第21皿 もしかして:皿のモテ期
おっもしろい事になりそうだぁ~!
私──ジスの感想としてはそれで胸の中が……いや、皿の中が一杯である。
他人の恋愛を冷やかすほど面白いことはないだろう!? そうだろう!?
しかも普段は高慢ちきな、あのクリュティエが、最初は見下していたクリュを恋敵として見ているようなのだ。
これはどう転んでも面白いではないか!
まぁ、派手に玉砕したら諦めも付くだろうし、後でやけジュースでも付き合ってやることもやぶさかではない。ぷくく……。
『というわけで、私達一枚と二人は、サンダーが手伝いに行っている劇団がある“ディオニソス劇場”へとやってきたのである!』
「ちょ、静かにしてよ!」
エニューオーに持たれている私。
それに向けて、人差し指でシーッというジェスチャーと共に抗議してくるクリュティエ。
『あっはは、悪い悪い』
このディオニソス劇場は、ギリシャ最古の劇場で、最大15000人程度を収容できる。
全体のフォルムとしては、コロッセオを半分に切って、そこに石造りで段差がある観客席を設置した感じだろう。
屋根無しなのは難点だが、軽めの雨などは演出として即興で改変してライヴ感を楽しむのが粋らしい。
巨大な建造物を眺めながら、裏方の方へと歩いて行く。
すると、劇団員達から声をかけられた。
「あ、ジスさん。こんばんは! いつもお世話になってます!」
『おう』
「この前の差し入れ、すげぇ美味かったっす!」
『貧乏劇団員は遠慮せず食いまくりやがれ』
ラップで作ったひらひらの手を振りながら、劇団員達に挨拶をしていく。
それを不思議そうに見るクリュティエとエニューオー。
「ジス、知り合いなの?」
『いやぁ、実はな。私もサンダーと一緒にたまに手伝いに来てたりしてたんだ。小道具作ったりするのにラップとスポンジは便利でな。その時、ついでに食い物を差し入れに持っていくんだ』
「た、確か食べ物は……貴族のアレを見た限りでは貴重なものなのでは?」
高い位置から首をかしげながら、手に持った私を見てくるエニューオー。
それに答えるため頭上を見上げると若干、下乳が見えて幸せである。
『現状は金の価値が壊れて、物々交換や、個人の信用や信頼、そういう曖昧なもので食い物がトレードされている。だから、悪徳貴族みたいのは因果応報で窮地に立たされていたんだ』
「ということは、普段から親しまれていた劇団員達は、逆に今の状況だと食べ物を手に入れやすい?」
『まぁ、大体はそんな感じだ』
といっても、一握りのまともな貴族は食料を以前から庶民に配分してたりして、この状況でもアテナイの命綱の一つになっていたりもする。
何故か国が動かない現状、このような異常な状況になってしまっている。
また徐々に、ギルドにも冒険者が増えてきて、訓練が終わって周辺の森から輸送ルートを開拓して、物資を少量ずつだが外部から手に入れ始めているというのもある。
それはともあれ、明日すぐ死ぬという状況でもなければ、人間には娯楽で希望を得るという手段が必要である。
最古の娯楽の一つである演劇とは、きっと連綿と受け継がれてきたそういう類のものだ。
「まったく、国が冒険者ギルドを正式に認めてくれれば、もうちょっと動きやすいっていうのに。まだ正式な認可が下りないんでしょう?」
『ああ、賄賂もたっぷり一緒に渡したのにな……』
「それが原因なんじゃ……。でも、こんな現状でもアテナイ王──アムピクテュオン陛下や、第二王子は何も解決策を打ち出せないし、次の王になるはずの王太子ってのも、どこかを放浪していて行方不明だっていうし……」
たぶん、グライアイの計画がどこかに絡んでいるのだろう。
このまま現状維持をしていても、その思惑通りに進んでしまえばアテナイは滅亡すると予想できる。
じっくりと、真綿で絞め殺すように絶望の内に。それがグライアイの目的らしいのだから。
というわけでまぁ、グライアイの思惑はさておき、私が住む場所が居心地悪くなるのは困る。
正義の心なんて微塵も無く、生活環境の改善目指して進むだけだ。
後は私が楽しむ事とか、楽しむ事とか……。
『よーし、この奥が役者の休憩場所だ。今の時間だと、サンダーが休憩していて、クリュが疲れを癒やすためのサポートをしているはずだ』
「癒やすためのサポート!? あ、あんなことやこんなことを……」
『どんな想像だ。飲食物を渡したり、汗ふきタオルとかマッサージとか健全なものだ』
「ふ、不潔ですわ……。それらを渡す時に指が触れあったり、マッサージなんて、手、手のひらが肌に直接ベッタリと……」
どんだけウブなんだコイツは。
私達は体勢を低くして、スニーキングミッションを開始した。
それはさながら、ヴェールがプレイしていたゲェムというもので見た光景のようだ。
『こちらイージス1、オリュンポス十二神へ通信。最新鋭の“ハデスの隠れ兜”によって、敵神殿へ侵入した。指示を請う』
「了解したイージス1。十二神アレスの名において、幼き二人の陰謀を暴け」
割とノリノリのエニューオーは、皿である私を兜っぽく頭に乗っけてゆっくりと進み始めた。
「え、なにその流れ……」
話に付いてこられないクリュティエは引き気味で、一歩後ろを付いてくる。
石造りの地面に、巨大なギリシャ建築の柱。
その影に隠れつつ、目標を発見した。
『いたぞ』
「ああ、いたな。何かこうやって年端もいかない子供を隠れて凝視するのは二度目だな」
誤解されそうな言い方のエニューオーを、クリュティエが犯罪者を見る目で蔑んでいる。
それをスルーして、休憩中のサンダーと、それをサポートするクリュに目を向ける。
サンダーは稽古が終わった直後らしく、少年ながらもしっかりとした筋肉から湯気があがり、座りながらだが軽くストレッチをしていた。
クリュは、そのサンダーの口元に飲み物や、食べ物を──。
「あ、ああ……は、ハレンチですわ……」
『いや、ただ時間が惜しくて食べさせてもらってるだけじゃ。羨ましいシチュエーションだけど、サンダーの顔は真剣そのものだし』
クリュは、サンダーのほっぺに付いたパンくずを取って、そのまま口に入れた。
「あー! あぁー!? ──もがっ!?」
ちょっと刺激が強すぎる光景だったのか、エキサイティングしすぎたクリュティエの口にラップを貼り付けてやった。後ついでに飛び出さないように手足拘束。若干、犯罪臭。
一見すると、あの二人は恋人っぽいのだが、よく見ると特に顔を赤らめていたり、初々しいカップル臭はしない。
クリュとしてはごく自然に、母が息子に、姉が弟にするかのような行為なのだろう。
サンダーは少し面倒くさそうな表情をするも、なすがままという感じだ。
ひな鳥のように食事を食べさせ終わり、クリュが一言──。
「マッサージをしてあげましょう!」
「も、もういいって……手伝いに来てくれるのは助かるけど、さすがにちょっと恥ずかしいし……」
このスキンシップ、仲の良さ、距離感……本人達が自覚していないだけで、ラブコメのオーラを感じる。
実際、計測器代わりであるクリュティエも、活きの良いエビのようにビクンビクンと跳ねている。
「ダーメ。おばあちゃんにも褒められた事があるんだから!」
亡くなった婆さんのことはサンダーも知っていたため、それに対して否定はしにくかったのか、ため息を吐いてうつぶせに寝転がった。
「はぁ。それじゃあ休憩時間が終わるまで頼みますよ~、ヘラクレスみたいな馬鹿力のクリュさんよ~」
「げ、元気があるのはいいことだし!」
クリュは、少年の硬くなった背中をもみほぐし始めた。
されてる方もまんざらではなく、憎まれ口とは裏腹に、頬を緩めて温泉にでも入っているような表情だ。
その少年少女の暖かな光景を見て、エニューオーがポツリと呟いた。
「なぁ、ジスよ。我が教えられたマッサージとは少し違うぞ……」
『なにがだ? 普通のマッサージに見えるが──』
「もっと胸とかを押し当てて、それで相手に奉仕するのでは無いか?」
『それ、普通のマッサージじゃ無い。確実に騙されている……』
いわゆる、いかがわしいマッサージである。さすがにこの場では18禁の説明をできない。
「おのれマンバ……! 部下の動物達にしてしまったではないか……!」
地味に、エニューオーの部下が動物だという新事実が発覚したが、その労り方とマンバの茶目っ気は知りたくなかった気がする。
その事実から目を背けるように、視線をクリュとサンダーに戻す。
「それに……これは、わたくしを守ってくれたことの御礼でもあります。ありがとうございます、サンダーさん」
それはとても優しい声、クリュはそのままマッサージを続けた。
サンダーは顔を真っ赤にするも、恥ずかしいのかクリュからは見えない角度に動かしていた。
「べ、別に俺が守りたいから守ってやるだけだ。これからも……。ただ、俺が一番好きなのは、お前じゃないからな!」
「好き? サンダーさんって、わたくしのことが好きなんですか?」
「ま、まぁ世界で2番目くらいには……」
何という直球、何という青春。
だが、サンダーはクリュのことを2番目だと言っている。
照れ隠しなのだろうか? それとも本心なのだろうか?
「ふふ、わたくしも1番好きなのはおばあちゃんですね」
クリュは好きという意味を、異性のそれとは理解していないようだ。
むずがゆい、甘酸っぱい若さ故の青春……!
ラッピングされているクリュティエとしてはそうでもないらしく、ゴロゴロと左右に転がっている。
「俺が一番好きなのは──」
サンダーの爆弾発言。
その続きを聞くために、クリュティエは転がるのを中断してピタッと停止。
もしかして、このクリュティエ姫では? というドヤ顔をし始めている始末である。
「いつも身近に居てくれる姉ちゃんかな……」
姉ちゃん……?
誰のことだろうか。少し考えてみよう。
サンダーの身近に居る存在。
それで姉ちゃんと呼ばれているのは……ヴェールと、もうひとりだけだ。
ヴェールとしては、そこまでサンダーと一緒にはいない。
となると、もうひとりの──。
『私か……?』
私はジス姉ちゃんと呼ばれている。サンダーに。
そして割と身近にいて、よく絡んでいる。
いやー、きちゃうか。私の時代きちゃうかー。
すっごい、転がっているクリュティエにガン見されているが気のせいだろう。




