第3皿 討伐肉化包丁による、動物の定義
「へぇ。図面では知ってたけど、実際に見るとさらに広く感じるな」
「はい、元は宿屋だったらしいです。私の代になってからは従業員用にしていましたが……それも全員辞めてしまって」
「そ、それは災難だったな」
私の工作によってぼっちになっていたらしい元酒場のマスターと、二階の部屋を見て回っていた。
今日からクリュティエ屋敷の元住人達の住処となる場所。
部屋数はかなりあるし、余裕を持ってムフフな事をする部屋も確保できそうだ。
エリクが身体を貸してくれさえすれば、イケメン男性にホイホイついてくる娘とムフフ……。
憑依できる女性の身体があれば、それはそれで逆ムフフとできるだろうか。滾る!
といっても、エリクがいくらお人好しでもそれは断られそうなのが残念である。
ヴェールに襲わせるという搦め手でいくか……!?
「エリクさん、急に真剣な顔で考え始めてどうしましたか?」
「え、ああ。顔に出ていたか、まだまだ修行が足りないな。実はこの冒険者ギルドの今後を考えていてな」
危ない危ない、今の私は他人から見ればエリクなのだ。
冷静に返事を返しながら、もう一つ考えていたことで話を誤魔化すことにした。
さすがにエロい妄想を暴露したら、エリクの評判が下がってしまう。
「冒険者ギルドというのは何でも屋を大きくしたような組織だが、その拠点となるここで、マスターが良ければ酒場としても続けていきたいと思っていてな」
「おぉ! それは願ったり叶ったりです! 私の代で酒場を潰してしまうというのも心苦しかったですし、酒場のマスターというのも性に合っているようでして」
「それは良かった。まぁ、酒場のマスターというより、ギルドマスターというやつになりそうだがな」
実は冒険者ギルドという概念は、ヴェールから説明してもらったがいまいちピンと来ていない部分もある。
たぶん、ギルドの酒場のマスターなんだから、ギルドマスターでいいのだろう。
……いいのだろう!
と、そんな事を考えていると、クリュティエとブリリアントが二階に上がってきた。
「ジス……じゃなかった。エリク、本当にここに住む事になるの? あの、本当に姫である私が?」
廊下で呆然とするクリュティエ。
執事のブリリアントはいつものツッコミを入れる。
「城から十三ランクくらい下がったらこんなものではないでしょうか? 第十三王女様」
「ぐうぅ、その数字が憎いぃ! ──というか屋敷を売却したの、なんか妙に手際がよかったような……。エリク、そういうことも凄腕なのね……さすが私が招いたモノよ!?」
「ははは、さすがに御座いますエリク様」
いや、ブリリアントお前が手引きをしたんだろう、と今度は私が突っ込みたくなった。
それにしても意外と、クリュティエは屋敷を売られたこと自体は根に持っていないようだ。
ブリリアントのSっ気にやられ続けて、そういう仕打ちには慣れているのだろうか……。
「よーし、クリュティエ。お姫様特権として部屋を最初に選ばせてやろう。部屋決めの一番手なんて羨ましいぞ」
「ほ、ほんと!? ふふ、さすが私ね……。ブリリアント! 部屋を見に行くわよ!」
「はい、執事としてお供致します」
やはりまだ子供なので、こんなことで機嫌を良くしてくれる。
チョロい!
さてと……全員を呼び寄せて部屋決めも終わり、夜になった。
私は、ヴェールと──。いや、ヴェールは入院中なので、今は憑依を解いたエリクと同室だ。
部屋は標準的な宿屋のツインベッド、二人用の広さで、エリクはジビエ料理の本を読みながら椅子に腰掛けている。
落ち着ける時間を得たので、私は日中に入手したスキルの確認をおこなうことにした。
覚えたのは“スポンジ”──と“討伐肉化包丁”……か。
まずはスポンジを使ってみることにした。
出現したのは黄色くフワフワした手のひらサイズの物体。
古くからエーゲ海で捕れる天然海綿体スポンゴスや、ケーキの土台に似ているだろうか。なるほど、スポンジだ。
「おや、何か珍しいものですね。触ってみていいですか?」
『私は直に触って確かめられないから助かる。どんな感じなのか教えてくれ。あ、ちなみに成分的には食べられないぞ』
エリクは黄色いスポンジをつついたり、つまんだり、花瓶の水を少量垂らしたりしてみていた。
「柔らかくても不思議と崩れず、ある程度の伸縮性と通気性、吸水性を兼ね備えているみたいですね。最初は気が付かなかったのですが、裏にザリザリとした硬い面があります」
『なるほど……。防具系統か』
これは以前考えていた、カリュドーンの猪対策の一つになるかもしれない。
大きさや形、密度などの調整もできるようなので徐々に試していこう。
『よし、それじゃあ次──“討伐肉化包丁”』
「何やらすごい名前ですね」
スキルによって出現したのは、小型のナタサイズの肉切り包丁だ。
エリクがそれを持つと、ずしりと重そうにしているのが分かった。
『エリク、ちょっと私も持ってみたい。憑依していいか?』
「はい。ジス君のことは信頼してるのでいつでもどうぞ」
信頼……いったい何を信頼しているというのだろうか。
正直、信頼されるような覚えはないが、自由に身体を使わせてくれるというのなら遠慮せずいこう。
エリクの胸元に張り付いて憑依、薄暗い一階の酒場部分に降りた。
厨房に何か試し切りできるものはないかと考えたのだが──先客の気配がした。
二階にクリュティエ、ブリリアント、サンダー、クリュ、マスターの五人が泊まっているのだが、誰か降りてきていたのだろうか。
……いや、その気配やニオイからして違いそうだ。
侵入者である。
「なぁ、エリク。お前は人に刃を向けるのはタブーか?」
『いえ、それはただ僕が臆病なだけなので、ジスさんがそれを行うのは問題ないですよ』
入れ替わっている皿から聞こえる返事。
身体の持ち主であるエリクに了承をもらえたので、私は討伐肉化包丁をしっかりと掴み、無表情でそこにいた侵入者──泥棒へと歩み寄った。
「やぁ、こんにちは泥棒さん」
「み、見つかった……!? へへ……テメェも不運だな。そのまま酒場の二階で寝てればケガをしねぇで済んだモノを」
近付くと相手は小汚い格好をした男で、顔は昼間のゴロツキの誰とも違うことが確認できた。
よかった。ここで誰かが裏切っていたら見せしめとして殺しておこうと思ったが、それは杞憂だったようだ。
いや、でも特にやることは変わらない、か。
「ようこそ冒険者ギルドへ──そして死ね」
討伐肉化包丁で泥棒の額に一撃。
ケーキ入刀のように頭部に入り込み、七割ほど左右に分断した。
これは武器としては肉切り包丁というか、骨切り包丁でもある使い勝手だ。
「おっと、購入したばかりで床を汚したくは無いな」
すぐ頭部から色々なものが噴き出しそうだったので、一瞬のうちにまだビクビクと動いている泥棒の身体を店の外まで蹴飛ばす。
泥棒は外で汚いモノをまき散らしながら絶命した。
よく考えたら、店の前の掃除も手間なのでは無いかと思ってしまった。
私達の冒険者ギルドに手を出すとどうなるか、見せしめとしたかったのはあるが、撲殺や絞殺にしておけばよかったかなぁ……。
ため息を吐きながら店の外に出ると──。
「ん、なんだこれ……」
私は気が付いた。
この泥棒を屠った獲物は、“討伐肉化包丁”という名前だったということを。
つまり、討伐──殺したら、まぁ、うん。
事故だから仕方が無いよね! 見せられないよ!
後日、色々と試したら、動物をこれで倒すと血抜きや解体などを一瞬で希望通りに行ってくれるという便利な効果があると分かった。
お皿さん、動物の定義って、色々だなぁと思いました。




