第13皿 フラグを立てすぎる奴は……
「うぅぅぅ……ポリュペーモス。俺達の中でもいまいちドジでのろまで、喋りもキモくて熱っ苦しかったけど、最後にクリュちゃんを助けて逝くなんて立派すぎるだろ……」
あの後、急いで病院に直行して、ギルド所属の冒険者9人もそこに集まってきていた。
石壁で作られた待合室に、大人数で押しかけているために少し狭い。
『あのデブ……良い奴だったのにな……残念だ』
私は未憑依状態の皿として、その中心にある四角いテーブルの上に乗っている。
「……本当に。──って、エリクさんの胸についてた皿が本体だったんすね」
冒険者の一人から、このタイミングでそんな言葉を投げかけられた。
そういえば、最初は箔を付けるためにエリクに憑依して話していて、そのまま説明せずに今の今までだった。
『ちょっと元の身体を煮込まれて、魂を皿のコーティング材にされただけだから気にするな』
「な、なんかすごい経緯だ……。でも、今思えばエリクさんは礼儀正しい時と、ワイルドな時があった」
『たぶんワイルドバージョンが私──ジスだ』
「ワイルドな時はギャップが格好良くて惚れちゃいそうになってましたよ!」
惚れられるというのは悪くないのだが、今の冒険者には男しかいない。
つまり……。
『同性愛か。私は懐が広いから、ギルド内の恋愛については特に何も言わないぞ、うん』
「いやいや、男が男に惚れるってあるじゃないですか! しかも本体は皿だったわけですし……」
『なるほど。だがそういう話なら、私は元が女だった可能性もあるのだ。記憶が欠落していてな』
「ワイルドエリクさん──もとい、ジスさんがその性格で女だったら、どんな勇ましいアマゾネスなんですか!」
冒険者達は一斉に笑い出した。
悪気はない……のだろう。うん、悪気はないのだから、今後の訓練を一層厳しくするくらいにしておいてやろう。
以前の私だったら、全員ラップで窒息させているところだ。この皿ボディ生活に慣れてきて大人になったということだろうか。
「はぁ~あ……。ポリュペーモスも生きていれば、もっとキモい感じで話題を広げてくれただろうな……」
「ああ、でもネックチョッパーにやられた傷が深すぎて、魂の繋がりとやらが極端に弱まり、病院イチの名医に頼むしか無くて……莫大な治療費がかかる。……さすがに俺達じゃ無理だ」
その治療費は、今後のために貯めていた資金全てを使っても足りないくらいだった。
冒険者達は何とか治療費を捻出しようとしたが、この前までゴロツキだったような人間が、即座に手に入れるのは不可能である。
「俺達……これからも冒険者としてやっていけるのかな……」
その誰かの言葉で、場の空気は重くなり静まりかえってしまった。
まぁ、普通のメンタルならこんなものだ。
クリュやヴェールなどの、逆境に異常に強い人物が私の周りにたまたま居ただけで、それを今後現れる全員に期待はできない。
私は皿ながら溜め息を吐くと、そのタイミングで待合室にクリュとヴェールが入ってきた。
「──ポリュペーモスさんの手術は成功しました!」
嬉しそうなクリュの第一声。
冒険者達は耳を疑い、お互いに顔を見合わせた。
「い、今なんて……?」
「ポリュペーモスさんは無事ってことです! 安静にしてれば命に別状はないって!」
「で、でも治療費が……」
冒険者のその言葉に、ヴェールがこちらに視線を向けてきた。
私は目をそらしたのだが、外見的な変化がないので伝わらないのがもどかしい。
「ジス、あんた恥ずかしがって言ってなかったの……?」
『いや、そういうわけじゃないが……。ついノリでお通夜ムードっぽく話を合わせていた』
「ど、どういうことですかジスさん!?」
冒険者達から説明してくれという催促。
説明しなければいけないのだろうか……。
自覚していなかったが、確かに柄では無いので、そういう意味では恥ずかしくなってきてしまう。
『治療費を払っただけだ』
「で、でもどうやってあんな莫大な金を!?」
『そ、それはだな……』
思わず口ごもってしまうが、それを見かねてヴェールが口を挟んできた。
「このバカ、貯めていた資金はおろか、冒険者ギルド自体も担保に入れて借金をしたのよ。普段の行動から考えると信じられないわ」
「ほ、本当ですか!? 俺達みたいな、ちゃちな冒険者の一人に対してどうしてそこまで……?」
テーブルの上の私に詰め寄ってくる冒険者達、暑苦しい。
『……自業自得でこうなったのなら捨て置いたが、仲間のため──クリュのために身体を張ったんだ。金程度で済むのなら安いもんだろう?』
「じ、ジスさん……」
冒険者達は何かに感動してしまったのか、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしていた。
正直、汚いので近寄らないで欲しい。
「やっぱり、お皿さんはとても優しい、わたくしの一番の友達です」
笑顔のクリュにそう言われると、尚更恥ずかしくなってくる。
『お、お前らは誰かのために身を張らず、自業自得で死ねよ! 無駄に金がかかるからな!』
* * * * * * * *
それからというもの──。
「30キロ走り込んできました!」
「よし、次は腕立て伏せ千回!!」
「はい!!」
冒険者達は異常にやる気を出し始めた。
さすがにギルド内でやられても迷惑なレベルになってきたので、付近の住人が提供してくれた空き地を使って訓練をしている。
きっと、ポリュペーモスが一命を取り留めたのは、訓練によって出来かけていた筋肉の壁が刃を止めていた、という事実があるから訓練に精を出し始めたのだろう。
あと1ミリ深ければ、蘇生すらできない状態だったそうだ。
私はそんな事を考えつつ、エリクと一緒に、滝のような汗を流す冒険者達の訓練風景を眺めている。
「いやぁ、彼らは頑張ってますねぇ」
寸胴鍋からスタミナ増強スープを私に注ぎつつ、エリクはのんきそうに昼食の支度をこなしている。
既に同じような動作で、空き地に設置されたテーブルの上には人数分のスープとパンが並べられている。
『訓練すれば死なないって分かったからだな。人間、必死になれば──』
「僕はそうじゃないと思いますけどね。あれはたぶん、ジス君を慕っての行動では?」
『そんなわけあるか。私からしたら、アイツらはただの手駒だ。金がかかるから勝手に死ねとも言ってやったしな』
「そういうことにしておきましょう」
エリクは少年のような笑みを見せて、人数分の用意を終えた。
そして冒険者を呼び寄せて、全員にスープを飲ませる。
その後に、スープのスタミナ増強効果が切れるまでぶっ通しで地獄の訓練を再開させる。
最近、これを毎日繰り返している。
効果の程は──。
「あれぇ、スプーンを握っただけでグニャグニャに曲がっちまった」
『さ、皿は割るなよ……』




