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五歳からの蠢動

 けっこう意気込んだ割りに、俺が初めて作ったオリジナル魔法は炭酸水を作る魔法だった。前世で目にしてきた数多の転生者達に比べると地味な魔法だが、俺にとっては大きな一歩だ。何しろ、朝に枕元の水差しで作って飲んでしまえば、誰にも見つかることがない。


 逆に言うと、これ以外は水一杯汲むのだって侍女がやってしまうから、手の出しようがないんだけどな。その上、とにかく俺が危険な目に遭いしないかと目を光らせているから、効果が目に見えるような魔法を使うときは母と一緒のときに定型的な魔法語を詠唱する必要もあるのだ。


 でも俺は声を大にして言いたい。冷えた炭酸水は最高だ。

 

 敢えて触れずにいたが、この世界の食い物は実に貧相だ。このジャンルもリュシエンヌの知識チート待ちだから、下手すると地球の中世暗黒時代より未発達だったりする。


 しかも、俺達王侯貴族は毒味が済んでから料理を出されるので、料理がすっかり冷めている。塩振って焼いただけの豚肉が冷たくなってたり、野菜で出汁とっただけの塩味スープが冷たかったりするんだ。パンですら、現状では最高級の物なんだろうけど、まだまだ固くて不味い。今のところ、まだまともに食えるのは、生の野菜と果物くらいだ。


 それでも、偏食したり不味いなんて言おうものなら、後宮の料理番の身に何が起こるか分からないので、にこにこしながら食うしかないのが何よりつらい。何度この件だけはリュシエンヌのお株を奪ってやろうかと悩んだことか。


 六歳を過ぎて、父王や母と一緒に食事をするようになったら、絶対言ってやろうと思っている。


「冷たくなってから食べることが分かっているのだから、冷めても美味い料理を工夫しろよ」と。


 それでいながら、貴族社会限定で入浴の習慣や洗浄の魔法が普及しているんだから、女性向けネットの小説作家の設定する世界だよな、としみじみ感じることもある。いや、臭かったり汚かったりしないからありがたいんだけどさ。


 いかん、考えが横道に逸れたな。とりあえず、魔法の使い方は身についたし、魔力が視える『魔力視』の力も自分でコントロールできるようになった。目的に応じて現象や過程をイメージして求める結果を生み出すやり方も、一度やってみたことで目処は立った。後は、試す機会が訪れるまでオリジナル魔法のネタを考えて溜めておこう。


* * * * * 


 五歳も半ばとなる頃には、ある程度は自分の考えや要望を筋道立てて伝えてもおかしくない。

 俺の学問や作法の勉強も、より高度な内容を求めるようになっていて、乳母や学士達の講義も本格的なところまで踏み込むようになった。

 また、ダンスのレッスンにかこつけた基礎体力向上の運動も始めるようになったし、後宮の中庭での散歩時間も長くしてもらえるようになった。


 ただ、母による魔法講習だけは取り止めになってしまった。


「クラルヴァイン王国の第一王子にオーケルバリ帝国式の魔法教育を行うのは如何なものか」


 魔法学習のため母やゼルマと一緒にいる時間が増えたことで、コンスタンス達の後ろ盾になっている貴族達からそんな声が上がったからだ。全く余計なことを言ってくれる。俺の王国貴族に対する心証はちょっと悪くなったぞ。


 当初はそんな声も無視して続けようとした母だったが、懐妊していることが判明し、父ヘンドリック七世から出産に集中するよう言われたこともあって諦めたようだ。未だ属性も判明しないうちから、俺が母の得意属性である水の魔法を使って見せたことで、ある程度満足したのもあるだろう。


 調子に乗った貴族達からゼルマ達も解任するよう要請があったが、意外なことにコンスタンス本人から反対意見が出た。曰く、もう様々なことが分かる歳になった俺からゼルマ達を離すのは、後々に悪い影響を残すことになる、自分達の役目にも影響が出て困る。と貴族達を説得した。


 最近になって知ったことだが、コンスタンス子爵夫人の夫は低位の法衣貴族で、小さい屋敷に最低限の家臣と暮らしており、夫人は俺の世話の当番以外は自分で自分の子の面倒を見なくてはならない。


 元来、生真面目な性格の夫人としては、自分の子育てに加えて俺の乳母なんてとても務まらないと考えていたが、夫の派閥内での立場のために乳母の仕事を引受け、ゼルマ達の仕事ぶりも認めているし、彼女達が居なくなって一番困るのが自分であることもよく理解していたようだ。


 俺の王国式の礼儀作法は彼女から教わったが、教えてくれているときのコンスタンスは、俺が将来恥をかかないようにとしっかりした態度を見せていたし、同格の子爵令嬢だった侍女達の立ち居振る舞いにも毅然として注意を怠らなかった。


 結局、正妃が五年ぶりに懐妊していることの方が重大事だったこともあって、ゼルマ達は俺付きのままで良いということになった。最初に解任しろと言った貴族もこのことはすぐ忘れたようだが、俺は忘れていないからな。


 これまでなら、こういう話は俺の耳には届かなかっただろうが、食事と同じくらい情報不足を課題に感じていた俺は、二つ目のオリジナル魔法として指定した場所の会話を記録、再現する風魔法を作った。もちろんこの魔法も外からは分からないよう無音、透明で発動し、会話の再現を聞くときも骨伝導で外に音がもれないこだわり仕様だ。


 この魔法のおかげで、やっと自分をとりまく世界の輪郭が見えてきたように思える。

 

 今更だがこの世界は剣と魔法の世界、恐るべき魔物が闊歩し、古代文明の生み出したダンジョンが世界各地に点在する。我が王国は、かつて光明神の加護を授かった英雄が、魔物の群を薙ぎ払って建国した大陸最古の王国で、カルミア大陸中央南部の南洋に面した広大な平原を国土に持ち、自他共に認める大陸の盟主だという。

 

 西には魔法至上主義のオーケルバリ魔法帝国、東には技巧神からスキルを授かって生まれてくる人々が魔物達と戦いながら生きる国や商人達の合議制で運営されている共和国があるらしい。


 遙か北方には、大陸を守護する竜が暮らす大連峰とその麓に広がる妖精の森、南には王国に服属する亜人達の暮らす諸島群が散らばっているのだとか。


 こういう説明、いちいち話の最初に述べないと気が済まないおっさんてのがどこにでもいるけど、王国の貴族にもいるらしくて、謁見とか会議とか演説とかのたびに喋ってくれるから助かった。


 正直、この世界の作者、いろいろぶっ込み過ぎだろう。きっと技巧神ってのは生まれも育ちも関係なくランダムにスキルを割り振る、気が触れているとしか思えないような厄神なんだろうな。東の方じゃありがたがられているんだろうけど。

 そして、使い方も分からないようなスキルを与えられた不遇なヤツなんかがいるんだろう。がんばれ、醜いアヒルの子。


 まさかと思って「ステータス」って呟き、何も出てこなかったことに安心したのはここだけの秘密だ。


 そういえば母や乳母達が当たり前のように六歳で洗礼を受け、そこで魔法の属性が決まるというから誰でも魔法が使えるのかと思っていたら、例えば桶一杯の水を出す程度の実用に耐える魔法が使えるのは、オーケルバリで四割、クラルヴァインだと二割程度らしい。魔術師を名乗れる程の実力者はその中の一割で、その大半は一つの属性の魔法しか使えないようだ。


「そんな世界でこれだけの力を秘めてるってのに…… 俺ってば豪勢な踏み台だよな……」


 寝る前にふとそんな言葉が漏れてじっと手を見てしまった。 

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