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第1皿 覚醒の野菜スープ

 私は目が覚めた。

 早速、起き上がって清々しい一日というものを──あれ?


 手が無い。


 足も無い。


 血の気がさーっと引く。

 何かグロい状況になっているのでは……あわわ。

 れ、冷静になれ、冷静になれ私。

 まずは現状確認から──。


 そこでふと気が付く。

 私は誰? という大事なことに。

 自分という記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。


 ま、まぁそこは寝ぼけているだけかもしれないと思おう。

 首を左右に動かして、ここがどこかだけでも。

 ……動かない。

 まるで何かにガッチリ固定されているかのようだ。


 仕方が無いので、その見える範囲だけで観察することにした。

 木材で作られた壁、外から陽が差す窓。

 時間は日中、場所は室内なのは確定だ。


「さてと、師匠から渡された、大事な皿のコーティング材にする生贄はどうなったかしらね~」


 良く分からない独り言をいっている、紫ローブの若い女が視界に入ってきた。

 そして、私の方を覗き込む。


「お、早速、皿に何かの魂は入ってるみたい。さすが伝説の魔術師──……の、弟子のあたしぃ~。もう一人前の魔女なんじゃないかしら」


 ……状況的に、もしかして私が生贄になって、皿になっているという事なのだろうか?

 いやいや、まさか。

 きっと、尋ねたら勘違いと分かるような返事が──。


 ……声が。

 声が出ない。

 出そうとしても声が出ない。


 気が付いた。

 手足が無いだけではなくて、口も無いらしいのだ。

 これはもしかして、いや、もしかしなくても皿になってしまった事が確定なのだろうか。


 いやいやいやいや、ちょっと待てよ。そこの魔女。控えめに言ってもこの所行、クソアマと呼んでもいいだろう。

 この私をたかが皿の生贄にするとはどういう事だ。

 今すぐに元の身体に戻──。


「そういえば自動的に付近から転移させたから、何の動物を生贄にしたのか分からないけど~。グロいの嫌いだから隣の部屋から魔術で魂をコーティング材にして、残りは溶かして流しちゃったのよね」


 ……残り? 残りというのは身体だろうか。

 それを溶かっ、えっ、溶かして流したとか? 言っちゃったの? このクソアマ?

 うぅ……少し泣きたくなってきた。


 だが、私はめげない。

 きっと完全復活した暁には、このクソアマをそりゃもうあんなエロい事や、こんなエロい目に遭わせて──ちょっと待て。

 私は元は男だったのだろうか? 女だったのだろうか?


 ……まぁどちらでもいいか。

 可愛い子がいれば襲いたくなる、それは男女関係なく普通の事だ。

 ストライクゾーンは、可愛ければ男女問わずショタ幼女からナイスミドルや老婆までだゾ!


「さてと、皿への魂の定着してからの目覚めは数ヶ月から数年かかるから、ここに置いておきましょうか。あたしは、華やかな王都アテナイへ出発しなきゃね。特産のオリーブオイル追いがけが楽しみだわ」


 喋れないけど、もう目覚めてるぞゴルァ!

 くそ、これはどうすればいいんだ。


 そんな藻掻(もが)こうにも、藻掻けない内に……名も知らぬ若い魔女は去って行ってしまった。


 ガッデム! ファック! 呪い殺すぞ! とか口汚くも罵れない悔しさ。

 うぐぐ……神は死んだのか。


 手足が無いので動けない、口も無いので喋れない。

 それがこの惨めな存在、私という皿。


 今、この状況を何とかしてくれる奴がいたら、ちゃんと借りは返す。

 以前の事はおぼろげだが……たまには良い事をする、してやろう……。

 だから、だから私を誰か……助けて……ください。


 助けてぇ! とテーブルの中心で皿は声無く叫ぶ。


「魔女さ~ん。いらっしゃいますか~?」


 声が聞こえた。

 さっきの魔女とは別の人間。

 少しだけ舌っ足らずで幼い声。


「今日、出発しちゃうからって、わたくしのお婆ちゃんが料理を作ってくれたのですが~……」


 視界に入ってくる、まだ十代にもなっていないような少女。いや、幼女だろうか。

 栗色の髪を一本の三つ編みにして、右前に垂らしている。

 襲いたくなるくらい愛らし……もとい、救いの天使になり得るかも知れない存在。

 格好は普通の村娘だが、口調はがんばって大人になろうとしている感じで好感が持てる。


「よーし、適当なお皿を用意して──ああっ」


 パリンという何かが割れる音。

 どうやら、私とは別の普通の皿を割ってしまったのだろう。

 同じ皿としてはガクブルである。


「ごめんなさいごめんなさい……後でちゃんと。あ、もうお皿が出してある。ご飯の用意中だったのかも知れないですね。よし、何か綺麗なお皿だし、料理を盛り付けちゃって驚かせましょう!」


 持っていた鍋からスープらしき液体を、お玉ですくい上げている。

 ほう、野菜がたっぷり入ってうまそうだ……ではなくて、皿に入れると言う事は、私に入れるという事だ。

 大丈夫だろうか……しばらくしたら冷めてしまうのではないだろうか。


 ……いや、違うそこじゃない。

 熱かったら火傷してしまう!?

 想像してみて欲しい、自分の頭上から野菜スープをぶっかけられるという恐怖を。


 あわわわ……。


「治安が悪くなっても、魔女さんがいることで村は平和でしたからね。御礼も兼ねてたっぷりと~……」


 迫るお玉。

 動けない私。

 あわわわわわわ……。


 注がれるスープ──。


 んん、セーフ、火傷はしないようだ。

 だが……。


 な、なんだこれ。

 力がみなぎってぇぇぇええ……キタアアアアアア!!


【メガサラァ!】


「え、今の声なに?」


 私も驚いた。

 スープが入った瞬間、変な声が出た。

 それにしてもメガサラって──。


『意味不明な声だったね……うん』


「うわ、今度はまた別の声が聞こえた!? 魔女さんの悪戯!?」


『え、あれ。私、喋れてる』


 落ち着け、落ち着くんだ。

 スープを注がれた後に謎の音声と共に、今度は自分で声が出せるようになった。

 ついでに、驚いた拍子に──。


『おぉ、視界も動かせるようになっている!』


 皿の周囲に目を動かすようなイメージ、少し離れたところに視点移動も出来る。

 三人称()視点()スッゴ~イ()、とでも言うのだろうか。

 自分自身も見えるようになった。


 やはり、視点移動の中心にあるのは皿だ。

 白い円形、壊れやすそうな陶器の皿。万能タイプのスープ皿とでも表現すべきか。

 そこでふと気が付く。


 皿の表面に、いや、フチの広くなっている部分。

 スープに浸かってないところに文字が浮かび上がっている。

 レベルアップ? 何のことだろうか。


 スキル取得、“発声”、“視点移動”と出ている。

 その横に、現在レベル2 ネクスト経験値1──とも書いてある。


 これはアレだろうか。

 この皿は特別な魔道具か何かで、料理を盛り付けるか何かすると『経験』を『数値』として蓄積して、『スキル』という『特殊能力』を覚えていく、と。

 メガサラというのも、その時……勝手に出る音なのだろう。若干、気が抜けてしまいそうな言葉だが。皿だけに“眼が皿”って……。

 おっと、長々と流れてくるメッセージによる自己考察もいいが、せっかくの声を手に入れたんだ。


 メッセージから視線をそらし、この目の前で驚いている幼女に声をかけなければ。

 大切な挨拶だ、初対面の印象は根深く残る。

 よし、それならこう告げよう──。


『やぁ、私は皿だ』


 完璧な自己紹介である。


「ひ、ひぇっ。やっぱりお皿が喋ってるんですか……」


『まぁ、その驚きは分かる。だが、私の話も聞いて欲しい』


 落ち着いて、冷静に話す。

 余裕を持てばなお良し。

 人を陥れ──じゃなかった。信頼させるには必要な事と魂に染みついている。


「は、はい……」


『うん、聞く姿勢でいてくれてありがとう。感謝する。実は、私は気が付いたら──』




 今までの経緯を説明した。

 もちろん、内心のクズい部分はカットしてだ。


 幼女は、私に入ったスープを美味しそうに飲みながら、こちらを人格ある皿として丁寧に受け答えしてくれた。


「そうだったんですね。それは大変な……」


『ということで、情報を得たいのだ』


「そうですね~……。あ、そういえば、この村のジスさんという方が数日前から行方不明です」


 ほう、これは私の正体に繋がりそうだ。


「普段はこの家の裏の森で、ヘビとフクロウがじゃれ合っているのを眺めたりしている人らしいです」


『ふむ』


「それで届け物をしようとしたら、ジスさんの家に誰もいなかったとか。その後から目撃されていなくて、もしかして何かあったんじゃ、と話題になっていました」


 何かボンヤリと記憶が戻ってくる。

 確かにこの小さな村のことは覚えているような気もする。

 この幼女の名前も知っているような……。


「えと……“この治安が悪くなってきたご時世に、理由なく村の誰にも言わず、外へ出るはずがない”~みたいな事をお婆ちゃん達が話していましたし」


『そうか……確かキミはクリュちゃんだったっけ』


「はい! そうです! やっぱりジスさんなんですね!」


『ごめん、ちゃんとは覚えていないんだ。……ちなみに私は男だった? 女だった?』


 うーん、と幼女──クリュは悩み出した。


「実は、わたくし自身はしっかりとした面識がないので……。声は中性的で、村のみんなが見る姿も何故か後ろ姿とかで……。失礼ですが、非常に影が薄かったのです」


『どんな微妙な奴だったんだ、私……』


 一方的にこの幼女の名前だけ知ってたとか、ストーカーなのか。


「あ、そんなつもりじゃ……ごめんなさい! でも、今は話していて楽しかったし、もう友達です、わたくし達!」


『と、友達?』


「はい!」


 眩しい、眩しすぎるクリュちゃん。

 これで元の私は、本当にモテない男で幼女専ストーカーだったらシャレにならない。


 うん。とりあえず、性別は“皿”としておくか。

 声も中性的だし。


 後は村の中で、ゆっくりと安全に情報収集して──。


 と、その時だった。


「た、大変だーーッ! 盗賊が! 盗賊の集団が村にーーッ!」


 外から大声が聞こえてきた。

 続いて悲鳴、怒号。


「そ、そんな……魔女さんがいないタイミングに限って……」


 ふらりと倒れそうになるクリュ。

 私に腕があったら抱き抱えてあげる所だろう。


 だが、冷静に考える。

 今までの話から推測するに、周辺は治安が悪くなってきたが、魔女がいたから盗賊は村を避けていたのでは無いか、と。

 つまり今の状況は、魔女が既に王都へ出立したのを見計らってだ。


 行き当たりばったりではない計画的略奪、それは経験から言って恐ろしい。


「お皿さん、わたくしはお婆ちゃんが心配なので戻ります! お皿さんは、ここで隠れていてください! 喋らなければ、きっとただのお皿だと思って何もされないでしょう」


『あ、ああ』


 私はそう、怖じ気づいたように言うしか無かった。

 ジスという人間の身体があったら、この子の手を握って元気づけることも、身体を張って守ることも出来ただろう。

 いくらクズっぽい性格でも、多少の恩はある、あるはずなのだ。


 だが、今はただの皿だ……。

 何が出来る。

 視点を動かして、声を出せるだけだ。


 ついていっても何も出来ない。


 無力な私。


「じゃあねお皿さん。……きっと! 後でまたお喋りしにくるね!」


 クリュは恐怖を押し殺しながらも──。


「だってもう、友達だもん」


 ──私に笑いかけた。


 友達……何か心に響くものがあった。

 深く深く魂に刻まれている何か。


 ここで見送ってしまったら、また取り返しの付かない事になるような。


 そんな、絶対に無視してはいけない予感。


 ──私は覚悟を決めた──。


『待つんだクリュ。私を持っていけ』


「え、でも……」


『なぁに。急に大声を出して盗賊を驚かせたりもできる。それに──』


 私は自らが最強の防具であるかのように、誇らしげに告げた。


『友を守る盾になれるかもしれない!』



* * * * * * * *





【現在レベル2 ネクスト経験値1 取得予定スキル“ラップ” “魔術反射1” “食事強化”】


【野菜のスープ】

 経験値:小。

 クランカー=ベイト(愛称クリュ)のお婆ちゃん特製の野菜たっぷりスープ。

 台所事情により肉は入っていないが、その分の愛情は沢山だ。

 冷めても美味しい。


 食事効果:どんなクズにでも愛を思い出させる。




 給仕効果:短時間、飲んだ者の神話級潜在能力を解放する。【……──ExaraSystemエラー。“食事強化”スキルが足りません。対象の胃の中で不活性化……──エラー。エラー。エラー】


 コマンド?

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