第20皿 ヒマワリは顔をそむけられない
私の名前は、クリュティエ=アリストデーモス。
都市国家スパルタの姫……ではあるが、王位継承権は13番目という絶望的な位置。
それでも、本来なら大切に扱われていたはずのお姫様なのだ。……だったのだ。
まだ物心つく前から、人質のようにスパルタからアテナイに送られてきた。
そのために両親の顔や、故郷スパルタの事はほとんど知らない。
執事長であるフィロタスから聞かされた話で、こんな感じかと想像するくらいだ。
いつものように私が屋敷のベッドに入ると、フィロタスは眠りにつくまでおとぎ話のように色々と語ってくれる。
たぶん、両親とかが身近にいたらこんなフィロタスみたいな感じなのだろう。いや、年齢差的にはお爺ちゃんかも知れない。
まだ若い執事のブリリアントは、そうすると兄なのだろうか。年がら年中、私で遊んでいるようなクズだけど、結局はしっかりと守ったりしてくれているし。
そんな二人が、あるとき──少年を連れて来た。
髪はボサボサ、服は酷く汚れていて、どこか病んだ目をしていた。
歳は私より少し上だろうか。
小間使いにするために雇うらしい。
フィロタスは、最終確認として、私にどうするか尋ねてきたのだ。
嫌なら他の者を探すという。
確かに、普通ならこんな小汚い少年を屋敷の一員──私の家族にするというのは気が引ける。
フィロタスもそこを懸念してのことだろう。
でも……その少年のことを、どこか自分に似ている気がして放っておけなかった。
どこが似ているのか? と問われたら曖昧な返事しかできないので、直感的なものだろう。
たぶん気まぐれ。
捨てられて、汚れて、行く当ての無い仔犬を拾うようなものである。
敢えて言うのなら、この感情はきっとノブレスオブリージュ──高貴なる者の勤めというやつだろう。
「歓迎するわ。私の名前はクリュティエ。よろしく……えーっと、アナタの名前は?」
「俺の名前は──」
それはあまりに耳にしすぎる名称で、日常生活が困難になるレベルのものだった。
こんな名前を付けた両親は頭がおかしいのだろうか?
後日、少年は新たな名として“アレキサンダー”と呼ばれるようになった。
月日は経ち、数年が過ぎた。
少年は逞しく育ち、病んでいた眼はすっかり優しくなった。良く軽口を叩き、笑顔の似合う異性へと成長……。
いえ、異性となんて意識していない。……していない!
いくら同年代の友達がいないからって、スラム街の生まれであるアレキサンダーをそういう眼で見たりはするはずがないのだ。私はクリュティエ姫なのだから。
……でも、まぁ、少しだけ大人へ向かっているような面影が出てきて、格好良いなと思う時もあったりして、彼が今後そういう誘いをしてきたら考えてあげても──。
そんな矢先、不思議な皿と共にあの子が現れた。
私と同じ顔、身体の……あの子。
* * * * * * * *
「ね、ねぇ……アレキサンダー。今日の夜は暇だし、久しぶりに一緒に──」
「ん? 悪い、姫様。夜はクリュと予定があるんだ」
「そ、そう……」
冒険者ギルドの一角。
もう食事処として閉店時間となる頃、私は彼とそんなやり取りをした。
なんてこともない、ただの雇い主と、小間使いのコミュニケーションだ。
別に好意があると告げたワケでも無いし、私自身もそういう類のものかどうかまだ自覚も持てないでいるし、別に……ね。悔しくも何ともないし、傷ついたりもしない。
「あ、クリュ! 今日の夜のことだけどさ!」
彼は、あの子を見つけると……私には見せた事の無いような、頬を赤らめた満面の笑顔で向かって行ってしまった。
それをたしなめるような真面目なあの子。
「ちょっと、サンダーさん。まだお客さんがいるので、ちゃんとやってください!」
「はは、ごめんごめん!」
そんな、私と同じ顔、身体のあの子──クリュとアレキサンダーの会話を眺める。
この気持ちは何なのだろう、寂しいのだろうか、悔しいのだろうか。
でも、憎々しいという気持ちは一片も入っていないのは確かだ。
クリュは、素直で良い子というのを知っているから。……知っているからこそ、なおさら胸が締め付けられる。
「クリュティエ姫様。お顔の色が優れません。残りは私めがやっておきますので、一足先にお休みになっては?」
珍しく普通のトーンで話しかけてきたブリリアント。
それに対して、私は問い掛けてしまう。
「ねぇ……私はどうしたらいいの。心が苦しいの……」
「私めには、そういう類の感情は理解できかねます」
突き放すようなブリリアントの一言。
だが、決していつもの意地悪で言っているのではなく、本当に分からないのが伝わってくる。
私は……どうしたらいいのだろう──。
『オイオイオイ。死ぬわアイツ。特効薬の無い病で死ぬわ』
「ほう、未成熟な恋愛ですか……。たいしたものですね」
どこから話を聞きつけたのか、ジスを持ったヴェールが現れた。
……何故か、いつもはかけていないはずの眼鏡をクイッとしながら、謎の口調で。
「な、何よあんた達……。恋愛とか、そんな下々の者の発想を持ちだして……」
『よぉーし! 協力してやろうじゃあないか! この恋愛、百戦錬磨のジス様と──!』
「ヴェールちゃんに任せておきなさい!」
すごい自信満々の二人……いや、一枚と一人。
さすがに突っ込まずにはいられない。
「ジスは性別すらない無機物だし、ヴェールは恋愛に一歩踏み切れない現状なんじゃない……?」
どうやらそれがクリティカルヒットしたらしく、ヴェールの眼がいつも以上に死んだ魚の目となって、口から魂を吐き出しながら倒れてしまった。
そのまま手に持っていたジスをパリン──……と、なる直前で、一人の人物によって受け止められた。
「面白そうだな。我も混ぜてもらおう!」
非常にややこしい魔女が加わった。
最近、冒険者となったグライアイのエニューオーである。
仲間ということになったのだが、私としてはいまいち信じ切れない。
同じ組織であるグライアイのマンバに毒殺されそうになったし、このエニューオーの冒険者として働く際の条件がそれに拍車をかける。
グライアイ関連には手を貸せないし、もう一人の魔女の情報なども話せないという。
まだ取り逃がしている最中のネックチョッパーに関しても、もう一人の魔女関連であるために協力できないという。
『おいおい、そうエニューオーのことを睨むなよ。どうやらクリュティエの事を気に入っているらしく、悲しそうな瞳になっているぞ?』
「そ、そんなことはない……。我は強い……これしきのことで……くっ!」
……悪い人ではないのだろうか。いやいや、でもグライアイだ。いつまた敵対する事になるか──。
『いつ裏切るのか、敵対するのか、と考えているんだろう? それに関しては、そうなる時に宣言すると、軍神アレスに誓ったから平気だろう。いきなり後ろからは刺されまい』
「ジス、それは本当に信じられるの……?」
「我はグライアイの魔女であると同時に、軍神アレスと共にある者としての制約を受けている。よって、無理なものは最初から誓わない。立場が変わり、刃を交えるときは一言あると約束しよう」
嘘偽りの無い、純粋な瞳で見られている。私の倍近くある身長差で。
不思議と心を許してしまいそうになる。
きっと、ジャングルなどで巨大な野生動物に遭遇した場合に、人間はこんな気持ちになるのだろう。
『まぁ、単純に殺すのなら、とっくに私達は殺されてるさ。コイツが言う、軍神アレスの加護とは、今の私達には対抗できない強力無比なシロモノだ』
確かに言われてみればそうかもしれない。
少し、心が不安定になって猜疑心を表面に出し過ぎてしまった。
私が考えている程度のことは、ジスは最初から思考済みだろう。
『それで、だ。アテナイの中の事や、お互いのことを知るために私達が、クリュティエの胸のつっかえを取る協力してやろう!』
「よく分からないが任せておけ!」
何故か再び自信満々のジスとエニューオー。ちなみに元自信満々だったヴェールはまだ煙を噴きながら倒れている。
「ま、まぁ、思う所は全くないけど、そんなに協力したいのなら、協力させてあげてもいいわよ……」
『よっしゃ! 面白──じゃなくて、がんばるぞい!』
急に不安になってきた。……というか不安しかない。




