第12皿 間一髪の裏側
私──ジスは、一見格好良く登場してクリュを助けたのだが、まぁ話は少し戻る。
カリュドーンの猪を狩ってそれなりの収穫と手応えを感じて、エリクとヴェールの二人と一緒にアテナイに帰ろうとしたのだが……。
「エリクさん、お疲れになったでしょう! 帰りは、あたしが移動魔術を使いますね! アテナイまでひとっ飛びです!」
……と、ヴェールが自信満々に言い放って、私とエリクがそれを聞き入れてしまったのが死のフライトの始まりだった。
なぜ、あそこで気が付かなかったのだろう。
ヴェールは様々な魔術を使える万能タイプだが……同時に、初級までしか使えない器用貧乏タイプともいえる。
つまり、この移動魔術とやらも初級で……。
「あの、ヴェールさん……何かフラフラしていませんか?」
「だ、大丈夫です!」
風の結界玉に包まれて空を飛ぶ初級魔術。
わたしはエリクの胸板に張り付いているのだが、空に跳び上がってからの上下左右の揺れが酷い。
スピードもかなり遅いくせに、無駄に高度だけはある。
「大丈夫です──……きっと!」
目をそらしながら根拠の無い言葉を繰り返すヴェール。自分に言い聞かせるようで一層の不安を煽る。
『本当は落下死させる魔術なんじゃねーのかこれ……』
肝の据わっているエリクも、さすがに心臓の鼓動が早くなっている。
ヴェールは吊り橋降下でも狙ってるのだろうか。
「あ、あたしはできる~……できる魔女っ娘ぉ~……」
……必死すぎるヴェールは、そこまで頭が回っていないかもしれない。
わたし達二人と一皿は、ゆっくりとした空の旅を味わわされる事となった。ちょっと死の危険と、酔いを誘発しそうな揺れはひどいが。
──そして数時間かけて、やっとアテナイ上空に辿り着いたのだが、そこでヴェールの様子がおかしくなった。
「……ごめん、先に謝っておく。でも、たぶんあたしのせいじゃないからね?」
『おい、バカ止めろ! 先の展開が分かりやすすぎる!?』
「いや、本当にあたしのせいじゃないからね……。何かに引っ張られて、制御がきかなくて……」
わたし達を包んでいた風の結界は、さらに揺れが激しくなり、嬉しくない速度アップで斜め下方向に突き進んでいく。
アテナイの大通りの方角だ。
『な、何かに引っ張られてって何だよ』
「にゃあにゃあと感じられるから、たぶん猫か何か?」
『おいおい、いくら初級魔術でも猫に制御を奪われるのか……。というか、何か猫に恨みでも買うようなことをしたのか?』
「野良猫用に撒かれた餌を拾って食べたことが……。あ、でも地面に撒かれて3秒だったからセーフかな?」
『それはアウト! 現状を見てもアウトだ!』
急速に重力がかかり、墜落が近いことを告げている。
徐々に迫ってくる地面、この砲弾のようになった風の結界玉は、何かの建物と激突コースだ。
「ジス君。あの建物からクリュ君の乱れた魔力を感じられます。ポリュペーモス君も横にいますが大けがをしていて、もう一人が殺意を剥き出しに──」
『……エリク、身体を借りるぞ』
* * * * * * * *
「友であるクリュのピンチだ。駆け付けないはずはないだろう?」
「……お皿さん!」
言ったもん勝ちである。
私が憑依したエリクは、この防具屋らしき建物に落下しつつ、邪魔だった屋根と一緒に正体不明の相手の腕と首を切り落とした。
ヴェールは……着地に失敗してどこかにはじき飛ばされていった。
良い角度で弾んでいったため、どこかのご家庭の窓にでも突っ込んで行っているかもしれない。気が向いたら引き取りに行こう。
「クリュは……怪我は無さそうだな。そっちの名前忘れたデブは重傷か」
横たわり、血にまみれた鉄の鎧を着込んでいるが、兜の部分から顔が見えていたために判別が付いた。
「はい、急いで治療しないと……。あ、それとサンダーさんが、行方不明だった娘さんを探しに奥へ──」
「……な、なんか戻ってきたらすごいことになってるな」
丁度、クリュと話しているタイミングで、サンダーがカウンターの奥から現れた。
赤い服を着た少女を抱えながら。
依頼主が話していた特徴からして、彼女が行方不明の娘の可能性が高い。
「お手柄ですサンダーさん! ……でもあのあと、両脚を砕いたネックチョッパーがとつぜん普通に動き出して、わたくしをかばったポリュペーモスさんが……」
「ポリュペーモス……死んでも守るって約束を忘れなかったのか」
そのやり取りで大体の状況は掴めた。
だが、気になる部分がある。
「両脚を砕いたのに、普通に動き出した……?」
もしやと思い、天井の建材で荒れ果てた室内を見回す。
舞い上がった砂埃も収まってきたのだが……ネックチョッパーと思われる者の死体が無かった。
残っていたのは血溜まりのみで、落ちていたはずの腕も首も消えていた。
「こりゃあ、もしかすると厄介な相手かもしれないな……。




