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六歳の洗礼

 光明神信仰の開祖は、我がクラルヴァインの建国王だ。人類史上初の直接神託を賜っているので文句のつけようがない。

 故に、光明神殿の総本山は王宮の庭園に建っている小神殿ということになっている。王都オリオールで王宮に次いで大きな建物は光明神の大神殿だが、格式で言えば王宮に建っている小神殿の方が上なのだ。ちなみに光明神の名前はグロリアというそうだ。


 その外観はというと、予算お高めの結婚式場だろうか。何とかガーデンで検索したら、似たような建物が一つか二つはヒットしそうな感じだ。もちろん壁や柱は総大理石、要所要所はロストテクノロジーのガラス張りで採光し、天井に建国王が神託を下される場面がステンドグラスで描かれた荘厳な聖堂は、本物の年季と風格を誇っている。王族の冠婚葬祭はここでやるそうだから、方向性としては間違っていないのかもしれない。


「さあアーサーよ、前へと進むがよい」


 父王に似た雰囲気の老神官に招かれ、祭壇へと続く石段を登る。背後には父母を始め宮廷の重臣や高位の神官達が列をなして俺の様子を見守っているはずだ。


 六歳になった俺は、王族の習わしに従ってこの光明神殿総本山で洗礼の儀式を受け、初めて一個の人間としてこの世界に認知された存在となる。


 石段を登り終えると、老神官は祭壇の瓶から香油を指にとって俺の額に塗り、手を取って祭壇の中央へと導く。

 陽光の降り注ぐ祭壇に立つと、頭上のガラスがプリズムになっていて俺が立つ中央部に光を集めていることに気付いた。老神官が立ち位置を調整すると、額に塗った香油に陽光が注ぎ、熱を帯びた香油が清々しい香りを辺りに振りまき始める。


「アーサー・クラルヴァイン、汝を光明神グロリアの御子に迎え、マティアスの名を授ける」


 香りが聖堂を満たした頃合いを見計らい、老神官が朗々とした声でそう宣言した。すると俺に降り注いでいた陽光から緑青赤黄四色の煌めきがあふれ出し、きらきらと粉雪のように降り注いだ。後ろのギャラリーからザワザワとしたどよめきが上がる。


「なんと……! まさか……」


 老神官が慌てて俺の手を引き、祭壇の奥に安置されている水晶柱の前へ連れて行く。そこに置いてあった踏み台に俺を乗せると、引いていた手をそのまま伸ばして水晶柱に触れさせた。途端に水晶柱の中心から、さっきと同じ四色の閃光が四方に向かって放たれる。


「うわっ、まぶし……」


 思わずそう零してしまうと、水晶柱の光が穏やかになり、ゆっくりと渦を巻くように四色の光が水晶柱の中で回り始めた。言ってはなんだが、床屋の看板が派手で豪華になったような感じだ。


「土の緑、水の青、火の赤、風の黄、四大の色が全て揃っておる……」


 四元素が揃っているのは前から分かっていたことだけど、外から確認するとこんな風になるのか。

 しかし風に黄色を持って来るあたり、作者はアロマテラピーかカラーセラピーでも囓ってたんだろうな。俺の生前の彼女もそういうの好きでいろいろ聞かされたもんだ。

 

「あれだけの光を放つ魔力量、王国は安泰ですな」


「馬鹿を申すな。王家の徴である白が全く出ておらんではないか」


「これは、王妃陛下の血が濃く出過ぎているのではないか?」


「何色であろうと、等しくグロリア神の賜物でござろう。先代の王も……」

 

 廷臣達が好き勝手なことを言ってざわつく中、老神官が俺の背中に手を回しながら父王達のところまで連れて行ってくれた。


「ヘンドリック王、見ての通りじゃ。陛下の御子は光明神様より四聖の加護を授かった。そして四大の魔力を秘めておる。育ち方次第で偉大なる聖騎士にも類い稀なる魔術師ともなるであろう」


 なるほど、最初に降り注いだ光は光明神から如何なる加護を授かったかを示し、水晶柱の光はどんな属性の魔力を持っているかを示しているのか。

 光明神グロリアの加護って、対魔物用の戦技と対人用鑑識魔法だったっけ。王家と神殿は、この加護が強い騎士から選抜して聖騎士団を組織していたはずだ。


「叔父上、アーサーは王となる子だ。剣も魔法も優れるに越したことはないが、余技に過ぎぬ」


 そして、やはり老神官は王族の出身者、俺にとっては大叔父にあたる人だったか。王宮内に総本山があることを考えても、国教の神殿が王家のコントロール下にあると思って良いようだ。


 この世界について言いたいことは多々あるが、狂信的で世界規模な宗教を身近に出さなかったことと、マッチョのオカマを登場させなかった点では作者の判断を高く評価して良いと思う。


 そんなどうでもいいこと考えていると、不意に両脇に手を入れられ高く掲げられてしまった。


「アーサー、よくぞここまで育った。これからそなたは、このクラルヴァイン王国の王子として余の治世を支え、ゆくゆくはその仕事を受け継ぐのだ。励むのだぞ」


 ごきげんで俺を掲げ見上げているのが、この六年間ろくに会うことの無かった父王ヘンドリック七世その人だった。この様子を見ると、権力者にありがちな我が子に無関心な王というわけじゃないらしい。

 息子とキャッチボールをするのを楽しみにしてる父親って、こんな顔してんだろうな。なんて思ってしまうくらい温かい期待を込めた表情で俺の顔を見ているのだ。


「おお、そういえばそなたはカトリーヌより魔法を学んだそうだな。ならば余は、そなたに剣を教えねばなるまい。そなたの母は魔術師として一流だが、父とて一廉の剣士なのだぞ」


 ああ、こっちではキャッチボールが剣の稽古になるわけね。さすがにこの展開は想定外だったので驚くのが普通なのか喜ぶのが普通なのか考えあぐねて、とりあえずポカンとして見せていた俺に、父は十代の頃の武勇伝を語って聞かせ始めてしまった。お忍びで冒険者をやっていた設定があったけど、本当にやってたんだ。

 そして、やたら体格の良い父王に抱き上げられて身動きのとれない俺は、そのまま父の左腕に腰掛けるように抱き抱えられ、廷臣達を従えて神殿を後にすることになってしまった。


 王族も神官達も妙にアットホームな雰囲気で調子が狂うが、今日はいわば七五三的な行事で王家というよりはクラルヴァイン家の私的な儀式なので、こんなもので良いのかもしれない。少なくとも、俺はこの両親や光明神神殿のことが好きになれそうだ。


 かくして、クラルヴァイン王国第一王子アーサー・マティアス・クラルヴァインは王家の一員として少々派手なデビューを飾ったわけだ。


 小説の通りなら、いよいよリュシエンヌ嬢との対面や婚約も秒読みに入ったことになるが、実のところ彼女が転生者だったときの対応は未だに決まっていない。

 ただ、漠然と思うのは、物語の中の俺が酷い目に遭わされたからといって、今度は俺がリュシエンヌ嬢に先回りして足を払うってのは何かお門違いな話なんじゃないかってことだ。


 ゼルマ達と三年過ごして、この世界が俺やリュシエンヌ嬢だけのものじゃないし、王子として生まれたからには、彼女の行動も含めた上で王国や大陸の舵取りを考えるのが、俺の仕事なんじゃないかという気がしているんだ。


 俺の事情を明かすつもりはないが、彼女が転生者としてこの世界に現われるなら、それはそれで楽しみにしていよう。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここは小説と違って光もあるべきだよなぁ。
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