ややこしい異世界転生
俺の名はアーサー・クラルヴァイン。三歳。
カルミア大陸中央に大国として君臨するクラルヴァイン王国の第一王子だ。
そしてよくある話だが、前世は平成日本の大学生だったりする。
それに気付いたのは、ついさっき弟のシャルルが生まれたのがきっかけだった。
自分の部屋で絵本を読んでもらっていたところで、控えていた女官同士が話している声が耳に入ったんだ。
「マルレーン様の御子は男子であらせられたそうよ。お名前はシャルル様と……」
(いや、僕がアーサーなんだからチャールズじゃないの? あ、家名がドイツ語っぽいんだからアルトゥルとカールが正しいのか……?)
何となくそう考えた途端、俺の頭の中で靄が晴れるように記憶とか思考がはっきりして思い出した。
アーサー王子、シャルル王子、クラルヴァイン王国、これらは俺が生前、恋人に読まされたネット小説に登場した人名や地名の組合せなんだ。
念の為に、近くにいる人達に片っ端から名前を聞いてみたら、家名やら爵位の組合せに聞き覚えのあるちぐはぐさが漂っている。
読まされたときも、人名や地名の組合せがバラバラだなって思って口にしたら、彼女に「そんなことはどうでも良いの」って一蹴されたんだよな。
小説の内容はいわゆる婚約破棄ものとかざまぁとか言われてる内容で、たしか女性向け恋愛ゲームの世界にヒロインのライバル役として転生してしまった日本人が、ゲームと現代の知識を駆使して大逆転するって話だったっけ。
あれ? ということは、ここはゲームの中の世界ってことになるのか?
でも、あのゲームは小説の中だけの設定で実在はしていなかったはずだし、やっぱり小説の中の世界ってことでいいのか?
なんか、ややこしくなってきたぞ。ややこしいといえば、俺の立場もややこしいな。
アーサー王子といえばゲームでは攻略対象って設定だけど、実際はゲームヒロインに籠絡されて小説の主人公に婚約破棄を宣言するボンクラってことになっている。
『架空のゲーム世界に登場人物として転生した日本人』か、『架空のゲーム世界に転生した日本人が主役の小説の登場人物に転生した日本人』って、自分で言っててもわけが分からなくなるな。
だいたい、俺は病死したけど、前世でトラックに跳ねられた記憶も神様に出会った記憶もないのに、なんだってこんなところにいるんだろう?
巷に溢れる物語は、誰かの前世や来世に記憶が綴られてるって、あの話が本当だったりするんだろうか?
「王子? どうされました王子?」
絵本を読んでくれていた乳母のゼルマが、そっと俺の背中を撫でてくれる。
気付けば三歳児にあるまじき皺を眉間に刻んでしまっていたらしい。
見上げれば、視線の先で二十代半ばの美女が優しく微笑んでいて、北欧系のその顔立ちや表情はとても自然なものだった。
見回せば、そこにいる人々にも景色にも違和感を感じないし、物心付く前から経験している三年間も自分の中ですんなり馴染んでそこにある。
少なくともこの世界はこの世界で、現実としてしっかり存在しているようだ。
「ううん、なんでもない」
俺はゼルマを安心させようと、にっこりと笑って首を振った。
まあ一度は死んだ身だ。現実としてこの世界に生きてるなら、前世の分まで生きてみようか。
ゲーム版ならともかく小説版だと俺の未来は目も当てられない。
とりあえず、どちらなのか分かるまでは慎重に様子を見ることにしよう。