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動き出す序章Ⅱ

バラデュール侯爵邸 リュシエンヌ


「リュシー、お前に話しておかなくてはならないことがある」


 夕食後、私は今世の父の執務室に呼ばれた。黒く厳めしい机に座る父は、自分の横に小さな椅子を用意していて、そこに座らせられた。

 この父、セレスタン・バラデュールは年齢は三十歳の少し手前頃、背が高くて肩幅が広い颯爽としたおじさまで、前世の私なら意味も無くキャーキャー言ってしまいそうなイケメンだった。


「お前の母、エリアーヌはヘンドリック七世陛下の妹君だ」


 知っているわ。王様もお母さんのことをとても可愛がっているのよね。だからその娘で姪っ子の私のことも気にかけてくれている。


「ありがたいことに、我がバラデュール侯爵家は王家より王国西部の広大な領地を任されており、その当主である私を陛下は信頼して大切な妹君を妻としてお与え下さった」


 それも知ってる。王国は歴史が長くて貴族が多い分、派閥がたくさんあって権力争いが絶えないんでしょう。お父さんは王家を尊重する派閥のトップだから、王家との結束を強めるためにお母さんをお嫁にもらったのよね。

 でも今、政治的に一番強いのは、王国東部と商業ギルドに絶大な影響力を持つブラウエル公爵家で、現当主の長女が第二妃としてシャルル王子を生んだ。そりゃ全力で孫を王様にしようって頑張るわよね。

 だからお父さんは第一王子のアーサーを応援するしかないし、関係強化のために私とアーサーを結婚させたい。ってことになってるけど、実は私がアーサー王子に熱を上げたから、親バカのお父さんと伯父バカの王様が頑張っちゃっただけなのよ。


「そして此度、陛下は誰よりも早く、アーサー殿下に御目にかかる機会をお前に下された。それに洗礼を終えたお前に会うことをとても楽しみにして下さっている」


 うん、やっぱり伯父バカが発症してるんだ。自分が悪役令嬢役だなんて知る前の私なら有頂天になる後ろ盾なんだけど、今となってはありがた迷惑だわ。だけど心の何処かでアーサーに会ってみたいと思っている私もいるの。

 何の切っ掛けもなくてスルッと前世らしき記憶が甦っちゃったけど、リュシエンヌとして物心ついた頃からの記憶はちゃんと残っていて、今でも「わたしの王子さま!」ってときどき叫ぶのよ。


「漏れ聞くところによると、アーサー殿下は年齢からは考えられないほどしっかりしているそうだ。殿下に気に入っていただくには、今までのようなわがままは許されん。最近、急に大人しくなったようだが、殿下にお会いする日まで、その調子でいるのだぞ」


 そうだった、私は我儘に振舞っていた前科があるんだった。早く今の私を皆に印象づけて認めてもらわないと、破滅対策もろくにできないわね。


 あれ? 幼少期のアーサーってそんなにしっかりしてたっけ?

 ゲームのイベントで見たたときは、まだ侍女にべったりの甘えん坊だったと思ったんだけど、違ったかなぁ。

 こんな調子じゃ十五歳になる頃には色んなことを忘れてしまってそう。何かメモでも残しておかなきゃ。


「ご安心下さい、お父様。リュシーはもう淑女ですわ」


「うん、リュシーならきっと分ってくれると思っていたよ。さあ、もう部屋へ戻って休みなさい」


 胸を張って答えたら、いつもの親バカなお父さんに戻って笑ってくれたわ。そんな調子だからオリジナルのリュシエンヌは我儘に育っちゃったってのに。私は自分でしっかりしないとね。


 執務室から戻るとき、お父さんから羊皮紙の束とペンをもらってきた。初めて見るけど、羊皮紙ってけっこう臭いのね。羽根ペンも使い辛そうだし、自分で紙を作っちゃおうかな。出入りの商人とかに頼んだら何とかなるんじゃない?


「とにかく、思いついたことを書いて行ってから整理した方が良いわよね?」


 どうせ日本語で書くんだし、私しか読めないメモを丁寧に書く必要はないもの。


* * * * *


 この世界は『キャンパス☆ラビリンス』、通称『キャン☆ラビ』の舞台なのは間違いないと思う。

 夢中になってやり込んだゲームだからキャラの名前とか地名は憶えているし、侍女や執事に聞いて、今いる家がクラルヴァイン王国の王都オリオールにあるバラデュール侯爵家のお屋敷だってことを確かめればもう疑いようもない。


 『キャン☆ラビ』のストーリーは、主人公の女の子が王都にあるグローリア魔法学園に入学するところから始まって、攻略対象の男の子達に出会い、それぞれに持っている心の傷を癒やしながら絆を深めていくっていう定番のもの。

 ただし、ストーリー後半からは王国の危機を救うお話に進展するわ。上手く攻略を進めていれば、主人公は秘めていた光属性の魔力に目覚め、パートナーになる攻略対象と一緒に王国を救ってハッピーエンドを迎えられる。


 攻略対象はクラルヴァイン王国の第一王子アーサー、そのアーサー王子の側近フリッツ、王国宰相の長男ケヴィン、王国軍元帥の孫のギルベルト、宮廷魔法師長の一番弟子アンジェロ、光明神殿神官長の三男ヴァレリーの6人と、最初は王国を脅かす敵キャラなんだけど、隠しルートに入ると攻略できるようになる隠しキャラ、隣国の皇子ベルトルト、属国の獣人王子リューク、聖竜オスヴァルト、魔王ウスターシュの4人を加えた合計10人。

 それぞれ、攻略ポイントになる悩みとか弱みを持っていて、好感度が上がるにつれてそれが分るようになって、一緒に解決していくのが基本的な流れね。

 

 それと、ゲーム中にアクションRPGパートがあって、そのときは攻略対象をパートナーとして連れて行けるから、全員に戦闘用のパラメーターが用意されていたわ。


 私に直接影響のあるアーサーは、黄金に波打つ長髪とバイオレットの冷たい瞳を持った無関心キャラ。

 有言実行の正論で周囲をねじ伏せ寄せ付けない。別名、要塞王子。

 万能だから何してても詰らない、王家に伝わる光属性が使えない、幼い頃の経験から人間不信で貴族嫌いと攻略ポイントも多いから、攻略難度も一番高かったわね。


 主人公の女の子は名前はプレイヤーが付けるし、外見もエディットできるでしょ。それに性格はゲーム中に選んだ選択肢で変わってくるから、そのときになってみないとどんな子なのか分らないのよね。光属性の魔力を持っているのは主人公だけだから、光魔法を使う子がいたら、その子が主人公なのかも。


 私はアーサーの攻略が進むと登場するライバルの悪役令嬢で、アーサーの婚約者としてことあるごとに主人公の邪魔をする役ね。そしてどんどん邪魔と嫌がらせがエスカレートしていって、最後にはその悪事を暴かれ婚約を破棄されるし、家からも追放されて落ちぶれていく姿がエンディングで出てくる。


 ゲーム通りの高慢ちきなリュシエンヌじゃあ、そんな結末も仕方ないのかもしてない。でも、私には前世で三十手前まで生きてきた経験と、このゲームをやり込んだ知識がある。商社の会計課でOLやってたことだって、オタク趣味に嵌まってたことだってきっと何かの役に立つはずだわ。


 いけないいけない、自分のキャラについて考えてたのに横道に逸れちゃったわ。まあ、アーサー以外は別にお邪魔キャラがいて私には関係ないんだから、ゲームのことを思い出すのはこれくらいで良いかな。


 さて、明日からは私の快適生活について考えなくちゃ。 

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