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第3皿 クズの意地、捨て身の魔術反射

「お、おい……幼女がそんな大きいので盗賊を攻めてくるなんて……。じょ、冗談じゃ──」


「えーいっ!!」


 遠心力をともなった丸太は、簡単な城門なら砕くレベルだろう。

 その物理法則を無視したクリュの攻撃によって、無残に吹き飛んで、関節を変な方向に曲げながら痙攣する盗賊。

 私はそれを呆然と眺めた後、ラップで拘束する。


「今ので8,9,10~えーっと……いっぱいですね!」


 クリュは両手で数えられなくなったので考えを放棄したらしい。

 たぶん倒した盗賊の数は13人目くらいのはずだ。


『……私も負けてられないな。遠距離の相手は任せろ』


 孤立していて、背後を向いている盗賊は狙い目だ。

 ラップで頭部を全体的に包み、声を出せなくさせて、その後で手足を縛る。

 完全拘束した後に、クリュが空気穴だけ開けてあげる優しさ。


 ところで、このラップという戦闘用の透明な膜。

 出したままだとヒラヒラ、フワフワの不思議なものだ。

 これを上手く魔力でコントロールすれば遠くに飛ばしたりも出来る。


 例えば、隅の方に魔力で(だま)を作って重量比や移動先をコントロールして発射する。

 慣れてくると発射中に広げたり、ねじって糸にして、編み込んだりも出来るようになった。

 弱点としては意外と魔力消費が大きい事だろうか。近場のはクリュに倒してもらえるので何とかなっているが。


「い、いたぞ! あの娘だ!」


 さらに10人ほど暗殺……もとい暗ラップ&暗丸太したところで、ネタがバレてしまい、何人かで徒党を組まれての正面対峙。

 相手も残り少ない感じだが、こちらも魔力が少なくなってきたように感じる。

 それに、拘束している仲間を発見された場合は形勢逆転へと繋がってしまうだろう。


 私に身体があったら、拘束せずに間違いなく殺していたところだ。

 まぁ、生かしておいて犯罪者として突き出すか、奴隷商に売って金を稼ぐかの選択肢が増えたと思っておこう。

 アジトを聞き出して、溜めているお宝を奪うというのも良いな。


「あの……ジスさん」

『どうした、クリュ』

「急に力が抜けてしまって……」


 クリュは持っていた丸太をゴトンと落とした。

 私は無言になった。

 不思議なパワーが無くなったクリュに、魔力が少なくなってきた私、眼前には大量の盗賊達。


 え、マジでどうするのこれ。


「い、いっぱいいますよ……にらまれてますよ……」


『大丈夫だ、任せておけ』


 本当は内心ガクブルである。

 この能力、汎用性はあるが、種明かし後に真正面から警戒されたままだと、間違いなく刃で切り裂かれる。

 それに複数人の場合は、同時拘束じゃないとお互いがお互いのラップを解いてしまうだろう。


 控えめに言っても絶体絶命。

 身体があったら漏らしている。

 ああ、皿で良かった。


「奇妙な技を使うようだがぁ!」


 試しに私が飛ばしたラップを、盗賊は笑いながら切り裂く。


「もう俺達には通用しないぜぇ? どうやら勝利の女神はこちらに──」


『勝利の女神、だって……?』


 私は漏らしそうになりながらも考えを巡らせ続けていたのだ。

 そして、精一杯の虚勢で啖呵を切る。


『勝利の女神──ニケはその一対の白い翼で舞い降りる。けど、さすがに(ツラ)くらいは見てからだろうよ。お前達は、アダマスの大鎌でチ○コ切り落とされた天空神より酷い顔してるからな』


「な、なんだと!? 見た目と違ってクズい発言してくれるじゃねーか小娘!」


「えぇっ!? わたくしですか!?」


 ラップが斬られてしまうのなら、斬られる前提で組み上げればいいのだ。

 戦いとは知恵も必要……!


 私はラップを極細の糸にする。

 そして、それを複雑に──ヘビ(・・)のように動かして編み上げる。

 女の子なら誰しも一度はやったことがあるだろう?


 あやとりだ。


 生身の指と違い、魔力なので際限なく出せる──。

 ひたすら編み上げ、編み上げ、編み上げる。


「な、なんだありゃ……空中に高密度の網のようなモノが広がって……」


 異様な光景を目にして、天敵に睨まれて石のようになっている盗賊達に向かって、リズミカルに台詞を向ける。


『さぁさ──お立ち会い。一本は紙縒(こよ)りて糸へ、更に紙縒りて縄へ、編み上げ編み上げ布へ。見る間、見る間に巨大な天蓋(てんがい)白海(びゃっかい)玉蓋(たまがい)!』


 半透明のドーム。

 それが盗賊達を囲う。

 刃物で切りつけて抵抗するも、一部が切れただけでは千切れない。


 幾重にも伏線のように張り巡らされた配線図が如き剛力ラップ。

 それを勢いよく、思いきり──


『包み込むは──安眠誘う永久(とこしえ)へ!』


 圧縮。

 一瞬にして縮み、盗賊達をふんわり(・・・・)と抱き締める。

 うーん、我ながら華麗だ。


 ──ラップを通して骨のバキボキ砕けるような音がしているが、唖然としてるクリュちゃんからはたぶん理解できないので平気だろう。

 中の悲鳴が聞こえないのは一瞬にしてアレして、アレな状態になったのだから、きっと幸せだろう。


 例えるのなら、大蛇に飲み込まれた──という感じだろうか。


「じ、ジスさんすごい……」


『はは、楽勝、楽、しょ──』


 意識が飛びそうになる。

 魔力が一気に無くなった。

 非常に不味い。


 思考すらまともに出来るか怪しい状態だ。

 これ、魔力や意識が無くなったら魂まで消えるとか無いよな……。

 こんな燃費の悪い技……二度と使うまいと決心した。




「ほぉ、俺の部下を全員やっちまったか」


「だ、誰ですか!」


「ん、ああ。この部下達の頭だ。まぁ、俺にとっちゃコイツら使い捨てのゴミだ」


 新たに現れた男。

 かぶっていたフードを取り去ると、そこには頬に彫られた牙のマーク。

 表情は何も無い──達観。

 怒りや悲しみも──何も。

 自分の部下をこんなにされてもだ。


 明らかにただの盗賊では無い。

 精神的な訓練を積んでいる可能性がある。

 この世界で常に意識を集中しなければいけない存在──職種となると、大体は決まったものだ。


「なんせ、俺は魔術師(・・・)だからな」


 まずいと思い、空っぽに近い魔力を使ってラップを顔面に向かって発射。

 文字や道具に頼る珍しい魔術でなければ、詠唱前に口さえ封じれば──。


「切り裂け、ウィンドカッター」


 その盗賊の頭に届く前に、ラップは切り裂かれた。


「俺は“魔女”から授けられた珍しいスキルを持っていてな。詠唱が特別にはえーんだわ」


 ……もうラップを一枚出せるか出せないか程度の魔力しか残っていない。

 完全に詰みだ。

 このまま黙っていれば、ただの皿として見逃してもらえるだろうか。


「ほら、こんな風に一瞬だ」


 再び短詠唱。

 こちら目掛けて、一瞬で風の刃が飛んでくる。

 あれに当たれば、きっと割れてしま──。


「うぅっ!」


 皿──この私を抱き締めるようにかばうクリュ。

 腕は深く切り裂かれ、血が出ている。


 こんなにも小さいのに、諦めて、どうやって自分だけ助かろうかと考えた私を守ろうとしている。

 自らの幼き肉体を盾にして。


「どうした小娘──と、その魔道具である喋る奇妙な皿」


 どうやらバレていたらしい。

 どこからか見ていたのだろうか。

 滑稽だ。皿のフリをしていれば、どうにか一人だけ逃げられるかも知れないと考えていた──私は酷く滑稽だ。


 それならもう、クズはクズなりにやるしかないだろう。

 最後のスキル──“魔術反射1”を。

 本当は使いたくなかったが……。


「その皿を渡して従えば、命は助けてやるぞ?」


「嫌です! 死んでもお皿さんは渡しません! 命の恩人なんです!」


 クズな私には、本当は使えないスキル。


「ジスさんは──友達なんです!」


 既に脳内に出ていた使い方は、魔術を反射するという、全ての魔術師を廃業に追い込める破格の性能。

 だが、それはまだ1という事もあって、非常に許容量が低い。

 具体的には──。


「そうか、なら死ね! このレアな短詠唱を使える、俺だけの特級魔術を喰らってな!」


 このクラスの魔術を跳ね返すと──。


「切り裂け……切り裂け切り裂け切り裂け切り裂け! マルチウィンドカッター!」


 吹き荒れる乱気流。

 いくつもの風の刃が巻き起こり、こちらに向かってくる。


『クリュ。私を信じて──前へ!』


「はい、信じてます!」


 光り輝く私の身体──1枚の白い──ジスの皿。

 白銀に染まり、全ての理を映し出す鏡のようになる。


『まだ何物でも無い、我が明鏡の身体よ! 呼びかけに応じるのなら、全霊を以て今ここに──』


「なんだと!?」


『──友を守れ! “魔術反射1(イージス)”!』


 相手の魔力。


 ──解析。

 ──分解。

 ──再構成。


 皿の周りに透明な球体がいくつも出現して、そこから疑似再現(ミラー)マルチウィンドカッターを撃ち放つ。


「ぅグぎィイイッ!?」


 挽きつぶしたカエルのような悲鳴が響く。

 盗賊の頭は、自らの特級魔術によって切り裂かれた。


 そして──私は──。


『な、信じて良かっただろ』


 砕け散った。


 本来はもっと弱い魔術相手のものなのだ。

 無理をすれば、耐久力の無い私の身体は……。


「はい、村のみんなが……助かりました。わたくしと……最後、まで……一緒にありがとう……、ござい……ます……」


 クリュも倒れた。

 腹部から大量の出血。


『おい、マジかよ……冗談だろ……』


 防ぎ切れてなかったのだ。

 身体があれば、手があれば。

 その手を握って勇気づける事も出来ただろう。


 だけど、今は意識すら消えゆくバラバラの皿の破片だ。

残っている極小の魔力が無くなったら、たぶん、もう──。


『ちくしょう、何とかなりやがれ……』


 最後の魔力をラップに変換して、クリュの傷口を塞ごうとした。


 消えゆく意識。


 ──どうなったかを見届けるまで、どうやら魂は持たなかったようだ。



* * * * * * * *



 まだ火事の収まらない村。

 粉々のジスと、倒れているクリュの前に一人の少女が現れた。

 紫色のゆったりしたローブと、いかにもな魔女のとんがり帽子。


「うわぁ、派手にバラバラ。伝説の金属って噂だったのに。向こうも出血が酷いわね……。まっ、この伝説の魔術師──の弟子のヴェールちゃんにかかれば!」


 過去、現在、未来の全てを達観したかのような、薄っぺらいクズな笑顔を見せた。




 後にメイド服姿のクリュと合流することになるが、それはしばらくしてからの話である。




* * * * * * * *




【少女の涙】

 経験値:極小。

 自らの願いや、誰が為に流した清らかなる涙。

 英雄譚では奇跡を呼ぶとされている。

 もちろん料理では無い。


 食事効果:一時のステータスアップと、代償による反動。

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