第2皿 経験値1の涙
……威勢良く格好付けたのだが、何というかその……ふふ、実は超怖い。
やはり声しか出せない皿というのもあるし、家の外に出たら火災発生していたり。
盗賊っぽい、ごつい男達も遠くに見える。
それに──。
「あっ、手が滑って!」
『ひぃぃいいい』
この私、皿を何回も落としそうになる幼女クリュ。
間一髪、落下先が柔らかい土だったり、空中キャッチで事なきを得ている。
固い地面……いや、落ちてる小石とかにぶつかっただけでも明らかにアウトである。
盗賊と、クリュのドジっ子成分、二重の意味で危機である。
『お、おおお、落ち着くんだクリュちゃん。今は盗賊から身を隠しながら、お家へ向かおう』
「は、はい!」
クリュの家に近付くにつれ、盗賊の数が増え、放火されている家も多くなってゆく。
だけど、村人は抵抗していないのか、捕まってはいるが、殺されてはいないようだ。
そりゃそうだ。戦い慣れた盗賊達に、命を捨ててまで何かをする奴なんていないだろう。
まだ奴隷商にでも売られた方がマシだ。
「あ、あそこがわたくしの家です」
辿り着いたのは、一軒の木造家屋。
この村では普通だが、この世界全体とすると少しみすぼらしいかもしれない。
がたがたの木板の外壁は、すきま風を内側に何か貼り付けて防いでるようにも見える。
金持ちでは無い、ただの貧しい村なのだ。
野菜のスープも、あれで精一杯のもてなしだったのだろう。
「おら、ババァ! お前一人にしては寝具や食器類が多い。他に誰かいるんだろう?」
「ぐへへ! お前みたいなババァ……本当なら売る価値も無いが、素直に差し出すのなら見逃してやってもいいんだぜ?」
家の中から、二人の男の声が聞こえてくる。
会話内容から、盗賊だろう。
「ふん、知らないね! 堅物の夫がいたんだけど、しばらく帰ってきてないだけさね!」
「しらばっくれるつもりかババァ! 俺たちゃプロなんだ。それくらいは使った痕跡で分かるっつーの。今すぐ死にてーのか?」
老婆の声と、男達の口論の声。
それを聞いたクリュは、思わず室内へ飛び込んで行ってしまう。
止めようとは思ったが、下手に声を出すと気付かれてしまうし、無言でどうにかできる手段も今の身体には無かった。
「わ、わたくしが代わりに! お婆ちゃんの代わりになりますから!」
健気なクリュ……自分がどんな目に遭っても構わないというのだ。
盗賊に身を差し出すなど、ろくな未来が見えないのに。
「あ、あんた。なんで入ってきちゃうのさ! あんたは国の大切な……」
国の大切な……?
「この老体のことはいいから逃げなぁッ!」
老婆は、老婆らしからぬ瞬発力ある動きで盗賊へ飛び掛かった。
だが、それは不味い。
この盗賊二人、勢いだけでどうにかなる相手には見えなかった。
鍛えられた筋肉、身体中の傷、それにほの暗い眼光。
明らかに場数を踏んで、殺し慣れている。
見せかけだけの盗賊とは明らかに違う──。
「ババァ、約束は守ってやろうと思ったが~……、残念だな!」
盗賊の一人は、曲線形状の剣──ハルパーを振り上げる。
「お、お婆ちゃんッ!?」
血しぶきが舞う。
倒れる老婆。
広がっていく血液の溜まり。
──明らかに即死だ。
「そんな……どうして……」
「そうだなぁ、強いて言うのならぁ~」
崩れ落ちるクリュ。手に力が入らないのか……私を、顔の真下に落としてしまっている。
こぼれ落ちそうになる涙が見えるが、それをぬぐってあげる腕すら無い。
なんと無力なのだろうか……。
「お嬢ちゃんの泣き顔が見たかったから、かもしれねぇなぁ。ウヒャヒャヒャ」
「それだけ……? たったそれだけのために? 大切な命、お婆ちゃん、本当にささやかな暮らし……」
「ああ、それを踏みにじって、そいつらの顔を見るのが大好きなんだ。だから本当は殺すのは外に集めて最後にさぁ~、一気にやるんだがなぁ!」
老婆とクリュが紡いでいた小さな営み。
私は直接知らない。
──だけど、それは暖かいものだったのだろうな、と……あの野菜スープから感じ取れた。
それをこいつらは、生きるための仕方なしでも無く、突発的な抑えきれない怨嗟でも無く、……計画的な快楽殺人のために踏みにじったのだ。
「どぉれ~、お嬢ちゃんは幼くてもなかなかの上玉だ。ババアが見守っているここで味見をさせてもらっても──」
少女の怯えきった表情から、一条の涙が流れ落ちた。
感情の高ぶりから紅潮しきった頬へ、悔しくて噛み締めている唇の横を通り、あご先から──落涙。
その一滴は、真下の私──皿へ、儚いミルククラウンを描きながら弾けた。
──この私よりクズな腐れ外道、許してはおけない!
【経験値1取得。レベルアップ。スキル取得“食事強化” “ラップ” “魔術反射1”】
気持ちが弾ける、爆発する。
【ギガサラァ!】
「な、なんだこの変な声は!? 誰かいるのか!?」
『ああ、いるよ。あんた達へ天罰を下す──皿がね!』
「なにぃ!? 皿が喋っただとォ!?」
普通、突然に皿が喋ればこんなリアクションだろう。
驚いて固まっている盗賊達を横目に私は、クリュに皿を持つように呼びかけようと──。
なんだこれ、クリュの身体が光っている。
「わ、わたくしのお腹の中がポカポカして……。まるでお婆ちゃんに抱き締められているよう。……──わかった! これはきっとお婆ちゃんの意思!」
クリュは突然、覚悟を決めたかのようにキッと眼前を睨み付け、そのまま突進していった。
『ちょ、まてよクリュ!?』
どういう事だ。
なぜ、クリュが突然光って、信じられないスピードで弾丸のように──盗賊にぶち当たっていっているのか。
盗賊の一人は家の壁を突き破って、外の大木と激突して意識を失ってしまったぞ。
「な!? コイツぁバケモノか!? ──殺られる前に殺っちまわねぇと!」
残っていた盗賊の一人がハルパーを振り上げ、クリュに狙いを定めていた。
クリュは自分でも混乱しているらしく、それに気が付いていない。
『おおっと! 私──皿がいるのを忘れてもらっちゃ困る!』
取得したばかりのスキル、ラップを使用──射出する。
不思議と、これの使い方は頭の中に入っている。
「ぐぁ、何か顔に張り付いて!? んだこれぁ!?」
吸着効果のある、戦闘用の透明な薄い膜だ。
出せるサイズは自由で、大きさによって自らの魔力を消費する。
薄さの割に耐久力はかなりのものだが、鋭い攻撃には弱い。
なので──。
「手が縛られ──ッ、いつの間に!?」
盗賊が持っている曲剣ハルパーを避けて、顔面に張り付くように発射と、縄状にして腕や足を絡め取るように縛り上げる。
盗賊のラップ巻き、一丁上がりだ。
「すごい……お皿さん……」
クリュの方が何かすごくなっている気もするが、そこは置いておいた。
『ふふ、まぁな!』
いつもの軽い調子で返事を──最後までしようと思ったが、今回は無理だった。
『……いや、すまない。ギリギリでこの力を手に入れたんだ。間に合わなかった』
「大丈夫です、わたくしもですから……。お婆ちゃんなら、こういう時“強い女なら前を向くもんだ”って言うんです。絶対に……です」
……強い子だ。本当に強い子だ。
だが、ここで長々と会話をしている暇も無い。
盗賊はまだまだいるし、火の手も回ってきている。
『クリュ、ここでの選択肢は二つある』
「……はい」
その永遠の強さを秘めた眼は、既に私が何を言うか分かっているかのようだった。
『一つは逃げる、今なら成功率が高いだろう』
これが最適解だ。
追っ手が来たとしても、一人や二人ならこのラップスキルでどうにかなるはずだ。
直接戦うとなると、このラップスキルは確実性と燃費がかなり悪い。
私だったら間違いなく安全な逃走を選ぶ。
『もう一つは……このまま残りの盗賊と戦う。このスキルで何とか出来るかもしれないけど、魔力が尽きたら負けだ。クリュのその力も、今のところは不確定要素が大きすぎる。途中で力が切れるような事があったら……』
「お皿さんが──ジスさんが良ければ戦いたいです! お婆ちゃんのカタキじゃ無くて、村のみんなを救うために!」
本当は一番泣いていい立場の子に、こんな事を言われたらしょうがないじゃないか。
いくらクズな私でも、二つ返事しか選択肢は残されていない。
『ああ、分かった。私を落とさないようにしっかり持ってくれよ』
「……はい!」
逃げてぇなぁ。
こえぇなぁ。
だけど、まぁ──。
『それじゃあ、行こう!』
たまには幼女の手の中も良いよね!
「あ、これ拾っていきますね」
クリュは落ちていた丸太を軽々と……ぅゎょぅι゛ょっょぃ。