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イージスの皿は砕けない! ~龍に勝つ方法? 飯を喰らって食事強化《バフ》ればいい~  作者: タック
二章 同じ皿の飯を食う冒険者ギルド、アルゴナウタイ設立

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第41皿 女神の決意

 サンダー……いや、ゼウスを名乗る敵対者が持つ武器──“雷霆(ケラウノス)”。

 ギザギザの黄金短剣を二本用意して、その底と底を接合したようなフォルム。

 サンダーがいつも付けていた雷マークのヘアピンと酷似している。


 外見はなんてことのないダブルダガーと言った感じだが、それから発せられるエーテルは例えるなら──天空そのものである。

 空を見上げ、その視界全てのエネルギーを相手にするような圧倒的な差。台風、剛雷、太陽、月星、すなわち──。


「“全天を空に握る(ケラウ)神の雷霆(ノス)”の一撃を食らってよ。ジスお姉ちゃん♪」


 宇宙すら滅ぼすと言われている神器である。

 それを軽々と振り下ろすゼウス。

 私は“炎月刀”を下から思いきり振り抜き、その一撃を阻止する。


 ──はずだった。


「なに……!?」


 次の瞬間、“炎月刀”は二つに折られていた。


「だが──!!」


 私の一部となっているような“炎月刀”に触れた力に呼応し、エニューオーと初勝負の時と同じように新たなる力が──。


「今はまだ、させないよ──っと。俺は知り尽くしているからね」


 なお勢いを殺さぬ“雷霆(ケラウノス)”は、私の胴体まで到達していた──つまり。


「あーあ、抵抗するからジス姉ちゃんが砕けちゃった。メドゥーサの力、もっと期待してたんだけどなぁ」


 破片となり、新たなる力を引き出す前に地面に散らばる私。

 エリクの変身(メタモルポーセス)と、折られた“炎月刀”は元の姿に戻ってしまった。

 連戦の疲労か、強制解除の影響でエリクもまた膝を着いて動けないでいる。


『騙していたのか、サンダー……』


「ひっどいなぁ。なるべくは嘘を吐かないようにしていたよ? 雷霆を使わない俺は、本当にただのガキだしね。それにみんなのことは嫌いじゃないから、今も殺さないでおいてあげてるっていうのになぁ、もう」


 いつもの調子で飄々(ひょうひょう)と話すサンダー。

 それは私達が知っているサンダーが本当に、このゼウスを名乗る敵対者だという事の信憑性を高めていく。


 こちらと同じ気持ちなのか、後ろからフィロタスが声を荒げるのが聞こえてきた。


「サンダー……! アナタは、何をしているのか分かっているのですか!?」


「ごめんねフィロタスのおっちゃん。……おっちゃんと出会う以前から、俺はグライアイだったんだ。だって仕方が無いじゃないか。生まれてきた人間は親を選べない、血も選べない。メドゥーサの民っていうのは、そういう事なんだよ」


「くっ……付き合いが一番長いはずの私が、この不埒者を見抜けずに申し訳ありませんでした。ジス殿……」


 フィロタスは後悔の念を表情に出し、歯をギリギリと食いしばっていた。

 そういえば、幼いサンダーを拾ってきて、クリュティエに紹介したのは彼だったのだ。


「それも仕方ないよ。だって俺はグライアイ所属でも、個人的には組織に興味は無いしね。だからマンバやエニューオーの事柄にはなるべく干渉もしなかった。──でも」


 そこで再び空気が変わった。

 少年のそれではなく、憎しみや恨み辛みを込めたようなドロドロとしたモノ。


「デイノーには恩義があってね。さっきはエニューオーがそれを言おうとしていたから、ついつい殺しちゃったんだ」


 はにかんだ笑顔のサンダー。普通に見える故に歪んでいる。


「なるほどな、お前はデイノーの犬というワケか」


「辛辣だなぁ。でも、俺が興味あるのは二つだけだから、否定はできないんだけどね」


「二つだけ……?」


「一つは俺の一番大切な人を取り戻してくれたデイノー。……もう一つは、一番大切な人──俺のお姉ちゃん」


 そういえば、前に言っていたな。サンダーの一番大切な者は実の姉だと。

 仲良く出かけて、買い物をしていた事もあったはずだ。

 その姿は一度も見ていなかったが。


「ね~っ、姉ちゃん?」


 不思議な事に、サンダーはその場で姉に話しかけるような口調と仕草をしている。


「……もしかして、私達の中にサンダーの姉がいたというのか?」


「ん? なに変な事を言っているのさ? ずっとずっとずーっと、俺の側に姉ちゃんは居たじゃないか?」


 私は周囲を見渡す。

 立っているサンダーに、片膝を突いているエリク、圧倒的な力の前に動けないでいる後方の冒険者達とクリュティエ邸の面々。後は割れている私だけだ。

 ……何度も確認してしまうが、サンダーの側には姉らしき人物は見えない。


「あ~、そっか。俺とデイノー以外には、姉ちゃんの姿が見えないんだった。姉ちゃんも残念そうにしているよ。あ、落ち込まないでよ~」


 何も無い空間に向かって話しかけるサンダー。

 人を透明化する魔術か? いや、それにしては気配すら全く存在しない。木の葉を運ぶ風の流れも遮られてはいない。


 もしかして魂という存在なのだろうか? だが、魔術師などが所属しているはずのグライアイでも、デイノーと本人にしか見えないというのは、おかしくないだろうか。


 この考えからして、これはたぶん──。


「サンダー、お前……既に狂っていたのか」


 見えてはいけない幻覚を見ていると予想される。


「良く分からないけど、俺は姉ちゃんさえ居れば幸せだから、どうでもいいよ」


 ……これはまともに話し合える相手ではない。狂人とは、ある一点の価値観が極端に偏重されている場合が多いのだ。

 姉とデイノー以外の価値観は、分厚いガラスの向こう側という感覚なのだろう。


「さーってと、正体がバレちゃったから、俺はもうデイノーの元へ帰るよ」


 サンダーは、まだ冒険者達という戦力が残っているにもかかわらず、歯牙にもかけないような行動に出た。

 無防備に背を向け、歩き出したのだ。


「ま、待ってサンダー!」


 それまで黙っていたクリュティエが声をあげた。


「ん? 姫さん、どうかしたの?」


 サンダーはつまらなさそうに振り返る。


「ほ、本当に私の元を去ってしまうの!?」


「うん」


「わ、私は頭が良くないから、グライアイの都合とか、そういうのは分からないけど……私を驚かせるための何かの冗談とか、夢だとか……」


「姫様は馬鹿だなぁ」


 いつものサンダーに戻り、元気な少年の笑顔を見せる。

 それに釣られて顔をパァッと明るくするクリュティエ。


「姫様とのやり取りも、全てグライアイ所属の俺だよ? 色々と都合が良かっただけの──ね」


「え……?」


「現実を受け入れなよ。あ、そうだ。良くして貰ったお礼に、姫様の真実も教えてあげるよ」


「な、なに……?」


 まだ微かな希望と恋心を胸に秘めて、クリュティエはぎこちない笑顔で迎え入れようとしていた。


「クリュティエ姫様って、実は姫様じゃないんだよね。本当のお姫様の血筋は、クリュの方。しかも、第一王女として祭り上げられてもおかしくないくらいのね」


「クリュ……が、姫? それじゃあ、私は……?」


「あー、クリュティエ=アリストデーモスは、クリュ本来の名前だからね。キミの存在を定義するのなら──ただの名無し?」


「……この私が……名無し?」


 血の気を失い、膝から崩れ落ちるクリュティエ。

 フィロタスも真実を知ってか、何も声をかけられずにいる。


「まるで素敵な童話だよね。本当のお姫様がいて、そこから蹴落とされて存在価値が無くなる元お姫様。名無しは、ただ主役になれなかっただけの脇役(アクター)だ」


「は、ははは、あははは……私は、何も無い人間って本当なの……? ねぇ、フィロタス……」


 フィロタスは何も答えない。

 それで察したのか、クリュティエは悔し涙を浮かべる。


「そう、そう……なのね。不自然に親の顔を知らなかったのも、本国から離されていたのも……私が名無し姫だったからなのね……」


 遅かれ早かれ、真実であったのだからこうなっていたのだろう。

 伝えるべきタイミングは選べたのかも知れないが、それを嘘だと慰めてやる事はできない。


「ねぇ……? 私、これからどう生きて行けばいいの……? 色々持っていたと思ったら、全て無くなっていたのよ……? 今の私にあるものなんて……あ、あはは」


 壊れた笑いが痛々しい。


「サンダー……ねぇ、サンダー。私を連れて行ってよ」


「ん?」


「私の中には、誰にも負けないあなたへの愛があるわ……。それだけしかないの……連れて行ってよ、連れて行ってよ……」


 懇願され、困ったような表情を浮かべるサンダー。

 クリュティエは這いずるように、サンダーに近付いて足元にすがる。


「何でもするから……どんな事でもするから……自由に、好きにして良いから……」


「うーん、デイノーなら欲しがるかもしれないかなぁ。でも、彼女は本当に手段を選ばないから、オススメはしないよ? 生きるだけならフツーに身体を売るなり、俺みたいに小間使いなり──」


「あなたのためなら、どうされても構わないの……ッ!!」


「まぁしょうがないか。その惨めな気持ち、少しだけ分からなくもないからね」


 サンダーは、泥で汚れてしまったクリュティエを片腕で抱き締めた。

 クリュティエは安堵と悲しみの入り交じったような微笑みを浮かべる。

 そして彼女は今生の別れかのように──。


「じゃあね、ジス。みんな。──気を失っているクリュには……恨んでないって伝え……いえ、伝えないでいいわ。逆にあの子は気に病んでしまうでしょうから。悔しいけど私、あの子も好きだったんですもの……」


「ばいばーい、ジス姉ちゃん達。あ、俺もクリュに何か言付けでも頼もうかな? なーんか、よくわからないけど一緒にいると姉ちゃんみたいな心地よさだったんだよね。ん~、元気でね、とか言っておいて──」


 2人はその言葉を置いて、稲光と共に消えてしまった。




 これで本当に“カリュドーンの猪狩り”作戦は終了を迎えた。


 失ったものもあったが、都市国家アテナイの輸送路は回復し、確かに前進はしたはずだ。


 私は……いつかデイノーとサンダーに、この借りを一皿で返してやると決意した。


* * * * * * * *


 後日、輸送路を通じてやってきた商人達で賑わうアテナイ──その一角にある私達の冒険者ギルド。

 そこへ、音信不通となっていた城から一通の招待状が届くことになる。

二章終了。

幕間を挟んでから三章の予定です。

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