第19皿 メドゥーサの民
「さてと……」
全員で貸し切り状態のギルドに戻り、憑依を解いた私はエニューオーと対峙していた。
聞かせるのは少数にしたいということで、冒険者達には出払ってもらった。
この場に居るのはヴェールやクリュティエ達だけだ。
「どこから話せばいいのだろうか。まずは、民達が崇めた女神メデューサのことでも──」
エニューオーは、メドゥーサを口にする時は親しみを込めて、それ以外は怨嗟を込めて語り出した。
「アナトリア半島、先住民族であったペラスゴイ人の女神であったメドゥーサ様。その神話の時代は人々は平和に暮らしていて、メドゥーサ様は海神ポセイドン様と夫婦であり、大変仲むつまじかったという」
「へ~。メドゥーサといえば、人々を虐殺して退治された蛇のバケモノとばかり思っていたわ」
と、軽い口調で言葉を挟むヴェール。
それを睨み付けるエニューオーだが、寂しげな表情に変化して落ち着いた。
「そう、そうだな……。このアテナが支配する世界では、アテナの行動が全て正義なのだ。アテナは、メドゥーサ様を気に入らないという理由だけで、そのイメージ通りであるバケモノに豹変させてしまった」
ん? 何かメドゥーサがやらかして、アテナが怒ったという神話だったような……。
「そしてバケモノとして退治され、イージスの盾に封じ込められてしまったのだ。メドゥーサ信仰をしていたペラスゴイ人も、そこから衰退の一途を辿った。バケモノの民として迫害され、財産を奪われ、家を奪われ、命を奪われ、国を奪われ」
まぁ、同情してやらないこともないが、勝てば官軍、負ければ賊軍というのは神々でも人間でも同じということだろう。
純粋なクリュは、同情からか泣きそうになっているが、私は何故かそういう気分にはなれない。
「反乱を起こさぬようにペラスゴイ人は分断され、散り散りになった民の大半はまともな仕事を融通してもらえず奴隷に成り果てた。──それが現在まで続き、生き残りが我……いや、グライアイの者たち全員だ」
『つまりお前達はペラスゴイ人の末裔なのか?』
「今では恨みを忘れぬよう、メドゥーサの民と呼んでいるがな」
それで、神話でメドゥーサの親類とされる、グライアイの三魔女を名乗っていたのか。
「そして復讐と再起の機会がもたらされた。あの喋る黄金のリンゴによって──」
『喋る黄金のリンゴ……? 変な物が喋るんだな』
「いやいや、ジス。アンタはどの口で言うの」
と、ヴェールのツッコミ。
「喋る黄金のリンゴの予言によって、能力と知識が与えられ、我々メドゥーサの民はグライアイとして結集したのだ」
『女神エニューオーとしての、軍神アレスの剣などを出現させる力もその一つか……。となると、残りの一人──恐怖撒きの魔女の能力はどんなものなんだ?』
「それはすまないが、言う事は出来ない。我達は共通の眼と歯を持つ存在でもあり、また別個の三人でもあるのだ。なるべくお互いの干渉はしたくない」
まぁ、そう上手くはいかないか。
聞き出せるところを聞き出して、有効に使おう。
『それじゃあ、グライアイの目的は何なんだ?』
そう、これが一番聞きたかった事だ。
今までの流れから、グライアイの目的がいまいち分からない。
直接的に犯罪を目的とするのならもっと効率が良い手段もあるだろうし、犯罪ではなく戦争めいた復讐によって国を破壊するだけでも違うやり方が適切だろう。
一言でいうと、回りくどすぎるのだ。
「そうだな、ジス。オマエには告げてもいいだろう。その資格はある。ここにいる者達も特別に繋がりが強そうだしな」
繋がりが強そうとはいうが、一部の奴……主にブリリアントは表情をいつもと変えずに眼を細めてニコニコしているだけなのだが。
その他のメンバーは息をのんでいるというのに。コイツだけ場違いすぎるのでは。
「黄金のリンゴは、メドゥーサの民に告げた。メドゥーサ様の復活は近い。そのために憎きアテナイの民達を苦しめ、絶望に堕としてから、アテナの国を滅ぼせ──と」
そう語るエニューオーの眼には狂気が充ち満ちていた。
* * * * * * * *
それから大体の話を聞いた後、子供を見守るような優しい表情に戻ったエニューオーは一言──。
「それでは、我は明日から冒険者としてやっていくので、このギルドの所属となる」
『は?』
思わず、そんな言葉で返してしまった。




