第25皿 神話の終わりの物語
さてと、あいつらはドタバタとやって劇場の外へ行ってしまった。
幸いにも、食事効果によって過剰演出気味にしておいたため、観客達はアレが劇の脚本通りだと思っているようだ。
念のためというのは、やっておくと割と良い結果を残すことが多いな。
そして、これも念のためだが、舞台袖からずっと様子をうかがっていた。
……のだが、こっちは無駄になったようだ。
思った以上に冒険者達は成長していて、柄に手をかけておいた“暗月”を使わずに済んだ。
「アテナ役、出番もうすぐです」
「おう、準備する」
あの殺人鬼の事は、あいつらがどうにかしてくれるだろう。
出会った時、英雄になれなんて適当なことを言ったが……案外、実現してしまうかもしれないな。
さぁ、こっちはアテナの神話を続けよう。──そして終わらせよう。
劇は進行して、軍神アレスの妹である“不和と争いの女神エリス”が黄金の林檎を投げ込みトロイア戦争を起こしたり、それにアテナ、ヘラ、アフロディーテが翻弄されたりもした。
相手を騙して、敵の陣地でビックリ箱を開封するトロイの木馬の一連の流れをやって、人間の戦争描写は終わった。
そして終劇付近、連綿と続いてきた神話は山場。
最終戦争──“巨人決戦”へと入った。
ギガスと呼ばれる巨人達が、星座の大海の支配権をオリュンポスの神々と奪い合う、お互いの存続を賭けた戦い。
だが、巨人や神々は不死だ。
いくらお互いが殴っても、斬っても、射っても、死なずで勝負は付かない。
そこへ予言の巫女が告げた。
人間の力を借りなければ、神々に勝利は無い。
人間ならば、バケモノを殺せる……と。
そこでゼウスは、半人半神である我が子──ヘラクレスを呼び寄せた。
人間程度が、巨人を倒せるのか? そう疑問に思った者もいた。
だが、ヘラクレスは強かった。
巨人が山を砕き、河を蹴散らし、天まで届くような背丈で進行してくるも、それに怯まずヒュドラの毒矢で巨人を殺し続けた。
この巨人にトドメをさせる手段があれば、と──神々は恐るべき力を発揮して、それをサポートした。
酒の神ディオニソスは葡萄の杖で巨人を酩酊させ、死の女神ヘカテーは魔法で太陽を放ち、海神ポセイドンは島を投げつけた。
私もポセイドンに負けじと、より大きな島を投げつける。
ポセイドンの奴も競ってきて、今度は火山。
こっちも更に大きな火山を投げて──と舞台の上に作られた地上を滅茶苦茶にしているが、派手な演出は観客が沸くのでオッケーである。たぶん。
そんな子供のような意地の張り合いをやっている横でも、神々は巨人を圧倒していく。
太陽神アポロンと月女神アルテミスが兄妹で矢を放ち、予言の巫女が棍棒で巨人の後頭部斜め45度を殴る。
そうして隙が出来た巨人を、ヘラクレスがトドメを刺していく。
圧勝──かと思われた。
だが、敵対する原初の一柱ガイアは、最強最悪の存在を生み出した。
バケモノの王“テュポーン”である。
上半身は人の形だが、炎を放つ紅い眼を持ち、肩からは百の龍頭が生え、脚は毒蛇。
その身体は途方も無く巨大で、強靱だった。
手を伸ばせば地平線の向こうまで届き、頭部は星を見下ろす。
火炎を放てば地球は灼熱に染まり、周囲の宇宙ごと破壊した。
あまりのことに神々はエジプトへ避難して、残ったゼウスだけが立ち向かった。
万物切り裂く“アダマスの大鎌”、何者にも侵されない“イージスの盾”、それと光輝と恐怖の鎧に、宇宙全体を焼き尽くせる“雷霆”。
ゼウスはこれらで完全武装して、宇宙での一騎打ちが始まった。
テュポーンが星を掴んで投げ、それをゼウスがアダマスの大鎌で切り裂く。
反撃のゼウスが雷霆で銀河ごと焼き払おうとするも、テュポーンは太陽を束ねたような紅炎眼で対抗する。
正に宇宙規模の攻防一体、お互い遠距離戦では力が拮抗していた。
そこでゼウスは肉弾戦に移った。
神々の王として、己が自慢の腕力と相手の腕力のぶつけ合いで、テュポーンとの決着を付けようとしたのだ。
だが、その自信は撃ち砕かれた。
近付いた途端にテュポーンの百の蛇が、自らの意思を持つかのように絡み、ゼウスの二つの鎧を砕きながら締め上げたのだ。
ゼウスはその慢心によって、戦闘不能へと陥った。
無残にも宇宙最強の武装は取り上げられ、手足の腱を切り裂かれ、洞窟へと閉じ込められてしまった。
あわや絶体絶命のオリュンポス神側。もう負けてしまうのか。
いや、まだ残っていた神々が立ち上がった。
立ち上がり、ゼウスを助け出し、一緒に戦い始めたのだ。
再び、宇宙を巻き込むテュポーンとの再戦。
いくら最強のバケモノでも、数を相手に追い詰められてしまう。
「この龍の王は負けたくない一心で、予言の巫女を脅して“勝利の果実”を手に入れました」
そう、それはどんな願いでも叶えるという奇跡の実で──。
……ん? ナレーターの声が変わったような。交代したのだろうか。
「テュポーンは、我が想いを遂げよ……と食しました」
どこかで聞いた事があるような、気のせいか?
「ですが、予言の巫女は、正反対の食事効果を与える“無情の果実”を渡していたのです。想えば想う程、反対の力が働くという、悪と怒りで生きているテュポーンにとって最大の弱点でした」
舞台は佳境に入った。
全ての神々が一斉に強力無比な攻撃をして、ついにテュポーンは動けなくなっていた。
「勝とうとすると負け、恨もうとすれば愛し、怒ろうとすると許してしまう。テュポーンは思考を止めるしか無く、そのまま“奈落の門”へと封印されたのでした」
テュポーンは、舞台装置である“奈落”へと落ちていった。
この後、ナレーションは“神々と人々は平和に暮らしましたとさ”で終わる予定なのだが──。
「愚かな神々が暴れ回ってしまった余波で、人間も、星も、宇宙も滅んでしまいました。ついでに神々もほとんど消えて、少数が人の形ですら無い壊れやすい身体を得て──ふふ……めでたし、めでたし」
という言葉で締めくくられた。
さすがにアドリブでもおかしいと思い、後で確認してみたところ……終盤はナレーター自体が存在していなかったようだ。
* * * * * * * *
『おう、お前ら! 飲んでるか!』
「はい! ジスさん!」
舞台も無事に終わり、ギルドの酒場を貸し切っての打ち上げパーティーだ。
事を終えた、ネックチョッパーを追っていた冒険者達も合流している。
私は本来の仕事──皿として料理を載せて、劇団員と冒険者に振る舞っている。
「こんなに食材を使っちゃって平気でござるか……?」
ポリュペーモスが不安げに聞いてきた。
『なぁに、もうそろそろ例の作戦の準備が整いそうなのさ。戦況は一気に逆転して、アテナイの流通もまともになるだろう』
「そうでござるか! では、遠慮無く!」
デカブツで筋肉デブなポリュペーモスはすごい勢いで肉を食い始めた。
ネックチョッパーとの因縁を相談してきた、余所余所しい面影はゼロである。
まぁ、孤児院の子供のカタキを取ることも出来て、これからもサンダーと一緒にクリュを守るという目的ができたのだから、今日だけは暴飲暴食を許してやろう。
そんな珍しく満足感で一杯になった私達だったのだが、ギルドの扉が開け放たれ、突然の来訪者が二人舞い込んできた。
「夜分遅くに済まない。レーションは置いてあるか?」
「レオンさん、この世界にはそういう合成食品は置いてませんって……」
赤い鎧の大男と、背の小さな少女。
何かとてつもなく嫌な予感がした。




