第2皿 最底辺のギルド初期メンバー
「ちょこまか動きやがってぇ!」
「よっ、と! だって動かないと掴まっちゃうからね?」
十人の成人男性が、子供であるサンダーひとりを追いかけ回している。
いくらここが広い酒場で他に客がいないとはいえ、テーブルも設置されている室内。
そこを軽業師のようにひょいひょいと動き回るサンダーは、やはり私の見立て通りの身体能力のようだ。もちろん食事効果で強くなっているのもあるが。
その一方で──。
「お、お嬢ちゃん……危ないからおじちゃんが守ってあげよう……ふひひ……」
サンダーを追いかけ回すのを止めたゴロツキの一人が、テーブルに隠れていたクリュに目を付けた。
そのテーブルの上に私もいるので、イタズラを実行しそうなロリコンっぽいゴロツキに向かっていつでもラップを放てるように待機していた。
……のだが。
「てぇい!」
突然、クリュは自分の背丈ほどある木製の椅子を片手で持ち上げ、テニスラケットのように素早いスイング。
割と重厚な作りの椅子はゴロツキにぶち当たり、砕け散り、その一生を終えた。
「ひでぇぶぅっ!?」
ゴロツキは世紀末っぽい断末魔をあげて、横ローリングで吹き飛びながら力尽きた。
幸せそうな顔で痙攣しているので生きてはいるだろう。
クリュは再びテーブルの影に小さく隠れつつ、サンダーを応援し始めた。
「な、何なんだこいつらは!?」
サンダーを追いかけ回していたゴロツキ達はスタミナ切れを起こし、動きが鈍ってふらふらとしてきていた。
「もうそろそろ、良いかなっと!」
息一つ切らせていないサンダーは、目にも止まらぬ早業でゴロツキ共に密着し、当て身を放っていく。
一人、二人、三人……と倒れていき、最後にはサンダー一人が立っていた。
彼はホコリを払いつつ、これでいいのか? とでも言いたげな目をこちらに向けてきていた。
こちらが何かをしようとしていると、既に察しているのだろう。
賢い子だ、後で説明してあげよう。
だが、今は──もう一人の登場人物を待っていた。
「……おや? 何やら一悶着あった後ですか?」
爽やかな顔をして、その青年は酒場に入ってきた。
誰かの王子様こと──エリクだ。
私はラップを射出して蜘蛛の糸のように操り、エリクの意外とガッシリしている胸板へライドオン!
……ちなみに、さっきの魚料理は極薄ラップを敷いた皿の上に乗せていたので今は汚れていない。
汚れたまま誰かに密着など、皿として許せないからな! 細かいが、こういうところは裏で地道にがんばっていると思っていただこう!
『エリク、呼び出して早々すまないが、ちょっと身体を貸してくれないか?』
「あ、はい。憑依というやつですね。どうぞ」
くっ、何という王子的な優しさ。
ヴェールの場合は、胸の感触を楽しみながら憑依したら、速攻で否定されて憑依解除になったというのに!
それにしてもエリクは、外からは分かりにくいが、しっかりと鍛えられた筋肉の付いた胸板というのも、細マッチョみたいな部類で良い感じだ。
たぶんこれを口に出しても怒られないが、今は話の流れ的にやめておこう。
今は──憑依だ!
「おう、すまねーな。私が面倒見ている子供達が、ヤンチャをやらかしちまったようだ」
エリクの身体を借りての発言。
ちょっとガサツな喋りになっているが、これは身体的性別のせいでもありそうだ。
「そ、そのコックコートに、腰に下げている刀にエプロン……まさかお前は、グライアイの魔女と蛇巨人を倒した一人か!?」
ざわつく店内。あの日のことが噂として流れていたようだ。
……正確には、目撃者が吹聴していた噂をさらに私達が広げたのだが、それは黙っておこう。嘘じゃないしね!
「ほぉ、知っているとは話が早い。私は──新たなギルドを起こすために、この酒場を買い取りに来たのだ。そして丁度、ソイツには人手が必要だ」
「人手……だと?」
もしや、という顔でお互いを見回すゴロツキ達。
「どうだ? 私が面倒を見れば、子供でさえその強さにまで鍛えてやる事ができる。お前達なら、相当な豪傑に育ててやれるぞ?」
* * * * * * * *
さて、あのグライアイ三魔女の一人──マンバを倒した後から話を始めよう。
どうやらアイツは金の力で密かに市場に介入して、この都市国家アテナイの物流……主に食料をコントロールしていたようだ。
それによっていつ破綻してもおかしくなかったモノが、マンバが消え、次いで蛇巨人が壊してしまった食料の大倉庫と連続で不幸が起きた。
……私に対して“あんなところで戦闘をするな”というクレームは受け付けない。さすがに蛇巨人みたいな隠し球があったとは予想が付かなかったからだ。わ、私は悪くねぇ!
まぁ、そのおかげで一気に食糧事情が破綻していくと考えたので、先手を撃つ事にした。
まずマンバの隠れ家から資産を強奪。
火事場泥棒で目立つかも知れなかったので、スキルで呼び出した冷蔵庫に無理やり詰め込んだ。
金というものは不潔なので、後できちんと冷蔵庫は洗浄しておいたぞ!
ついでにクリュティエの屋敷も売却しておいた。
土地の価格も下落しそうだったし、住む場所は別に作ろうと思っていたからだ。
売却に必要な書類などはブリリアントから隠し場所を教えてもらったり、クリュティエ本人の筆跡をコピーしたり、クリュティエ本人が寝ているときに指紋を──。
うん、何も問題はないな。
そのまま資産を持ち逃げしたくもあったが、名声という面倒くさいものが得られなくなりそうなので我慢した。
この資産を使って、冒険者ギルドを起こす事にしたのだ。
カリュドーンの猪対策と、我々が住む場所で一石二鳥である。
それなりの人員が必要になるため、広い場所がいいと思って、この酒場を標的にした。
──さて、いきなり大きな建物を手に入れようとしても、不審がられたり吹っ掛けられたりと面倒なことになると考えた。
そこで既に食料高騰の影響で潰れそうになっていた酒場を狙って、悪質な噂を流したり、飲食物を手に入りにくくする工作によって客をいかせないように操作。
同時に、周辺のごろつきのたまり場も調整して、円を狭めるように酒場へと追いやっていった。
そうしてまともな客が激減して、商売になりにくいゴロツキが集まる酒場へと変貌したのだ。
ブリリアントに必要経費を渡して工作してもらったのだが、あまりの手際の良さに驚いている。
今日はその仕込みを回収する日として、交渉していた酒場の格安買い取りの最終調整と、ゴロツキ達をヴェールが言う“冒険者”とやらに仕立て上げるために、一枚と二人でやってきていたのだ。
後は説得力を持たせられる人物として、エリクを呼び出しておけばこの通り──。
「よし、商談成立だ。今日からここは冒険者ギルドと呼ぶことにする。マスターは受付や管理で、そのまま働いてもらおうと思っているが平気か?」
「は、はい。願っても無いことです。この時代に無職になったら犯罪者になるくらいしか……。ありがとうございます、ありがとうございます」
酒場の中、騙されやすく善人っぽいマスターがガッシリとこちらの手を握ってくる。
マスターは口ひげの生えた中年男性で、私が憑依してるエリクも男。
非常に暑苦しい図になっている。
「さてと、お前らもこんなところでくすぶっているより、国を……いや、世界を変えてみないか?」
マスターの手を振り払って、ゴロツキ達の方へ振り向く。
十人の視線が注目している。
皿の時には得られない人間の感覚、なかなか心地良いものである。
「国を……世界を……。こんな俺達がですかい?」
「ああ。今、色々と大変な事になっているのはお前らでも感じるだろう。だが、そんな時こそ英雄達が生まれるチャンスだ」
「た、確かにこのアテナイの変になってる状況を救えば……」
「アテナイだけじゃないぜ。この世に混沌をもたらすメドゥーサも復活した」
「め、メドゥーサだって!? あの人々を虐殺したという伝説の化け物……!」
割とデタラメではあるが、こういう下でくすぶっている人間をたきつけるには大言というのも効果的だ。
一応、マンバもそれっぽい事を言っていたし百パーセント嘘では無い。うん、嘘じゃーないぞ、たぶん。
「もう一度、お前らに問う。この子供二人は俺の教えでここまで成長した。こんな子供だけに任せておいていいのか? いや……言い方を変えよう」
まぁ、教えとかは嘘であるが、私の皿で強化されていたのでセーフだろう。
「──暴虐な権力に目を付けられるという、危険を伴うリスクもあるかもしれない。だが、こんな極上の一皿のような、人生逆転のチャンスをお前らは見逃すのか? 私と一緒に冒険者ギルドを立ち上げて、大英雄の初期メンバーとして歴史に名を残そうではないか!」
「お、俺達が……こんな、しがないゴロツキの俺達が……!」
「ああ、今ここにいるお前達でないと──ダメなんだ!」
「ほ、本当に大英雄に!?」
「なれるとも!」
「マジか……! 俺達が、俺達が……!!」
よっぽど、今までの境遇が辛かったのだろうか。
歓声を上げる者、涙する者、中二病っぽく含み笑いをする者。
それぞれのリアクションで受け入れ、冒険者ギルドの初期メンバーになってくれる事を約束してくれた。
──これくらい盛り上げておけば、後で地獄を見ることになっても耐えてくれるだろう。くくく。
ちなみに、サンダーとクリュがすっごい冷めた目で見てきたので、後で試作のチーズケーキを振る舞ってやった。




