第18皿 魔女と奏でる剣戟の調べ
「ちょっと、ジス!? グライアイの魔女と二人きりだったって本当なの!? 下手したらアンタ、持ち逃げされてたかもしれないのよ!?」
エニューオーに申し込まれた決闘……というよりは力試しのために、一度ギルドに戻ってきた。
酒場の方は仕込み中として客を閉め出している。
そこでみんなに事情を話したら、ヴェールが心配のあまり詰め寄ってきているという状況だ。
私としては、以前に密会を申し込んできたグライアイの出方から、そういう事を最初からするならいくらでもチャンスはあったと知っている。
だから、今回もその方針が変わっていないのなら、私個人への強硬手段には出ないと分かっているのだ。
これを今更話すというのも面倒なので、適当に誤魔化すしか無い。
『エニューオーはあまりにも真っ直ぐな性格、真っ正面を見据える瞳をしている』
「何? 綺麗な眼だから汚い事はしないみたいな?」
『アイツは脳筋だから搦め手は使わないタイプだ』
嘘は吐いていない、嘘は。
「魔女が脳筋って……魔女らしくないわね」
『グライアイの魔女の一人目は魔力すら見えない、魔術すら使えないという奴だったし、変わり者の魔女達なんじゃないか? ……それはともかく、例の仕掛けは平気か?』
「ええ。こっちは事情も知らずで、とりあえず出されていた合図に従って、二人がどこかに行っている間にアレをやっておいたけど」
相手は単身で乗り込んでくるような脳筋だ。
仕掛けはいくら用意しておいても無駄にならないだろう。
* * * * * * * *
さて、改めて確認だが、エニューオーは単身で乗り込んでくるような自信を持つ、たぶん極めて強者だ。
誰に憑依して戦うのが適切か。
憑依しない……というのは、さすがに私単体では脆弱すぎる。
私だけでは食事強化の恩恵も受けられないし、基本的にはラップと魔術反射だけでどうにかするしかなくなる。
かといって、最強戦力であるエリクに憑依して肉料理で力を上げるというのも、こちらの手の内を見せすぎることになる。
他の候補としては──。
冒険者達。
これは身体が出来てきたとはいえ、私が全力で身体を動かそうとすると筋肉痛どころか、筋肉が断裂するだろう。
色々試して気が付いたが、どうやら私の身体の乗り方は激しすぎるらしい。
フィロタス。
条件的にはバッチリなのだが、今は怪我が完治していないということもある。
たまに忘れるが、ロマンスグレーの結構良い歳なのである。そのために怪我の治りが遅い……といっても、常人の数十倍の頑強さはあるが。
意表を突いてヴェール。
……は、ダメだろう。
憑依には相性というモノでもあるのか、以前やった時には何一つパワーアップ要素がなかった。
特に魔術が強くなるワケでも無かったし、身体能力は全身ナマリを付けられているくらいに重くて不快だった。
というわけで──妥協だが。
「私は、このエリクの身体を使わせてもらって戦うが良いか、エニューオー?」
「ああ、構わないぞ──ジス。そういう力があるとは聞いている」
こちらの限界を見せないよう、食事強化をしていないエリクの胸板に憑依して戦う事にした。
場所は、いつもフィロタスと冒険者が訓練場として使っている、ギルド付近の空き地だ。
元は大型の店舗でもあったらしく、全力で走り回れるくらいには広い。
地面は土剥き出しのため、蹴って心地を確かめるとホコリが舞う。
「使用するエモノは……ここにあるモノをお互い、自由に使うルールでいこう」
「わかった」
私の提案に頷くエニューオー。
隅に置いてあった訓練用の木剣をお互いに取り、中央にて対峙する。
絡み合う視線。
身長的にはエリクも高い方なのだが、それを若干上回るエニューオー。
体躯も戦闘のための太い筋肉の付き方で、まさに戦士。
……木剣に軽鎧だし、どう見ても魔女では無い。
「では、準備が良ければ行くぞ!」
「ああ、グライアイの魔女が一人──血塗れ武器のエニューオー。参る!」
眼前の豪傑が一瞬で体勢を低くし、踏み込んできた。
大柄だが、その動きは燕の如し。
常人なら意表を突かれ、即座に間合いに入られての一撃を入れられているだろう。
だが、こちらとしては最大限の警戒をしていたので──。
「やっぱり、魔女としては見ない方が良さそうだな!」
正確にこちらの正中線を狙ってきた木剣を、払うことによってガードする。
返す刀でエニューオーの低くなっている頭部を狙おうとしたが──、既に一歩引いて体勢を整えられていた。
「ふふん。一応、これでも魔女だ。二撃目はそれを証明しようではないか?」
エニューオーは身体の動きを止め、意識を集中させ始めた。
何か、魔術でも使おうとしているのだろうか。
私には魔力というものが見えないために、何が起ころうとしているのかが先読みしにくい。
攻めるべきか、警戒し続けるべきかという刹那の時間の内に、再度エニューオーが打ち込んできた。
私はそれを同じように撃ち払い──。
「なに!?」
撃ち払えなかった。
相手の木剣が、まるで岩に固定されたかのように微動だにしないで、そのまま逆に私の木剣が弾かれていた。
「我の得意な魔術、それは身体を魔獣のように漲らせること! 分かりやすく言えば、上級身体強化魔術というやつだ!」
強化魔術……ヴェールが初級のを使っているのを見たことがあるが、あれでもかなりの強化量だったはずだ。
それが上級ともなれば、自らの身体を鋼鉄のようにすることも可能なのだろう。
まだ射出するタイプの魔術であれば、反射で利用することもできたというのに。
私に取ってはかなり厄介な相手である。
──と、考えている間にも、エニューオーの木剣が眼前に迫っている。
手に持っている木剣は弾かれている最中で、これを防御に回すというのは間に合わない。
ならば──。
「使わせてもらうぞ──“暗月”!」
空いている片手で腰の鞘から、逆手で異界の刀を引き抜く。
そして、鞘から完全に抜け切れていないのを利用して、エニューオーの木剣を遮り逸らす。
あり得ないことに火花を散らしながら表面を削り、弾けるような反動で両者をエモノごと引き下がらせる。
硬い。ただの木剣のくせに、刀と同じくらいの強度になってやがる。
「なに!? ジスよ、使って良いのは木剣だけじゃないのか!?」
「ここにあるモノを使えと言っただけだ。最初から持ち込んで、ここにあった“暗月”を使うのはそれに当てはまっているだろう?」
「た、確かに……」
そう、条件の提示は最初に行っていたのだ。
ようするに、この空き地にあるもの──あったものなら何でも使って良い。
仕掛けてあったモノ、でもだ。
「ラップ射出!」
エリクの胸板に張り付いている私から、ラップの拘束糸が射出される。
「飛び道具!? ……しかし!」
エニューオーは一瞬、意表を突かれた表情をしたが、それを木剣で撃ち払う。
「かかったな」
正直、まともに真っ正面からやり合っていては勝てる気がしない。
先の二撃だけで分かってしまう、相手の飛び抜けた地力と、魔術による馬鹿げた強化能力。
こちらも食事強化と“暗月”の全力を使えば何とかなるかも知れないが、食事強化の弱点としては、魔術のように後からポンポン使えるわけでも無く、事前に調理して食べておかねばならない。
そして、食事強化をしていない状態で“暗月”の全力というのもエリクに負担がデカそうだ。
無い無い尽くしなので、今はできることで何とかするしかない。
というか──先に仕掛けて置いた分身皿だけで、だ。
「な!? 地面からだと!?」
もしもの為に、ヴェールと合図を決めおいたのだ。この空き地に敵を誘い込んだときのために、先に出しておいた私の分身皿を埋めておく作戦を。
もっとも、こんな決闘で使うことは想定していなかったが。
ちなみに、ギルドで使っている皿のほとんどが私の分身皿だ。
普段はオフ状態にしておいて、能力はカットしている普通の皿状態だが、オン状態にすれば食事強化やラップなどの一部は分身皿でも、ある程度使える。
「卑怯なり……! 卑怯なり……! それはまるで私怨によって我らが女神をバケモノに変え、手下を使って寝込みを襲った邪神の如く──!」
地中からいくつも生えるように出現したラップの拘束糸により、がんじがらめにされているエニューオー。
その姿、表情はまるで魔女狩りのように四肢を広げられ、怒りを露わにしていた。
「ちょ、ちょっと待て。さっきも言ったが、どこも卑怯じゃ──」
「我が懇請によって、彼方から転移せよ……。朱に染まる勝利の剣!!」
卑怯じゃ無い、ルール通りだ。と主張しようとするも、それは遮られた。
突如、眼前を覆い尽くさんとばかりに出現した朱色……。
──炎によって。
普通、炎を構成する要素は単純化してしまえば──熱だ。
それが風を伝わり赤纏う熱風となり、発火中心点のエニューオーから広がり、拘束していたラップを炭化させ、地面に埋まっていた皿をも粉々に砕いた後に炭化させた。
常識的な炎として見たら、どういう事か理解できない──が、あるモノを感じ取ることができた。
魔術のための魔力では無い、魔法のための神力。
何故か私は魔力では無く、その一段階上とされるエーテルだけは感じる事ができるようだ……と、冷静に考えている場合では無い。
あの炎は異常だ。
よく観察すると、エニューオーの右手に鋼鉄の剣が出現していて、蛇のように炎を噴出させながら広がっているため、魔女の魔法として見るのが正しいのだろうか。
そしてそれは、通常の炎では焦げ跡が付くくらいの皿を、粉々に砕き、炭化させる力を持っている。
皿としての耐久度は私も一緒くらいなので、あの炎に直接当たると不味い。
いや、それ以前に人間であるエリクが触れたらもっと不味いだろう。
この手に持つ“暗月”ですら耐えられるか怪しいものだ。
「もうこれは個人の決闘では無い……! 闘争、そう、闘争で有り戦争で有り、そこに私としての我はいない! 勝利とは敵対勢力を誰彼構わず皆殺しに──」
何かのスイッチが入ったように我を忘れ、性格が完全に変わってやがる。
このまま野放しにすれば、間違いなく血塗れ武器のエニューオーと呼ぶに相応しい狂気の存在となるだろう。
そうしたらギルドはおろか、アテナイの中心から虐殺が始まってしまう。
エニューオーは既に人ならざる眼になっていて、決して大言ではないというのが理解できる。
これを力尽くでどうにかする自信は無い……。
だが、エニューオーと一緒だった数時間で得た経験を使えば、あるいは。
「おい、エニューオー。ルール違反でオマエの負けだ。マ・ケ」
「……何だと? 勝利の剣を持つ我が負けるだと?」
よし、単純な脳筋らしく、単純な勝ち負けには食いついてくれた。
きっと深層心理にもそこは深く刻み込まれているのだろう。
「私は先に仕掛けて置いた、自らの身体の一部を使っただけだ。つまりここにあるモノを使用した。それに比べてオマエはどうだ。持っていなかったはずの剣をどこかから取り寄せて、そこから炎を噴き出させてるじゃあないか?」
「う……」
「卑怯な奴だな。小さな子も、この決闘を見届けているというのに。正規の勝負をしている相手をルール違反と罵り、自らがルール違反をしている。ああ、姑息で卑怯で矮小な行動だ。──軍神アレスに顔向けできるか?」
エニューオーという名前は確か、グライアイの一人の名前でもあり、軍神アレスの身近な者と同一視される女神エニューオーでもある。
松明と、軍神が持つとされる勝利の剣を持つ事から、二つの特性を兼ね備えていると推理したのだ。
……もっとも、一番分かりやすかったのは、最初に軍神アレスの聖獣が描かれたフォークを大事そうに召喚して使っていたことだが。
「うぐぐ……」
エニューオーは悔しげに膝から崩れ落ち、その炎も収まった。
「我の……負けだ……。軍神アレスの名を出されては、そう認めるしか無い……」
「これでお前の要求は大体叶えてやったぞ。満足か? そろそろグライアイのことも話してもらおうか」
「ああ、オマエ──ジスが話すに値する存在だと心から理解した。だが、いつかまた……。そうだな。今度は全力で真っ正面から打ち合いたいものだ。互いに隠している奥の手も込みでな」
まっぴら御免である。
あの炎、たぶん魔術反射する暇も無く、耐久値が低い私の方が砕けてしまう類のものだろう。二度と戦いたくは無い。
──と、安堵しながら私の身体に傷が付いていないか、視点を動かして確認したところ。
【耐熱皿モード、条件解放。1000000XARAで変身可能】
そう皿のフチに表示されていた。




