三歳からの学習
三年の使い途として、最初はリュシエンヌが覚醒したらやるであろう知識チートを先にやってしまおうかと考えた。しかし、よく考えたら数も十分に数えられないはずの三歳児が、ゲームやら道具やらを考え出すというのはあまりに現実離れし過ぎていて気味悪がられる。
それに、俺は正妃が生んだ第一王子だ。万が一にも俺の身に何か起こらないよう、周囲の人間が目を光らせている。どこぞの転生主人公みたいに軽い気持ちで侍女の目を盗んでどこかにでも隠れようものなら、物理的に侍女と護衛数人の首が飛ぶっぽいので、迂闊な真似もできない。
そんな俺にできることといえば、文字や言葉、教養と作法、舞踊などの基礎を固めることだった。しかし、それとてこの世界では容易くできることではない。
「ぜるま、じ!」
いつもと同じ絵本を読む乳母に、絵本の文字を指さして言う。羊皮紙に手書きで書かれた建国叙事詩の絵本だ。ゼルマはこの絵本しか持っていないものと思われる。紙とか本の爆発的普及は、リュシエンヌの知識チート待ちなんだから仕方ない。
「じ? 字がどうされました王子?」
「じ! もっと! じ!」
流暢に喋るわけにはいかないので、片言に願いを込めて力強く発声する。もっと字が知りたいのだ。
ゼルマは、突発的に主張が強くなる俺に戸惑いながらも、絵本のページを捲ったり単語の一つ一つを指さしながら発音して見せてくれたりと頑張った。
「ああ! 王子は文字をお知りになりたいのですね?」
やっと俺が文字を知りたいのだ分かると、侍女に言って白木の板を持ってこさせ、そこに文字の表を書いて見せてくれた。その頃には絵本からこの国が表音文字で英語っぽい文法を使っているのが分かっていたが、文字の形は独特だったのでありがたかった。
こんな調子でゼルマ達を振り回しながら、上手いこときっかけを掴んで知りたいことに興味を示し、説明を求め、実演を求め、自分でもやりたがって何度でも楽しそうに真似て見せていると、そのうちゼルマ達の方が先回りして教材や課題を用意してくれるようになった。
そうなればこっちのもので、ゼルマ達の用意する課題を楽しそうに次々とクリアして見せていれば、自然に課題が高度になっていき、俺が普通の三歳児より多くのことができることのアリバイを作ってくれる。
これにはかなりの労力が必要だったが、いずれ修得しなくてはならないことだし、頭の柔らかい幼児のうちに反復することで王子様の土台をしっかり築くことができたんじゃないかと思う。
恐るべきはこの身の王子様スペックで、大抵のことは一度見聞きしただけで丸っと記憶してしまうし、何度か体を動かして調整するだけでイメージ通りの動きをしてくれる。
これだけ万能だと、逆にどうすればこれを「婚約を破棄する!」と叫ぶ残念王子に育てられるのか不思議で仕方ない。
ちなみに、夜は余計なことはしないでさっさと寝てしまうことにしている。寝る子は育つ、だ。