第1皿 家売る皿
『いや~、良い天気だな~』
私──ジスが病院の窓から眺める空は、何故かいつもより美しく、ありがたみが増している気がする。
消毒液の陰気くさいニオイから逃げ出したいからだろうか?
窓際の棚の上でそう思う。
「良い天気ですな! ジス殿!」
ベッドに寝ているフィロタスは、重傷だったにもかかわらずかなり元気そうだ。まぁ、なんというか身体的には元気では無いが、精神的にという意味で。
両腕のギプスが痛々しい……が、それはあの時の活躍の印象があれば、固定式の武器に見えなくも無い。
『何というか、平和が一番だな。うん』
「そうね~。平和ね~」
もう一つのベッドに寝ているヴェールものほほんと返事をしながら、薄い機械板をいじって遊んでいた。
横で使い魔のフォボスが、せっせと果物をむいて、ヴェールに食べさせてあげている。
何か羨ましいプレイだ。
私も今度誰かに憑依したら、一度やってもらおうか……。
「もう全部解決しちゃった気もするし、あたしのアテナイ編完結って事で依頼料を満額もらうっていうのはどうかしら」
『そうだな、ヴェール。それが良い』
今ここにイージスの皿の冒険は──。
「ちょ、ちょっと待った! なに良い話風にして終わらせようとしてるのよ!?」
『急に大きな声を出してどうした、クリュティエ』
存在を無視していたが、どうやら先ほどから居たっぽい小さな姫の雇い主──クリュティエが待ったをかけた。
「た、確かに私の毒殺を防いだことは感謝するのだけど、根本的な問題がまだ残ってない!? というか残ってるどころかさらに問題が大きくなったというか!?」
『あっれ~? そうだったっけ~?』
私はやる気無さそうに答える。
「食糧問題は、マンバがいなくなって商会が混乱して、さらに食べ物いっぱいだった大倉庫は謎の蛇巨人に破壊され、食料がもっと高騰して食べ物を買えない人がどんどん増えてるのよ!?」
『早口説明セリフおつ!』
「ど、どうするのよ! これ!? 最初はちょっと国に良いところアピールして、贅沢のためのお金を確保しようとしていたのに、本当にアテナイが、下手するとギリシャが滅びそうじゃないの!?」
クリュティエは、私に掴み掛かって顔を密着させてきてまくし立てている。
食器に唾を飛ばさないでください。
私的には幼い姫の唾液という事で嬉しいが、食器としてはそれはそれである。
後で洗っておこう。
『まぁ、落ち着け。ピンチはチャンスというだろう?』
「も、もしかして何か良い考えが!? さすが私が招いた神器ね……」
『とりあえず、お前の屋敷を売却してきた』
は? というような顔をされたあと、その手が──私を掴んでいる両手が離された。
当然、重力によっていつものパターンだパリンだ。
* * * * * * * *
いつものように回復魔術で修復してもらった後、私は外を歩いていた。
正確には、持ち歩いてもらっていた、だろうか。
「フィロタスのおっちゃんと、ヴェール姉ちゃん大丈夫だったかい?」
『ああ、元気そうだったよ』
私を持っているのはサンダー少年だ。
サンダーが心配するのも無理はない。
あの二人は下手をしたら死んでいたような重傷だったのだ。
ヴェールにいたっては、致命傷を自ら回復させながら行動していた。
さいわい、アテナイには名医の証である“アスクレピオスの杖”が掲げられた病院があったため、魔術を絡めた医療によって快復に向かっている。
『まぁ、ヴェールは殺しても死なないようなゴキブリみたいなやつだし、しばらく寝かせておけば平気だろう』
「ご、ゴキブリどこですか!?」
メイドの天敵のキーワードに、一緒に歩いていたクリュがビクリと反応した。
『いや、例えだから……例え』
「はは。ゴキブリが出ても俺が守ってやるよ」
無邪気に笑うサンダー。
うっかりに気が付いて照れくさそうにうつむいてしまうクリュ。
見ていて微笑ましい。
「そういえばお皿さん、今日はこの二人と一枚で何をしに行くんです?」
『ちょっと前に仕込んでいたモノの確認をな……。おっと、そのために腹ごしらえしていこう。そこの酒場に入ってくれ』
「ラジャ~。ジス姉ちゃんのおごり?」
『ああ、腹一杯食っていいぞ!』
「やった!」
元気な少年には腹一杯食べさせる、これは絶対のルールだ。なぜなら、見ていて楽しいからだ! ──ちょっと何かのフラグっぽいけど気のせいだろう?
「俺達、酒飲めないんで、食事だけなんですけど平気でしょうか~?」
入ったのは二階建ての大きな酒場。
少しボロくはなっているが、木造でも堅牢な作りで、ギルドが入っていてもおかしくない規模の建物だ。
「はーい……。どうぞ~……」
カウンターから聞こえてきたのは陰気くさい声。
酒が飲めない奴がいちいち来るな、という抗議ではなさそうだ。なぜなら──。
「な、なんかガラガラですね……」
『ふふ、そうだろう。そうだろう』
小声で不安を漏らしたクリュに、私は楽しそうに返事をした。
適当なテーブル席に着いてメニューを選び、店主兼店員のマスターっぽい一人に、いつものように私に料理を盛るように交渉。
少し不思議な顔をされたが、魔術があるこの世界では深く考えはしないのだろう。
普通にオーケーされた。
しばらくして運ばれてきた魚料理。
それを私と、分身の皿に載せる。
【キロサラァ……】
ちょっとテンション低めの自動音声と共に私のレベルは6になった。
覚えた能力は“スポンジ”と“討伐肉化包丁”だ。
この能力はまた後で色々と試してみよう。
さて、気になった点がある。
いつもならメガサラとか、ギガサラと発せられる謎の声。
今回はキロサラだ。しかもテンションがヤケに低い。
「う、うぅん……このお魚の料理……少ない。しかも生臭いしウロコが残ってるし、味がほとんどしない……」
「うん! おごりじゃなかったら返品してもらうレベルだな!」
テンションが同じように下がっているクリュと、逆に笑ってしまっているサンダー。
一言でいうと不味いという事だろうか。
料理の成分を探ってみても、旨味や塩味などが極端に低い。
オマケに下ごしらえも適当なようだ。やる気の無い料理……。
『い、一応は食事効果で素早さ上昇の小が付与されたはずだ』
いつもなら身体がピカッと光って、いかにも強化されたっぽい雰囲気になるのだが、今回は蛍の光より悲しい事になっている。
「確かに身体が軽くなったような」
まぁ、最初から味は期待していなかったので、もうすぐ来店してくれる普通のゴロツキと戦える程度の強化さえあればいいのだ。
後で埋め合わせとして、エリクに何か作ってもらおう。
──と、そこへ入り口の扉が乱暴に開かれた。
「おい! 今日も飲みに来てやったぞ店主!」
「げっへっへ、こんな世の中じゃ酒くらいしか楽しみがねーや」
予想していた通り、普通のゴロツキ達が10人ほどだ。
「あ、あのお客さん……いい加減にツケを払ってもらえませんか……」
おどおどした酒場のマスターは、口を震わせながらさせながら、無駄と思いつつ催促をした。
「あぁ~ん? 俺達が信用できねぇ~ってのかぁ? 金が入りゃ払うっての!?」
「ひぃっ」
ゴロツキの一人に胸ぐらを掴まれるマスター。
私はそれを見ながら、サンダーに小声で話しかけた。
『それじゃ、後は頼んだ。軽傷で済ませてやってくれよ?』
「ん~……。んん?」
首をかしげるサンダー。
私はそれを横目に、今度は大声で叫んだ。
『おうおう、ゴロツキ共! いや、てめぇらなんてゴロツキ以下のゴキブリだな! 食べ物が置いてある場所にいちゃいけねぇ存在だ! 今からとっちめてやる!』
「……ジス姉ちゃん、もしかして、ここに食事しに来たのは」
こちらに一斉に視線が向く。
ゴロツキ共は目を見開き、遠吠えのような声で反応してくれた。
たぶん、これからの事を考えると負け犬の。
「あぁ~ん!? 声からしてガキのどっちかか!? いいだろう、俺達はただ、ツケで数週間飲み食いしてるだけの客なのにゴキブリ扱いとは、もう許せねぇ!」
「……お皿さん、何か前も同じように、私が喋ってると勘違いされていた事がありましたね」
メンゴメンゴ!
さぁ──正義100%な皿による、逆転の冒険者ギルド作りの第一歩だ!




