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動き出す序章Ⅰ

バラデュール侯爵邸 リュシエンヌ


 目を覚ましたら熱中していた乙女ゲームの悪役令嬢になっていた。小説投稿サイトでよく見掛けるシチュエーション。もちろん最初は夢だと思っていたわ。

 でも一週間経っても目が覚めないなんて、現実として認めるしかないじゃない。今の私は『キャンパス☆ラビリンス』、通称『キャン☆ラビ』でプレイヤーが王子様ルートに進もうとすると邪魔してくる悪役令嬢、リュシエンヌ・ド・バラデュールその人になっている。


「まあでも、すぐ学園編じゃないのが救いよね。今は六歳だっけ……」


 水を張った洗面器に映る私の幼い顔を見ると、安堵とも悲嘆ともつかないような溜息が出る。イラストでは意地の悪そうな高飛車美人に描かれている私の顔も、今はまだぱっちりした青い目が可愛らしい美幼女だ。髪は鮮やかなコバルトの巻き毛なんだけど、これもブルネットっていうのかしら?


「お、お嬢様……? お顔を拭かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 侍女のアンナがおどおどしながら聞いてくる。この十二歳の侍女に限らず、我が家の使用人達は私に対してすごく怯えている雰囲気を出すんだけど、リュシエンヌってこんな歳から性格悪かったのね。


「あ、ごめんなさい。お願いね」


 朝の身繕いのために侍女が持って来た洗面器を取り返して覗いたんだった。謝ったらアンナが一層怯えるんだけど、もう一週間も経っているんだからそろそろ慣れてくれても良いじゃない。本当は自分で顔を洗ったり着替えたりしたいんだけど、もうしばらく大人しくしていないとダメみたい。


「おはようリュシー。今日も早起きで偉いわ。この調子ならいつ殿下にお会いすることになっても大丈夫ね」


 アンナに身支度を調えてもらって食堂へ行くと、先に起きていたお母さんが笑顔で迎えてくれる。嬉しいんだけど、その殿下のことには触れて欲しくなかったわ。たしかにゲームでの私は第一王子の婚約者で、初めて出会うその前から憧れていたってことになっているけど、その王子様に婚約を破棄された挙げ句、独占欲で身を滅ぼすことになるんだから。


「あら、どうしたの? いつも殿下の話になると夢中になるのに、今日は何だかイヤそうね?」


「そ、そんなことないわよ。いつお会いできるのか楽しみにしているわ」


 いけない、表情に出ちゃったみたい。うちの両親としても私と王子の婚約はお家の大事なんだから、私の反応にも敏感にもなるわよね。気をつけなきゃ。

 でも第一王子のアーサーって、私の好みじゃないのよね。四属性の魔法を使いこなす天才魔法剣士とか、クールで排他的なフリしておいて実は仲間思いで正義感が強いとか、制作者は絶対厨二病に違いないわ。私としては隠しルートで登場する隣国の皇子、バルトルト様みたいにぐいぐい引っ張ってくれそうな豪快キャラの方が好きなんだけどなぁ。


「そう? だったらリュシーに吉報よ。お父様が来週のお約束をしてきて下さったから、もうすぐお会いできるわ。新しいドレスも間に合うわよ」


 そうか、私と王子は非公式だけど六歳から婚約していることになってるんだっけ。じゃあ、どっちにしても王子と婚約するルートは避けられないんだ。やっぱり婚約破棄は免れないのかしら……


* * * * *

 

クラルヴァイン王宮 フォルカー・フォン・レーネック


 私の名はフォルカー。王家にお仕えする近衛騎士団で中隊長を務めている。妻ゼルマは畏れ多くも第一王子であらせられるアーサー殿下の乳母という大任をいただいており、息子のフリッツはアーサー殿下の乳兄弟として、この度、六歳の洗礼をお済ませになられたアーサー殿下の側仕えに取り立てられた。今こうして二人で王宮を歩いているのは、殿下に初めてのお目見えをするべく殿下のお部屋を目指しているところだ。


 無論、こうなることは妻が乳母となったときから覚悟していたので、フリッツにはしっかりと教育を尽してきたし、途中から妻が始めた新しい教育方法によりフリッツ自身も同年代の子よりはるかにしっかりした子に育ったと思う。今は私の隣で固い表情をしながら歩いているが、必ずや殿下のお力になってくれることだろう。


「さあ、ここだ。フリッツ、心の準備は良いな?」


「はい」


 目的の部屋の前で息子に声をかければ、短いが意気込みを感じられる返事が返ってくる。それを頼もしく思いながら私が扉をノックすると、静かに扉が開いた。


「フォルカー・フォン・レーネック及び長子フリッツ、お呼びにより参上いたしました」


 名目上、王子の執務室ということになっているその部屋は、六歳の子が過ごす部屋にしては殺風景だった。アーサー王子は暖炉の前に置かれたソファにお掛けになって私達を待っておられ、堂に入った所作で自分の前に並べられたソファを私達に勧めて下さった。

 殿下の後ろに立つ侍従長が、その様子を見咎め眉をしかめているが、殿下の指示なので目礼して前に進む。


「フォルカー卿、今日はよく来てくれた。まず話を始める前に、フリッツに言っておきたいことがある」


 私達が着席するとすぐに話し出した殿下のお言葉に、息子が身を固くした。


「長い間、そなたからお母上を借りてすまなかったな。おかげでここまで無事に育った。礼を言うぞ」


 およそ六歳とは思えないその口上に、父子揃って言葉に詰ったが、殿下はそのことを気にかける様子もなく次の話に移ってしまわれる。


「では本題に移ろう。フリッツ・フォン・レーネック、卿には我の最初の友となってもらう。異存はあるか?」


「ありません。殿下には母上をとられたと思っていました。でも、さっきのお言葉で忘れました」


「そうか。ならばゼルマは我にとってもう一人の母、一つ年上の卿を兄と思って頼りにするぞ」


「はい、がんばります」


 私が口を挟む間もなく、殿下と息子の間で話がついてしまった。本当ならば息子の言葉を咎めなければならない。しかし、当の殿下が気にした様子もなく息子の言葉に頷いてしまわれた。


「殿下、主従の別はしっかりと弁えさせなくてはなりませぬ。それを友などと……」


「何? フリッツは我の学友となるのだろう。ならば友で間違いないではないか。フリッツ、構わぬから我の後ろに立て」


 さすがに見かねたのか侍従長が口を出したが、殿下はまるで取り合わずフリッツを侍従長の反対側に立たせてしまわれた。既に御自分で判断を下せておられるのだ。ゼルマから殿下の発達振りは聞かされていたが、これほどとは思わなかった。


 王子の最初の侍従長ともなると教育係を兼ねるもので、後々まで影響を与える名誉な役職であると同時に貴族社会の思惑を代弁する重要な立場となるのだが、これでは思うようには行かぬだろう。


 王家が貴族の意向に縛られぬのは、直属の近衛騎士たる私にとっては好ましいことだ。殿下がこのまま長ずれば、面白い世の中になってくれるかも知れぬな……


 

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