第5皿 防具実験でハデスさんとコンニチハ
さて、私は今、森の中を歩いている。
正確には、エリクの胴体に未憑依で張り付いている。
どうして張り付いているかというと、ここの森は岩もあって起伏がきつく、ちょっとした山のような地形なので両手が塞がっていては危険なのだ。
そして今の気分は……気持ちが悪く、吐きそうだ。
横のコイツのせいで。
「え、エリク様! 疲れていませんか!? 水でも出しましょうか!!」
「い、いえ。結構です」
「そうですか! あたしは魔女で色々な魔術が使えるので、どうぞ何でも仰ってください!」
……私が張り付いているエリクの横に、コイツ──ヴェールも一緒に歩いているのだが、何というか気持ち悪い。憧れの王子様に出会ってテンションが上がりまくっちゃっています! というのが全開なのだ。
普段があんなので、急にこんな一面を見せられても、何というか……。
ギャグだったら大爆笑だが、真剣すぎて気持ちが悪い。キモイ。オエェェ。
「あ、あのヴェールさん……。僕のことは、もっと気軽に呼んで頂いてもらってもいいでしょうか……?」
さすがに聖人のようなエリクも困惑気味だ。
「は、はいッ! エリク……さんッ」
ヴェールもヴェールで、名前を呼んでもらったのが嬉しかったのか一瞬ビクッとした後に頬を赤らめて、エリクの名を口にした後に、両手で顔の火照りを冷ますように覆っている。
なにこれ誰だ。
相変わらず死んだ魚の目なのが唯一の存在証明である。
『なぁ、本当はヴェールじゃなくて、フォボスが変身してるんじゃないか』
『お皿先輩、いくら私でもここまで人格を曲解した変身するヘマはしませんよ……』
ヴェールが鞄の中に入れてる小瓶から、フォボスの声だけがした。
私と同じ心境なのか、いつもよりさらに気弱な喋りだ。
「あ、あんた達……! あたしを何だと思っ──」
素のヴェールを出そうとした瞬間、エリクに見られていると気が付いて咳払いで一時停止。
「あ、あはは。この~、あたしの魔道具と使い魔ちゃんは、お茶目なんだから~!」
皿ボディから鳥肌が出そうだ。実際は出ないが。
この惨状を見かねてか、エリクがフォローを入れてきてくれる。
「あ、あのヴェールさん。既にジス君から、貴女は快活な女性だと聞いているので、普段通りでお願いします。僕もそうしてくれると嬉しいし、そちらの方が素敵だと思います」
「す、すて……き!?」
ヴェールは完全に停止して、慣性の法則で地面に頭から突っ込んだ。
──いや、その寸前にエリクが両腕で支えるというナチュラルイケメンプレイを発揮。
必然的に抱えられたヴェールは、エリクと顔を間近に、吐息がかかるラブロマンス状態。
「大丈夫ですか?」
ふわっとしたイケメンの香りでも感じてしまったのか、ヴェールはショックを与えられた猫のようにジャンプ後退。
わかる、わかるぞ。その気持ち。このイケメンに密着してる私は良く分かる、ハァハァ。
可愛い女の子の甘い匂いと甲乙付けがたい!
『あの……我、気になっているのですが、ヴェール御主人様はどうしてそこまでエリクさんを意識しちゃってるんですか?』
ナイスツッコミ、フォボス。
それは私も気になっていたことだ。
「べ、べべべべべっべべつに意識なんてしてないしぃ!?」
「はは、そうですよ。ヴェールさんのような麗しい乙女が、こんな僕のような無遠慮な異性に身体を触れられてしまったのです。驚いて当然ですよ」
「い、いえ! そんな! 驚いたのはその……そうですが、触れて頂いたは助けてくださるためで……その……ありがとうございます」
しおらしいヴェール、これほどにギャップある生物も見たことが無い。
『さてと、過去にどんなことがあったのかは後で聞き出すとして──』
「えぇ!? い、言わなきゃいけないの!?」
『──とりあえず、やることをやっちまわないとな。もうすぐか、エリク?』
エリクは森の道ばたに落ちていた動物の糞を観察しつつ、こちらに頷いた。
「状態からしてまだ新しいですね。風下、キノコの囓り跡、足跡からして無警戒の歩行──これは追える状態なので、接触は近いでしょう」
そう、森にピクニックでイチャイチャしにきたのではない。
今回はカリュドーンの猪とやりあって、今後の対策を立てるためにやってきたのだ。
エリクは一人旅が長かったせいで、動物追跡の技術もかなり高い。
今回の件では適材なのだ。
『よし、それじゃあ計画通りに、ヴェールに美しいドレスを着てもらおう』
* * * * * * * *
「ねぇ、ジス……。やっぱりこれ、あたしがやらないとダメだったの?」
『適材適所ってやつだ、うん』
私が密かにこしらえていた、秘密兵器を着込むヴェール。
この身体になってから特に寝なくても平気だったので、ついつい夜なべして作ってしまった。
我ながら、手先……いや、皿先が器用なものだ。
「やはりヴェールさんに危険なことをさせるわけにもいかないので、僕が……」
「い、いえ! やります! あたしがやりますから!」
エリクに良いところを見せたいのと、エリクに怪我をさせたくないという乙女心からなのだろう。
普段のヴェールの行動パターンからは考えられない状態だ。
だが、私が作った秘密兵器というのは、超圧縮スポンジにラップを編み込んで作った防具なので、酷く不格好で様にならない。
『いやぁ、ヴェール。無理にやらなくてもいいが……。お似合いだぞ、ぷぷっ』
「ジス、あんたが言うと急に割りたくなるから不思議よね」
今回、この役割をすることになったのは消去法というやつだ。
まず、時間が惜しいために冒険者ギルドの方と、カリュドーンの猪退治の下準備を同時にこなしたかった。
冒険者ギルドの方は、いきなり猪とぶつかり合うと危険な新人達と、それを統率できるメンバー。
こっちの猪は、少数精鋭で調査ができるメンバーという感じだ。
そこで、この二人と一皿になったのだが、今後のために猪用の防具のテストもしておきたかったのだ。
防具テストの被験者は、フォボスでは貧弱すぎて論外。私も形状で無理。
選択肢的にはヴェールか、エリクなのだが、もしエリクが防具の効果が弱く戦闘不能になってしまった場合、ヴェールと私だけで猪を確実に処理できるか不明だ。
以前は猪が街道を走ってきてくれたから平気だったが、木々という障害物がある森の中ではそうはいかないだろう。
ここは確実に剣技で倒せるエリクを温存しておくのが有効だ。
『私の防具を信じろ。骨は拾うぞ、ヴェール』
「それ、信じても死にそうなんですけど……。一応は病み上がりなんですけど……。本当にこの防弾ボディーアーマーもどき、平気なんでしょうね?」
防弾ボディーアーマーというのが何かはわからないが、フィロタスのタックルや、剣や弓でテストした時は問題は無かった。軽く動きやすく、耐衝撃、耐刃、耐突に優れている。
ただ痛み方が激しいので、鉄製の鎧と比べると、消耗品という意味合いが強いかもしれない。
『弱点があるとすれば火だな。これは改良の余地はあるが、当面は火を使うような相手とは戦わないだろう』
「はぁ……わかったわよ、覚悟を決めたわ。でも、何かあたしがボロボロになる担当みたいになってきてるような。これも美少女ゆえのお色気担当というやつかしら……つらいわぁ~」
『スポンジで作ったメットとアーマー付けて、なに言ってんだコイツ』
一言で表現すると、今のヴェールはおかしなカラーリング、フォルムの大道芸人である。
「あ、丁度猪が気が付きましたね。こちらに突進してきます」
どうやら、さすがに風下でもこちらの気配に感付いたようだ。
遠くに見えるカリュドーンの猪は百八十度反転、鋭い牙をこちらに向けながら、後ろ脚で地面をかくような突進前の仕草。
「ふふ、ここでダメージ食らって脱衣しちゃうという、何か健全な男子に人気のあるパターンで、あたしのメインヒロイン株が急上昇に……」
何となくメインヒロインポジはエリクのような気がする。男だが。
そう心の中でツッコミを入れていると、猪はまさしく猪突猛進、ヴェールを轢いてはじき飛ばしていった。
ヴェールは風車のように高速回転しながら空中を舞い、途中で大木に激突してピンボールのようになりながらも、枝葉に削られながら我々の前に落下してきた。
「……ザクロの実を投げ捨てた冥界の神ハデスに、哀れみの目で見下ろされながら『強く生きなさい、きっと良い事あるから』と追い返された気がする。何か三途の川を渡る前で見え──」
『さすが私の超圧縮スポンジと、複雑に編み込んだラップの防具。どうやら無事なようだ』
ちなみに脱衣はしていなかった。
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ギリシャ神話メモ。
ギリシャ神話では、冥界の食べ物を口にするとそこから戻れなくなると言われているぞ!
ハデスさんからザクロの実をオススメされても、キャッチセールスと同じように断ろう!
ちなみにあの世とこの世の境の川を渡るとき、ギリシャ神話でも渡し賃が必要で、日本でいう六文銭的な扱いとなっている。
そのため、葬式の時は口に貨幣とケーキを詰めてハデスの元へ送っていたのだ。




