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第6皿 突然の死

『うわああああ!? う゛ぇーるぅぅううう!?』


 私は絶叫していた。

 目の前で、さっきまで何かを打ち明けようとしていたヴェールが、背後からの刃によって即死してしまったのだ。


 普通はそうする、だから私も叫ぶ。


 そう、直前まで私も喋っていたため、正体を隠すような行動を取った方が不自然なのでそうする。いや、そうしている、が正しいだろうか。

 心温かい普通の人間は理解できないかもしれないが、私は今──酷く冷静な(・・・・・)無機物である(・・・・・・)

 自らを“常人の反応”の演技をさせて、襲ってきた正体不明の相手“が”見る──こちらの印象を“戦い慣れしていない弱者”と誤認識させなければならない。


 そうすれば見誤った相手が、数瞬の隙を見せる可能性がある。

 つまり──今、私は空虚な心無い叫びをあげているに過ぎないのだ。

 ヴェールが死んでしまった事は残念だ、たぶんそう思う。


 だが、即死したヴェールをこの場でどうにか出来るとは思えないし、本心から悲しみで取り乱して隙を作る新兵のような行動は論外。

 生きている者への呼びかけは、その者のためになるが──。

 死している者への呼びかけはその者のためにはならない。


 既に、絶叫の演技中に視点を移動させながら、ラップスキルをコントロールし始めている最中だった。

 ──叫びから、この間、一呼吸できるかどうか。


 襲撃者を視界に納めたら、一瞬で拘束できる確信。

 魂に染みついたであろう戦闘経験。

 躊躇無く、相手をロックして──……!?


『ヴェールがもう一人……だと?』


「あら。最初の取り乱したような叫びから、冷静な魔力の方向性。ジス、あんたはやっぱり食わせ物の魂みたいね」


 襲撃者──それはそろそろ見慣れてきた、死んだ魚の紫眼の若い魔女。ヴェールであった。

 顔、服、声の全てが一緒である。

 そいつが、光り輝くショートショードの二刀流を鞘に収めている。


 惑わされ、隙を作ってしまったのは私の方なのか?

 それとも──。


「説明するから、あたしへ魔力を向けてるのをやめてくれるかしら?」


『いや、私が納得してからだ』


「オーケー。まぁ、そっちの方が親近感が持てるわね」


 地面に落ちている私。

 距離を取りつつ、そこらへんにある椅子に座るヴェール。


「結論だけ先に言うと、そこにいたのは偽物。あたしをストーカーしていた下級悪魔ね」


『つまり……化けてた、ときたか。客観的に納得出来るような提示は?』


「まぁ、まだ相手の魔力がちゃんと見えていないみたいだから、そこは必要になるか。いいわ、順番に説明してあげる。っと、その前に──」


 ヴェールは、何か小瓶を取り出した。

 この世界では珍しいルーン文字が描かれている。


「ちょっと開け閉めだけするわよ」


『ああ、だがそれ以外の動作をしたら──』


「はいはい。何が効くか分からないアンタに、小手先で意表を突く行動は博打過ぎるわよ。これはモンスターなボールっぽい物」


 小瓶の蓋を開けて、数秒でそれを閉める。

 本当にそれだけだった。

 意味が分からない。


「じゃあ、あたしが王都へ出発した後、村の方から煙が見えて戻った所から、話を進めるわね──」


 自称本物のヴェールが話し始めた。

 内容はこうだ。


 旅立った直後に後方の煙──嫌な予感がして、村へ急いで戻った。

 村に火が付けられていて、これは何かに襲われたのでは、と気付いた。

 だが、犯人らしき盗賊達は皆、透明な膜で拘束されていた。


 そして、粉々になった陶器の破片と、出血が酷い状態で倒れていたクリュ。

 それに治療魔術をかけて何とか一命を取り留めた。

 私こと──ジスの方も、何か特別な素材だと師匠から聞いていたので、博打で使ってみた治療魔術で事なきを得たようだ。


 その時はまだ私に自我が宿っているとは知らなかったため、先にクリュをベッドへ運ぶことに。

 その一瞬、目を離した隙に盗まれたという。

 意識の戻ったクリュが、まだ重傷なのに必死に私の事を伝えてきて、それで追ってきた、という。


『なるほどな、一応の筋は通っている』


「でしょ? クリュちゃん、元気になったら今度はちゃんと料理を盛り付けてあげたい、って言ってたわよ」


『そうか……。だが、まだ分からない所はいくつかある。続きを聞かせてもらおう』


「はいはい」


 ジスを追えたのは、その特殊な魔力を既に解析していたため。痕跡を辿った。

 すぐに追いついたが、自分と同じ姿形をした偽物が持ち歩いていたために、少し観察する事に。

 似たような魔力の下級悪魔が前々からストーキングしてきていたので、たぶんソイツだろうと踏んでいた。


 案の定、人間に対して猛毒のキノコを食べても平気でいたり、自らは魔術を使わなかったりと偽物という客観的な証拠を入手。

 これで私に対して、証明の材料と出来ると判断。

 後は一番隙の出来やすいタイミングを狙って、背後から魔術で切れ味を上げたショートソードによって暗殺。


『ふむ……猛毒とは昨日のスープに入っていたキノコの事か。だが、それが猛毒だとどうやって証明する? ここにはキノコ図鑑のような都合の良いものもないし、証明できる植物学者の第三者もいない』


「そんなの、簡単じゃない。実際に食べて死ねば証明されるでしょ?」


 ヴェールは、昨日のスープに入っていたキノコと同じ物を取り出した。


『ま、まさか自分で食べ──』


「ちょっと待っててね」


 そう言うとヴェールは宝物庫の外へ出て行ってしまった。

 しばらくした後、ラップで縛られている盗賊を引きずってきた。


『なるほど』


「あら、察しが早いじゃない」


 私とヴェールだけが今からする事を分かっていて、口すら塞がれている盗賊は困惑している。

 ヴェールは、盗賊の口に巻かれているラップを取り去って、にっこりと微笑んだ。


「これ、食べてくれないかしら? 言う事を聞いたら無事に解放する事も考えてあげるわ」


 私知ってる、超知ってる。考えてあげる、という言葉は絶対に考えるだけだと。


「ちょ、ちょっと待て! それは毒キノコだろ! ここらへんの人間はみんな知って──」


 ジタバタと藻掻く盗賊。

 それは演技では無く、本気に見える。


「食べないと殺す。食べて運が良ければ生き残る。どう? 割の良い選択肢でしょう?」


 ショートソードを突き付けながら、盗賊の口にキノコを押し込んだ。

 ヴェールはいつもの半眼、平常心を保っている。

 こいつぁ……なかなかの肝っ玉だと思った。


「んぐぐ、ううんうゥゥ……んぐ」


 飲み込んだフリで済ませれば、バレた時に本気で殺されると、その氷のように不動の瞳を見て察したのだろう。

 盗賊は覚悟を決めて飲み込んだ。


「さてと、胃に届いて消化され始めたら効果が出るタイプだから、苦しむまで少し待ちましょうか」


『外道な事を、よく普通に言えるなぁ~』


「あら? あなたも全く止めなかったじゃない」


『まぁ、相手は盗賊だしな~。あ、でも死んだら引き渡すときに価値落ちるし、奴隷として売れなくなってしまうな……』


 こちらの冷静なやり取りを見て、盗賊は震えていた。

 たぶん毒が回ってきたのだろうかぁ~?

 殺す事もいとわない盗賊が、殺される事を覚悟していないわけもないしぃ~。


『そういえば、こっちの真っ二つになっている方のヴェールは魔術を一度も使っていなかったな』


「低級悪魔で変身魔術しか使えなかったのかもね」


 全て私任せだったのは、そんな理由があったのかもしれない。


『後は、表面的な会話は本物のヴェールを観察していたから何とかなったかもしれないが、師匠とかいう奴の事になると話を濁した感じか』


「ストーカーし始めた時に、既に師匠は異世界へ旅行中だったからね。観察のしようも無かった」


 短期間でコピー出来る外見や話し方、個人情報とは違い、踏み込んだ情報は持っていなかったという事か。

 それにしても異世界か……興味があるので後で聞いてみようか。

 まずは、この話を続けよう。


『今思えば、最初にヴェールが言っていたオリーブオイルを追いがけしに行くというのも、実際の都市国家アテナイでは食糧難で無理という──』


「え、アテナイってそこまで酷い事になってたの?」


『ふむ、これは本人の情報更新が、偽物より遅かったという事か?』


「……何か、あたしの方が劣ってるみたいな言い方に聞こえるんですけど」


『クズさも最初だけ頑張ってコピーしようとしていたが、最後は普通の良い魔女になってたしな』


 ヴェールは頬を膨らませて、むくれてしまった。


「あたしのどこがクズだっていうのよ~……」


 その片足は、盗賊に毒が早く回るようにとゲシゲシ。

 盗賊は既に青白い顔になり、口から泡を吹いて痙攣していた。


『いや~……私が言うのもなんだけど、相当にクズだと思うぞ』


「盗賊の命なんて、真面目に頑張ってる人の一兆億分の一も価値が無いから別にいいじゃない。あ、でも生きてれば、はした金にはなるわね。臓器とかは設備が無いから売れないけど」


『臓器を売る? 何かの生贄用にか?』


「ううん、こっちの話。で──毒の件は納得してくれたかしら?」


 盗賊は明らかに毒の症状で苦しんでいる。

 一応、盗賊に偽証させ、無害のキノコに毒を塗布して似たような偽装もできる。

 だが、あの偽物らしきヴェール、不審な要素がいくつもあったのは事実だ。


 ここは疑い始めたらキリが無いし、仮にこちらのヴェールが神か悪魔でも問題は無い。

 今の私は一人では活動できないので、誰かの手が必要だ。


『まぁ、一応は信じる』


「そう、今はそれで良いわ。たぶん忘れた頃に証言を取れるでしょうからね」


『ん? 証言って、誰からだ?』


「ナイショ。即時必要で無いカードは隠しておくもんでしょ」


 ヴェールは人差し指を、その桜色の瑞々しい唇に当てるジェスチャーをした。

 いつかは言うが、まだ秘密というアピールだろう。

 それにしてもクズ性格が無ければ、本当に可愛い少女の外見である。


 冷たいジト眼が癖になる。


『そういえば、本物のヴェールの目的は何なんだ? 偽物の方は逃避行しようとしていたみたいだが……』


「白馬の王子様と再会する事☆」


『は?』


「な、何よそのリアクション……。私が白馬の王子様とか言っちゃいけないっていうの……っ!?」


『い、いや……そういうワケじゃないが。どうしてソイツと再会したいんだ? もしや恋とか──』


「あーッ! あーッ! そ、そそそそんなはずないじゃない!?」


 引っぱたかれたニワトリのような感じで否定されても、ただ無駄に可愛いだけである。

 私と同じクズはクズだが、意外と乙女っぽい一面もあるようだ。

 偽ヴェールは、キチンと観察してこういうところもコピーしていたのだろう。


「コホン。そっ、それは置いといて……別の理由もあるわよ」


 ヴェールは赤面しながら、わざとらしい咳払いで仕切り直した。


「そうね、まずは──」


 だが、その後に続いた言葉は、迷い無く発せられた本心だと思えた。


「ピンチらしい都市国家アテナイに行って、様々な手を尽くして助けてあげて“コネ”と“金”を稼いで──」


 まだ若いのにコネと金の大切さを知っている。

 気が合いそうだ。


「そしてゆくゆくは──ジス、アンタを最強の神器にする事よ」


『……神、器?』

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