第27皿 女神を殺すのに必要な弾丸の数は
さて、大規模害獣処理作戦『カリュドーンの猪狩り』を前に、敵と私達の戦力を確認しておこう。
相手が陣取るのは、斥候によっていくつか判明した、森で一番大きな縄張りである。
メインの街道にも踏み込んでいて、これを切り崩さないとアテナイという都市国家はいつか死ぬだろう。
敵の戦力はカリュドーンの猪が多数、そこだけ知能あるかのように幾重にも守りを固めている。
他の小さな街道を取り戻した際には、猪たちも連携はしてこなかったが、この縄張りは別である。
人間より身体能力が優れている猪達が連携をしてきて、しかも今回は“血塗れ武器の魔女”が参戦してくるだろう。
彼女は、約束通りに“敵対する事になったら宣言をする”という、必要最低限の──いや、最大級の敬意を払ってくれた。
あの一人の魔女が本気になっていれば、このギルドは有無を言わさずに消し炭にされていたはずなのだ。
こちらの都合を見聞きしてから、守りに入るという情報の盗み聞きとも言える行為など、それに比べれば些事だ。……強者から与えられた温情だ。
では、続いてこちらの戦力だ。
あれから冒険者達は増えて行き、百人を越える程度になった。
……といっても、前線で戦えるのはその半分くらいだ。残りはまだ裏方などしか出来ないひよっこ。それも必要な人員なのだが、心許ない人数とも感じる。
戦闘というのは、守る側が絶対的に有利なのだ。
意表を突いた電撃戦などの例外を除けば、今回もそんな展開になるだろう。
そこで、鍵となるのが私──イージスの皿の能力だ。
いつもの食事強化だが、これは実は集団戦に適している。
料理さえ作り置きしておけば、後は喰わせるだけで複数戦力が飛躍的にアップするのだから。
問題は何を食べさせるか、である。
今まで密かに研究してきた傾向によると、冷めやすい物や、鮮度の落ちやすいものは時間によって食事効果が落ちやすい。その分、作りたては強力なのだが。
あとは素材の傾向によっても、何が強化されるかが決まる。
例えば、おなじみの肉料理だと力が上がる。
魚介系は防御。
スィーツ系は……魔力と言って良いのだろうか?
ドリンクやスープだと、スタミナや自然回復力が上がりやすい。
まぁ、これも例外がありすぎて、本当に基本的な料理にしか対応していない可能性もある。
『エリク、魚介類の目利きはいけるか?』
「はい、本職の漁師並とはいきませんが、料理で使うためのものなら」
酒場としての営業を早めに終え、久しぶりに冒険者ギルドのみとして機能している“アルゴナウタイ”。
いつものようにテーブルの上にいる私と、厨房以外でもコックコートのエリク。
『じゃあ、魚卵を仕入れてきてくれ』
「ふむ、魚卵ですか」
『鮮度は、私がスキルで呼び出す冷蔵庫に入れればある程度は平気なはずだ』
猪相手だけならまだしも、あのエニューオーが後ろにいるのならなるべく違う一手も打てるようにしておきたい。
ギリシャ神話由来の力を使ってくるのなら、嫌な予感しかしないからだ。
『それと、例の頼んでおいた調べ物はどうなっている?』
「アテナイにある“ハドリアヌス図書館”の古いパピルスや、立ち入り禁止の禁書庫なども調べましたが、龍の肉の調理方法は全て抜き取られていましたね」
以前、手に入れていた龍の肉。
エリクなら調理出来るかと思って聞いてみたのだが、残念ながら普通の料理人の知識としては出回っていないようだった。
龍の肉は普通に焼こうが煮ようが、龍のエーテルが残留していてビクともしない。
本体から切り離された尻尾の一部とはいえ、その神話の生物の頑強さが残っているのだろう。
『そうか、そっちは戦力としてアテに出来ないな……』
それにしても、禁書庫なんてどうやって立ち入ったのだろうか……。
ローマという架空の国が建てたという設定のユニークな図書館だが、一応はアテナイ王族直轄のお堅い場所だったはずだ。
「あのアルキメデス等も使っていたという、エジプトの“アレクサンドリア図書館”なら何か分かりそうですが」
『い、いや……エジプトとかそっち方面には……。ま、まぁ龍の肉は機会があったらまた調べよう!』
今、エジプトには、レオンとイヴェットという死亡フラグが転がっているので絶対に無理である。
残りの私の力というと──以前エニューオーと戦い、その炎に焼かれたあとに皿のフチに表示された“耐熱皿モード”というやつだろう。
耐熱というのだから、あの火に対抗できるかもしれない。
だが、それをまだ発動させることができていない。
【耐熱皿モード、条件解放。1000000XARAで変身可能】
こう表示されていたので、何かに変身できそうなものではあるのだが……。
この前レオンからもたらされた情報で、私の身体の事情も大体は分かった。
ヴェールは“何かゲームっぽいわね、あんたのシステム”とか言っていたが、実際は超越的な外宇宙の技術だったのだ。
それが皿本体と、私の魂が影響し、介入して新たに作りだしてしまったシステム。
それによって浮かんできた言葉を叫ぶも、耐熱皿モードとやらにはなれなかった。
何か条件があるのだろう。1000000XARAで変身可能という訳の分からない提示しかされていないが……。
これも戦力として頼るわけにはいかない。
ついでに、国へ提言して兵力の要請もしてみたが、いつものように音沙汰無しだ。
あのアテナイの中心にある、大きな城には本当に人が存在しているのだろうか?
以上の事から、今の手持ちのみでグライアイの三魔女──血塗れ武器の魔女とやり合わなければならない。
創意工夫して、これまでの事を組み合わせて、私達の武器として撃ち出せるかがカギだ。
魔女では無く、もはや女神の領域に達しているエニューオー。
女神を殺すのに必要な弾丸の数は。
……弾丸とは何だったか。
何かの魔術用語か? なぜ、私はこんな言葉を使っているのだろうか。
つい自分とは──この魂とは何かと意識してしまう。
だが、今は雑念を振り払わなければ、私の加護の元にいる冒険者ギルド“アルゴナウタイ”を失う事になる。しっかりしろ、イージスの皿。




