第10皿 情報化社会の波には勝てなかったニャ……
「すみません! 行方不明になった人を探しているのですが、わたくしより少し年上で、数日前は赤い服を着ていて──」
わたくし達三人は、武器屋や防具屋などが並ぶ大通りで聞き込みをしていた。
「うーん、ごめんなさい。見たことが無いわね……。それにしても行方不明者がここらへんでも出たの? 例のネックチョッパーだったら怖いわね~」
「何か思い出したり、別件でもご依頼がありましたら冒険者ギルドまでお越しください! では、丁寧に答えて頂き、ありがとうございました!」
収穫は残念ながらゼロ……なのだが、何か違和感がある。
全員、これと同じような返答なのだ。
さすがに一言一句同じではないのだが、内容で気になる点が同じ。
この近辺で、数日前に行方不明者が出たというのを知らなかったのだ。
「ふひぃ~……。なぜか拙者が聞き込みをすると半数が逃げますな……ふひぃ、ふひぃ」
「拙者っていうやつ、初めて見たぞ……。というかポリュペーモス、お前が不審者すぎるからだろう?」
お互いに見える範囲で聞き込みをしていて、しばらく経ったのでいったん集合。
サンダーさんと、ポリュペーモスさんがこちらに歩きつつ仲良くやっていた。
「にゃんですとサンダー殿!? ま、まぁ数人から聞き出せた感じですと、ここらで情報は無いですなぁ。ああ、疲れた死ぬ……砂糖水が飲みたい……ふひぅ」
「俺も情報無し。なぁ、クリュ。別のところに行こうぜ?」
サンダーさんの提案は正しい、正しいのだが……やはり引っかかるところがある。あり得ない仮定だが、もしかすると、この大通りは一回も調査されていない気がするのだ。
都市国家アテナイが、力を入れて対処しているはずの“犯罪組織グライアイ”で、疑われているのは、その一番目立つ殺人鬼ネックチョッパー──。
人々の不安も日増しに高まっていて、それを国の兵士が放置していないはずはないのだ。
でも、この付近の人々は最近、この件で聞き込みをされたことが無いというようなリアクションだった。
あまり頭の良くないわたくしでも二つの仮定が浮かぶ。
ネックチョッパーの件は実際に起こっていない依頼者の偽証か、あるいは都市国家アテナイ自体が──。
「あ、そこの人にも聞いてみましょうか!」
大体は大通りでの聞き込みをし終わったと思っていたが、まだこの辺りに詳しそうな人が残っていた。
「お、おい~……何かゴミを漁ってるぜ……?」
路地裏に置かれたゴミ箱に上半身を突っ込んで、ごそごそとやっている人物。
普段からこういう行動を取っているのなら、たぶん誰よりもこの辺りを観察している可能性もある。
「あの、そこの御方、ちょっといいでしょうか……?」
「にゃ? にゃにゃにゃ?」
わたくしの問い掛けに気が付いた人物は、奇妙な返事をした。
それはまるで猫のような少女の声……。
ついでに、気が付いたら足元にも猫が沢山たむろしていた。
「ニャーに? ニャーにニャニか用かニャ?」
ゲシュタルト崩壊しそうな『ニャ』と共に、ゴミ箱から顔を見せた少女の頭には珍しいモノが付いていた。
「ね、猫耳少女にござるか!?」
「偽物じゃねーの……?」
そう、猫のように可愛らしい耳が付いていたのだ。
背格好はわたくしより年上で、ヴェールさんと同じくらいだから15~18歳くらいだろうか? 日焼けした健康的な肌で、スタイルはかなり良い。羨ましい。
ペプロスという、とても古いタイプの白い服を着ている。この一枚の布を上手に身体に巻き付けて、フィビュールというピンで留めた簡素な物。きょうび、神話の神様くらいしか好んで着ているのを見たことが無いという話だ。
「失礼にゃ! ニャーの耳は本物だにゃ! 超侮辱されたにゃ!」
黒髪をまとめたポニーテールを振り回しながら、駄々をこねるように抗議してきた。
「お、おぉ……一緒に大きなおっぱいが揺れているぜ!? D……E……!?」
……今のはポリュペーモスさんの発言ではなく、サンダーさんだ。聞かなかったことにしようと思ったが、ついつい冷ややかな目で見てしまう。
男の人って、この女の人みたいな大きな胸が好きなのだろうか。
「拙者、猫耳は好みなのですが、貧乳派なので遠慮するでござる」
ポリュペーモスさんは賢者のように冷静だ。
何か少しだけ好感を持てた。
……いや、そうじゃなかった。聞き込みの最中だった。
「あの、ニャーさん? 少し聞きたいことがあるのですが……」
「ニャーの名前はニャーじゃないニャ!」
「ご、ごめんなさい。ついニャがいっぱいすぎて混乱してしまって」
「ニャーは……そうだにゃ。ミステリアスな存在にゃので、仮になぞなぞライオンとでも名乗っておこうかにゃ。うん、絶対にバレないにゃ」
何のことかは分からないが、一応は会話が通じる相手みたいだ。
このまま情報を──。
「ニャーに何か頼み事をするのにゃら、なぞなぞを解いてからニャーの屍を越えていくにゃ! 解けなかったら食べ物を要求するニャ! 解かれたらニャーは死ぬニャ! スーサイド! ダイ!」
「えぇ……死ななくてもいいですよぉ……」
どうやら、まともな会話は困難らしい。
わたくしは、ポーチにクッキーが入っているのを思い出して、それで何とかなりそうかなと思案した。
だ、大丈夫かな……大丈夫だろう。なんといっても、エリクさんがオヤツにどうぞと持たせてくれていたものだ。一枚、隠れて先に食べたけど、普通においしかったし、このなぞなぞライオンさんのお口にも合うはずだ。
「よし、それじゃあ! なぞなぞいくにゃ!」
何となく、これまでの流れからどんな問題が出されるのかは想像付くが、さすがにそれは避けて別の高難度の問題でくるだろう。
既にクッキーを取り出す準備をしておく。
「朝は4本脚で人間! 昼は……あ、最初からやり直し。ちょっと待つにゃ」
「はい」
……言われたとおりに待つ事にした。
「気を取り直して……。朝は四本脚、昼は二本脚、夜は三本足。これは何かニャ?」
「わ、わー。何だろう。俺わからないや。ムズカ、シイナー……」
サンダーさんは哀れみに満ちた表情で棒読み。
慈悲……なのだろうか。
「拙者、この状況的にスピンクスを思い出すでござるよ。もしかしてお主はコスプレでありますか? ふひ、その趣味なら分かる、分かりますぞ!」
「そ、そんにゃ格好良いテュポーンとエキドナの娘なんて知らないニャ! 知らないのニャ!」
何か必死に否定してるけど、なりきることに本格派ということなのだろうか。
それだったら、キチンと答えてあげないといけない気がしてきた。
わたくしは意を決して、大きく息を吸い込み、その解を告げた。
「答えは人間です!」
「……正解だニャ。ちょっと海に身投げしてくるニャ……。お前はオイディプス並に知能指数が高いニャ……」
ふらりと立ち去ろうとするスピンクスっぽいさんを、手をガッシリと掴んで引き留める。
「あ、あの! 待ってください! わたくしの質問に答えてくれるだけでいいんです!」
「にゃはは……知ってるニャ……。人間の悪意の選択、身投げは右脚からが良いか、左脚からが良いか、みたいにゃことを、その無邪気な幼女ボディで言い放つのニャ……ニャーは人生、いや猫生の敗者にゃ……」
何か過去に色々と苦労があったらしいが、とりえあずスルーしておく。
「えと、知りたいのは最近、この辺りで赤い服を着た女の子で──」
今までと同じように、時期や特徴を説明する。
そしてまた、今までの聞き込みと同じように空振りすると思っていたが──。
「にゃ~んだ。たぶん、そこの防具屋に連れて行かれたと思うにゃ。いっつもいっつも、在庫補充の荷と一緒に若い女が入った袋を運び込んでいたにゃ」
「ほ、本当ですか!?」
「そりゃもうニオイでばっちり。ニャーも昔は一流のプロ人さらいでニャ……蛇の道は蛇、人さらいの道はスピンクスにゃ。ただ、防具屋から出て行くのは死体だけにゃから、もう死んじゃってるかもニャ~」
もうスピンクスとか言っちゃってる気がする。本当になりきっているのだろう。
「ありがとうございます! 急がないと!」
「いいってことにゃ。さて、にゃーと猫達はお腹が減って死にそうにゃので、生かしてもらった命でゴミあさりを再開するにゃ……。最近はアテナイの飯もしょぼくなってるニャ……性悪女神アテナのけちんぼ……」
そういえば、クッキーのことを忘れていた。
このスピンクスっぽいさんは、自分だけでなく、ねこちゃんのためにも食べ物を探していたのだ。
たぶん良い人。
「あの、このクッキー食べてください! それじゃ!」
わたくしはクッキーが入った袋を投げるように渡して、振り返らずに防具屋へと走り出した。
「い、生かしてくれただけじゃニャく、食べ物まで恵んでくれるにゃと……。英雄、まさに英雄にゃ……。クッキーも超ウメェにゃ! うぅ、涙が出るほどにうんめぇニャアアアアアア!!」
何か振り返りたくない。




