第26皿 また会う日まで
「む、そうなのかイヴェット? 味無しの合成レーションを食べずに、何を食べればいいんだ?」
「もー、レオンさんったら、今回も図体ばかり大きくて頭はからっきしですね! 安心して、全て頭脳担当の私に任せておいてくださいよ!」
「お、おう」
レオンと呼ばれた2メートル超えの大男は、真っ赤な全身鎧を装備していて顔はおろか、肌すら見えない。
背中に月の光を思わせるような白い大剣を背負い、マントでそれを覆っている。
立ち振る舞いからして、かなり熟練の戦士のようだ。どこか抜けたような会話をしていても、一分の隙も無い。
「えーっと、それじゃあ頼んじゃいましょうか。ギリシャオペレーターもといガイドである私のオススメは──……んん~っ?」
イヴェットと呼ばれた赤い眼の少女──、一枚の白布をピンで留めて服として使う、古いタイプの衣装ペプロスを纏い、その美しい銀色のポニーテールを揺らしながら席に着き、メニューを開いたところで止まっていた。
「む、昔と違って聞いたことの無い料理が多いですね……。もっと、肉の塩焼きとか、魚の塩焼きとか、草の塩焼きとか……」
「イヴェット、お前どんだけ昔の知識の料理なんだ。塩焼きしか食べた事が無いのか……」
何なんだこいつらは。
ただの頭のおかしな、国外から来た身の程知らずか、もしくは少女の年齢からすると数年前の昔ここらに住んでいた奴らか?
「だ、大丈夫ですって! 最新の流行ファッションのペプロスだってちゃちゃっと買えちゃった、サブカルウーメェンですから!」
ペプロスは太古の神々が着ているくらい古いのだが……。
このイヴェットという少女は、不思議ちゃんというやつだろうか。
外見は可愛く、喋らなければモテるタイプだ。
……と、ただの変な客として、貸し切りだからと追い出せばいいのだが、私の直感がこの少女は物凄くやばいと告げている。掴みようのない感覚だが、生存本能に基づいた確信に近い。
「え、ええと、店員さん! 店員……さん? 随分と小っちゃいですね」
イヴェットは不安げな顔で確信が持てずに、メイド服姿のクリュを呼び止めた。
「はーい、少々お待ちを~」
クリュは慣れているのか、少しだけ困った顔をしながらも普段通りに対応している。
「イヴェット、年齢の割に身長が小さなお前がいうな。それに仕事中の方に失礼だろう」
それをたしなめるレオンという赤い全身鎧。
こちらは意外と常識人なのかも知れない。
「えーっと、お客様。今日は貸し切りなのですが~……」
「……そうか。それは失礼した。コイツがどうしても腹が減ったと言ってな」
「で、でも! この辺りに、遅い時間やってるお店は少ないですし、お困りなら食事を~……お出ししても~……良いですか?」
クリュは、レオンの困った声を聞いて、食事を出して良いか店内を見回しながら恐る恐る聞いてきた。
「いいぜいいぜ! 俺達に気にせずアテナイの味を喰っていってくれよ!」
「おう、アテナイはいつでも旅人は歓迎だぁ!」
「ふ、ふたりは随分と背の高さが違うカップルでござるな……デュフフ!」
先に盛り上がっていた冒険者や劇団員が、勝手に許可をしてしまった。
クリュは満面の笑みでお辞儀をしてから、二人の方へ向き直って注文を取った。
「ご注文をどうぞ!」
「えーっと私は、このカリュドーンの猪肉の赤ワインビネガーソースと、プロメテウス卵焼きで。……何かプロメテウスの奴が激怒しそうなメニュー名ですね」
「はい、カリュドーンの猪肉の赤ワインビネガーソースと、プロメテウス卵焼きですね。ご注文、承りまし──」
「ああ、待ってくれ。コイツはアルコールがダメなんだが」
注文を止めるレオン。
うん、未成年を気遣う、とても良い保護者だ。
「香り付け程度で、アルコールを飛ばすので大丈夫ですよ」
「そうか。止めてすまなかった」
「赤鎧のお兄さんは、いかがなさいますか?」
「俺は特に腹は減っていな──……ん?」
断ろうとしたレオンは、冒険者達が食べている何かに視線を向け、それに釘付けになった。
その視線から察したクリュ。
「あれは“バッカスのエクメック・カスタノ”というケーキの一種ですね。まだメニューには無い品ですが、シェフのエリクさんに頼めば出してくれると思います」
「ケーキ……アレは天然物のケーキか!? じゃ、じゃあ一つ頼む!」
「はい! ……あ、ブランデーが入ってますが平気でしょうか? 普通は酒場用なのですが、よろしければアルコールを限界まで飛ばした劇場用のも──」
「そ、その、だな……俺の方が食べるから大丈夫……だ」
あのナリでケーキ。
ギャップで少し笑ってしまいそうになる。
今まで、声を出すのを我慢してただの皿として振る舞っていたが、少しだけ声が漏れてしまった。
どんちゃん騒ぎやってる奴らがうるさかったので、それに紛れてセーフだったがギャップを使った彼らの偽装工作なら危ないところだった。
料理を待つ間も、その二人を密かに観察し続けていた。
レオンの方は妙にソワソワしていて、敵対者の首が届くのを待つ騎士将軍の様だ。
上手く殺気を隠しているが、私には分かってしまう。エモノを待ちわびる眼光だ。
イヴェットの方はと言うと──。
「何でバッカスという名前が付いてるのに、葡萄酒じゃないんですかね? バッカスの奴はいつも葡萄酒をがぶ飲みしていて、頭がおかしくて御同類しか近付いてこない酒浸りのろくでなしで、ぷ~んと酒臭くてたまったもんじゃなかったですよ……」
まるで実際のバッカスを見てきたかのように、一方的にマシンガントーク。
だが、バッカスは葡萄酒の神というのは当たっている。
ケーキにブランデーを使ったのは、香りの合う葡萄酒が手に入らなかったからだ。
「お待たせ致しました~。こちら熱くなっておりますので、ご注意ください~」
「き、きたぁ!」
クリュが運んできた料理を目の前に、先ほどまでインテリジェンスが高まっていたイヴェットは破顔。
よだれを垂らしながら、腹の爆音を鳴らすことによって様々な要素を全て台無しにしている。
「こちらのケーキは~、シェフのエリクさんが、サービスでチョコのプレートを載っけていました。アテナイへ来てくれた旅人さんへの歓迎の気持ちみたいです」
「そ、そう……か!」
レオンはケーキを眼前に出され、プルプルと何かの禁断症状のように震えている。
これはマズイか? 何かに激怒して、クリュが危険にさらされる事もある。
原因はたぶん、ケーキの上に“レオンさんへ”と名前入りのチョコプレートが載せられていることだろうか。
馬鹿にされていると思ったレオンが動いた場合、私のラップで止めきれるだろうか……。
もし一時止めたとしても、その直後にあの大剣を使われたらひとたまりも無い。
こうなったら、エリクに憑依して“暗月”で“月の光”のような大剣と斬り合う覚悟も……。
それと犠牲を覚悟でギルド全員で行くか? さらにはぶっつけ本番で、例の切り札を発動できるかどうか──。
「あれ? レオンさん、もしかして泣いてます?」
「お、俺は決して、ケーキに自分の名前が書かれていて、感極まり若干涙目になってしまったとかはないぞ!」
……ピュアか!? こいつピュアか!?
全戦力と全知恵で、どう対抗しようか悩んでいた自分が馬鹿らしくなってしまった。
レオンは、でかい図体で食べてるのを見られるのが恥ずかしいのか、マントで口元を隠しながらケーキを食べている。
「まぁ、悪くないな」
「あ、それってサイコーって意味ですよね?」
「……お前も冷めない内に食べてしまえ」
突然の来訪者、酒場に取っては異物のような存在だったが、同じ皿の飯を食べてしまえば謎の一体感が生まれる。
今ではもう、彼らは酒場の風景の一部だ。
「おぉ、この料理はガソリンの臭いもしないし、噛みかけのチューインガムも入ってません! こんなストレートな美味しさ、久しぶりです!」
イヴェットの方は、少し変なことを言っているが気にしなくて平気だろう。
厄介ごとを持ち込んできたのでは無いと分かって、これで一安心──。
「ああ、ちょっとすまない。君は、黒い刀を知っているか?」
「黒い刀……ですか?」
半分ほどケーキを食べたレオンは、近くにいたクリュにそんな事を聞き始めた。
頭の片隅に思い当たる節があるのだが、ただの旅人が理由あってアレを探しているとも思えないし、冷やかしな物見とかだろうか?
「ああ、“暗月”という邪悪な黒い刀が目撃されたと聞いてな。俺達はそれを処理しに異界からきたんだ」
……“暗月”と名指しされたら、やはり黒い刀のアレ──エリクが持っている自称包丁しかない。異界からもたらされた神器だとか聞いたが、アレの詳細は分かっていない。
やばいな、まずい。ひたすらに焦ってしまう。別世界からの来訪者というのならかなりの実力の持ち主。
今、“暗月”が取り上げられたらギルドの戦力は大幅ダウンだ。
急いで、問い掛けられているクリュに知らんぷりをさせなければ……だが、どうやって。しかも思考している一瞬とは違い、実際にこの考えを伝えるまでの時間なども──とにかくやべぇ!
「えーっと、ちょっと分かりませんね。エリクさんが持ってるのは黒い包丁ですし……」
「そうか。さすがに包丁は違うな」
……エリクが自称包丁と言っていたのが功を奏した。
まさか、こんなところで役に立つとは。
後は私が載せている料理を食べ終えて、彼らがそのまま帰ってくれれば危機は去──。
「ああ、後は喋る皿というのも探しているのだが」
「あ、それはジスさんかもしれないですね。そのケーキに使ってるお皿さんです」
『……やぁ、お皿さんだよ』
終わった。
私の中で上手く説明出来ない、相手への無意識の彼我差もあり、ジ・エンドの文字が浮かんでいる。
「あ~、レオンさん。“暗月”とセットじゃないのなら、別の喋る皿じゃないですか?」
「そうなのか、イヴェット?」
「ええ、私の超高性能ガイド知識によると、調子に乗ったメドゥーサの奴もこんな円形の奴に閉じ込められて喋ってましたし! ギリシャではよくあるタイプの皿ですよ!」
「なるほどな。いや、色々と聞いてしまって申し訳ない。引き留めてしまったから、礼として君にチップをあげたいのだが──……おっと、路銀はイヴェットに預かってもらっているんだったな。ちょっと出してくれないか?」
聞き込みが終わったら、紳士的にウェイトレスへのチップ。
敵対さえしなければ常識的だし、気持ちの良い奴らかもしれない。
「え、もうお金無いですよ?」
「……ん? 何を言っているんだイヴェット。出発前に結構余裕を持っていて、まだアテナイに来て一日しか──」
「いや~、この服を一着買ったら全部無くなっちゃいましたよ~! よっぽど良い品だったんですね! 可愛い私が更に可愛くなっちゃいました!」
『……横からすまないんだが、今アテナイは物価が高騰中で、店によっては超ぼったくっているから気を付けるんだ』
もう喋る皿とバレてしまったので、アドバイスをしてみた。
「お、おい……ちょっと待てイヴェット。この店の料理代はどうするんだ……。キャッシュカードは使えないんだぞ……」
「だいじょーぶですよ、レオンさん! この私が考え無しに、無一文で店に入るわけないじゃないですか!」
「……一応、言ってみろ」
「この世界の食べ物というのは、ただで手に入るんですよ! 貢がれるんです! あ、向こうの地球の方ではお酒を貢がれて大変な事になっていましたね、あはは」
レオンは無言で立ち上がり、小柄なイヴェットをガッシリと両手で掴んだ。
そして、そのまま店の隅にあるゴミ箱へ持っていき、ダイレクトにシュートした。
* * * * * * * *
「本当に申し訳ない。皿洗いでも何でもする……」
お互いの自己紹介を軽くした後、ケーキ皿となっている私と、今は小さく見える程にしゅんしてしまっている赤狼の騎士レオンとで向き合っている。
『いや、旅人なら、このアテナイの異常な状況に巻き込まれた被害者だ。今日は私におごらせてくれ』
「ジスさん……。良い人……いや、良い皿だな」
『一緒の皿で飯を食ったんだ。もうこの酒場の仲間みたいなもんだろう? ジスと呼び捨てにしてくれ』
「ジス……!」
パートナーによる苦労からか、私は謎の友情のようなものを感じてしまっている。
ちなみに私のパートナーのヴェールは、何か機械の板で金を使いすぎて、魔術で人間ウォーターサーバーをしたり、劇団での特殊効果をやったりとやつれている。
皿にまで金を借りに来て、人間として終わっている感が半端ない。
『ああ、そうだ。これからの金もいるだろうし、この冒険者ギルドで働いてみないか?』
「冒険者? 傭兵みたいなものか」
この赤狼の騎士レオンは、立ち振る舞いや、“暗月”を相手にしようとしていたのから見て間違いなく強いと確信できる存在だ。
仲間になってくれれば、これほど心強い者はいない。
「世話になりすぎているかもしれないが、甘えさせてもらおう。今日から、俺達は冒険者ギルド所属となろう」
『歓迎する』
「本来の目的も、急ぐものでもないしな」
『本来の目的? そういえば、喋る皿をどうとか……』
一応、私以外に喋る皿は見た事も聞いた事もないので、たぶん私の事だと思う。
いったい、私の事をどうしようとしていたのだろうか?
「い、いや。大した事じゃ無い。それに、同じ喋る皿族の事なので、気分を悪くする可能性もあるしな……」
喋る皿族って何だ、喋る皿族って。
「うぃ~、ひっく。本当はぁ~っ、わらひ達の雇い主である方が創った皿で、予定外の状態になったらしくぅ、悪い子になってたら処理する予定だったんですよぉ~」
「おい、イヴェット。俺のケーキをつまみ食いしたな! お前、アルコールがちょっとでも入るとすぐ酔っ払って口を滑らせて……」
いつの間にか、ゴミ箱から復活していた水龍の少女イヴェット。
彼女の言った事は本当なのだろうか……?
『構わないから、聞かせてくれないか?』
「ああ、わかった。中途半端に秘密が漏れてしまったというのも誤解に繋がりそうだし、ジス本人が気分を悪くしないのなら」
私の身体の事、か。
今までは深く考えても無駄だったから、気にはしないようにしていたが。
「お偉いさんの結婚祝いに、無駄に超高性能な皿が創られた。その最初の意図は戯れだが、本気で北欧神の技術の粋を集めた、神器と呼ばれるシロモノが出来てしまった」
この身体、マジでそんな大層な物だったのか。
「まぁ、神器と言っても意思のない空っぽの皿。人間が使えば便利という程度だ。だが、その皿に奇妙な反応があったらしい」
私の魂がコーティング材にされた一件だろう。
「元々、材料として使われていた“祭壇座”が反応して、世界に根を張る北欧樹の一部システムを乗っ取って、新たにシステムを構築。使われ方によっては大変なことになるかもしれないから、俺が派遣された感じだ」
祭壇座は、ギリシャ神話で旧体制を打ち破ると誓った祭壇がモチーフだったはずだ。
『なるほど……』
「まぁ、元が皿だから、戦闘能力を持つことは無いだろう。悪の心を持つようになっていたら、この“月光”で処理するまでだ」
赤狼の騎士レオンは、背中の大剣を指差した。
「さてと、何か依頼は無いか? 皿と一緒にどんな奴でも処理してみせるぞ。ああ、もちろんジスじゃない方の皿だけどな」
『えーっと、少し遠いけど、南の砂漠の国──エジプトからの大口の依頼があったはずだ。そっちを頼みたい。もうすぐ、ここアテナイは大人数を使う一大反攻作戦があるから、人手が割けないんだ』
「了解した。仕事の斡旋を感謝する」
早速、悪の心を発揮して、私から遠ざける事にした。
さらばだ心の友レオン。
さすがにエジプトなんてへんぴな砂漠送りなら、しばらくは合わずに済むだろう。
絶対に、砂漠に行く用事を作らないようにするし完璧なプランだ。
* * * * * * * *
突然の来訪者との問題も解決し、冒険者達も酔いつぶれて寝静まった頃。
酒場にて。
『もうすぐ夜が明けるな』
「……我のことを待っていたのか?」
『このタイミングで、約束を果たしてくれるんじゃないかなって勘がな』
私以外、ただ一人起きていた存在──エニューオー。
「そうか。ジス、世話になったな」
『ああ』
「次に会うときは、我は血塗れ武器の魔女だ」
近日開始される、アテナイの外部を──農業地帯や輸送路を取り戻す作戦。
作戦名“カリュドーンの猪狩り”が開始される。
今回は食べるための少数の狩りでは無く、かなり大規模な作戦となるだろう。
そうなると、たぶんその担当であるグライアイの魔女──エニューオーが黙っているわけにはいかない。
元々、私達は敵対する関係にあったのだ。
「だが──ジス、お主の一皿が美味かった事は忘れぬ」
エニューオーは、我々の冒険者ギルドから脱退した。




