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第4皿 伝説の魔女の弟子

 ガチャガチャと音がうるさい……。

 ゆっくりと寝る事も出来ないとは、人生の大半を損しているようなもんだ。

 私はまぶたを開け──いや、まぶたなんて存在しなかった。


 そうだ、私は皿になったのだ。

 いや、でもおかしい。

 確か……力を使い果たして砕け散ったはずだ。


 現在、真っ暗で──、狭いどこかにいる。

 それも揺られて、ガチャガチャと硬い何かと擦れ合っている。

 擦り合うのなら可愛い子とお願いしたいものである、うっへっへ。


 っと、クズっぽく、ふざけている場合では無い。

 何か行動をしてみるか。

 冥界に運ばれている最中だったとしても、たぶん悪魔か死神が返事くらいはしてくれるだろう。


 この揺れの発生源が、知能ある何かから……もたらされているものなら、な。


『すみません。私は皿なのですが、どなたかいませんか? 今の状況を教えて頂けませんでしょうか?』


「お、やっぱりクリュちゃんの話は正しかったみたいね」


 どこかで聞いた事のある声が聞こえた。

 揺れは収まり、頭上から光が溢れる。


「やっほ~。皿──確かジスでいいのよね?」


 覗き込む顔……忘れもしない、あの若い魔女──クソアマである。

 私を皿のコーティング材にしたとか、残っていた身体を排水溝に流したみたいな事を言っていたアイツ。名前は──そういえば、まだ知らなかった。


『……お前、名前は?』


「ん? あたしの名前はヴェール。いずれ師匠や、姉弟子を超えて最優秀になってしまう魔女よ」


『よし、ヴェール。今すぐ私の身体を返せ』


「あっはは……ごめん。あたしじゃ無理だと思う。で、でも師匠なら、もしかしたら──」


 なんと……師匠とやらなら、私を復活させる望みがあるというのか。

 本当は無理だと言わせて、“じゃあ私の奴隷になれ”みたいな交渉へ繋げようと思っていたのに。

 これは意外だが、まぁ良しとしよう。


『ふむ、もちろんそんな事は分かっている。それまでの精神的苦痛や、時間的損害の賠償をどうするかという話だ』


 ふっかけるのは基本である。


「はぁ? あんた、調子に乗ってるとかち割るわよ?」


『すみません、すみません』


 強い相手には媚びへつらう、これも基本である。

 ん? そういえば、私は割れていたはずなのだ。

 どうして、今の自分は一枚の無傷の皿になっているのだろう。


「まったく、あんたを治療魔術で治すのも博打だったんだからね」


 ヴェールは、私を両手で優しくつかみ取り、暗いどこかから取り出した。

 持ち上げられながらの視点で確認すると、どうやら大きなリュックの中に入っていたようだ。

 そのままヴェールの顔の前まで持ってこられた。


 15~18くらいの若さで、艶やかな黒髪はセミロングで肩にかかるくらい。

 顔の作りもなかなかに可愛い。

 だけど……眼は大きいがどこか気だるげ、ジト目がデフォのようだ。

 そして何より、達観しきっていて死んだ魚のような紫目(パープルアイ)

 愛想良くしていれば、顔は美少女と呼んでもいいのだが……。


 その暗い怠惰のような印象を加速させる、紫の大きなトンガリ帽子と、布地が余っている野暮ったい紫ローブ。

 いちおう、胸を含めたスタイルはレベル高めの平均と言った感じだろうか。


 一言でいえば、誰もが思い描く美少女が魔女コスプレをして、三日間徹夜で試験勉強をした後に何も成果が出ずに絶望したようなのが、このヴェールだろう。


『お前、酷い表情をしてるな……ちゃんと寝てるか? ストレス溜めてないか? 生きてて楽しいか?』


「ん? 昨日は12時間寝たし、あんたとクリュちゃんの治療もそんなに魔力は使ってないわよ。というかサラッと酷い事を言ってるような……」


『マジか……それ元々の表情なのか。いや、まてよ、そうだ。クリュだ!』


 私は大事なことを思い出した。

 腹を風の刃で切り裂かれていたクリュはどうなったのか。


「クリュちゃんなら無事よ。何か透明な膜で止血されていて、ギリギリ助かったの」


『そうか……よかった。意外と良い奴なんだな、ヴェール』


「今、意外とか言わなかった……? それに、あんたも粉々だったから治療してあげたってのに」


 やはり、本当に粉々になっていたらしい。


『治療って、陶器も魔術で治せるのか?』


「まぁ、あんたは特別だからね」


『特別……か。私の事について、説明を頼めるか? それに記憶がかなり抜け落ちているから、この世界の事も知りたい』


 ヴェールは困ったような表情をした。


「あ~……ごめんなさい。皿のことについては、ちょっと師匠関連で色々あって話せないの。他の事なら……」


『よし、そっちは師匠って奴に会ったら直接聞けばいいな!』


 森の間に作られた大雑把な道を歩きながらの説明が始まった。

 この世界の名前は星座の記憶(アストラムネーメ)。別名──神が消えた世界。

 たまにやってくる異世界からの来訪者が名付けたらしい。


 人外の異形は存在していたが、古代の神々が消えると共に、それも人里から離れていったという神話が残されている。


 だが、近年──街の付近に魔物が出没するようになり、治安や経済活動の妨げになっているという。

 そのため、盗賊に成り下がる者も出て、村が襲われたのだ。


『つまり、悪さの大元は魔物って事か』


「そうね、それであたしも都市国家アテナイへ招かれたの。原因の究明と解決に協力して欲しいと」


『お、お前ってそんな招かれるようなすごい奴だったのか。ヴェール……』


「まぁ、すごいのは師匠なんだけどね。そっちは今、不在だから弟子のあたしが出向みたいな」


 ヴェールは話を続けながら、ふと表情を陰らせた。


「……でも、あたしも立派な存在になりたい。自信の持てる何かを手に入れて、誰かを助けたり、誰かに認められる特別な存在になりたいの」


 初対面の時はもっとクズさを醸し出していたように感じたが、話してみると意外と普通に良い奴なのかもしれない。


『へへ。それじゃあ、この私。スペシャルな皿を持っているヴェールは、もう特別な存在かもしれないな』


「確かに……まぁ、そうかもしれないわね」


『夢、早くも叶っちゃったか? 私のおかげだな!』


「もう、調子に乗らない」


 軽くコツンと叩かれた。

 かなり加減されて、冗談と親愛の情がこもっていると感じ取れた。

 この魔女──ヴェールとなら上手くやって行けそうな気がしてきた。


『あ、そうだ。試したい事があるのだが……何か食べ物を持っていないか?』


「うん? パンに干し肉と水、一通りはあるけど……」


『ちょっと、私の上に載せてみてくれ』


「いいけど」


 ヴェールは、皿である私を、そこらへんにあった切り株の上に置いた。

 そして、リュックの中から干し肉を取りだした。


「載せるだけでいいのよね?」


『そう、それでこの皿の能力を試せる』


 ヴェールは、いぶかしげに干し肉を皿の上に載せた。

 すると、皿のフチに文字が浮かび上がった──“夜ご飯までマッテーネ”と。

 経験値のネクスト表示は変わらず。


『ふむ、なるほど。なんで若干カタコトなのかは分からないが、それ以外は掴めてきた』


「ど、どういう事?」


『つまり──』


 私は、ヴェールに推測を話しながら今までの事をまとめた。

 この皿は料理によって経験値を得て、レベルが上がってスキルが増えて行く。

 だが、短時間に料理を載せまくってもダメだ。


 たぶんだが、食事という事から、朝昼晩の三食程度の間隔が必要なのだろう。

 丁度、最初の野菜スープと、クリュの涙は朝と昼の中間だったので短時間で二回経験値を得られたと仮定できる。


『──と、私は考えている』


「なるほど。それじゃあ、夜になったらもう一度試して見ましょうか」


『話が早い。どうやら私は良い相棒を見つけたようだ』


「ふふ、どうもありがとう、ジス。あたしも最高のパートナーを見つけた気分よ」


 ……あれ、意外とジト眼で頬を赤らめても可愛いぞ! もうデレてしまっているし、攻略完了か!?


* * * * * * * *


【メガサラァ!】


 ──夜、森で野宿。


 そこらへんに生えていたキノコを入れた塩のスープ。

 それでレベル3に上がった。

 フチに浮き出た文字は“冷蔵庫1”と“サーチ1”だ。


 いきなりスキルを取得できたということは、次にもらえるスキルは先にわかったり、わからなかったりする場合があるという事か。

 勝手に流れ込んでくる知識も、今回は無し。

 結構、ばらつきがあるな、この皿。


 サーチ1というのは……、視覚系の何かだろうか。

 今のところ目に見える範囲で変化は無いので、保留としよう。

 自然と何かが目に入った時点で判明しそうだ。


 次に冷蔵庫1……。微かに残っている、こちらの世界の記憶でも冷蔵庫は知っている。

 木材等で作られた箱で、氷を入れて食材の鮮度を保つ道具だ。

 氷の調達の難しさからして、魔術師や貴族が使ったりしている。


「なんか、これ……本当に冷蔵庫なの? 見た事無い、光沢ある材質なんだけど……」


『白いな……木ではない。それにドアが2つで……』


 高さ50センチ程の長方形サイズ、微かに響く謎の動作音……。明らかにこの世界のものではない。中は冷たいスペースと、すごく冷たいスペース。

 引っ込めと思えば消えるし、出現しろと思えばその場に召喚される。

 とりあえず、自分の意思で出し入れできる魔法の箱と認識しておこう。


 あと、気になったのはレベルアップするときの声である。

 最初はメガサラ、次はギガサラ、今度はまたメガサラに戻っている。

 これも試していく必要があるだろう。


『そういえば、王都だか都市国家だっけ? いや、両方の言い方があるのか。そこに向かってるんだよな。特産のオリーブオイルを追いがけしに』


「オリーブ? 都市国家アテナイのオリーブは魔物の影響で栽培が壊滅状態。全体的な食事関係も、かなり高騰してるわよ、あそこ」


『そうなのか』


 以前、ヴェールが言っていた事は聞き間違いだったかもしれない。


「それに今向かっているのは、都市国家アテナイへの寄り道。聞き出していた盗賊達のアジト。ちょっと路銀ついでにお宝をね」


『と、盗賊達のアジトだってぇ!?』


 私はつい大きな声を出してしまった。


「あら、怖いのかしら? もし、嫌なら……残念だけどこのまま──」


『盗賊のお宝をぶんどる、サイコーじゃねーか! 私はどちらかというと大賛成! ケツ毛までむしり取って、その金で飲む勝利の美酒は格別じゃん!』


「え、えぇ……まぁ、うん……」


 ノリノリな私、何かどん引きされてしまった。




「さてと~、それじゃあ頂きます。……このスープ、意外といけるわね」


 盗賊の宝物庫、いったいどんなお宝が眠っているのだろうか。



* * * * * * * *



【そこらへんに生えていた毒キノコを入れた塩のスープ】

 経験値:小。

 その名の通り、そこらへんに生えていた、人のみに当たる毒キノコを適当に入れた塩のスープ。

 毒キノコの濃い旨みと、適量の塩で味的には問題は無い。


 食事効果:対人毒3。

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