幕間 村娘と王子。焚き火でごはん!
わたくしは村を出て、森を歩いていた。
……すると、言葉遣いの悪い行商人達に絡まれてしまった。
「しょんべんくせぇガキだが、将来性はそれなりか? 名前はなんつーんだ?」
「わたくしは──クランカー=ベイト。あなた方に名乗る名前はありません!」
「名乗ってるじゃねーか」
「あ……」
ついつい、『人にはキチンと礼節を尽くしなさい』と、お婆ちゃんに言われていたのを実行してしまった。
「こんな森の中、一人で移動するのは危険だろう? だから俺らも一緒にアテナイまで行ってやろうってんだ」
行商人の男は無精ヒゲをいじりながら、ニタニタと笑っていた。
「え、遠慮します! わたくし、あなた方が話しているのを聞いてしまいました! 盗賊と結託して、村へ奴隷回収しにいこうとして失敗した帰りだと!」
「あーらら、バレちまってたのか。もしかして村の奴か? ガキ一人だけなら丁度いい、あんな得体の知れない村へは二度と近付きたくなかったんだ」
そういうと行商人の男は、こちらに太く毛むくじゃらの腕を伸ばしてきた。
「お前一人じゃ大した額にならねーが、しばらくの酒代くらいにはなってもらおうかぁ?」
以前のわたくしだったら、そのまま諦めていたのかもしれない。
でも、……でもお皿さんを見て強く生きようと思ったのだ。
そして──お皿さんに会いに行く途中! こんなところで立ち止まってはいられない!
「真っ当なお仕事で稼いでください! そっちの方がたぶん、お酒も美味しいですから!」
わたくしは相手に体当たり。
「うおっ!?」
うまく意表を突けたのか、相手は尻餅をついた。
その隙に全力疾走。
「ってぇな、お前ら、追うぞ! 殺さねぇ程度に痛めつけてやれ!」
背後から恐ろしい怒号。
それを振り払おうとしたが、ケガが治ったばかりの身体。貧血で足元がよろつき倒れてしまった。
頭の中が真っ白。
でも、このままだとまずいという事だけは考えていた。
お皿さんに会うこともできず、きっとこの人達に連れ去られてしまう。
──と、その時。
「立てるかい?」
木陰から現れた、一人の優しそうな顔をした青年が、手を差し伸べてくれている。
血が足りなさすぎて、変なものを見てしまっているのだろうか?
だけど、彼が差し出してくれた手は、確かな温もりがあった。
「……はい!」
彼に引き起こされ、そのまま小さな身体を抱き締められるようにかばわれながら森の中を走った。
「お、おい何だこりゃ!? 俺達の馬車の車輪が壊されて、血や肉が撒かれてやがる!? やべぇ、獣が寄ってくるぞ!?」
背後から聞こえてくる行商人達が焦る声。
何が起こったのだろうか?
「はは、僕の夕食だったんだけどね」
手を引いてくれている彼は、優しくも、少しだけイタズラっぽい子供のような話し方だった。
不思議とお皿さんを思い出してしまう。
それから走り続け、完全に行商人達をまけたようだ。
彼は、足跡で追跡されないようにしたり、川でニオイを消したりと山で行動し慣れているようだ。
「助かりました、ありがとうございます! わたくしの名前はクリュと申します」
わたくしはスカートの横すそを軽くつまんで持ち上げ、深々と一礼した。
「これはご丁寧に。僕はエリク、旅の料理人さ」
「プロの料理人さん! すごいです! 初めて見ました!」
住んでいた村は小さく、料理を専門とするプロはいなかった。
みんな個人個人で家庭の味を守っているためだ。
そのせいか、このエリクという人に対して興味津々である。
「……といっても、修行中の身だけどね。色んな場所を見て回っているんだ。たまたま故郷アテナイの近くにきたから、寄ってみようとね」
「そうなんですか! わたくしもアテナイに行くんです! ジスさんという大切な方を探すために!」
「それなら、クリュ君。僕と一緒に行くかい?」
「はい!」
エリクさんはふんわりとした金色の髪、透き通る蒼い眼、どこか優雅な物腰。
高い背をかがめて、わたくしの視線に合わせて話してくれている彼は、どこか絵本の王子様のようだった。
「あ、ちなみにエリクさん。わたくしは女です」
「し、失礼。タックルがすごかったもので……」
クリュ君と呼ばれたので、もしやと思ったが勘違いされていたらしい……。
「格好的にスカートなのですが!」
「僕が前いたところは、男性もスカートを履く地方だったから見慣れてしまって……。いやはや、本当に申し訳ない。確かに可愛いお姫様だ」
「む~」
わたくしは腹立たしさではなく、お姫様と呼ばれた恥ずかしさで頬を膨らませて視線を逸らしてしまった。
「さてと、夜に備えて夕食の材料を調達しに行くとしよう。兎辺りと、山菜。それと手持ちのパンでメニューを組み立てようか」
エリクさんは立ち上がり、にこりと微笑んだ。
「それじゃあ行ってきますから、クリュ君はここで休んでいてください。何かあったら大声を出してくださいね」
そのまま立ち去ろうとしたので、わたくしは引き留めた。
「わたくしも手伝います。兎用の罠を作って仕掛けておきますね」
エリクさんは、無理をしないで、と言い足そうな顔を一瞬したが、苦笑いをしてうなづいた。
「わかりました。では、そちらはお任せします」
「はい! 村娘の力を見せてあげます!」
* * * * * * * *
夜になり、わたくしとエリクさんは焚き火を囲んでいた。
暗い暗い闇の世界。
パチパチと音を立てる火が、幻想的にわたくし達を照らしている。
こうしていると火が何かの結界のように思えてしまう。
子供っぽい空想だろうか?
「さぁ、出来上がりましたよ。体力が無くても食べやすい“兎肉のハンバーグ”」
「やったー! 今夜はハンバーグです!」
「──と、貧血に効果のある“内臓と香草のスープ”です」
「内臓料理ですか~……」
肉汁が溢れでている、ほどよい色で焼かれた茶色いハンバーグ。
これはもう見た目だけで美味しいと確定している。
それに比べて、何やらウネウネビラビラとしたものや、良く分からない塊が入っている内臓スープ。
せっかく作ってくれたのだし、嫌な顔をしてしまって失礼なのはわかっているが、内臓料理というものは臭いのイメージで拒否反応が出てしまう。
「……あれ? わたくしが貧血だとどうして」
「料理人は医者でもあるからね。身体を形作っていく食べ物というのは、医者には負けるけど薬と一緒さ。だから、相手の状態に合わせた物を作るってわけさ」
「ほえ~……」
きっとわたくしの事を、よく見ていてくれたのだ。
そんな思いやりの塊である料理に対して、なんて失礼な事を思ってしまったのだろう。
自らの不遜を恥じてしまう。
ここは、出されたものはなるべく全部食べるという、お婆ちゃんからの教えを実行するしか無い!
覚悟を決めるんだ!
「頂きます!」
「どうぞ、たくさん召し上がれ。……クリュ君が仕掛けた罠に兎がかかりすぎて、保存用の肉まで確保しちゃったからね。キミは獣狩りの才能がありそうだ」
「えへへ」
わたくしは照れながら、ハンバーグにフォークを刺して、そのままかぶりついた。
しっかりと、それでいて丁度良く火が通っている。
野外の焚き火だけでこんな事ができるなんて、相当になれているか、魔術でも使わないと難しい。兎肉は粘度が高めというのもあるのに。
「なんですかこのハンバーグ……ふんわりとしていて、ほぐれて、でもしっかりとお肉で……」
「お褒め頂き光栄です、小さなお姫様」
これがプロの料理人……。
すごいとしか言い様がない。
ちなみにわたくしが同条件でハンバーグを作ったら、黒焦げの物体Aになりそうだ。
このまま全て食べきりたいが、内臓と香草のスープも冷めない内に味わっておきたい。
むしろ、こちらは冷めてしまったら不味さと臭さでつらい事になりそうだ。
意を決して、スプーンを突っ込む。
スプーンに何かの内臓と、香草、スープの極小湖が出来上がり、それを口元まで持っていく。
臭いの我慢!
……と思ったが、鼻に通ったのはふんわりとした香草と旨味の匂い。
そのまま釣られるように口へ入れた。
「ん……んん! 臭くない!」
「臭みは下処理と香草の組み合わせで消せるんだ。むしろ臭さを旨さに変換できる」
普通、コリコリとした歯ごたえは臭みと一緒だと吐き出しそうになるが、これは逆に癖になってしまいそうだ。
パンとの相性も抜群である。
いくらでも食が進んでしまいそうだ。
想像以上においしかったので、かなり沢山食べてしまった。
「ふぅ~……ご馳走様でした」
「お粗末様でした。……それにしてもクリュ君、小さいのに良い食べっぷりだね。まるで英雄の時代の登場人物を見ているようだったよ」
チビの大食いという事だろうか……。
少し恥ずかしくなり、頬が熱くなってしまう。
「お、美味しかったので仕方が無いじゃないですか……もう」
──それから寝るまでの間、星空を見ながら話をした。
「クリュ君は、ジスさんという大切な人を探しにアテナイに行くんだよね?」
「はい! 会って御礼を言いたいんです! 恩ある方に対して礼節を尽くせ、とお婆ちゃんに言われてましたから!」
「良いお婆様だ。さぞ、立派な方なんだろう」
「先日、わたくしを逃がそうとして盗賊達に……」
エリクさんは寂しそうな顔をして、わたくしに詫びた。
「すまない。つらいことを思い出させてしまったようだ」
「いえ……。その時にジスさんとも出会ったので、つらいだけの記憶ではありません。強さを知った日です」
「強さ……か」
「たぶん、わたくしはジスさんがいなかったら死んでいたか、それよりつらい目に遭っていたでしょう。それに心も、本当の強さというものをわきまえず、ただの村娘のままだったと思います」
お婆ちゃんに教えてもらったこと、お皿さんから学んだこと。
わたくしはそれを自分として生きて行くと決めた。
強く、善き物でありたいと。
「クリュ君、キミは良い人達と出会い、これからも目を背けず強い心を育てていくだろう。それに比べて僕は、目を背けて逃げてばかりの人生だ」
急に弱々しい声になってしまったエリクさん。
過去に何かあったのだろうか?
でも、彼はそんな人間では無いと、会ったばかりのわたくしですら分かる。
「エリクさんは、見ず知らずのわたくしを助けてくださいました。それは決して目を背け続けている人間にはできないことです」
「クリュ君……」
「もし、目を背けていた時期があったのなら、これから進んで行けばいいんです!」
「……そうだね。ありがとう」
それから朝になり、無事アテナイに到着した。
わたくしと、エリクさんの運命が待つ都市国家アテナイに──。




