちょっと待って!」


 笑顔のリートン教授に、頬を赤く染めてエヌマが恥ずかしそうに割り込んだ。

 途端に、不機嫌な表情になったリートン教授は「なんだ?」と聞くと、下を向いくエヌマはおずおず言った。


「・・・・お腹空いたんだけど。ま、まずは腹ごしらえしてか」


 直後にお腹の虫が鳴り、二人の大笑いと、一人の怒号が書斎から響いた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

次回から本格的に物語が動きます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ